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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第8話

 今日は朝から奇妙な事ばかり起こる。それがキャルキャ・ブレオとライナ・バーンズの素直な感情だ。朝、出勤して一番にファン・ジルベルト氏からの呼び出しにより二人で彼の屋敷へ出向くことになった。彼からの要件となれば容易に察しがつく。

「気が重いな」

「あぁ……」

 それが二人が抱いた率直な思いだ。

 ジルベルト氏の屋敷から家宝である「サトの謝肉祭」が盗まれたと通報を受けたのは今から半月程前の事だ。盗難に気が付いたのはその前日の夜に商工会主催の懇親会に参加するための準備を進めていた使用人だ。彼女はいつもの収納棚の中で宝石箱が一つ少ないことに気づき、ファンとその妻ミズキにすぐさま報告を入れた。通報はその翌日の朝の事だったが、その理由についてファンは宝石箱の置き場所を取り違えての空騒ぎを恐れてのことで、警備隊に迷惑をかけたくなかったと説明している。

 ジルベルト夫妻や他の家族、使用人から事情を聞き容疑者として浮かび上がったのは、不意に現れた近東系の煙突掃除人だ。飛び込みでやってきた男だったが安価なため受け入れたのが裏目に出たようだ。それ以外に外部からの来訪者は見当たらない。

 突然の呼び出しで捜査の進捗状況などを訊ねられるのではないかと二人は憂鬱な思いを抱え屋敷へと向かった。だが、屋敷では訝し気なファンの眼差しによる出迎えを受けることとなった。彼によると警備隊に連絡など入れた覚えはないという話だった。奇妙な話だった。

 その帰り道、人が多く行き交う大通りを歩いていると、不意にキャルキャは胸に圧力を感じた。立ち止まり胸を手で押さえると上衣の中に硬い感触を感じた。上着の内側にある物入れを探ると無記名の封筒が出てきた。分厚い紙を使った封筒で赤い封蝋で止められている。

「何だこれは……」

「何だって、お前の持ち物だろう」ライナはあきれ顔でキャルキャの顔を覗き込んだ。「いつから持ってた?」

 ライナの問いにキャルキャは言葉を詰まらせた。さっきまではなかったは確かなのだ。となれば、あの胸への一撃を受けた際に押し込まれたことになる。あの時近くにいたのライナだけだった。

「お前じゃないよな」

「何馬鹿なことを言ってるんだ」

 とりあえず封筒はもう一度上衣の物入れに押し込み署に持ち帰ることにした。

 署で封蝋を慎重に剥がしてみると、出てきたのは流麗な文字で綴られた手紙だった。文字は目を見張るほど美しいがその内容は実に奇妙だった。

「あなた方がお探しのジンベルト家から盗まれた「サトの謝肉祭」と呼ばれる首飾りはこちらでお預かりしております」

 手紙はこのような書き出しで、ジンベルト家から盗まれた宝石を秘密裏に警備隊へ譲渡したいと綴られていた。条件は今夜指定時刻に指定場所で余人を交えずキャルキャとライナが受け取りに来るようにと綴られていた。どういう意図があるのか、金銭の要求などについては何も書かれていない。

「どう思う」とキャルキャ。

「悪い冗談か?」横から覗き込んでいるライナが答える。

 つまらぬ戯言のように思えるが、二人だけで判断するわけにもいかず、相談の上課長のシャレオに相談することになった。

「それが妥当だろうな」

 シャレオはキャルキャ達から手紙について相談を受け、同様に悩みはしたが放置することもできず手紙の主と会う判断をした。 出向くのは指定された条件通りキャルキャとライナの二人だ。

 そんなこともあって、キャルキャ達は指定された港にほど近い倉庫へ二人でやって来た。指定された九刻の鐘と共に二人で倉庫内に入り、闇に沈んだ倉庫の床にランタンを置き、手紙の主が現れるのを待っている。

「本当に誰か来ると思うか?」とライナ。

「俺に聞くなよ」

 キャルキャはため息をついた。待ちぼうけになるか、手紙の主が現るか、判断はつかない。本当に相手が現れれば、その対処は難しい判断が必要になるだろう。

 応援部隊は一つ筋を隔てた先にいる。彼らが救援要請を出せば、すぐに駆けつけてくることになっている。だが、そんなに簡単に終わるのか、朝からの流れを考えれば何が起こっても驚かないだろう。事の締めくくりには何が現れるのか。


 陽が落ちる間際にケイタ・デュランテはこの古びた貸し倉庫へやってきていた。夜になればここで「サトの謝肉祭」の取引が行われると警備隊内通者のカロレ・シャレオから連絡が入ったからだ。それまでにこちらも取引に備える必要がある。

 悪ふざけかもしれないがと念を押されたが、シャレオは手紙に書かれた「ジンベルト家から盗まれた」の一節がどうにも気になり連絡を寄こしたようだ。あの屋敷から盗まれた「本物」を指しているのなら、手紙の差出人は一連の事情を知っていることになる。

