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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第10話

 覚悟を決めて男たちの取調べに臨んだシャーリーとダニエルだったが、囚われの身となった二人の態度は拍子抜けなほどに協力的だった。まるでシャーリーの言葉に彼らを封じていた戒めの糸を断ち切る力があったかのように証言を始めた。彼らは黙り込み、はぐらかすなどせず倉庫へ立ち入ろうとした動機を簡単に口にした。

 今回の襲撃はレイランドなる人物の指示によるもので、目的はニコタンの口封じと倉庫の壁に設けられた隠し戸棚の中に収められた物を回収するためであることを認めた。シャーリーたちは彼らの気が変わらないうちにと速やかに証言内容を調書に仕立て、クルードはそれを受け、狙われた倉庫の捜索に入れるように段取りを立てた。いや、クロードはその頃にはすべての準備は整えていた。クロードはそれを実行に移しただけのことだ。

 事は凄まじい速さで進行し、その日の昼下がりにはクロードを筆頭とした捜索隊は戸惑うチハラや他の作業員を尻目に倉庫の捜索を開始した。警備隊内でさえ異例の唐突さを誇る捜索だ。まずはいつもの前口上から始まり、それから帳簿の在処へと一直線に向かう。

 ダニエルは男の一人から教えられていた「手前側から三番目の柱付近の床に書かれた目印」を手掛かりに隠し戸棚を探し当てた。

 そして、少々芝居がかった口調で捜索隊と作業員達に呼びかけた。

「ここのようですね。やはり中は空洞のようです」

 壁を軽く叩き、周囲との違いを彼の声で集まった者たちにその響きの違いを知らしめる。

「次は……」

 壁の板の一枚を剥がし、見つけ出した穴に指を入れ、扉となっている壁を手前に引いた。

「聞いていた通りの構造となっています」

 このような戸棚の存在を知らされていなかったチハラは下顎が外れそうなほどに口を大きく開けたまま固まってしまっていた。

「これをご存じでしたか?」

 チハラはクルードに説明を求められたが、彼にできたのは素早く首がもげるほどに大きく左右に振る事だけだった。

「知らない、心当たりはない」この捜索で彼が発した言葉はこの他にない。


 この唐突な捜索は時を置かずして二か所に伝えられた。一つは倉庫の持ち主であるアンファル家である。それをもたらしたのは警備隊士に伴われて屋敷に現れたチハラだった。現当主であるパウル・アンファルもそれについては初耳らしく驚きを隠せないでいた。そして、その場で自宅、事務所及び他の倉庫の捜索に応じた。

 もう一カ所はクラウド・ポートの書斎である。件の倉庫にポートの命で潜入しているヒロガヤは突然の警備隊士達の来襲をそっと陰から動きを観察していた。

 ヒロガヤは倉庫内に入ってきた隊士の一人が壁に隠されていた戸棚をまるで在処を知っていたかのように開けて見せ、終始大声で話す隊士の声に反応し倉庫内が騒然となった様子を事細かにポートに通話機越しに話した。

