表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

302/348

第7話

 フレアを事務所から送り出したボウラーは改めて彼女が置いていった紙綴じに目を通した。フレアによるとこの紙綴じはもう写しを取っているため返還は不要とのことだった。自分たちが持っていたところで役に立つわけもなく、こちらから然るべき相手に手渡して欲しいとのことだった。ボウラーはそれを請け合いはしたが扱いは難しい。

 紙綴じに書かれているのはクラウド・ポートなる人物との取引の記録だ。日付とともに出入荷の量が書かれている。この紙綴じが原本であっても路上に放置されていたなら何の取引の記録か誰も想像も付かないだろう。これがクラウド・ポートとエブラッタ・アンファルによる禁制品薬物の取引の記録と推測されるのは、フレア・ランドールの人並外れた嗅覚とその発見場所に他ならない。彼女には自分たちの関りは明かすなと言われたが、それがなくては説得力が乏しくなるだろう。それなら信用に足りうる相手に事情を話し協力を取り付ける必要があるだろう。

「やっぱり、彼女しかいないか」

 初めからわかっていたことだが、トルキンに関する事件でもあり、信頼できるのは彼女をおいていないだろう。ボウラーは立ち上がり壁際に掛けてあった上着を手に取り、外へと出て行った。

 彼女の呼び出し方は心得ている。特に秘密めいたやり取りをするわけではない。ただ署の一階受付で彼女宛の伝言を渡しておくだけだ。何の捻りもない。後は事務所で待っていれば空き時間を利用して姿を現すだろう。もし、その時に折悪くボウラーが留守ならば今度は先方が伝言を残していくそれだけのことだ。

「何の用なの?わたし達は暇じゃないのよ」

 シャーリー・ジェロダンが若い男を伴いボウラーの事務所にやってきたのは彼がここへ戻ってきてからすぐといってもよいだろう。この時間では茶を入れる暇もない。恐らく彼女たちはボウラーからの伝言を受け取り、すぐさま署を飛び出してきたに違いない。頬は紅潮し、金色の髪をうなじの辺りで乱雑にまとめられている。

「彼はダニエル・アーランド、問題なく信用できるわ。安心して」

 シャーリーはボウラーの視線の先を感じ取ったか、背後に立っている若い男の紹介をした。

 みじかい黒髪の若い男だ。大柄で筋肉質の体が地味な砂色のウエストコートの中にはちきれそうになって詰まっている。彼女の新しい相棒なのだろう。きっと彼はシャーリーから詳細を聞かされることなく、ここまで連れてこられたに違いない。事情が掴めず、事務所内を探るために激しく眼球動いている。紹介されたダニエルは軽く会釈をした。

「ようこそ、俺はラリー・ボウラー、何年か前は彼女の同僚だった男だ。よろしく」とボウラー。

「まぁ、そこの椅子に座ってくれ」

 ボウラーは二人に椅子を勧め、入れ替わりに金庫へと移動しフレアから受け取った紙綴じを取り出した。

「一度これを見てもらいたくてね」

「何……?」

 ボウラーはその言葉だけを添えて、紙綴じを二人の前に差し出した。シャーリーは僅かな間、もの言いたげにボウラーへ視線を送ったが、すぐに紙綴じに目を落としその表紙をめくり始めた。現れた数字の羅列を目にして眉間に刻まれた皺が深くなっていく。最初は首を傾げていたダニエルも何かを思い当たったか、息を飲みその後数字の羅列を食い入るように見つめた。

「あなた、これをどこで手に入れたの?」

 抑えられた声音ではあるが、警備隊士としての強い力が感じられる。

「何か思い当たる点があるか?」ボウラーは敢えて問いで応じた。

「……えぇ、何かの出納記録のようだけど、わたしが気になるのは取引相手の名前よ」

「クラウド・ポートを知ってをいるのか?」

「わすれられない名前ね。まさか、こんな時に出てくるなんて……」

「何者なんだ。クラウド・ポートって奴は」

「かつてわたしたちが取り逃がした男よ。例のトルキンさんが奥さんを亡くした夜にあった手入れの相手がこの男の倉庫を対象にした大規模な捜索だった」

「俺も覚えてますよ……」とダニエル。

「あなたも……現場にいたの?」とシャーリー。

「まだ制服を着ていた頃で、俺も駆り出されました。俺の担当は扉前の警備でしたけど、本隊の人たちが意気消沈した様子で引き上げていったのをよく覚えています」

「あぁ、そういうこと」とシャーリー。「聞かせて、何であの男の名前が書かれた帳簿をあなたが持っているの?」

 喉元に食いつかんばかりに間合いを詰めるシャリーにボウラーは両手をあげた。

「俺もひょんなことからトルキンさんの件に関わることになってね。その流れである知り合いからこの帳簿の提供をうけたんだ」

「どういうこと、話が見えないわ」

「それはわかるが、一通り黙って聞いていてくれ。それはエブラッタ・アンファル、アンファル家が管理する倉庫で見つかったそうだ。見つけた場所は倉庫内に設けられた隠し戸棚で、戸棚と帳簿は微量ではあるが何らかの禁制品薬物の匂いを帯びているそうだ」

