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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第6話

「この者たちに逃げる意思はない。長く繋がれ気分を害しているだけだ。森の外に連れ出してしばらく新鮮な草を食めば気持ちも落ち着くだろう」

 木立を抜けるとそこには茶色い毛皮で体格のよい三等の牛たちが木々に繋がれていた。傍に水桶は置かれていたが餌の用意はなかった。餌桶があることから餌の供給が絶え、空になったと思われる。アイリーンの見立てによれば牛たちの飢えは問題になるほどではなく、彼らが姿を消してからさほど経っていないとみえた。

「娘は獣の心が読めるのだ。彼らと意思の疎通が可能だ」ホワイトはそこに人も含まれていることは告げないでおいた。

「お前も同意見ではないか。異存はないだろう」

 ホワイトはそばにいたコルトに視線を向けた。

「そうだろうな。こいつらは先に連れ出した方がいいだろう」とコルト。

「それはお前達に任せていいか」

「いいとも」コルトは静かに頷いた。

 コルトと他に牛を扱うことができる男たち三人が前に出た。アイリーンの視線がホワイトへと向く。

「お前もついていくとよい」

 二頭は大人しく男たちに従い、綱がほどかれるのを待っていたが、もう一頭は首を振り乱し、手伝いの男が近づくのを拒んでいる右の後ろ足が軽く持ち上がる。

「そこまでだ。落ち着け」アイリーンは優しく牛の腹を撫でた。「この男たちはお前を開放しようとしているのだ先の者達とは違う」

 アイリーンの声かけに牛は身をよじるのを止めた。

「この者たちについていけば草もたらふく食える。陽の光も浴びることができだろう」

 牛は落ち着きを取り戻し頭を下げた。

「見てのとおりだ」ホワイトは口角を上げ男たちに微笑みかける。

「ほどいてやってくれ」アイリーンは傍にいた男に指示を出した。

「お、おぉ」

 アイリーンの手際に見とれていた男たちが我に返り再び綱を解くにかかった。

 三頭はほどなく拘束を解かれ自由に動き回ることができるようになった。

「では、皆の者、ここを出ることとしよう。外に出れば陽をたっぷりと浴びた草を食むことができるぞ」

 牛たちは軽く首を震わせ、アイリーンが指差す方向へと歩き始めた。アイリーンを先頭に牛たちが続く。その後を綱を握るコルトたちが後を追う。

「本当に意思が通ってるようだな」去っていく牛たちをシクラは驚きの眼差しで眺めている。「人間離れした才能だ」

「それは……確かだな」そもそもアイリーンは人間などではない。それは黙っておく。

「牛の世話は彼らに任せておくとして、こちらはさっきの野営地にいたであろう連中の行方を追うことが先決だな」

「こちらの動きを察知して逃げ出したんだろうな……」背後から声が聞こえた。

 ため息とともに憤りなどが念が漏れ出してくる。

 これだけの数の男たちが森に向かっているのを目にすれば、それに反応し何らかの動きを見せて不思議はない。当然のことだろう。しかし、それなら自分かアイリーンがその慌ただしい動きを察知できたはずだ。

「どうだろうか。あの様子から見ると所要に出かけたきり戻っていないように見える」シクラはやや上方に目を向け、野営地の様子を思い返している。

 そちらの方がむしろ妥当だろう。

「どこへ行った」

「買い手がついた牛を先方に届けに行ったか」とウィーチャーズ。

「全員でか」

「あぁ……」

「我々がやるべきなのはつまらぬ言い争いではない」シクラは二人のやり取りに釘を刺した。ホワイトやウィーチャーズに感謝はしているが、捜査の素人にあれこれ口を挟まれたくはないようだ。

「とりあえず、例の獣はここの連中が関わっていたという確証は取れた。後に必要なのはこれから起こりうる事に対しての備えだ。奴らが帰って来た時に備えて野営地の監視には人を残しておくことにしよう。それに奴らが何者かを探るために物証を得る必要もある」

「それは専門家にお任せをしよう」ウィーチャーズの口角が上がった。

 これでお役御免、割のいい仕事で酒代を稼ぎ、ホワイト推薦の酒を飲みに行こう。居合わせた客に少しぐらいなら振る舞ってもよい。ウィーチャーズの胸算用がホワイトに流れ込んでくる。

