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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 楽園があるコテデゥ砂漠に隣接する村ノードに入ってまず目につくのは何軒もの酒場と宿である。このように小さな村には場違いと思われそうだが、帝国の東西への往来はこの砂漠を抜けるのが最短距離となっているため、この村で物資と装備を整えたり、砂漠を抜け帝都へ入る前の休息を取るために立ち寄る旅人は少なくはない。安全を最優先とするなら砂漠を北側に迂回する旅程が適切なのだが、それでは数日の行程延長が避けられず、その分の金銭と時間の消費を伴うこととなるからだ。

 リズィア・ボーデンがいた頃の楽園でも無理のある日程や準備不足のため砂漠で立ち往生した旅行者を何度も助けたことがある。目印のない砂漠を迷い歩いた末に物資を使い果たし身動きが取れなくなる。方向を見失った旅人たちは、楽園が彼らの目的地であるノードからは距離的に半日と離れていない、まもなく砂漠を抜け出すことができると告げると一様に驚きの表情を見せていた。

 だが、これはあくまで外からの村を知らぬ者の印象であり、実のところはノードの主要産業は畜産業である。主に牛、他に羊に山羊などを育て、そこから得た乳やその加工品、肉に革などを加工し帝都へと流す。それを生業にしている者が多くいる。そんな彼らなればこそ村に正体不明の獣が現れたとなると、街のように単なる奇妙な噂話では収まらず実生活への脅威に発展する話題となる。

 ホワイトがヴィセラから紹介されたアイアンウインドという男もそんな一人だった。村の北で牧場を営み多数の牛を隣接する草原で放し飼いにしている。ホワイトたちが牧場に訪れた時アイアンウインドは厩舎で作業中だった。彼はよく日に焼け背は高く、赤い髪で筋肉質で猛牛を思わせる体格の男だ。村のまとめ役の一人でもある。

「あぁ、その人があの砂漠の……」アイアンウインドはヴィセラの説明に頷いた。

「そう、こちらがあの楽園の再建に努めているアイラ・ホワイトさん。隣はその娘でアイリーンさん」

 ヴィセラはホワイトを長らく放置されていた楽園を買い取った資産家と説明していた。そして、自分は現場監督というわけだ。彼はヴィセラの説明によりホワイトをもの好きな金持ちと認識としているようだ。だが、白一色の女とは思ってはいなかったようだ。

「……あぁ、そっちのお嬢さんは……」

 アイリーンについては既に目にしており記憶にあった。エリオットとその部下、それに加えてロマン・フェルの一団と楽園へと向かった折に見かけていたようだ。もの好きな集団として記憶に止まっていた。

「娘には付き合いのある業者とともに施設の内見を任せこちらに向かわせた。その折にこの村に立ち寄ったことがあるだろう」とホワイト。

「なるほど……それで」

 アイアンウインドはこの説明で納得をしたようだ。元々ホワイト達への興味は乏しい。今彼の心中を占めているのは謎の獣と姿を消した牛についてである。あまりよそ者に付き合っている余裕はない。彼は獣が牛の失踪にも絡んではいないかと気をもんでいるようだ。

「んっ、獣ばかりではなく、飼っている牛まで行方をくらましたとはどういうことだ。詳しく聞かせてもらえないか」

「えっ……」

 アイアンウインドは少し間の抜けた声をあげた。彼女に例の獣の話をしたことがあるか。アイアンウインドは記憶を手繰る。それはないだろうと思い直す。何しろ初対面なのだ。娘とも話したことはない。では、なぜ彼女は知っているのかと奇妙な葛藤が続く。

「あぁ、わたしが話したんだよ。ホワイトさんは獣に興味を持って相談に乗れることはないかとついてきてくれたんだ」

「あぁ、そういうことか」彼は頭の中で折り合いをつけ、軽く息をつく。

 マイケルさんから聞いていたなら問題はない。アイアンウインドから安堵の雰囲気が流れてきた。

「ホワイトさんは魔導師でもあってね。奇妙な生き物についても見識がおありなんだ」

「おぉ、それは助かる」

 安堵と打算の笑みがアイアンウインドの顔に広がる。当たりはずれが多い専門家を大枚掛けて呼ぶことなく、先方から名乗り出てくれるなら大歓迎といったところのようだ。ホワイトも万が一、獣が後ろ足で立ち上がった熊などではない時に備えておきたいと考えていた。捕らえておけばよい研究対象となるだろう。熊であっても駆除を手伝い恩を売っておくのもよいかもしれない。

