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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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革の手帳 第1話

今回はアクシール・ローズのお話となります。

皇宮広場で催された夜市で手に入れた手帳はある警備隊隊士の捜査記録となっていました。それに興味を引かれたローズはそこに綴られた未解決の事件を追い始めます。

 アクシール・ローズが皇宮広場で行われている夜市へ足を向けることになったのは偶然と気まぐれが絡まり合っての流れだった。

 この夜、ローズは例のごとく観劇のために帝国歌劇場へと向かったが、そこで目にしたのは観客と劇場係員を巻き込んでの騒乱状態だった。事の始まりは今夜の公演中止にあったようだ。それが決まったのは公演時間の一刻前とあっては確かに来客としては寝耳に水ではあるが、それが演者の突然の体調不良とあってはやむを得ないだろう。病というのはローズであっても対処はできない自然の脅威である。急な病は魔法を以てしても御することはままならない。ローズは急の病に陥った演者の無事を祈りつつ、劇場で騒ぎ立てる客の意識を操作し、気を静め騒ぎを収めた後にそこを後にした。

 この夜の予定が消し飛んでしまい手持無沙汰となってしまったローズだったが、このまま塔へ引き揚げる気にもなれず、どうしたものかと考えた。そこで思い出したのが、折よく開催されている皇宮広場月例の夜市だ。フレアとしてはローズの派手な外套では周囲から浮いてしまうのではないかという懸念を抱いたが、それは広場に集う来客たちを目にして霧散した。客の多くは南の居住区の住民が多くを占めているが、その中には着飾った男女や家族連れが混じり込んでいる。土地柄もあってか、ローズのように従者を伴う客多く目に入る。これがいつもの光景なのか、今夜に限られたことか判断はつかないが雰囲気は悪くはない。

 旧市街であるためか、訪れた客や出店の主人達のローズへの反応は薄い。ローズの外套に関心を持つが、それは施された豪奢な刺繍ゆえのことそれ以上は無い。フレアはともかくローズはこの辺りまで足を運ぶことは少ない。特に用事が無ければ塔を出ることもなく引きこもりがちだ。出てくれば姿を消していることも多い。そのせいもあるのだろう。誰もどこぞの奥様が使用人の少女を連れてお忍びでやって来た程度にしか思っていない。これはこれで都合がよい。

 敷物を敷いただけ、天幕を張っただけの店に安価な細工物や古びた家具や衣服などが並べられている。掘り出し物は期待できそうにはないが、それを眺める客達は楽しそうだ。気ままに歩いているローズは古びた家具を並べただけの店の前を通りがかった。奥では暇そうに店主の男が腰掛に座っている。

「こんばんは、いらっしゃいませ、奥様」縮れた灰色の髪した男がローズに柔らかな微笑みを向け声をかけてきた。無難な挨拶だ。

 実際、男は多くの客達や他の店主たちと変わらず、ローズの事をどこぞの金持ちの奥方辺りと踏んでいる。あの有名な吸血鬼とは思いもしていない。

「こんばんは」ローズは店主に笑みを浮かべ応えた。

「どうですか、みな、しっかりとした作りのいい家具ばかりですよ」

 店主は目の前に並べられている家具を手で示した。椅子にテーブル、棚に書き物机と木製の食器類、寝台は足らないが一人分の家具は揃っている。

「奥様やご家族には合わないかとは思いますが、使用人の方のためにどうですか」

「それは間に合っているんですが、わたしはこちらの本に興味がありますね」ローズは左手に並べられている革表紙の本を指差した。

「この本ですか?」店主の指先にある本は表紙の革は少し擦り傷が入り、色も褪せてしまっている。

「えぇ、寝る前の書物が欲しいと思っていたところなんです。おいくらでしょうか」

「一冊二十でどうでしょうか」

「あるもの全部を買います。それでいくらになりますか?少しまけてもらえますか?」ローズの口角が上がる。

「全部、少しお待ちくださいね」店主は並べてある本の数を数え始めた。「一、二、三……九、十……この薄い奴はおまけに付けておきましょう。それで百八十でどうでしょうか」

