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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

 楽園入口から玄関口へと通じる通路はヴィセラの言葉通り、鬱蒼とした雲霧林の獣道から旧市街の公園に設けられた遊歩道へと戻っていた。ホワイトはそれを馬車に揺られつつ眺めていた、植栽はすっかり変わってしまっていたが、これが自然の営みと思えば悪くはない。

 魔法仕掛けの正門から入り四人で建物内の視察を始める。本来のホワイトと従者たちが残していった家具調度品のうちで傷みの激しい物は廃棄され、修復可能ならば港の倉庫に移送されたため、部屋の大小問わずがらんどうとなっている。宮殿各所で目に付くのは軽作業のためにヴィセラが作り出した自動人形達だ。小柄で庭師が身に着けるような物入れがふんだんに備えられた作業服の上下と革帯をしめている。

「いらっしゃいマセ」

 人形は来客が近づいてくればそれを感知し、少し平板な口調ではあるが挨拶をし、簡単な質問なら知る範囲で返してくる。顔は目に当たる位置に丸い穴が二つ開いた仮面といったところか。ヴィセラは以前から自分の助手を務めることができるほどの人形を作っていたため、軽作業をこなす人形を量産するのは造作もなかったようだ。革鎧や手甲に手袋と股当て、靴などを大量に買い込み、その中に金属と錬金素材でできた体を詰め込む。それだけで汎用性が利く自動人形が出来上がるという触れ込みだった。ホワイトはヴィセラの言葉と自信だけでは少し心許なかったが、宮殿のこの現状を見てみると、あの言葉に偽りはなかった。アイリーンがエリオットと訪れた際は廃墟同然のありさまで目を覆うばかりだったようだが、家具が運び出され、埃は払われ壁や床は磨き上げられ今や新築と変わらぬまでに復帰を遂げていた。

「よくできているぞ」

 誰の目にもそれは明らかなのだが、ヴィセラは今一つ出来栄えに自信が持てなかったようだ。そこでホワイトはしっかりと言葉を掛けておいた。

「ありがとうございます」

 ヴィセラの言葉に深い安堵の念が湧き上がって来るのが感じられた。彼としては何か洒落たひと工夫があった方がよいのではないかと悩んでいたようだが、ホワイトとしてはまずは原状復帰が最優先であり、それは後にまた話し合えばよい案件だ。

 この建物は楽園に外部から訪れた来客のための施設となっていた。来客のための寝室や、食堂に簡単な娯楽施設などを帝都と同程度は確保していたつもりだ。来客はこの建物で過ごすことになり、裏口から出て歩くには楽園の主であるボーデンから承認を受けた同行者と共に行動を共にする必要があった。それは何度か現れたアクシール・ローズであっても同様だ。その際の同行者は以前の主であるリズィア・ボーデンが自ら務めた。

 家具調度品がまったく置かれておらず、掃除などは行き届いている。このような状況はこの宮殿建設当初以来の事か。当時の記憶が蘇り、目の前を流れていく。ここでの生活は充実し成果も多かったが、あれを再現することは難しいだろう。目覚めた当初は楽園の再起については強い思いはあったが、それは焦りに近いものだった。

 だが、帝都で日々を過ごし、ローズの様子を眺めているとその気は落ち着きを見せてきた。時間はたっぷりとある。飽きないように心折れぬようにゆっくりとやっていけばよいという考えに変わっていった。

 ホワイトたちは屋内各所の見学を終え、裏口側より外に出た。この扉も開閉の権限があるため、出入りできるのはホワイトとアイリーン、他は新たに権限を得たヴィセラのみだ。何らかの方法を用いて扉の突破に成功したとしても、それは幸運ではなく不運の始まりだ。それを感知したアイリーンの兄たちに敷地内を追い回される事になる。悪いなく楽園の従者に紛れて迷い出たならば、警備担当に注意を受けるだけで戻されるだけすむが、悪意が介在していれば、その姿は速やかに消される取り決めとなっていた。今も兄たちは周囲に姿を溶け込ませ、こちらを窺っている。

