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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話

「ローズ様は殺されたエブラッタさんには秘密の収入源があって、それに関するもめ事が原因で殺されたとお思いですか?」

「えぇ、気になるわね」とローズ。「なぜ、それを帳簿に書かないでいたのか気にならない?彼はかなりの額の取引を隠していたことになるわ。亡くなる直前までね。エブラッタさんの後を継いだ息子のパウルさんはおおよその額を突き止めた。推定では総収入の五分の一に当たるような額ね」

「結構な額になりますね」

「それに度々彼は使用人を伴わず一人で出かけていた」

「それも気になると……」

「えぇ……何をしていたのか調べる必要があると思わない?」

 夜明け前にローズは紙束を手に塔へと戻ってきた。そして、フレアに外出中に知り得た情報を伝え眠りについた。フレアが受け取った紙束に書かれていたのはアンファル家の管理下にある倉庫の所在地とそこに置かれた荷物目録だった。ローズの塔への帰りが遅いと思っていたが、彼女は自身で倉庫の所在やそこで扱っている荷を洗い出していたようだ。目録の内容に特に目を引く者はない。アンファル家は小麦や唐黍、塩に砂糖その他多数の物品を取引することで生計を立てているようだ。

 パウルはエブラッタの下で市況に対する知識を十分に積んでいたと見られ、その手腕にまったく遜色はない。つまり、パウルの采配によりアルファン家の収入が目減りしたわけではなく、謎の収入源がエブラッタの死を期に途絶え、それにより収入が落ち込む結果となっているようだ。

 ローズがエブラッタ・アンファルに裏の顔があると見ているのなら、倉庫でまだ何か痕跡が残されているかもしれない。それならば、その痕跡を探し出すのがフレアの使命となる。少量で多額の収入源となれば定番は違法な禁制品の取引だろう。特にエヴィデ香などの違法薬物は痕跡が残ることも多い。それなら、意識を読めないフレアであっても探索は可能だ。

 夜明けとともに塔を出たフレアは旧市街にあるアンファル家の倉庫の一つに向かった。日が昇って一刻も経たない時間ではあるが、港へ通じる街路ではちらほらと人が行きかう。これでは扉にかかっている鍵や閂をいじっている余裕はない。該当する倉庫を発見したフレアは屋根に登り、天井にある明り取りの窓をこじ開け倉庫内へと侵入した。ローズの調査通り倉庫に収められている主な商品は小麦や唐黍で、これらは小売りではなくパン、製菓店や飲食店へ卸される。 

 横に長くて小さな窓から倉庫内へと進入する。乾いた穀物に若干の小動物の匂いが混じっている。それに混じる人の体臭がまっとうな倉庫に漂う匂いとなる。探すべきはそれ以外の臭気だ。フレアが荷物の最上部に降り立つと、何かが動く気配が感じられた。僅かな波紋が大きな波となって倉庫内へと広がっていく。

「わぁ!何だ」下から慌てふためく男の声がフレアの耳に入ってきた。

 様子を伺うと倉庫番の男が彼を恐れることなく出口へと駆けていくネズミの群れを眺める姿があった。勘のよいネズミがフレアの正体に気付き逃げ出していったようだ。この体になって間もない頃は、あの勘の良さが邪魔になり手を焼いたものだ。何度も狩りを邪魔された記憶は今もフレアの奥底に残っている。

「あぁ、また仕事が増えたじゃないか」去ってゆくネズミを眺める男は呟いた。

 あの数のネズミを見ては放ってはおけないが、ネズミはしばらくここへは戻ってこないだろう。それを今、彼にフレアが伝えるわけにはいかない。倉庫番の男がその場を離れてからフレアは荷物に紛れた痕跡の有無を探し始めた。気配を消しつつ倉庫内を探索してみたが、怪しい残り香を感じ取ることはなかった。この倉庫が違法薬物の取引に使われた可能性は少ないだろう。

 次の倉庫に到着した頃には夜の留守番は帰途につき、昼担当の人員も勢ぞろいし荷役作業が開始されていた。背中にアンファル家の家紋が入った作業着を身に着けた男たちが、港から到着した荷を仕分けをした後に所定の場所に積みあけていく。