 興奮気味のヒロガヤから報告を受けたポートはギリギリの位置で自制を保っているように見えた。ポートは強張り僅かに震える手で受話器を通信機本体へと戻した。

「誰かがあの帳簿の存在を漏らしたようだな……」抑えられはしているが、声音から滲み出す憤怒の念がレイクランドには目に見えるようだった。

「あれについて知っているのはごく僅かなはずだぞ」

「それは……」

「具体的に言って、俺とお前ぐらいのはずだ。漏らしたのは誰だと思う?」ポートはレイクランドに訊ねた。

 レイクランドは主人が発する言葉が刃のように鋭く感じた。

「それは……」

「……あの連中からはまだ連絡はないのか?」

「それは……」その原因は簡単に予想がつく。

 残念ながら、どこかに隠れているために動きが取れず連絡が取れないという話はないだろう。仕事にしくじり警備隊に囚われたとみた方がよいか。

「さっきから同じ言葉しか聞いていないぞ」

「すみません」

 重苦しい不安が心中を駆け巡り、息が詰まり叫び出しそうになる。それを抑えるために思考が停止し、出てくるのはまるで壊れた自動人形のように同じ言葉の繰り返しだ。

「もういい、すぐにでも何か手を打つ必要があるだろう。また、荷物を別の場所へ移ししばらく行動を控えるしかないだろうな」

「はい、ではこれより人数を集めて今夜にでもかかろうと思います」

 前回もこれでうまく難を逃れることができた。今度もうまくいく。レイクランドは自身に言い聞かせた。事は急がねばならない。彼は踵を返し書斎の扉へと向かった。

「いや、移動は明日の夜でいいだろう」

「はい?」レイクランドは耳を疑った。「それでは……」警備隊に先を越されることになりはしないか。クラウド自身もすぐにでもと口にしたばかりではないか。

「明日だ、明日でいい。昨日の今日だ。まずは周辺に余計なねずみや虫が取り付いていないか。よく調べるんだ。それが済んでから移動することにしよう」

「承知しました」と答えはしたが、わだかまりが晴れることはない。

 何か起こればこちらに降りかかってくることは間違いない。

 レイクランドは渦巻く不安にさいなまれつつ、クラウドの書斎から出て行った。


 アンファル家の倉庫の捜索の翌日の朝、シャーリー・ジェロダンが署に出勤してみると自身の机の上に封筒が一通置かれているのが目についた。シャーリー・ジェロダン様へと宛名が書かれた封筒は見るからに上質の紙でできており、これだけで昼食代が軽く飛んでいきそうに見える。裏側は封蝋で閉じられ差出人の署名はない。

「これ、誰が持ってきてくれたの?」

 シャーリーは封筒を摘まみ上げ、頭上に差し上げ軽く手を振る。それを目に止めた周りの同僚や事務職員などは首を横に降振ったり、傾げたりで否定的だ。

「誰も見てないの?」

 これには誰もが頷いた。これではお手上げだ。

「……手紙が机の上に湧いて出てくるはずもないのにおかしな話ね」

 署に入るだけでも簡単ではないはずだ。それにもかかわらず、この部屋に手紙を置いていった者がいる。皆の気が緩み過ぎているのか。それとも誰かが嘘をついているのか。

 シャーリーは見るからに高価な封筒を手で乱暴に引きはがす気にはなれず、机の引き出しからペーパーナイフを取り出した。手紙を裏返し、封蝋の間にナイフを滑り込ませる。封蝋を剥がして、中身を確認すると二つ折にされた手紙が一枚入っていた。

「ジェロダン様、いつも職務ご苦労様です」思わず苦笑が漏れる。ジェロダン様って何者なの。

「おはようございます」

 読み進めてすぐにダニエルの声が聞こえた。

「おはよう、これを見て」

 隣の席に座ったダニエルに手紙を手渡す。

「なんです……」受け取り目を落とす。「今夜、……旧市街……同僚の方々と共にお越しくださいませ、皆さまがお探しの失せ物を提供できると信じております」

「それが今朝この机に置いてあったわ」

 シャーリーは机の上の封筒を指で示した。

「これですか」封筒を取り上げ中を覗く。「何かまだ残っていますよ」

 ダニエルが封筒をひっくり返すと小さく折り畳まれた紙包みが転がり出てきた。折り畳まれた包みは医者から出される薬の包みによく似ている。

「開けてみましょうか」

 折り畳まれた包みを展開すると、そこにはくすんだ黄色の塊が入っていた。包み紙の内側にも手紙と同じ筆跡で文字が綴られている。

「これが見本となります。あなた方なら何かおわかりにあるでしょう」シャーリーが声に出して読み上げる。

 人差し指を塊に軽く押し当て、その指を鼻の傍に持っていった。その匂いに記憶が刺激され反射的に眉間に皺が入る。死を招く甘やかな香りだ。

「もしかして……あれですか」

 シャーリーの反応を見てダニエルが声を掛けてきた。

「そうね、ただのお香ではないことは確かよ」とシャーリー。「これを餌に手紙の主はわたしたちに誘いを掛けている。誰かは知らないけど指定された場所に出向けばわたし達の探し物が手に入るとね」

 シャーリーはくすんだ色の小さな塊を摘まみ上げた。彼女の脳裏に手紙の差出人の心当たりがふっと浮かんできた。あの女かもしれない。かなり気まぐれな女と聞いているが、今回はどういう訳かトルキンに入れ込んでいるようだ。彼女の誘いにより前回の雪辱が晴らせるならばそれはそれでいいかもしれない。

 シャーリーは手紙と付いてきた塊を拾い上げ椅子から立ち上がった。


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