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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

 デル・エル・カマルはルブナーニアの南部のほぼ中央に位置する村である。この村が保養地となったのは二百年ほど前のことだ。当時この地の首長だったバジル・ハジブがその宮殿から馬車で半日ほどの位置にあるこの村の小高い丘の上に別邸として

赤の宮殿ベルト・エディーンを建てた。その荘厳さは彼が普段の住まいにしていたブラン・メイゾンと代わらない。それに伴い村も広がりを見せてきた。

 赤い屋根が特徴で石造りの建物が連なるこの村は避暑地であることで、外部からの来客は多く見られ、様々な装束の人々が村を行き交っている。

 ファンタマが霊能者、助言者アリス・ストレスの姿でまず訪れたのもベルト・エディーンだ。ここでなら派手な首飾りと薄衣の魔導着を纏った外国人がうろついていても誰の目も引くことはない。

 かつての宮殿はハジブが去った後は短い間、首長国の管理となったが現在は宿として解放されている。ベルト・エディーンに訪れた来客達はハジブの贅を凝らした調度に出迎えられる。その凝った装飾は客人を出迎える玄関広間に始まり、食堂や浴室、トイレにまで及んでいる。目の保養になるのは室内ばかりではない。元応接間を改装した喫茶室からは管理の行き届いた庭園を前に軽い食事ができるようになっている。

 まさに宮殿での生活を体験できる宿が売りとなっているのがベルト・エディーンなのだが、誰もが推し薦めするのが屋上庭園だろう。ハジブが妻のために整えさせた庭園には季節の花が咲き乱れ、そこからデル・エル・カマルの赤い屋根を持つ建物群を見渡すことができる。

 ファンタマは庭園の端に設けられたテーブル席の一つに腰を掛けた。五つのテーブルに四つの椅子が添えられており、どの席からも赤い屋根の広がりを目にすることができる。最も間近に見えるのは件のロザリーンが住んでいるクローバー家の屋敷で少し森を隔て、村が広がりを見せている。その中でひときわ巨大で尖塔を備えた建物が見える。あれがこの地を統べる教会なのだろう。

「お待たせしました」

 女の給仕がファンタマの前に茶と深紫のソースがかかった焼き菓子を置いた。甘い香りが漂い、きめ細やかな黄色の生地が柔らかさを連想させ食欲をそそる。

「ありがとう」ファンタマは穏やかな口調で軽く頭を下げた。

「あなた、教えてくれないかしら」

 ファンタマは盆を片手に下がろうとしていた給仕を呼び止めた。

「何でしょうかお客様?」

「あなたはそちらに見えるお屋敷の事をご存じかしら?」ファンタマはクローバー家の屋敷を手で示した。

「はい……クローバー家のお屋敷ですね」

「なぜかしら、あのお屋敷から強い悲しみを感じるわ」ファンタマは大仰に両手を広げてから胸元で手の平を合わせた。

「そう遠くはない過去にご家族を巻き込むような不幸があったのかしら」

 ファンタマの向けた視線に給仕は息を飲み胸に手を当てた。手にしていた盆を取り落としそうになる。

「心当たりがあるのね」

 給仕に躊躇いはあるようだが、後一押しだろう。

「教えてもらえないかしら……」穏やかさを心がけ給仕の瞳を見つめる。

「あのお屋敷では……」声を潜め周囲の様子を探る。「二年前に火事がありまして、それ自体はぼやで済んだようなのですが、当時の当主だったゴダードさんが……」

「お亡くなりになった?」

「えっ?ご存じだったのですか」給仕の女はファンタマの言葉に息を飲んだ。

「いいえ……」ファンタマは静かに頭を横に振った。「ですが、あなたの言葉を聞き、漂う悲しみの意味を悟ることができました」

「……」給仕が息を飲む様が伺える。

 無論これは嘘だ。ファンタマにそのような力はなく、アラサラウスにしても近づいて者の敵意などを感じ取るのがやっとだ。火事についてはモルトの証言と事前の調査で知ることができた。原因は今もって不明のようだが、火元はゴダードの私室に間違いない。夜に使用人が彼の私室から湧き出す煙を発見し、他の使用人や家族と共に扉を破り室内に突入をした。火事はその部屋だけで消し止めることはできたが、充満していた煙の中で発見されたの真っ黒に焦げた遺体だった。遺体は身元確認をできないほどに焼けただれてはいたが主人ゴダードと判定された。