「これがその帳簿……」ダニエルが帳簿に顔を近づけていく。

「おっと、これはその写しだ。だが、原本でもその匂いはとてもじゃないが人が感じ取れる濃度じゃないそうだ」

 ボウラーの言葉にシャーリーとダニエルは顔を見合わせた。

「本当なら気になる話だけど……」シャーリーは軽く帳簿を指で叩いた。「載っているのはポートの名だけで何の取引が記載されているのかもわからない。おまけにそれが盗み出されたとなれば……」

「それについては俺も先方もわかっているよ。だが、放ってはおけない。だから、あんたに声を掛けたんだよ」

「まったく、面倒なことに巻き込むわね」シャーリーは眉間にしわを寄せた。「でも……聞いたからにはわたしも黙ってはいられないじゃない。これを持ち込んだ相手は誰?話は信用できるんでしょうね?」

「それについては問題ないと思う」

「誰?教えて」

 やはり入手先を明かすほかはないだろう。

「……それをここに届けに来たのは塔のメイドだよ。ここまで言えば誰が関わっているのかわかるだろ」

「あぁ……彼女ね」シェリーは深くため息をついた。


「帳簿は元あった場所から発見する必要がある……」それによってようやく証拠として使用できる。

 盗み出された帳簿について早急にローズたちの手で元の場所に戻させればよいという結論が出た。警備隊も今の状態では証拠として使いづらい。出所不明の帳簿など役に立たないどころか、場合によっては危険ですらある。だが、ボウラーと同様にシャーリー達も掴んだ情報を離すつもりはない。その策についてはまた別に考える必要があるだろう。

 塔のメイドは帳簿と共にもう一つ興味深い情報をもたらしていった。

 帳簿に関してはまだ表に出せないとしても、倉庫に訪れたエブラッタ・アンファルによって度々、外出を命じられていた夜番の証言には興味が出てきた。その夜番にトルキンも接触していたらしい。それならば彼もアンファルがその際に何をしていたのか関心が向いていたに違いない。隠し戸棚や帳簿の存在を知ったシャーリー達も大いに興味がある。

 シャーリー達二人はボウラーの事務所を出たその足で帳簿が見つかった倉庫へ出向いた。港へ向かう大きな街路から外れた場所にある倉庫では地味なウエストコートを身に着けた男女の姿は珍しく、辺りを歩いているのは荷役関連の作業員ばかりである。

 そのためだろうシャーリー達は最初に声をかけた男に彼らは街から監査にやってきた役人と勘違いをされた。訝し気な目つきの男たちの視線を受けつつ、責任者が来るのを待った。

「湾岸中央署?何の御用です……」

 チハラと名乗った男は唇をへの字に曲げ、シャーリーとダニエルに交互にめをやった。

「今日はニコタンさんは来られてますか」

「ニコタン……奴が何か……」更に眉間に皺が寄る。

「彼が何かというわけじゃないんですよ」シャーリーはチハラに向かい口角を上げた。

「この近く倉庫で泥棒騒ぎがあったようで、夜勤の方が何か見ていないかと思いまして、はい」

「なるほど、でもあっても奴は見てないと思いますよ。ニコタンの仕事はこの倉庫の中の警備ですからね。まぁ、奴なら夕方には姿を見えるでしょうから、そん時でもよかったらきてください」

「はい、では夕方に改めて」

 シャーリーはチハラに軽く会釈をした後、踵を返し倉庫から去っていった。

「いいんですか、あれだけで?」ダニエルはシャーリーの横に並び小声で問いかけた。

「あの人を引き連れて倉庫の壁を探るわけにもいかないでしょ。隠し戸棚を見つけたとしても何も入っていない。余計な騒ぎを起こして警戒心を募らせるだけよ。夕方を待つことにするわ。今日の勤務が終われば、後は好きに動くことができる」

「非番になってから動くつもりですか?」

「そのつもり、あなたは好きにすればいいわ」

「好きにって……隣で聞いていてそれは……」


 昼下がりの陽光が差し込む書斎の通話機の鐘が鳴り、帳簿に目を通していたクラウド・ポートは椅子から立ち上がり壁に向かった。

「こちら、クラウド・ポート」

受話器を取り上げ落ち着いた声で告げる。

 一瞬の間を置き、挨拶もないまま先方は話し始めた。

「また、警備隊士がニコタンを訪ねてやってきました。夕方にまたくるそうです」

 ポートの答えを待たず、先方はそれだけ告げると通話を断ち切り、回線は無音となった。ポートは受話器を元に戻すと机に置いてあった呼び鐘を手に取り握りしめ上下に振り回した。書斎に甲高い鐘の音が響き渡る。少し待てば執事のレイクランドがやってくるだろう。ポートとしては余計な騒ぎを起こしたくなかったが仕方ない。後の事はレイクランドに任せることにした。彼なら間違いはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