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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第7話

「タイターの工房を知っているな?とりあえずそこまで行くとしよう。少し酒が過ぎる気はするが、気のいい男だよ。彼の工房からはよく買い物もした」

 ギア・モルトの来訪によりファンタマは猿の捜索隊が行き交う森へ出て行かざるを得なくなった。モルトはこれまでのファンタマの行動をどこで見ていたのか。誰がが監視役として動いていたのか。彼はファンタマの動きは十分に把握をしていた。

「屋敷への案内なら任せてくれ。あの猿についても心配をすることはない」

 モルトは満面の笑みを浮かべ請け合った。

「だが、念のため姿は消しておいてくれ」

 それについては何の異存もない。アリスの姿では目立ちすぎる。

 ファンタマは姿を消しモルトと共に廊下へと出た。猿による興奮も収まり眠気が戻ってきた客たちはみな自室に戻ったようだ。廊下にいた警察隊や警備員も引き上げ姿は見られない。結構なことだ。

 ベルト・エディーンから村に出てタイターの工房へと向かう。そこから、森を行きクローバー家を目指す。それがモルトの計画らしい。

 タイターの言葉通り、工房の前に到着し、そこから森を抜けるのに時間はかからなかった。歩いたのは広い通りを横切る程度の距離で屋敷の側面へと出た。この距離ならば屋敷が燃え盛る炎が透けて見えたのも頷ける。勢い込んで敷地内に立ち入り燃え立り、炎を目にすれば圧倒されるのも当然だろう。

「もう知っているとは思うが、ここから右手に行けば正面玄関側だ、前庭が広がり屋敷の前に車止めもある。左に行けば裏口だ。ゴミ捨て場や物置で少し見えにくくなっているがね。おまけに辺りは物置から溢れ出た農具やらで雑然している。何度か注意をしたが無駄だった。物置に決定的に容量が足りなかったんだ。声を掛けた時は片づけられたように見えてもまた使っているうちに混沌へと戻っていった」

 モルトに従いファンタマは左側へと歩を進める。彼の説明にあった位置に扉を見つけた。「裏口」表記は無いがそれは当たり前の事、住人や外からやってくる配達人がその存在を知っていればよいのだ。

「扉の中はすぐ厨房になっている。夜は料理人のキキョウが翌朝の仕込みをしている時があるが、明かりが落ちれいれば誰もいないと思っていい」

 モルトが裏口の扉の取っ手に手をかけ回すと、扉は問題なく内側へと開いた。警戒していた蜘蛛猿の刺すような気配も感じられずその襲撃もない。

 戸口から覗いた厨房は闇に包まれ人気はない。

「恐れることはない。先に進もう」

 モルトは扉を前に押す。扉の丁番の手入れは行き届いているようで、軋みもなく滑らかに動いた。

「相変わらずのようだ」モルトは口角を上げた。

 厨房内は名状し難い雰囲気で満たされていた。これは何か、異様な静けさといえる。何が身を潜めているのはわかるのだが、その正体は掴めない。屋敷全体がファンタマたちの動きを観察しているように思える。アラサラウスに詳細を問いかけるが答えは返ってこない。

「厨房の右側の扉から出るのが安全だろう。そちら側にあるのは食器や備品の倉庫に食料の貯蔵庫、食堂と夜となれば人気のない部屋ばかりだ。左側は使用人の私室が並んでおり夜でも誰が出てくるかわからない」

 姿を消しているとしても、実体はある。姿を周囲に溶け込ませている迷彩に過ぎない。光を受ければ影はできる。ランタンを片手に持った使用人と鉢合わせなど願い下げだ。

「こちらの廊下を真っすぐ抜けてくれ。そうすれば玄関広間に行きつくことができる」

 モルトが厨房の扉を開けるとそこにあったのは綾目もつかぬ闇だった。厨房を出ても全てが動きを止めたような静寂は変わらない。今度はそれに漆黒の闇が加わった。

 ファンタマは闇の中で袖口を伸ばしてみた。確かに両側に壁が感じられた。何もない闇ではないのは確かだ。袖口から伝わる感触を頼りに方向を見失わぬように、要らぬ物音を立てぬように慎重に歩を進める。

 闇に落ちた洞窟を思わせる廊下を抜けると、月明かりが差し込む玄関広間となっていた。高い位置にある薔薇窓からの光が床を照らし出している。それが姿を隠しているファンタマに降り注ぎ床に影を落とす。色ガラスをもって描かれた題材は時の女神だ。その直径は両手を横に伸ばしたほどもある。こんな形でこの屋敷に訪れていなければその前に佇みじっくりと目を凝らしていただろうが、今はのんびりと眺めている暇はない。

「見事だろう、当主だったゴダードとその妻ロザリーンの私室は二階にある」

 こちらの心中はモルトに見事に読まれているようだ。

 上へと向かう階段の壁には四人の男の肖像画が掛けられていた。そこを昇る道中でファンタマはそちらに目をやった。どれも描かれているのは着飾り厳めしい表情をたたえた男ばかりだ。恐らく歴代当主の肖像画なのだろう。最後の一人でファンタマは息を飲んだ。そこに描かれていたのはギア・モルトだった。濃い茶色い髪と後ろへと撫でつけた髪型、砂色で仕立ての良い乗馬服といういで立ちも同様だ。モルトとこの絵の男との違いは火傷跡だけでそれを除けば瓜二つと言える。この男は肖像画が飾られている順番からしてもっとも新しい当主、つまりゴダードの肖像画となるか。

