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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話

 会合がお開きとなって、家事が残っているシズクと職務中のシクラは早々に会議室から去っていった。残りの面々はツクミの店に向かう事になり、ホワイトもそれに同行することにした。コルトはアイリーンが帝都へ戻ることを聞き少し残念に思っていた。彼はホワイトのような大人よりアイリーンのような若い容姿の女性の方が好みのようだ。無理もないアイリーンの元となったのは旧市街の酒場で見つけた快活な踊り子だ。そのため男たちの目を引いたとしても何の不思議もない。

 ツクミの店と呼ばれている「地獄の炎」は港の倉庫街で目にする酒場と雰囲気は何ら変わりはない。漂うのは脂っぽく香ばしい料理とくすぶる煙草の匂い、それと酔っ払い達のはしゃぎ声だ。訪れている客たちもこの地の労働者たちだ。その点も変わらない。

 アイアンウインドを先頭に一行が店に入ると賑やかに騒いでいた酔客たちの動きが止まり、その視線がホワイトへと集中した。石像のように真っ白な女に驚き、更にその女がアイアンウインド達と共に店に入って来た事に面食らったようだ。彼らはホワイトの容姿などより、なぜ彼らがホワイトのような女を連れているのかに興味を引かれている。そこでヴィセラが再度ホワイトについて説明し、アイアンウインドがここへ来るまでの顛末を話すことになった。

 客たちは一応の納得を得たようだが、彼らが席についた後も入れ替わり立ち代わりやって来た。今度は楽園に関りがあると知って興味を持ったようだ。

「わたしか、わたしはあの地を受け継ぎ再興を目指してはいるが、実際の作業はそこのマイケルに任せておる故、特に何もしてはおらん」

「地主と現場監督って感じか」男が思い至った身近な関係性はこれだった。

 今ホワイトたちの前にいるのは長い顎髭で顔の半分がおおわれている男で彼は東側の農園で唐黍の栽培に従事しているそうだ。それらは食用ではなくケイシーのような醸造業者に回り、搾りかすは牛などの餌となる。

「わたしがやるより、マイケルが人形にやらせる方がずっとうまくいくからな」

「そういえば、あそこは昔誰かの宮殿だったというのは本当かね」

「そういう時期もあった……だが、それも昔の話で今は誰も住んでおらず、知っての通りの荒れ放題だ。その話は誰から聞いた?」

「村に古くから伝わる話だよ。あそこに人がいた頃にはこことも取り引きがあって何かと世話になっていたって話だよ。聞いてないかい」

「あいにくな……」

「そうか……」

「そういえば、塚の魔人を封じたのもあそこの術師様じゃなかったか」とコルトが言葉を挟んだ。

「そうだ、そうだよ」

「楽園の術師?」以前の彼らと付き合いがあったのは覚えているが、魔人を封じた覚えはない。「名前はわからないか」

「名前、そこまではわからんよ。なんせ古い話だからな」

「そうか……」

 当時近隣の住民からの相談に乗り、面倒事を収めることもあった。ボーデンが直に赴くこともあれば、アイラや他の術師を差し向ける事もあった。たとえ、事後報告となっても情報は入って来たはずなのだが、ホワイトにはその記憶はなかった。これについては単に失念しているだけかもしれないが。

 髭の男は一通り話し終えると、元いた席へと戻っていった。塚の魔人は現在において彼らの驚異の的のようだ。そのため、例の獣を見間違いと捨て置くことができないのだ。この店でも何人かの目撃者がいるようだが、その記憶を鵜呑みにするのは危険かもしれない。人の意識は時に記憶を大きく歪ませることがある。


 会合の夜から二日後、アイリーンが術師のピーター・ウィーチャーズを伴い村に戻ってきた。

「ひさしぶりだな。ウィーチャーズ」馬車から降りた白法衣の男にホワイトは声を掛けた。

「間に合ってよかった。今日は頼むぞ」

 