 裏口からリズィア・ボーデンの居城までは広い一本道で繋がれている。豪奢なモザイクタイルで舗装された真っすぐな道路の先に白い丸屋根を持つ彼女の居城が少し霞んで見えていたものだ。この一本道を幹として、枝葉のように別れて伸びた小道の先に従者たちの居室や、公園に東屋が設置されていた。地表面は和やかな公園都市を思わせる外観だが、楽園の真の姿は地下にあった。地下にはリズィア・ボーデンが主導の元に設置された研究施設が広がっている。そこで生まれたのは小猿コーディーからアイリーンとその兄たちまで多岐に及ぶ。施設が抱える危険をよく心得ていたアイラは厳重な封印を施した後に楽園を出て行った。その措置のおかげでホワイトが訪れた際の地下施設は歳月の経過を感じさせぬほどに安定を保っていた。こちらについてはしばらくは保守点検に徹するつもりだ。新たな研究を始める人員も余裕もないため、ヴィセラにも権限を譲渡するつもりもない。

「こちらも往時そのままとは行きませんが、通路から空を望むことができるようになりました」

 彼がやって来た当初はここも深い雲霧林と化していたようだ。それを人形たちが昼夜問わず働き、田舎の遊歩道まで雰囲気をもどしてきた。

「かまわん、自然が相手ではこちらは太刀打ちできん」

 モザイクタイルの端が所々ひび割れ剝がれているが、これも仕方ない。色褪せについても風情としておくことにする。

「植栽はここへやって来た鳥や獣が好きに変えてしまったようです」とアイリーン。

「人形に対処させましょうか?」

 広い通路を行く三人のそばを鳥たちが飛びかう。その声に歓迎の意図はなく警戒と威嚇が主なようだ。彼女たちに興味はないものは木々の傍に落ちている種や実をつついている。

「鳥や獣の好きにさせておけ。こちらは先の集落のように何を荒らされているわけでもないからな」

「はい、ではそのように……」ヴィセラは何かが別の記憶と繋がったようだ。一瞬言葉が止まる。

「……あぁ、さっきのこちらに来る時に話した獣についてなんですが、ここで守り番をしている彼らが集落まで迷い出ているということはないでしょうか」

 彼らとは兄たちのことを指しているようだ。彼らはリズィア・ボーデンがここを治めている頃から楽園の姿を隠し警備を務めている

「それはありえん、彼らはこの地に縛り付けられている。彼らがそれを望んだところで一歩たりとも外に出ることはできん。集落の者から訊ねられたのか?」

「はい、ここには鳥やイタチの類の他に何か大型の獣が潜んでいると、以前から噂があるようです。それは鬱蒼とした木々の間を身軽に動き、立ち入った者を物陰から常に見張っているのだと……」

 ホワイトとアイリーンはヴィセラの言葉に顔を見合わせた。どこにでも目のよい者はいる。ヴィセラもここへ出入りをしているうちに姿を捕らえることは敵わずとも気配を感じることができるようになったようだ。

「なぜそれを彼らが知り得たかというと、村の人たちは何度かここへ訪れたことがあり、その際に彼らの気配を感じ取り、おぼろげながら姿を目にしたこともあるようなのです」ヴィセラはホワイトの反応を窺う。

「彼らによるとここへの侵入は決して盗みなどを働くためではなく。肝試し、度胸試しの意味が強いようです。入り口から奥の閉ざされた扉まで歩き戻ってくる。それだけのことで、扉に貼りついた蔓草から葉を一枚取って来ることができれば一目置かれる。娯楽が乏しい田舎でのお遊びのようです」

「まったく、わたしの宮殿をそんなことに使うとは……」

「ここがどこか知らんのでしょうか」とアイリーン。

「知らないわけではないようです。昔の大魔導師の居城であり、今もその姿を留めている。畏敬の念を抱いている者も多くいますが、興味本位での探索も行われているようです」

「一度話し合う必要がありそうだな」

 ヴィセラの頬が軽く引きつった。

「心配はいらん。手荒なことをするつもりはない。それに獣の件もあるだろう。その打ち合わせにも同席させてくれ」


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