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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第8話

 ボウラーからもたらされた情報のおかげか警備隊も動き出したようだ。

 フレアが港の倉庫街で見張りについていると、昼に男女の私服警備隊士がアルファン家の倉庫へ出向いてきた。責任者の男と簡単な会話の後に倉庫から去っていったが、夕暮れ間もない時間となって彼らは言葉通りに戻ってきた。だが、倉庫に近づくことはなく隠れるように向かい側の倉庫の陰に入っていった。

今はそこからアルファン家の倉庫の様子を窺っている。フレアもその様子を別の倉庫の屋根の上から覗いている。倉庫では日中の搬入搬出業務が滞りなく終わり、後片付けの時間となっている。夜番とし倉庫に出勤してきたニコタンもそれを手伝い、掃除などに参加している。荷運びに使用されていた荷車や貨車は倉庫内に収納され、倉庫の大扉は内側から閉じられ、ややあって作業員たちが通用口からあふれ出してきた。皆、帰りの挨拶を同僚たちに告げ軽く手を降り去っていく。その足が向かう先は近くの酒場や自宅と言ったところだろう。最後にニコタンが戸口から顔を出し、帰っていく同僚たちを見送ってから倉庫内に入り通用口の扉を閉めた。長い夜の始まりである。

 作業員が立ち去るのを待っていたのだろう。倉庫前から人気がなくなると物陰に隠れていた隊士の男女が姿を現した。辺りの気配を窺いつつ通用口へと近づいていく。フレアも倉庫の屋根伝いに移動し、明り取りの窓へと飛び移った。フレアが窓をこじ開け倉庫内へと入るとほぼ同時に隊士達も倉庫へと足を踏み入れた。彼らの頭上から話を聞いていると、ニコタンは上司のチハラから警備隊士の来訪を告げられていたようだ。しかし、それを快くは思ってはいないのが口調や曲がった口元から察することができる。

「そうだよ、それは認めるが、黙っていてくれるんだよな」にコタンは渋々といった様子で隊士からの質問に答えた。

「えぇ、そのつもりだから、こうしてあなたが一人になるのを待ってここへ来たんです」シャーリーと名乗った女の隊士は柔らかな微笑みを浮かべた。

「……確かに俺は」とニコタン。「何度かエブラッタさんに金を渡されて外で時間潰してたことがある。時間にしたら一刻半ぐらいの間かな」

「その間、彼が何をしていたか、わかりますか」

「わからないよ、俺は本当に外に出ていたんだから」

 当たり前だろうとばかりに顔をしかめ鼻を鳴らす。

「外で何をしていたんですか」

「人の少ない店で飲んでたよ。店の隅で目立たないように、もし誰かに見つかったらと思ったら気が気じゃなかった」

 気の毒にくつろげる酒ではなかったのだろう。ともなう緊張に酔うこともできなかったに違いない。

「断ることはできなかったのかい?」とダニエルという若い男が尋ねた。

「できるわけないだろ!あの人は俺の雇い主で、あの時俺はこの仕事にありついて間もなかった。やっと見つけた仕事なんだ!黙って聞くほかなかったよ。金を握らされて黙っていろと言われたらそれまでだよ!」

 ニコタンは少し小柄ではあるが、ダニエルの言葉に激昂し体格差にかまわず詰め寄った。ウエストコートの襟を鷲掴みにし引き寄せる。

「まぁまぁ、落ち着いてあなたの気持ちはよくわかるわ。意に沿わない命令を受けることはわたし達もよくありますからね」

 シャーリーは微笑みながら二人の中に割って入り、引き離した。

「エブラッタさんが誰かと連れだってここに来た時はありましたか?」

「いや、……いつも一人きりだったね」

「ここに来てからエブラッタさんとはどのようなやり取りがありましたか?」

「やり取りって、……ここはしばらくわたしが見ているから、外へ出ていてくれないかって金を渡される、いつもそんな感じだった」

「ふぅん、あなたは何をしていると思いましたか」

「何かいい匂いがしているときがあったから、ここで女とでも会っているのかと思ったけど、触らぬ神に祟りなし黙っておくことにしたよ」

 禁制品の一部には甘ったるい香りを放つ物がある。あの夜番はそれを女が付ける香水と勘違いしたに違いない。主人とその愛人の密会場所としてこの倉庫が使われていると誤認していたのか。女にとっては雰囲気も何もあったものではないが、ニコタンはそれを察して余計な関わりを避けていたのだろう。これはローズも知り得なかった事実だろう。フレアは穀物の山の上で口角をあげた。

「もう一度聞きます。よく思い出してください。誰にしても、何かを見たか、聞いたかしたことはありませんか」

「あぁ、そういえば……一度だけあったね。俺の帰りが早かったのか。それとも相手が長居したのか。俺が倉庫に入ろうとしたらエブラッタさんの声が聞こえてきた。たしか、ボートかポートさんとか声を掛けていたと思う」