 部屋にあった焼死体がゴダードとされたのは様々な状況を考慮に入れた結果だったはずだ。その結果に疑問を抱く者もいくらかはいた。遺体の素性は気になるが、ゴダードが生き延びてモルトを名乗っているのなら、モルトがこの屋敷に詳しくロザリーンを気遣うのも理解はできる。

 「二階の左側に当主だったゴダードとロザリーンが使っていた部屋が並んでいる」

 二階の廊下は端にある大きめの窓と吹き抜けになった玄関広間から差し込む月光のおかげで漆黒の闇とはなっていない。月光はランプの役目を果たし、廊下の最奥まで様子を窺うことができる。

 廊下を挟んで左右に三部屋ずつ並んでいるが、左側の奥の部屋には扉の鍵の位置に赤い護符が貼られている。あれは何を意味するのか。

「奥の部屋の扉に貼ってある護符が見えるだろう」モルトが振り返り小声で呟いた。

 モルトはゆっくりとした足取りで奥の扉へ向かって歩み出していく。

「あれを剥がしてもらえないか。中を確認する必要がある」

 このモルトの言葉に屋敷を満たす雰囲気が少し変化した。感じられたのは強い警戒心だ。行動監視から臨戦態勢への移行だろうか。誰であろうとこれより先に進むならば行動の制止もありうるという宣言ともとれる。だが、そこに僅かに戸惑いも感じ取れる。

「わたしに頼らなくても、あなた一人で入ってこられたんじゃなくって……」ファンタマはモルトに問いかけた。

 ここまでモルトは平然とやってきた。誰に頼らずとも行動できるはずだ。例の猿もロザリーンも姿を現さず、屋敷もこちらには手を出せずにいる。恐らくその理由はただ一つ。

「まぁ、そう言わないでくれ」

 先に扉の前に到着したモルトはその前で一歩退きファンタマの到着を待っている。こちらが姿を消していても、その位置はしっかりと捉えている。

「あなたじゃだめなの?」

「体質的に触れることができないんだ」両手を上げ首を振る。

「あなた、ゴダード・クローバーよね」火事で焼け死んだとされる男がなぜここにいるのかは謎ではあるが。

「なぜわかった?」

「階段の壁にあなたそっくりの肖像画が掛けてあったわ」ファンタマは玄関広間に指を向けた。「だから子供でもわかる」

「それもそうだな……」モルトは軽く頷き笑みを浮かべた。「いかにも、俺は前当主のゴダード・クローバーだ」

「その当主が隠れて妻の身辺調査、どういうこと?」

「後ですべて話すさ。とりあえず、その護符を剥がして中へ入ろう」

 屋敷が有する許与範囲を超える言葉に強い警告が放たれファンタマを包み込んだ。前当主であっても許されない。その意思が圧力となってファンタマに迫るが、モルトいやゴダードはそれを感じていないのか平然としている。

 背後の扉が開く音が聞こえた。階段の傍の扉が開き、そこから長い茶色の髪の女が出てきた。身に着けているのは寝間着だが教会で目にしたあの女に間違いない。こちらは靄を纏うことなく顔に狂気の笑みを張り付けてはいない。ほぼ無表情といってよい。

「ロザリーン……」

「違うな」ゴダードはため息をついた。「……あれはロザリーンを模して作った人形に過ぎない。見るに堪えない、壊してしまってくれ」

 悲し気に目を伏せ片手で顔を覆う。

「人形……?」

「そうだ、人形だ。嘘ではない」

 アラサラウスもゴダードの言葉に同意した。人としての生気も意識は持ち合わせてはいない単純な式で動いている傀儡に過ぎない。

「頼む、潰してくれ」その言葉には強い苦痛と懇願が込められていた。「これ以上は見てはいられない、続けてはいけない。終わらせるべきなんだ」

「……わかったわ」

 ファンタマは離れた位置にいるロザリーンに左手を向けた。人差し指と中指で拳銃を真似たように伸ばし、彼女の胸に向ける。左の袖口が常人の目では捉えきれぬ速さで前方へ飛び出し、ロザリーンの胸を貫き背中側から姿を現した。

 ファンタマは人の体を刺し貫く感触をよく心得ている。アラサラウスが筋肉や腱、内臓を切り裂き、骨を砕き断ち切る感触、それに対しての身体的な反応がアラサラウスを通じてファンタマにも伝わってくるからだ。

 廊下の先にいるロザリーンからはそれが全く感じられなかった。生きた組織などもたわせていないからだ。ロザリーンを模した人形は胸を貫かれ制御核の破壊により動作を停止した。力を失いうつ伏せに倒れる様は人と変わらなかったが、傷口から液圧から解放された作動油が漏れ出すこともない。最低限の機能しか持たない造物であるためだ。

「ありがとう」

 ゴダードは悲し気に呟き、片手で目元を覆った。


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