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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

「朝っぱらからご苦労さん」

「ありがとう」

 二日連続で開業前の事務所にやって来たフレアにボウラーは労いの言葉を投げかけた。言葉に他意はない。彼も上司の命に従い面倒な立ち回りを何度もやらされた経験がある。

「ローズ様が昨夜湾岸中央署から持ち帰ってきたわ」

 フレアから差し出された紙束のインクの色から見て、これは新たに作成された文書であることはわかった。彼女は徹夜で原本から書き写したものらしい。

「なるほど……」彼女の力を持ってすれば、これを手に入れることは造作もないことだろう。ただし、明らかに犯罪行為であるため、ボウラーとしてはそれを称賛することはできない。これを受け入れれば一蓮托生、自分も罪に問われることになりかねない。

「これはその写しか」

「えぇ、扱いには注意してね」フレアも違法性は心得ているようだ。

「わかってるよ。後で慎重に読ませてもらう」

 多少の躊躇いはあったが、真相に迫りたいとの欲求の方が強かったボウラーは目の前の調書の写し二通を受け取った。

 フレアは写しを置いていくと速やかに事務所から去って行った。ボウラーは彼女がいなくなると早速目の前の紙束に目を通し始めた。

 あれは面倒な依頼の報告を終え一息ついているところだった。そんな彼の元に湾岸中央署の同僚だったシャーリー・ジェロダンが沈痛な面持ちでやって来たのを覚えている。潤んだ赤い目でやってきた彼女を見てすぐにただ事ではないことを察することができた。だが、その理由がまさかトルキンの訃報であることは予想外だった。

 しかし、既に部外者であるボウラーが聞くことができたのは、トルキンが何らかの原因でガ・マレ運河にかかる橋から転落し、その溺死体が運河の河口で発見された事実だけだ。この写しでも新情報としてはこれまでボウラーが知り得た事柄以外に目を引くものはない。トルキンの転落は事件、事故ともいまだにはっきりしてはいない。当夜、彼が一人で外出するのを近所の住人が目にしているが、それからの足取りは掴めていない。トルキンが夜になり、人気の無い運河に出向いた理由は不明だが、近所の住人によれば、彼の夜間の外出はそれほど珍しい事ではなく、住人達も気に留めてはいなかったようだ。

 トルキンが転落した場所も特定できておらず、頭部に負った打撲痕も死亡に関係しているかも推測の域を出ていない。シャーリーは詳細を伏せていたわけではなさそうだ。詳細な事実がまったく解明されていなかったのだ。調書の最終的な更新でも結論は事件性なしとなっている。

「気に入らないな……」

 だが、事件性が見つからなければ無理もない。

 運河の付近で誰かと会っていたのか。真っ先に娘のピービ―が頭に浮かんだが、瞬時にそれは否定された。調書でも彼女は強い口調で否定したとされている。ボウラーも退職してからトルキンと何度か顔を合わせているが、彼からも娘とは絶縁状態であらゆる接触を拒まれていると聞いていた。

 それは仕事に対する熱意ゆえの成り行きだったのかもしれない。妻のヒメノは仕事で家を空けがちのトルキンに理解を示し家庭を取り仕切っていた。だが、ピービ―は顔を昼夜を問わず駆け回り、家庭を顧みないように見えたトルキンに反発を感じていたようだ。それが決定的になったのが、ヒメノが突然の病で倒れた時だろう。折り悪く、あの時は密輸業者の拠点への突入作戦と重なってしまいトルキンへの連絡手段がないまま、ピービ―は苦しむ母を一人で看取ることになってしまった。近所の住人達が手を差し伸べてはいたが、トルキンがその場にいることができなかったのは大きな痛手となってしまった。

 ピービ―は帰ってきたトルキンを激しくなじり、そのまま家を出て行った。以来音信不通となっている。警備隊で彼女の行方を探し出し、トルキンの訃報を伝えはしたが、彼女の対応は変わらず葬儀に参列することもなく、譲り渡された遺品は古道具屋に流れていった。あの手帳もローズが気まぐれに買い取らなければ捨てられていたに違いない。