 他の場所では注文を受けた品を取り出し荷車や馬車に積み上げていく。彼らは多岐に渡る品種の小麦や唐黍を扱っているようで、荷の出入りの度に品種を指す言葉が倉庫内で飛び交っている。威勢のいい声を上げる男たちの動きは飽きずに天井から眺めていられそうだったが、そうもしてはいられない。ここでもフレアは人目に付かぬように立ち回り、怪しげな痕跡を探して回った。こちらもまっとうな取引を展開している倉庫らしく、何も感じられない。途中初老の使用人を伴った身なりの良い男が現れた。背は高く砂色の短い髪、歳はフレアの友人であるニコライ・ベルビューレンと変わらない程度か。男たちが彼を「パウルさん」と呼んでいたところを見ると彼が現当主のパウル・アンファルなのだろう。倉庫に居合わせた男たちがパウルに気を取られている隙にフレアは彼らの傍に近づいた。パウルを含めて男たちに問題はない。使っていたとしても酒たばこの類がせいぜいで違法な薬物に囚われてはいない。フレアはそこを出て次の倉庫へと移動した。

 三か所目の倉庫の雰囲気も他とは変わらない。アンファル家の家紋が入った作業着姿の男たちが声を掛け合い倉庫内を動き回っている。今回もフレアは屋根に設けられた明り取りの窓から侵入した。男達の動きに注意しながら積み上げられた穀物の山の上を移動していく。問題といえば一か所雨漏りを発見したことぐらいか。まだ僅かな範囲ではあるが、入り込んでくる雨水により屋根が朽ちてきている。雨水による損傷がひどくなれば落ちてきた水により積まれた小麦にカビが生え汚染されかねない。

「おぉ、フェス」

「はい!」

 呼ばれた男が巨大な脚立を引きずり駆けつける。

「運び出してくれ、あぁ……この列だな」

「はい!」

 フェスはまもなくフレアのすぐ傍に上がってきそうだ。脚立が軋む音とともにこちらへと近づいてくる。フレアは反対側の通路の様子を確かめた。幸い誰もいない。危険を犯し天井へと飛び上がる必要はなさそうだ。フレアが飛び降りてすぐ後に頭上から声が響きだした。男たちが掛け声とともに小麦が一杯に入ったずた袋を下ろしている様子が通路に伝わってくる。面倒だが彼らの目に付かぬようフェスが下に降りるまで、物陰から痕跡を探った方がよさそうだ。

 周囲の気配に注意を払い通路使い移動する。漂う臭気に気を払い歩く中でもう引き上げてもよいのではないかとの考えが浮かび上がってくる。働いている男たちにいかつさはあるものの仕事への態度は真面目そのものだ。威嚇的な用心棒も待機しておらず、警戒心に張り詰めた様子もない。ここもはずれかと思った矢先にフレアの鼻腔に危険な匂いが流れ込んできた。ごくわずかではあるが禁制品が放つ臭気に間違いはない。

 それはどこから漂ってくるのか。商品の穀物は日々入れ替わり、隠し場所には適さない。そうなれば建物の中に秘密の隠し場所を設けるのが適切だろう。壁や床の中に隠し場所を作るなど珍しいことではない。フレアは傍の壁にそっと近づき、匂いを嗅いだ。この倉庫で働く者の中に禁制品の使用者がいる可能性もある。その使用者が吐き出した残り香かもしれない。危険ではあるが臭気に気を集中し発生源を突き止めることに専念する。

「……ここね」声に出してしまいそうになったが、喉の寸前で押し留める。

 この壁の向こうだ。目の前の木材が貼られた壁を静かに力を込めて押してみる。僅かに僅かにたわみ裏側に空間があることがわかる。その前後の手ごたえは硬く横に梁が通っているのだろう。もう一度強く押すと臭気が少しだけ強くなった。ここで間違いない。

 壁を剥がして中を確かめたいが、今は人目が多く乱暴なことをすれば、注意を引くことにもなる。それはローズへの報告を済ませた後にしたほうがいいだろう。これは記憶に留め置きフレアは次の倉庫へ向かうことにした。

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