「それであなたは……」

「慌てて、その場を離れたよ。まだ帰ってくる時間じゃないと思ってね」

「なるほど、最後になりますが、エブラッタさんが亡くなった夜あなたはどうしていましたか」

 シャーリーの問いにニコタンの口元が歪み、眉間に皺が寄った。倉庫内に沈黙が訪れる。

「……あの夜もここにいたよ」

 しばらくの間をおいてニコタンは口を開いた。

「エブラッタさんのことを聞いてどう思われましたか」

「ここに来る途中に襲われたのかと思ったね」

「でも、当時は誰にも話さず黙っていた」

「……あぁ、そうだよ」とニコタン。「騒ぎに巻き込まれたくなくって話しそびれて……そのままさ」ニコタンは深いため息をついた。

「これを話したのはわたし達の他に誰かいますか?」

「いねぇ、あっ……あいつかな」

「誰です?」

「……トルキンとかいう、あんた達のお仲間だよ。あいつはエブラッタさんが亡くなってしばらく経ってからここにやって来たよ。まったく、俺のことをどこで聞きつけたのか」

 トルキンもポートとの繋がりまで辿り着いていた。

「彼が来たのはいつ頃かしら」

「一か月ぐらい前のことかな。あんた達と同じようにここに現れた」

「彼はあなたの隠し事を知ってた?」

「さぁね、どこまで知っていたかはわからないが、脅し混じりでカマかけられて、それに乗っちまったってのが本当だろうな」ニコタンは肩をすくめた。

 シャーリー達は宣言通りその問いを最後に倉庫から引き上げていった。本当にそのつもりかはフレアには読み切れない。とりあえず外へ出る二人の後を追い外へと出る。隊士二人は戸口でニコタンに別れを告げると街の方へと歩き出した。フレアもそれに続くかと思案を巡らせる。

 その最中に、フレアは視界の隅で動く人影を捕らえた。隣にある倉庫の陰から男が身を乗り出して、去っていく隊士二人の動きを窺っている。男は二人が振り返ることがないと判断したのか、倉庫の物陰から飛び出してきた。その男に続いて三人が小走りで後に続く。全員港湾作業員がよく身に着けている地味な砂色のつなぎ姿であるが、腰には鉈を差し、中の一人は革の鞄を背負っている。鞄からは大型の釘抜がはみ出ている。彼らが目指したのはアンファル家の倉庫の通用口だった。戸口に男たちが取り付くと、一人が釘抜を取り出し通用口の隙間に突きこんだ。他の男は腰の鉈を引き抜き構える。

「これは……」嫌な雲行きとなってきた。

 男達は倉庫に用があるようだ。それも穏やかな用向きではない。穀物も集まれば高額となるが四人で盗み出せる量は限られている。それならば狙いは何か、夜番のニコタンだろうか。屋根から降りて殴り倒すのは容易いが、転がしただけでは行先は警備隊ではなく、病院になってしまう。

「ここはあの二人に頑張ってもらいましょうか」

 あの二人の注意を引くにはどうすればいいか。

「これがいいわね」

フレアが足元に目を落とすと屋根に古びた銀貨が転がっていた。カラス辺りがここまで持ってきたのか、とりあえず感謝をしておく。

 フレアは遠ざかっていく男女の背後の足元に向かって拾った銀貨を投げつけた。狼人の力で加速した銀貨は目にもとまらぬ速さで若い男の隊士の足元の地面に激突し土塊を舞い上げ、前方へ跳ね飛び二人の間をすり抜けていった。僅かに遅れ乾いた破裂音が倉庫街に響く。

「なんだ⁉」男は横っ飛びで土塊を避け、背後に目をやった。上着の中に忍ばせている武器に手を伸ばす。

「ダニエル!後ろ!」女の隊士が声を上げる。

「了解!シャーリー!」

 警備隊士としての目が倉庫の戸口に武器を片手にたむろしている男たちを捕らえ、ダニエルはそちらに向かい突進していく。

「あなた達、そこで何をしているの!」シャーリーも駆けだしていく。

 男達が応戦か逃走か迷っているうちにダニエルが懐から取り出した伸縮式棍棒を手に集団へと飛び込んでいく。フレアは逃走を図る男の背後に屋根に転がっていた小石を投げつけた。舞い上がる土埃に逃走を阻まれた男たちは腹を決めたようだ。

 男たちはダニエルに鉈で斬りかかるが、彼はそれを避け、鉈を手にした右手を棍棒で強く打ち据えた。哀れを誘う悲鳴と共に鉈が地面に転がり、男は腕を押さえて膝をつく。低くなった頭部にダニエルの蹴りが入り一人目はその場に無言で転がった。

「あら、痛そう」

 二人目は遅れてやってきたシャーリーに襲い掛かった。彼女はむやみに振り回す鉈を手元から払い飛ばし、戸惑った様子の二人目の脳天に棍棒の一撃を食らわせた。二発目は顎へそれがとどめとなり二人目はその場にうつ伏せで倒れた。残りの二人は戦意を喪失したか、手にした鉈と大振りの釘抜を投げ捨て両手をあげて二人に投降した。

「ローズ様こちらは一段落つきました。はい、捕らえられた賊の行方はこちらで見定める事にします」

 切れのある動きを目の当たりにしてフレアは満々の笑みを浮かべた。路上に転がる男たちもよい収穫となった。これで捜査の展開も変わってくることだろう。

 

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