「ゴダードさんの死は多くの方々に影を落としたようですね。特に未亡人となられたロザリーンさんは未だに立ち直りことができず伏せっておられる」

「そんなことまでご存じなのですか」給仕は僅かに眉をひそめた。

「これはわたしの力というよりも寄り添ってくれている精霊が教えてくれるのですが、それでもさっきのように助言が必要となる時が多くありますが……」

「はぁ……」

「実はわたしがこの地にやって来たのも精霊の導きによるものなのです」

「まぁ……」

「北にある港町に入った夜に夢を見ました」手を胸に当て、抑えた口調で目を閉じる。

「南の赤い屋根が連なる村でお前を必要としている人々がいると……」

「お客様はどのようなお方なのですか?」

「このような恰好をしてはおりますが、皆様の悩みなどの相談に乗り、時には癒し微力ながら力になれたらと諸国を回っております」


 しばしの会話の後、去って行った給仕は半信半疑だったかもしれないが、彼女はファンタマが成りすましたアリス・ストレスとの会話を同僚との休憩時間の歓談の話題にしていたようだ。そのためだろう夜になり客室係の若い女性が部屋を訪ねてきた。宿泊客向けの食事の時間が終わり、皆が自室に引き揚げるか、歓談室や酒場に向かう就寝前の寛ぎの時間だ。

 控えめに扉を叩く音が聞こえた。周囲に気取られぬよう抑えているためか、他に音があれば聞き逃してしまいそうだった。

「夜分遅くに失礼いたします。お客様のことをお聞きしまして、相談したいことがあり不躾とは思いましたがやってまいりました……」 

 小さく抑えられた若い女の声は鍵穴に向かい話しかけているようだ。扉の向こうの気配に敵意はない。他に気配はない一人きりだ。彼女の背後で待機している者はいない。それがアラサラウスの判断だ。害はなさそうだが、こんな時間に何の用があるのか。

「少々お待ちください」

 ファンタマは立ち上がり扉へと向かった。近寄ってくる不審な気配はない。

 扉を開けると華奢な体つきの若い女が立っていた。少し波打つ金髪を後頭部で髪留めを使い纏めている。彼女は現れた薄衣の魔導着を纏った中年女を目にして安堵の笑みを浮かべる。

「どうぞ、お入りください」ファンタマは笑みを浮かべた。

 ファンタマが戸口から体を避けると客室係は飛び込むように入ってきた。

「ありがとうございます。マリー・ガラボトルと言います……」安堵の息をつき頭を下げる。

「アリス・ストレスです。アリスで結構ですよ」

「はい、アリスさん」

「まずはお座りください」ファンタマは備え付けのテーブルに添えられた椅子を手で示した。

「ありがとうございます」

 ファンタマも対面に置かれた椅子に腰を降ろした。少し間を置き話を始める。

「では、マリーさんさっき言っていた相談とは何でしょうか?」

「それは……」一時、言葉に詰まる。「給仕をやっている友人のパールから霊能者の方がこちらにお泊りになっていると聞きまして……」

「はい」

「……思い切って以前から気になっている事を聞いてもらえないかとお伺いしました」

「どのようなお話でしょうか」

「子供の時からたまに感じることなのですが……」

 一度言葉に出せばマリーは澱むことなくファンタマに思いを打ち明けた。彼女の悩みとは言うのは子供の頃から時折感じる気配についてだった。何者かが傍にいることを感じることがあるのだが、正体を掴むことはできない。それを誰かに話しても気のせいとされ取り合ってもらえない。そのため彼女はそれを口にすることは無くなった。

「パールから霊能者の方がお泊りだということを聞いて居ても立っても居られず、いきなりで不躾なのは承知でまいりました」

「そうでしたか。長い間悩みを抱えてらしたのですね」ファンタマは軽く頷きマリーに微笑みかけた。

 アラサラウスによると彼女の傍には正体が薄れた精霊がついている。それ自体力はなく害もない。そのうち消え果ててしまう存在のようだ。

「確かにあなたの傍には誰かがおられるようですね。薄っすらとした意思を感じることができます」とファンタマ。一息おいてみる。「近しいどなたかがそっとあなたを見守っていらっしゃるのかもしれません」

 当たり障りのない返答はこんなところだろう。

「そうですか、ありがとうございます」

 その後ファンタマに幾らかの会話を交わし満足したのだろう、マリーは前掛けの物入れから取り出した小銭を一枚をテーブルに置いて部屋から去って行った。

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