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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

 彼はヨハン・マトリクス、ここ数年殺し屋として生きてきたが今や囚われの男。自らの主張の正しさを証明するために、かつての仲間の元へやって来た。彼を助けるのは皮肉にも敵となったかつての仲間の言葉のみ。

 マトリクスはマティナ・スペタコロの裏口の前にいた。事後の報告はこの店内でなされることとなっている。背後のどこかには塔のメイドであるフレア・ランドールが潜んでいる。マトリクスはその名を聞き自分を捉えた力に合点がいった。そしてこの企てのために腹をくくった。彼は娘を救うためなら悪魔にでも協力を希うつもりでいた。それが狼人で事足りるのなら願ったりかなったりである。それも彼女に自分の主張が認められてのことだが。

 店の裏口へと回り、従業員専用と書かれた扉を三度叩く。扉の向こう側に見張り役がいることはわかっているが反応はない。ややあって戸口が開きグミが姿を現した。口ばかりのつまらない小男だ。

「タォ・マカワさんがお待ちだ」グミが睨みつける。

 マトリクスは小男の顎に一発拳を食らわせたい気持ちを抑え奥へと進んだ。扉が閉まり鍵が閉じられた後に、彼は僅かな衝突音を聞きつけた。振り向くと床に白目をむき大きく口を開いたグミが仰向けに転がっていた。他に人影は見られず、扉も閉ざされている。グミが昏倒を伴うような持病を持っているなら気の毒だが、そんな話は聞いたことはない。となれば、そこで軽い悪寒を感じた。マトリクスはその先は考えず前に向き直った。

 厨房を抜けランプのみの薄暗い客席へ、カウンターに人影はないが二つのテーブルは男たちで満席となっていた。そこから離れた場所に一人男が椅子を出し座っている。それがタォ・マカワである。

 厨房から出てきたマトリクスにテーブル席の男たちの視線が集中する。誰も使い走りのグミのことは気に留めていないようだ。

「仕事は終わらせた。娘に会わせてくれ」

 マトリクスは注意深く男たちとの間を詰めていった。

「本当だろうな?」これはマカワの声である。

「本当だ。今頃病院は警備隊でごった返しているだろうな。見てくるといい」

「中にいる時間がえらく長かったようだが、何かあったのか?」カウミがマトリクスに尋ねた。今になって見張られていたことを知ったが、もうどうでもよい。

「何もない。逃げるのに手間取っただけだ」無駄な嘘はいらない。省略あるのみだ。「見張り役ご苦労さん。もう一度言う娘を連れてきてくれ」

「悪いがここには居ないんだ」マカワは冷たい笑みを浮かべ告げた。

「じゃぁ、どこにいるの?」

 どこからか低く抑えた女の声が聞こえた。まるで耳元で呟かれたようで男たちは辺りを見回した。しかし、女などどこにもいない。マトリクスも不意に体が動きそうになったが堪え正面を向いたままでいた。

 お互いが顔を見合わせていると、煙草をくわえていたチヒロが突然激しく頭をテーブルに叩きつけた。煙草ばかり吸ってひどく息が臭い奴だ。チヒロの頭は大きく跳ね返り、鼻血が弧を描いて飛び散る。力を失った体はそのまま椅子から転げ落ちた。口から落ちた煙草が床に焦げ跡を作る。

「居場所を知っている人は手を上げて」女の声が聞こえた。

 カウミがナイフを取り出した。辺りを窺いながら立ち上がろうとした腰を浮かすが、何者かが投げた腰掛がカウミを襲った。宙を飛ぶ硬い木材を顔で受け止めたカウミは、後ろに倒れ動かなくなった。同席していたジロウは慌ててテーブルから飛びのき流れ椅子から難を逃れた。

 カウミが取り落としたナイフが対面にいた男へと向かって滑る。こいつは新顔なのか面識はない。男はナイフを避けることはできたが床で尻を打つこととなった。

「知っている人は手を上げて」

 店内に声が響きまた一人テーブルに倒れた。三人目だがそれでもマトリクスを含めて誰もフレアの姿を捉えることはできていない。マトリクスは何が起こっているか把握はしているが、それでも背中にいやな汗を感じた。

「知っている人は手を上げて」

「うるせぇ!」

 テーブルの男達は全員、取り出したナイフの刃先をマトリクスに向ける。先手を打って男が飛び出すが足を取られたように前のめりに倒れた。顔から木の床に打ち付けられ軽く痙攣した後動きが止まった。その手を離れたナイフは床で大きく弾み尻もち男のそばをかすめた。

