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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 ヴィセラには是非にと呼びかけていたアイアンウインドだったが、ホワイト達には時間に差し障りがなければに留められた。とりあえずヴィセラの手前とあって社交辞令としての誘いのようだ。ホワイトの活躍に期待はしていない。今や過去のホワイトを知る者はローズのみで、帝都では隠者のような暮らしとあってはこの対応は当然のことだろう。

 アイアンウインドの牧場からは彼の馬車で村の中心にある公民館へと向かった。そこに地元警備隊や同業者、協力関係にある狩人らが集まる事になっている。その中には例の獣の目撃者も含まれているようだ。公民館は村の教会の隣に建てられ、半分は司祭館として機能し、公共の施設としてあたがわれているのは、大広間と三つの小部屋だ。それらの部屋はノードの住人なら誰でも利用可能となっている。もちろん、使用料は発生する。今回は警備隊の経費で賄われる。

 入り口にいた教会の従者によると会合の会場は第三会議室で他の参加者は既に席についているという。アイアンウインドはここの間取りを熟知しているらしく、従者と軽い挨拶を交わした後に歩き出した。廊下を少し奥へと進み左へと曲がった。奥は司祭館らしく今回用はない。扉を二つ通り過ぎ、彼は三つ目の扉の前で立ち止まった。その扉の脇に掛けられた「使用中」の札に目をやり軽く頷く。ホワイトは中の気配を軽く探ってみた。十人前後の気配が感じられ、誰もがアイアンウインドとヴィセラの到着を待っている。共通の関心事は牛泥棒と獣だ。ここで間違いはない。

 アイアンウインドが扉を軽く叩き、部屋へと入室する。ホワイトたちもそれに続く。

「こんばんは」

 アイアンウインドの入室に挨拶に居合わせた者たちが応じる声が部屋に飛びかう。続いて入室したヴィセラとも挨拶が交わされる。ここでもヴィセラは信頼を得ているようだ。農地を守る害鳥対策や西にいた時に使っていた便利な生活魔器によって支持を集めている。それに対してホワイト達については声には出さないないが、あの女たちは何者か、何をしに来たのかという訝し気な眼差ししか感じられない。アイリーンは何度か目にしてはいるが、ホワイトに関しては真っ白で奇妙な女という認識で一致している。

「ホワイトさんは魔導師でもあってね。奇妙な生き物についても見識がおありなんだ」

 ヴィセラはアイアンウインドにした紹介を住民たちにも繰り返したが、誰も半信半疑といったところだ。いくらマイケルさんの知り合いといっても魔導師は当たり外れが大きいのはこのような村の住民であっても心得ている。ただの詐欺師からローズのような常軌を逸した天才まで力の差は魔導師の数だけある。

 会議室は資産家の屋敷にある食堂程度の広さだ。これで小部屋というなら大広間は村人こぞっての舞踏会が開けるほどに広いのかもしれない。

 部屋の中央には縦長のテーブルが置かれ長辺に五つの椅子が添えられている。どれも実用性のみを追及し飾り気はない。椅子の座面は硬く小さめだ。コルトという牧場主はそれを心得ていて座布団持参だ。痩せて骨ばった体で長く座っていると尻が痛み出すようだ。

 ホワイトはアイリーンと共に入り口側の端に位置する席に腰を下ろした。進行役の地元警備隊士のシクラからは最も遠く、ここからでは声を上げ議論に参加しない限り顧みられることはないだろう。進行役のシクラが立ち上がり会合が開始されるようだ。中背の男で茶色い髪、腹には肉がたっぷりとついているが、本人はそれを加齢のためと割り切っている。上座と呼ばれる事が多いテーブルの短辺には椅子は置かれてはいない。彼はそこに持ってきた書類を置き、演台代わりに話を始めた。その内容は前回会合からの捜査の進展状況の報告からだ。これについては全員今までの状況を把握している前提で話している。初参加のホワイトたちのことは念頭にはおいていない。

「まぁ、よい。現在の状況を探ってみるか」ホワイトはアイリーンの意識に直接問いかけた。

「はい。お母様」

 この距離なら魔器を使うことなく意思疎通は十分に可能だ。様子から見てこの音にならぬ声を聞きつけている者はいない。

 ヴィセラやアイアンウインドによるとまず現れたのは正体不明の獣だ。それから牛が姿を消し始めた。二件が関連付けられたのは獣の出現地点と牛の消失地点が似通っている事からだ。獣を最初に目にしたのはホワイトの対面に座っているシズクという牧場に住み込みで働いている男の妻だ。彼女は夜中に牛の声を聞きつけた。用心のために夫のコードと共に外に出た。そこで毛むくじゃらの獣を目にしたという。それは立ち上がった熊などでなく、手足の長さや体型からして剛毛に包まれてはいても人型の生き物に違いないと証言を譲らない。住民たちは獣の出現に関しては信頼を置き、警戒を強めることにしたが、目撃した獣の姿については否定的だ。この扱いに不満を持つシズクは雇用主や夫よりも熱心にこの集まりに参加しているようだ。

 次は二つ右側に座っている狩人のロードスである。大きな腹をした黒いざんばら髪の男で頭は鳥の巣のようだ。彼は北の森に入り鹿や鳥などを狩り、その肉や毛皮などで生計を立てている。牛などの家畜や人の警備なども請け負うことがある。