 お互いの利害が一致しホワイトとアイアンウインドは笑みを浮かべ握手を交わした。

 獣に関する会合は日が暮れてから公民館で予定されている。その前にホワイトたちはアイアンウインドから事前に事情を聞くこととなった。彼女達は厩舎を離れ、母屋へと招かれた。厨房のすぐ隣にある食堂に通され、まず飲み物を勧められた。

 酒か、茶か聞かれたがアイアンウィンド自身は軽く酒を口にしたいようだ。

「お勧めの酒などあればそれで……」ホワイトの答えにアイアンウィンドは笑みを浮かべた。客に茶を出し、自分は酒では少し気兼ねがあったのだろう。これで彼は晴れて昼間から酒を口にできることとなった。

 配られた酒は水で薄められてはいたが、上物であるのは間違いない。

「良い酒だ、どこで手に入る」

「ケイシーの醸造所で作っている蒸留酒だよ。ツクミの店でも飲むことができる」アイアンウィンドはカップを目の前に掲げた。

「これは……」ホワイトは一口酒を口に含みそののど越しに声を上げた。「帝都に出せば引き合いがあるかもしれん」

「おぉ……」

「ですが、それだと向こうにごっそり持っていかれるかもしれませんよ」とヴィセラ。

「あぁ、それではこちらに回らなくなるか、残っても酷く高額になる……かもしれんな」

 アイアンウインドは口に含んだ酒を危うく吹き出しそうになった。贔屓の酒が高評価を受けるのは誇らしいが、その結果口にできなくなってはたまったものではない。

「心配するな。わたしも自分で店に出向く程度に留めておく」

 アイアンウインドは安堵の息を漏らした。

「助かるよ」

「そろそろ、獣について聞かせてはもらえないか」アイリーンの醒めた声が聞こえた。帝都ではよく酒場に出入りしている彼女だが、酒には興味はなく、彼女をひきつけるのはもっぱら客たちの頭の中だ。

「あぁ、そうだった」とアイアンウインド。「俺はまだ噂の獣とやらを目にしたことないんだが……」

 アイアンウインドの獣に関しての知識はすべて知り合いからの伝聞情報のようだ。自身では獣をまだ目にはしていない。この集落の北に広がる草地で濃い茶色の毛皮に包まれ、人のように二足歩行をする獣を何人かの住民が目撃している。目撃者は彼の同業者やその先の森に出入りしている狩人達で皆、信用の置ける人物である。それでも、アイアンウィンド自身は今一つ信用しきれず、後ろ足で立ち上がった熊などの獣を見間違えたのではないかと考えている。だが、それに対し狩人を含む目撃者は見慣れた獲物や危険な獣を見間違える事はなく、あれは未知の獣であると主張する。最初はそんな二者の対立に過ぎなかった。

「潮目が変わってきたのはケンの牧場の牛が消えた時かな。その時にも例の獣が目撃されていた。それで獣の正体については一時休戦となって牛を探すことになった。森から出てきた獣に牛が襲われたとなれば一大事だ。誰も呑気に構えちゃいられない」

「いつ自分の牛が巻き込まれるか、それより人が手にかかる恐れもあるわけです」とヴィセラ。

「その通り、警備隊の手も借りて大掛かりな捜索をやったんだが、何も見つけられなかった」

「消えた牛に関してもか」

「牛もだ」

 表現をぼやかしてはいるが、アイアンウインドはそれを理解している。牛の死骸も血液などの痕跡も見つからない。熊などが牛をそのまま連れ去るとは思えない。牛が黙ってついていくわけもない。捕らえればその場で殺して食べるだろう。引きずるなどして運ぶ可能性はあるが、その際には間違いなく痕跡が残る。

「例の獣が関わっているかはともかく、牛を連れ去っている者がいる……」

 これがアイアンウインド達が導き出した結論のようだ。これは田舎者が見慣れぬ獣を目にして騒いでいるわけではなく整然な推理の結果のようだ。

「あぁ、その通りだ。それでマイケルさんに何かいい対策はないか、相談しようということになったんだ。牛の見張りなりなんなりを請け負ってくれる人形がいればこちらとしても大助かりだ」

「なるほど」

 ヴィセラは住民たちから十分な信頼を得ており、高額とはいえないものの謝礼の用意はされている。

「マイケルは楽園の業務に障りがない程度に彼らに協力してもらえばよい」

「ありがとうございます」

「わたしも獣と牛泥棒の関連に興味がある。魔法で手伝えることがあればやってみたいと思う」

「それは当てにしているよ」

 アイアンウインドの言葉にはヴィセラほど期待は込められてはいなかった。ヴィセラから紹介を受けたとしても実績のない派手な女が相手であればそれも仕方ないだろう。この時代では新参者でしかないのだから。 

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