 強盗事件の被害者であるエブラッタ・アンファルの自宅についてはその在処をフレアが昼間の内に突き止めてきた。旧市街の工房区に隣接する一軒家だ。運河沿いに広がる工房や工場、港の倉庫のなどの持ち主が多く住んでいる一帯だ。外見に於いては西にある住宅街のような風格に欠けはするが、それを補うように内装に気を配る住人が少なからず存在する。内装なら金次第でどうにでもなる。

 ローズはアルファン家の屋敷の屋根に降り立ち、屋敷内の様子を軽く探ってみた。夕食を済ませた家人たちは各自の部屋へ. 使用人は後片付けの最中といったところか。使用人たちとアンファル家の主人であるエブラッタとの関係は概ね良好だったようだ。彼の死に対して使用人たちが抱いた感情は定番の悲しみや理不尽な暴力に対する怒りや憤り、外出の際に同行しなかったことへの後悔などである。彼らは何の非もないエブラッタが行きずりの強盗に襲われたと信じており、屋敷に訪れた何人もの警備隊士にそのように証言しているようだ。エブラッタに恨みを抱く者、亡くなり得をしたと見られる者についても得に心当たりはない。内外ともに人当たりがよく、商売をうまくこなしていたと見ている。

「つまり、まっとうな商売人ね」

 そのおかげか、すべての業務を息子のパウルが引き継ぐことに誰からも異議を示されることもなかった。そのパウル自身いずれは仕事を引き継ぐことを承知しており、そのために父エブラッタについて学んできたようだ。家族内でもこれは決定事項であり、それについては他の兄弟達からも異存はなかった。それについても諍いなどはなかったようだ。これについては本心であり、下の兄弟もまったく不満は抱いていない。それどころか、医学や魔法に興味を引かれる彼らは、パウルが家業を引き受けてくれるのなら、むしろ幸いと感じているようだった。それらの資金も父エブラッタの同意も取り付け、パウルもそれを引き継ぐことを了承している。

「なるほど……」

 ここまではもめ事の種はまったく見つからない。

 最後に当主となったパウルの意識を探ってみる。彼は食事の後も仕事関係の書類と格闘中だ。彼も父との確執は見受けられない。商売を受け継ぐことも強制されたと感じてはいないようだ。これは教育の賜物といったところか。適性が合っているのかは判断はつかない。これまでの様子からあまり期待はできなかったが、念のためにローズは父に何か不審な点はなかったか訊ねてみた。

「えっ?」

 帳簿上の収支に奇妙な点が発見された。正体不明の取引先から多額の金銭が流れ込んでいる。いや、エブラッタの死の直前まで流れ込んでいたようだ。パウルは自分が経営上の管理を受け継ぎ、初めてそれを知った。多額の金銭を伴う取引があるにも関わらず帳簿にはその詳細は一切の記載がない。

「おかしな話ね」

 隠された帳簿があるのか、そちらに記載があるのではないか。これがパウルがだした推測だ。

 彼は書斎や父の私室、会社の執務室などを探してみたが見当たらない。執事や会社の上級幹部の何人かに訊ねてみたが誰も知らないようで、驚きを隠せないでいた。これが唯一の懸念となっている。

「このことを誰か他に知っている人はいる?」ローズは階下の書斎にいるパウルに問いかけた。

 答えはいる。

「えっ!」これは驚きだ。

 では、誰なのか。それは中背で白髪交じり中年男、くたびれた砂色のウエストコートを纏った警備隊士がしつこいほどに屋敷にやってきていた。名前はティモシー・トルキン、彼は父が何かの面倒に巻き込まれ殺害されたと考え、その理由を探し続けているようだった。何度目だったか忘れたが、パウルは口外せぬようと条件を付けたうえで、彼にそのことを打ち明けた。

「面白い話ね」

 これがトルキンが謀殺説に執着した理由だろうか。まだ先を探る必要があるようだ。


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