禁忌の森にて 第1話
今回はホワイトとアイリーンのお話となります。
楽園の再興に向けた整備の視察のため二人は現地へと向かいます。そこで近隣の村で魔物出現の噂を耳にします。その魔物は楽園ともかかわりがあるようで、それに興味を持ったホワイトたちは調査を手伝うことにします。真相はどのようになっているのか。
そう、この感じだ。
アイラ・ホワイトは久しぶりに湧き出す高揚感に身を委ねた。緑の乏しく土色の崖に囲まれた殺風景な谷を抜けた先には一面に広がる砂の海、その只中に現れる緑の島が現れた。荒涼した砂漠にあって深い緑を湛える奇跡の島だ。これは自然がもたらした産物ではなく、ホワイト自身が作り出した英知の結晶だ。
この緑の島こそが、かつての彼女が作り出した彼女のための宮殿「楽園」である。その頃の彼女はリズィア・ボーデンと名乗っていた。高位の魔導師であり、天才と謳われた錬金術師として多くの弟子と従者を率いて新たなる命の創造に取り組んでいた。その行為を神への冒涜と罵り、徒党を組み楽園への襲撃を企てる者たちからは「破壊神」呼ばわりもされた。
彼らがその根拠としてよく持ち出していた「デロイト村の焼き討ち」事件も住民自身の懇願によるものだ。
それは長い眠りにつくことになる過去のある日、楽園に疲れ果てた様子の旅人がやってきた。彼の口から語られたのは彼の村の恐るべき現状と彼が帯びた使命だった。彼の村は出血を伴う酷い流行りが蔓延していた。小さな村の住人のほとんどがその病に倒れ、その多くはもはや死を待つのみとなっていた。村の長は苦渋の決断を下し、彼にその願いを託し村から送り出した。その願いとはこの恐ろしい病の近隣への流出と蔓延を防ぐために村の全域を焼き払って欲しいというものだった。そして、それが可能であろうと選ばれたのが、楽園の主であるリズィア・ボーデンだった。旅人の命がけの願いを受け彼女は、単身で病に見舞われた村へと赴いた。
一人でも助けることができればと思ってはいたボーデンだったが、蔓延した病は村を既に滅ぼした後だった。やむなく、ボーデンは巨大な火球により村を含む一帯を焼き払った。そして、その火が収まった後で彼女は聖職者を呼び寄せ慰霊の祈りを施しておいた。これが事件の概要である。
この行いに対しリズィア・ボーデンを悪逆非道とした誹謗中傷に彼女は敢えて反論はしなかった。それは村から早いうちに離れ難を逃れた者達に累が及ぶのを避けるためでもあった。死病に襲われた村からやって来たことなどの噂がたてば何が起こるかわかったものでない。
この他数々あるリズィア・ボーデンの逸話も今や遥か過去の出来事に過ぎない。ボーデンは二百年の眠りのうちに自身を取り巻くほとんどを失った。アイラ・ホワイトを始めとする側近たちはいうに及ばず、その敵対者達までいなくなった。リズィア・ボーデンの存在も伝説となり久しく、その存在を知る者さえ少なくなった。彼女に残ったのはアイリーンと廃墟と化した楽園のみである。眠りにつく要因となったモーテン・ブロックとの因縁を死闘の末にかたをつけたのはいいが、同時にリズィア・ボーデンとしての存在を失い、虚無感に襲われこともあった。だが、ジョニー・エリオットに助けられた。あの男は実に面白い男だ。アクシール・ローズも相変わらずだ。彼らにより帝都に新たな拠点を構え再出発のする決断をつけることができた。
「こうして陸路で赴くのもよいな」
空中庭園に絡む騒ぎが終わり、楽園の再興を目指し動き出したホワイトだったが、楽園への移動はいつも空路を使用していた。金を出しての半日の旅程はいかがなものかと思っていたが、これもよいと感じた。高価な動馬車を手に入れ街を行くローズの気持ちがわかる気もしてきた。
「昔はよく馬車で帝都と行き来をしたものだったな。その時の記憶が不意に蘇ってきたぞ」
「あの頃はよい馬車も御者のダブリンもおりましたから」
馬を操るアイリーンはつかの間、幌を外した客車から外を眺めるホワイトに目をやった。