「えぇ、お任せを」

 シクラも雑事はまだ残っているが獣の正体が知れて一段落と安堵の念に包まれている。

「待ってくれ。例の魔人を封じた塚へ案内をしてもらえないか」

 ホワイトの言葉に二人から落胆が伝わって来た。「まだ、覚えていたのか」と内なる声が響いてくる。

「牛の件に関わっていたのは偽物とはっきりしたが、以前封じられたという魔人の塚も点検を兼ねて見ておきたい。ちょうどウィーチャーズ殿も来られているのだ、封印に綻びなどないか確かめてみるよい機会ではないか」

「わかりました」シクラは僅かに顔を歪ませた。やはり、塚に近づくことに躊躇いを感じているようだ。だが、他のものに任せるわけにもいかない。

「ご案内します。ウィーチャーズ殿もご同行願えますな」

「もちろんです」笑顔の裏から不満が透けて見える。隠されて罵り声が鮮明に感じられる。

 ホワイトはそれを無視した。この男への謝礼は高くつく。このまま帝都へ帰すのももったいない話だ。謝礼の分は十分に働いてもらう。

「では、行きましょうか。こっちです」

 面倒ごとはさっさと済ませてしまおう。

 腹を据えたシクラの動きは早かった。客人二人への礼と考えればよい。森に分け入り古い塚へ案内すればよいだけのことだ。彼は部下たちに軽い指示を伝えると、踵を返し森の更に奥へと歩き始めた。


 シクラは魔人の塚へもう何度も出向いたことがあるようだ。薄っすらとした踏み分け道だけの道中を確かな足取りで塚へと向かっていく。度重なる森での捜索活動で自然に土地勘を養うことになった。塚に近づくにつれシクラの緊張感が増してきた。幼いころから聞かされていた魔人の伝説が意識下から浮かんできているためだろう。

 ホワイトもくまなく周囲を走査してみたが、特に危険な気配を感じ取ることはできなかった。あからさまな敵意もない。これらは封印が正常に機能している証拠とすることができる。しかし、どこか腑に落ちない。

「この先です」シクラは足を止め前方の木々を指差した。

 ホワイトはウィーチャーズに目をやった。彼も同じ違和感を受け止めているようだ。この先に何も感じられない。何かが封じ込められているなら、それが感じられるはずなのだ。隠されて見通せぬ無が感じ取れない。

「どうしましたか」とシクラ。なかなか勘のよい男だ。二人の戸惑い、胸騒ぎを感じ取ったようだ。

「あぁ、何でもない」ホワイトは自身に言い聞かせるように首を振った。

「そうですか……」

 シクラは納得していない。本当に勘のよい男だ。それがあっての警備隊士か。

 本当に何もないのかもしれない。楽園の術師を騙る者が偽りの塚を建てただけのそれだけの事かもしれない。それなら、長を務めていた自分が封印について聞き及んでなかったことも納得ができる。だが、納得はできない。何かがおかしい。

「うわぁ!」

 木立の中に姿を消したシクラがその直後に短い叫び声を上げた。

「どうした!」

 シクラの後を追ってホワイトは木立の向こう側へと飛び込んだ。そこはこじんまりと開けた土地となっていた。木々がない頭上から暖かな日差しが差し込んでいる。そこに無言で立ち尽くすシクラが感じているのは戦慄と悪寒だ。そこに広がる状況を目にすれば彼から説明を求めることも、意識を読む必要もない。

 魔人を封じた塚があったのは確かだったが、今は暴かれその機能を失っている。建てられた碑文は何者かによって打ち倒され、封印の要石は剥がされその下の穴が顕わとなっている。

「これは本物だよ。本当に何かが封じられていた。だが、それはもうここにはいない。解き放たれてしまった」

 ウィーチャーズは目の前の所業を目の当たりにして嫌悪もあらわに眉間に皴を寄せた。

 さっきまで事が終わってからの酒に思いを馳せて浮かれていた男が、今は力ある白服の術師に戻っている。それだけ事は深刻なのだ。

「あぁ、誰がこんな大それたことをことを……」

「恐れを知らぬものはどこにでもいるのです。本当の恐怖を知らない愚か者がいます。そんな者達の中にはここに収められているのは邪悪な存在ではなく、金目の物だと思い至るのです。そして思慮分別なく塚を暴く。残念ですが、昔からよくある話です」

「その連中はどこに行ったのでしょう、すぐに探し出さなければ……」

「まだ近くにいるかもしれません……」

 ただし、まだ生きているとは限らない。むしろその方が幸運かもしれない。ウィーチャーズはこの言葉を放つまで少し間を置いた。ここから続く言葉は酷く人を怯えさせることがあるからだ。


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