「ありがとうございます。フレア、ご主人にお代をお渡して……」

「はい」後ろで待機していたフレアは手にしていた鞄から財布を取り出し、そこから所定の金額を店主に手渡した。

 店主はこれを満面の笑みで受け取った。

「積んだままになっているになっている本もたくさんあるのに、また古い本まで買い込んで……」

 ローズは男の店を離れ、重なった本を抱えるフレアを従え歩いて行く。呆れ気味のフレアの内なる声が意識に流れ込んできた。

「あら、すぐに売るつもりよ」ローズはフレアに対しイヤリング越しに応えた。

「えっ?」

「あの人は引き取り手のない遺品をよく確かめもせず、丸ごと買い取ったようね。まぁ、それがあの人のお仕事だから……」

「はい……」

「彼の店は工房区の傍にある。今夜はそこから最近買い取って鑑定を済ませてもいない品までこの夜市に持って来た。大半の家具は彼が言っていたように丈夫が取り柄の使用人向けの品ね。でも、本は違う」

「お金になるという事ですか……」

「そう、その中の「コヨーテ」三冊は合わせて安くとも五百にはなると思う。後は正教会にでも持って行きなさい悪いものじゃないわ」

「もしかして、ローズ様はその三冊のために全部買い取った?」

「その通り、あの三冊だけを選んで勘ぐられたくなかったからね」

「気づかれたら足元を見られると……」 

「彼はあれでもふっかけたつもりで売値に満足しているわ。何しろただ同然の本が百八十に化けたんだから」ローズは口角を上げる。「それなりの店に持ち込んで上手く立ち回れば全部で六百いえ、八百は行けたかもしれないけど、それは知らぬが花……」

「うわぁ……」

「何事も手間惜しんじゃだめというお話しよ」


 塔へ戻ったローズは早速手に入れた本の仕分けを始めた。以前の所有者は扱いに粗さはなく、どの本にも目立つ傷はついていない。しかし、何度も読みかえされたことによる傷みは出てきている。手垢が付き、紙の端がよれてしまっている。肝心の「コヨーテ」も同様で、そのために収集品としての価値は低いかもしれない。それならとローズは本の持ち込み先を専門の業者ではなく、正教会主催の競売に出してみることを考えた。

「確かに競りでいい価格が着くかもしれませんが、わたし達の儲けにはなりませんよ。売り上げは正教会に寄付されることになっていますから」とフレア。もう何度も競売に関わっている彼女には今更の事柄である。

「それはわかっているわ。でも、あなたの名前で出して高値で売れれば、あなたの正教会の立場も少なからず上がるというものでしょう。普通に寄付するよりはいくらか効果がありそうよ」

「また、そんなことを……」

「世のため、人のため、金のため、それでないとやってられないわ」

 「コヨーテ」以外も状態は悪くないが知名度はさほどではない。古本屋に出して小銭に変えるのももったいないと思い、これらもフレアを通じて正教会へ渡すことにした。内容を軽く確認してみたが、どれも流行作家が書いた読み物で、芝居の原作となった小説なども混じっていた。正教会が引き取り、どこへ下げ渡されたとしても問題はないだろう。最後に残ったのは店主がおまけに付けてきた薄い本だった。

 表紙には何の記名も無く、無地で緑の革装となっていた。表紙を開けてみると枠線が刷られ、手書きの文字が綴られていた。本ではなく手帳だった。

「これはいい物ね」とは言っても使用済みの手帳など売り物にはならない。あの店主は本当に何も確認せずに引き取ったようだ。これでは当たり外れも多かろうと感じた。

「どうしたものかしら……」

「どうしたってもう書けない手帳なんて何の役にも立ちませんよ」とフレア。「同じものを探したらどうですか?」

「実際に探すことになると、あなたの仕事になるのよ、いいの?」

「あぁ……」フレアは息を詰まらせた。

「ほら、御覧なさい」フレアの表情を見れば、わざわざ意識を読むまでもない。

「字だけ消してしまえばいいでしょう。また使えるようになるわ」

「どういう事ですか」

「力を加減して、インクだけを上手く分解してしまえば新品同様に再生することができるわ」

 ローズは試しに、最初の頁に書かれた日付に右の人指し指を添えて横に動かした。指を当てた箇所の日付は消えていた。枠線まで一部途切れてしまったが、最初の出来としては悪くはない。

「はい。でも、これを最後まで全部やるんですか」

「まぁ、そういうことになるわね」

 ローズは手帳に軽く目を通した後で綴られた文字を消し去るつもりでいたが、目を落としてすぐに綴られている内容に興味をひかれることになった。そこにあるのは下手な記事や読み物より面白味を感じた。それは作り話などではなく事実に基づいていた。


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