「そうだったな。あの男なら息災に過ごし、一生を終えたことだろう。いや、そうあってほしい。気のいい男だったからな。他の者も含めてな……」
以前出会った流れ者のマーチン・ベンソンによれば、本物のアイラ・ホワイトは亡くなるまでリズィア・ボーデンの身を気にかけていたという。楽園の再興を願い、従者たちを率いて西方に移ったと聞いている。彼女らしいといえばらしいのだが、すまない事をしたという思いも強くある。
楽園に近づくほど、それは大雑把な緑の塊から陰影豊かな木々を湛えた森へと変わった。楽園に繁茂する木々の力強さは目を見張るものがある。
アイリーンに楽園の姿は大きく変わりはしたが、今も存続をしていると聞いたときは安堵した。 だが、目覚めて最初に楽園へ訪れた時はさすがに強い衝撃を受けた。 感情の制御が取れず口から変な笑いが漏れ出したほどだ。時が過ぎれば全てが移ろう。それは避けられない。すべてが消え果て、荒れ果てた建物だけが残る廃墟と化すよりはましだ。そう自分に言い聞かせた。
ボーデンの頃に彼女が西方で見た海岸地帯の並木道を模した庭園は消え去り、東方にある雲霧林さながら鬱蒼とした森へと変わっていた。
側近であったホワイトは楽園を去るにあたって、ここに再び戻って来る時のことを考え環境設備を維持に努めたようだ。そのおかげで楽園は大きく姿を変えようとも生き延びることができた。
「ここに立ち寄り住み着いた獣や鳥たちが様々な種を持ち込んだのでしょう。芽吹いた木々は人がおらぬことで勝手気ままにやりたい放題、結果がこの状態です」
今やボーデンが楽園造成時に植栽した覚えもない巨木が太い根を張り巡らせ楽園の外壁を侵食している。砂漠での昼夜の寒暖差により生じた石垣の割れ目に根付いた木々の種が岩を砕き、小砂利に変えそこにまた別の種が根付く。そんな繰り返しが今の楽園を形成したのだろう。
留守番を務めていたアイリーンの兄たちにしても、彼らが排除すべきと命じられていたのは楽園の建造物を荒らし、盗みを働こうとする輩についてだった。楽園に住み着いた動植物に関しては建物に取り巻きを貼りつこうと、木々や暗渠に巣を構えようと好きにさせていたようだ。
「まぁ、よい。だが、掃除と多少の剪定はさせてもらうぞ」
これがアイリーンの言葉を受けてのホワイトとしての決定だ。もはや、この世にリズィア・ボーデンの居場所はなく、彼女が統べていた楽園もそこにいた弟子や従者たちもここにはない。新たな船出を目指す必要がある。
ようやく、楽園の入り口がはっきりと見て取れる距離まで馬車が近づいた。かつては凝った意匠が施された入り口の石柱は砂混じりの風に削られ精彩を失い、傍に飾られていた石像も片側は倒れうつ伏せで砂に埋もれ、もう片方は片腕がもげてしまっている。
茶髪の少年が楽園から飛び出し、ホワイトが乗る馬車を目にすると踵を返し楽園内へと戻っていった。
「ウィリアムです」とアイリーン。
ウィリアムはマイケル・ヴィセラという男が作り上げた自動人形である。マイケル・ヴィセラは西から逃げてきた錬金術師であり、腕のいい人形師としての腕も持ち合わせている。街の発明家を自称するがそんな軽い肩書では収まらない技術を持ち合わせている。
馬車が入り口に到着すると、ウィリアムが再び入り口から飛び出してきた。次いでマイケル・ヴィセラが姿を現した。止まった馬車に向かいゆっくりと歩きながら近づいてくる。
「こんにちはホワイトさん、アイリーンさん、お待ちしておりました」ヴィセラは二人に深々と頭を下げた。
「ごきげんよう、マイケル。ウィリアムも元気そうで何よりだな」
ヴィセラは黒髪で少し縮れた髪は鳥の巣のようにもつれている。背丈は小男の部類に入るだろう。やや小太りの体型で湛えられた柔らかな笑みはマイケルおじさんの呼び名に相応しい風貌であるが、ウィリアムを作り上げた際のいきさつを耳にすれば、知に対する貪欲さはホワイトに引けは取らないと思われる。ホワイトはそこが気に入りウィリアムともども新たな協力者として招き入れた。
「早速だが、どんなようすだ」