 彼が獣を目にしたのはシズクより数日の後だ。ロードスも当初はシズクの証言は見間違えだろうと思っていた。彼女の目撃談からするとそれは熊などの獣ではなく、人に近い体形をしている事になる。噂を聞きつけた時は一笑に伏していたロードスもそれを目にすることになった。彼が目にした獣は立ち上がった熊などではなく、シズクが言った通りの毛むくじゃらの人という描写がぴったりくる姿をしていた。長い狩人経験持つロードスでも初めて目にした獣だった。最初はこのような証言をすれば、狩人としての信用に障りかねないと黙っていたロードスだったが、目撃例が相次ぐことになり、ついに自身も手を上げることにした。

「なるほど……」

 二人の記憶を覗くと証言通りの獣の姿が意識の中に残っていた。二人とも嘘はついていない。手足の長さを含めた体形は人と変わらない。そんな茶色の体毛に覆われた獣が月明かりにてらされた牧場の傍や草原を歩いている。

「二人が知らぬ間に記憶に妄想を混ぜ込んでいるということはありませんか」アイリーンの声が響いてきた。

「ありえるな」とホワイト。「だが、何人もが尋常ではないものを目にしたと感じているのは確かなようだ」

 獣の容姿について見解の相違はあっても、家畜の消失については早急に対策を打ち、それが何者であろうと発見、討伐は必須との考えで全員一致している。

 意見がまとまる転機となったのはコルトが飼っている牛が姿をくらました時からだ。牛は常時厩舎で暮らしているわけではない。傍にある牧草地に放して食事を取らせてることが多い。その際に群れから迷い出ることも珍しくない。熊なども北の森から出てくることもあり、用心のため警戒は怠らない。

 そんな中で彼が飼っている牛の一頭が姿を消した。牛が立ち回りそうな場所を巡って姿を探したが見当たらない。森に分け入り探していたが、死骸も見当たらず熊などの存在を示す足跡や糞などの痕跡も見つかっていない。同様の失踪は謎の獣の出現を期に増えているという。

「魔導師さんは一連の騒ぎをどう思うかね」

 議論の進行が獣の関りに及び、コルトがホワイトに質問を投げかけてきた。

 彼は牛の行方について一切手掛かりをつかめないことに戸惑っていた。熊などの獣が関わっているのなら襲われた牛の死骸などや獣に関する痕跡が見つかって然るべきだと考えている。だが、今だに何も発見されていない。そのため、得体の知れない獣の存在を信じ始めている。

「人々が何か尋常ではない存在を目にしているのは確かなのだと思う」ホワイトの言葉に何人かから好意的な感情の発露が流れ込んできた。

「それが何者かは定かではないが、牛たちの失踪に関係しているのは大いにあり得るだろう。その理由としてはそなたらも察している通りだ。人数をかけての捜索にもかかわらず何の痕跡も見つかっていない。これは牛が迷い出た末の悲劇と共に何者かによって連れ去られた可能性も考慮に入れた方がよいだろう」

 これらの言葉は彼らの考えをホワイトが言語化したに過ぎないのだが、共感を得ることには成功したようだ。心理の動きに加えて、全員が軽くうなずき同意を示す。

「ならば、こちらでできるのは牛や他の家畜たちの身辺を守りつつ、獣のまたは獣を使役する者たちの拠点を突き止めそれを討つことが妥当だろう」

「討つ」の言葉は少々刺激が強かったようだが、概ね彼らもこの方針に異存はないようだ。だが、まとまって動くとなれば話は別だ。念入りな調整が必須で、このような集まりが必要となる。

「あんたは今回の牛の失踪には牛泥棒のような連中が裏に控えていると考えているのかね」警備隊士のシクラが訊ねてきた。

 シクラもそれを案じている。そんな連中は熊と同様に厄介な存在だ。

「単に迷い出てきた熊などなら討伐で済むが、そなたたちは何か別の存在の介在を感じておるのだろう」

「確かに……」コルトが答え、他の者も頷いた。

「だが、そのような存在が自然に湧いて出るようなことはない。それは何者かがそれを使役するために呼び出すのが通例だ」

 多くの者から戦慄と恐怖が滲み出す。シクラはそれを織り込み済みとしていたが、他の者はまだそこまで考えが至っていなかったようだ。

「わたしはこの辺りの地理については疎いのだが、近くに皆が足を踏み入れたがらない場所はないか?土地勘がある者が含まれておれば盗賊どもはそこを拠点として動きまわる事ができるだろう。獣を陽動に使い、その陰で牛などを連れ去る」

「あぁ、それなら魔人の森……かしら」シズクの声に彼女に流れる全員の視線が流れる。禁忌を口にしたかのように皆に緊張が走る。

「それはどこに……」ホワイトは先を促す。

「……村の北西の森の一部を指している」とシクラ。「昔、森に現れた魔人を封じ込めたとされる塚があって、近づくことが禁じられていた。今もそこには誰も近づきたがらない」皆が同意を込め頷く。

「魔人の容姿の多くが例の獣と似通っていますね」アイリーンの声が響いてきた。

 魔人の言葉を耳にしてアイリーンは素早くシクラたちの意識を探っていた。

「そのようだ」ホワイトも抜かりはない。

 彼らによると魔人が現れたというのは二百年ほど前の事とあって直に目にしたものはいない。全ては伝聞だ。だが、その容姿は今も伝えられている。それによると魔人の容姿は例の獣と一致する。この村で生まれ育った者にとっては皆が知る伝説のようだ。塚の魔人といえば皆、人に似た体形をした毛むくじゃらの獣を想起する。

「次回はそちらも捜索範囲に含めてはどうだ。前回はそちらは避けていたのだろう」

 シクラとロードスの目元に皺が入った。やはり、禁忌の地に足を踏み入れるのはためらわれるようだ。

「乗り掛かった舟だ、その折はわたし達も同行しよう。それに聖職者を退きはしたが十分な力を持つ男を知っている。そいつにも声を掛けておこう」


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