「アイリーンからあんたの後ろをついて歩くだけで、うまい酒にありつけると聞いてきたが本当だろうな」ピーター・ウィチャーズはホワイトの傍で呟いた。

 まだ夜が明けたばかりで、朝も早い時間だが、警備隊詰所前は男たちでごった返している。彼らは北の森で行われる行方不明の牛と獣の捜索のために集まってきた。

 離れた場所で集まっている集団に目を向ける。彼らが身に着けているのは革鎧や狩猟に耐えるタブレットや鎖帷子で手には剣や鉈、銃に長弓などである。

「嘘はない。呑気な山歩きとはいかんかもしれんが、相手は牛泥棒が関の山だろう。そして、そいつらの対応は彼らが担当する。お前はその後について歩いておればよい」

「それで済むなら、そこの教会の司祭に頼めばいいだけの話だろう。俺が出るまでもないはずだ」

 急な呼び出しと徹夜の旅程にいら立ちを感じてはいるが、それでも彼がここまでやってきたのはこの点だ。

「察しがいいのだな……」ホワイトは僅かに眉をゆがめた。「彼らが赴くのはこの辺りでは禁忌とされる地なのだ。昔、魔物が現れそれが封じられたという塚があるそうだ」

「そんなもの特に珍しくもない」

「だが、楽園の術師が関わっておるとなれば捨て置けん」

「楽園……」

 ホワイトの言葉に内情を知る一人としてウィーチャーズは違和感を覚えたようだ。あんたがなぜそれを知らないのかとの疑問が声のように響いてくる。

「あぁ、わたしにはそのような記憶がないのだ。昔の住民たちとは付き合いはあったが、彼らのために魔物を塚に封じたような記憶はなく、そのような報告を受けた覚えもない。石化の眠りに落ちた際に多くの記憶も意識の淵に沈むこととなった。これもその一つかもしれんがな」

「それを確かめたいということか」

「お前も人の意識が読めるのか」とアイリーン。

「あんたたちほどじゃない。だが、それができないと危なっかしくてやっていけないんでね」とウィーチャーズ。

「わるくはないが、あまり口には出さんことだ。察しがよすぎると嫌われかねん」

「わかっている」

 ウィーチャーズの言葉通り、塚の森に近づくだけなら単に法衣が似合う男を用意すればよかったが、封じた魔物の正体が気になった。もし、それに楽園の術師が関わっているならそれなりの力を持つ魔物であることが予想される。それが迷い出ているのであれば面倒なことになる。まだ、被害が牛で済んでいるのは不幸中の幸いかもしれない。そこで大事を取ってジョニー・エリオットを介して彼を呼び出すことにしたのだ。万が一何か騒ぎが起こった時に足手まといになるような者を増やしたくはない。

 ホワイトが手配をした術師の到着にヴィセラが気付いたようだ。会話の中断を告げ、ホワイトの傍に止められた馬車に目を向ける。ヴィセラの傍にいるのはシクラを始めとする先の会合の参加者たちだ。彼らが今回の捜索の指揮に当たっているようだ。

「ホワイトさん、こちらが帝都の術師様ですか?」ヴィセラが手を上げこちらへと近づいてくる。

「そうだ」

「おはようございます」ヴィセラはウィーチャーズに向かい軽く頭を下げた。

「こちらはピーター・ウィーチャーズ殿」

 ホワイトから「殿」などという敬称をつけられ、ウィーチャーズからむず痒さが届いてきた。

「元、正教会特別部に身を置いていた術師殿だ。その職を退いた今は在野の術師として活動をしている」

「なるほど」

 外国からやって来たヴィセラは正教会特別部についてはよく知らない様子だが、ホワイトの紹介なら問題はないだろうと判断した。

 同じ説明でも、正教会の権威と特別部の存在を知るノードの住民たちにはウィーチャーズの白い法衣の効き目は絶大だった。たとえ「元」がついても正教会の権威は確かだ。そのような術師が捜索についてきてくれるなら百人力と大喜びの様子だった。

「懇意にしている知り合いに彼と連絡を取ってもらった。折よく手が開いていたようで、何よりこちらも助かった」

 懇意にしている知り合いが東の顔役であることは黙っておく。

「ありがとうございます!」

 力強く頭を下げるシクラ達の期待に水を差してはいけない。


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