「稼働を始めた人形たちの働きもあって庭園の整備のめどはついてきました。園内の遊歩道は全域に渡って歩行可能に、ここから馬車での宮殿への乗り入れも可能です」
「それはよい。馬をこの日差しの中で待たせることがないのはよい話だ。お前たちも隣に乗るとよい」
ホワイトは座席の端により、ヴィセラとウィリアムを客車に招き入れた。
「では、お言葉に甘えて」
ヴィセラ、ウィリアムの順で客車に乗り込み席に座る。二人の尻が落ち着いたところでアイリーンは馬を前に進ませた。足元の柔らかな砂地と客車の重量の増加により馬は発車に若干手間取ったが、ホワイトがやんわりと出だしを手伝ってやるとすぐに勢いを取り戻し前に進みだした。
ヴィセラが請け合ったように入り口から宮殿へと向かう通路は狭苦しく闇に沈んだ緑の隧道ではなくなっていた。アイリーンがエリオット達と訪れた時は通路を無秩序に木々が覆いつくし、繁茂した枝のために人が並んで歩くことだけでも窮屈だったと聞く。ホワイトとして初めて訪れた際も同様に感じた。
今は馬車が通る広さが確保され、樹上から柔らかな陽光が差し込み足元にひかれた石畳が見て取れる。所々にひびや割れ欠けなどのほころびが目につくが、ホワイトは細かな傷にこだわる気はない。
「陽光はこれぐらいでよいかもしれんな」ホワイトは馬車の外へ目をやった。
通路に差し込む陽光が石畳に枝葉の影を落とし、目を上げると深緑の重なりの向こう側に目も眩むほどの陽光の輝きが感じられる。
「ありがとうございます」
甲高い悲鳴にも似た鳥の鳴き声が木々の奥から聞こえてきた。それに応じるように別の声音で鳴き叫ぶ。鳥というのはあの体躯でよくあれほどの大きな声が出せるものだ。人が同じことをやれば喉を痛めかねない。ホワイトはその点でよく感心をする。
「よそ者の来訪を仲間に告げているようです」とアイリーン。
「よそ者とは……ここをつくったのはわたしだぞ。まぁ、よい……」ホワイトは苦笑した。
「ここを離れず暮らしているものはよいのですが……」とヴィセラ。「他にも多くの鳥がここをねぐらして利用しております。それらの多くは朝ここを出て付近の集落で餌をついばんで夜に戻ってくるという生活を繰り返しています。それらが虫を食ってる分にはかまわないんですが、中には農作物を荒らすものもいて集落の人たちには頭の痛い存在のようです」
「あぁ、それでお前の素性を知った者から相談が舞い込んきたということか……」前からアイリーンの声が聞こえた。
「えぇ、そのため魔導仕掛けの罠に撃退機やらを何台かつくらせてもらいました」
「ただではなかろうな」
「お代は頂いてます。ですが皆裕福ではないのでお代わりに野菜や穀物、食事に招かれるなどいろいろです」
「なるほど」
ヴィセラは西の港町に住んでいる時も似たような生活をしていたと聞く。そして、「マイケル先生」と呼ばれ、頼りにされ金の他に食事や日用品を分けてもらっていた。彼にはこのような生活が性に合っているのだろう。楽園と集落を行き来するなら良好な関係を保つのもよいことだろう。
「最近も集落に出現する正体不明の魔物を監視する仕掛けはできないかと頼まれましたね」
「正体不明……どのような」
「毛むくじゃらで二本足で歩き回る獣という話です」
「大方、立ち上がった熊や大猫の類を目にして勘違いしたのではないか」とアイリーン。
「まぁ、そんなところでしょうけど、それならそれで追い払う必要があります。奴らに領分をわからせておかないとあとでこちらが酷い目に遭いますから」
「そうだな」
通常人が敵う獣は猫辺りの体格までだ。その猫相手でも酷い引っ搔き傷を負うことがある。集落でもそれは心得ているようで、万一に備えて相談会の立ち上げが考えられているようだ。ヴィセラもそれに参加を求められている。
二人であれこれと対策を話し合っているうちに馬車は宮殿の正面入り口に到着した。宮殿に絡みついていた蔓植物はきれいに取り払われ、周囲の池からも腐った植物などによる澱みもなくなり、以前の面影を思いかえすに十分な姿を取り戻していた。