 何を思ったのか尻もち男は入り口扉へと走り出した。そして自己最速記録を大きく塗り替えるであろう速度で扉横の壁に激突した。

 それ以後も問いかけの度に男が宙を舞い、壁に叩きつけられ、残りはタォ・マカワと手下ビッグ・バレーだけとなった。

「知ってる人は手を上げて」声は止まらない。

「どこにいるのか。言えよ!」

 恐怖に飲まれたビッグ・バレーがマカワのクラバットを締めあげ、喉元にナイフを突きつける。思いのほか気の小さい男だったようだ。

「ビッグ・バレー、落ち着け、手を放せ」マカワは威厳の残りかすをかき集め手下に語りかける。

「言えよ!娘はどこにいるんだ!言ってくれよ!」

「知らないんだ、ほん……とうにゆる……」マカワは遠のく意識の中うつろな目で呟いた。

「ふざけんじゃねぇ!」

 ビッグ・バレーはぐったりとしたマカワにナイフを振り上げたが、それは姿を現したフレアに取り上げられた。そして、ビッグ・バレーはマカワの額に自らの額を叩き合わされ濃厚な口づけをした後倒れた。

「本当に知らなかったようね」

 全員が転がった後、マトリクスはようやくフレアの姿を見つけることができた。

「あんた、ずっとここにいたよな」

「ええ、いたわ。でもね、人には見ることができる範囲は限られているの、そこから出てうまく立ち回ればあの通りよ」フレアは歯を見せ笑った。「少し中を見てみましょうか。こいつが誰から指示を受けていたかわかるかもしれない」

「あぁ、わかってる」

「次はそいつに会いに行きましょう」

「場所がわかっていても簡単には入れない。忍び込むのか?」

「こいつの服を着て化けるといいわ」フレアは転がっているマカワの頭を軽く蹴った。「扉さえ開けさせればこっちのもんよ」

「なるほど」


 暴漢が落としていったマッチ箱の内部にはリヒター医師の名前が書きつけてあった。暴漢との関連はどれほどかとビンチ、フィックスの両名は考えた。手近のあった紙に書きつけた可能性の方が高そうだからだ。しかし、フレアはこれを見て表に飛び出していったとリヒターは告げた。

「あいつ、そんなに馬鹿だったか?」

「知らんよ。付き合ってるわけじゃない」

 これがビンチ、フィックスの率直な思いである。だが、フレアが勢い任せに何かやらかす前に取り押さえないわけにはいけない。他は警備隊に任せ二人は件のパブへと出向くことにした。

 店は開店時間ではないとみえて扉は閉ざされていたが、裏口の鍵は掛けられてはいなかった。裏口の扉を開けてすぐの壁に小柄な男が倒れているのを発見した。目立つ外傷は見られなかったが応援と医療班には連絡を入れておいた。

「何があった。あいつの仕業か?」

「それならこの先に頭の赤い奴が半殺しにされて転がってるはずだ」

 両名とも武器を取り出し奥へと進む。

 二人は厨房へ立ち入った。扉は二枚、一方は店内へ繋がり開かれている。もう一方は閉ざされている。周囲を警戒しつつ閉ざされている扉へ向かう。扉に鍵は掛かっておらず何の仕掛けも施されていなかった。事務室らしいがひどく荒らされていた。人気はない。ずれた机の影にも誰も隠れてもいなかった。

 不審者は発見されず、この部屋の捜索はいったん中断し二人は客席側へと進入した。そこでは倒れた椅子やテーブルと共に多数の男が転がっていた。しかしその中に頭の赤い男はいなかった。だいたいは顔や頭に打撃を受けた程度で半殺しまではいっていない。一人だけ衣服を奪われ裸となっていた。男は首に絞められたようなあざがあり、額が腫れあがっていたが幸い息はあった。

「こいつか狙いは」

「いや、こいつの頭は黒い」とビンチ。

 裸の男とその足元に転がっている男の額も同じように赤くはれていた。

「こいつらは頭突きの勝負でもしたのか?……まぁ、冗談は置いといて」ビンチは床に転がっている男たちを眺めた。「何者かが裏口から侵入し、一人ずつ倒した後にこの二人の頭をかち合わせた。その後で服を奪ったってところだろう。殺ってないのはいいことだが、何が目的だ」

「こいつを絞め殺していないところを見ると、脅して何かを聞き出そうとしたか」

「結果がどうであれ、まだ先があるな」

 ややあって、警備隊の二分隊が到着した。ついで医療班もやってきた。そこで転がっている男たちは彼らに任せ、二人は厨房のもう一つの扉の奥に荒れた事務室へ行くことにした。

 部屋は半ば倉庫と化していたが壁に置かれた棚は乱され、収納物は床に落とされている。鍵の付いた引き出しは力任せにこじ開けられ、金庫は開け放たれ空に、そこに入っていたと思われる小銭の袋が床に転がっている。すべては床の上で混然一体となっている。ただ雑然と足の踏み場もない室内で中央の事務机の上にペンとインク壺が置かれていた。

 そして、二人は机の脇で古びた手帳を発見する。開かれた頁には数字の羅列とは別の筆跡で旧市街の住所が書きなぐられていた。

「数字はあの金庫だな。しかし、この住所は何のつもりだ」とフィックス。

「インクは新しい、書いて間もない。それをわざわざ置いていった。俺たちを誘っているのか」

「それなら赤毛野郎はかなり面倒な奴だな」

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