 今回は人任せにはせず、デュランテ自ら久しぶりに現場へとやってきた。度重なる失策の中にあって部屋で待っている気にはなれなかった。魔導師のハイリも連れて来た。彼がいればいざという時の逃走も容易だ。

 倉庫の広さはこの辺りでは中規模だろう。空き物件となっているため床には木っ端や紙くずが転がっているだけだ。奥に中二階の事務室が設置してある。倉庫内からの昇降階段と室内から直接外に出られる階段もある。ここにはハイリを含めた四人でやってきた。ゲラに外の見張りを任せ、ハイドとダフは傍に置く。シャレオからは警備隊の応援部隊はこちらで抑えて置くと確約をもらっている。それならこの人数でも相手に遅れを取ることはないだろうとデュランテは判断した。

 シャレオの情報通り九刻の鐘を合図に若い警備隊士二人が倉庫内に入ってきた。持って来たランタンを地面に置きその灯りの中で立っている。おかげでこちらは明かりを使わずに奴らを見張ることができる。後は例の首飾りの受け渡しを待つだけだ。

 ややあって、大扉が小さく開き近東風の装束の男が三人入ってきた。小太りの男にそれに付き従う鞄を手にした小男と長身で引き締まった体躯の用心棒然とした男だ。小太りの男が鞄持ちの小男に指示を出す。小男は用心棒に手助けしてもらいながら、鞄から革張りの箱を取り出した。そしてそれを開けて見せる。

 革張りの箱を覗く二人の警備隊士と誇らしげに説明をする小男。

「本物ですか……」ダフの声が聞こえた。

「取引についてはな、物については確認が必要だ。こっちもそろそろ出るぞ。ハイド、準備を頼む」

 ハイドが頷く。

 警備隊士の一人がこちらを見上げ一人で何か喋り始めた。視点はこちらで口だけが動いている。右手の指先がこちらに向けられた。通信機を使い外部と連絡をとっているのか?

「まさか、俺達がここにいるのばれてるんじゃ……」後ろからダフの声が聞こえた。

「そうかもしれませんね」女の柔らかな声が聞こえた。

 どうして女なんだ?

 デュランテは背後からの声に振り向いた。外へと続く扉が開き、そこに黒い人影が立っていた。その階段はゲラに任せていたはずだが、奴はどうしたのか。

「こんばんは、会えるのを楽しみにしていました、ケイタ・デュランテさん」

 女は自分を知っているようだが声に聞き覚えはない。姿は黒ずくめで青白い口元だけが動いて見える。

 何かを引きずる物音に意識をこちらへと戻す。倉庫の大扉が大きく開き、制服隊士の一団が入ってきた。魔導師とコバヤシ製の鎧をつけた隊士も含まれている。一体何が始まるのか。

「何がって、捕物が始まるんですよ」

「馬鹿な……」

 シャレオは部隊は抑えておくと言っていたはずだ。それなのにこんな大部隊が押し寄せて来るとは、四人では勝ち目はない。

「裏切られたんじゃないですか、高価な宝石のために」女は軽く笑い声を上げた「お金は人を惑わせることが多いですからね」

 展開した制服隊士は近東風の三人を拘束し、革張りの箱を取り上げた。部隊を離れた数人がこちらに急行している。

「警備隊が本物を押さえても奴の物になるわけじゃないぞ」

「えぇ、もちろん」女の表情は闇に沈んで読み取れないが声音は楽しそうだ。「でも、あなたはまだ偽物を手元に置いているでしょ。あなたを捕らえ、それを警備隊で押収してすり替えるのは立場上困難とは思えませんよ」

 もし、そうなれば全てをぶちまけてやる。奴も道連れにしてやる。

「それは生きてここを出られたらの話でしょ。あの部隊の中に彼の子飼いが混じっていたらどうなります。交戦中の死亡なんて珍しい事でもないでしょうね」

 死人に口なし、人目さなければ奴らの中でどうにでも言いつくろえるか。

「わかってるじゃないですか」

 階段側の出入り口から鎧の隊士が三人突入してきた。無言で腰の剣を抜き、こちらに突進してくる。よくある名乗りや投降を求める言葉もない。口封じが目的か。

「あぁ、相手にけじめを付けさせるにしても、まずは逃げた方がいいですよ」女の声が聞こえた。

「お、おぅハイド!!」デュランテは引きつった叫びを上げた。

 魔導師ハイドは手振りを交え短い呪文を唱えた。ハイドの召喚に応え、使い魔のシノレが姿を現した。山高帽を被った骸骨の出現に警備隊士達は足を止める。

 使い魔は手にした杖を振り回し、召喚主とその仲間を自分が起こした靄の塊に巻き込んだ。そして、片腕を高く上げ指を鳴らせた。警備隊士はシレノの動きを警戒しているのだろう、動かないでいる。

 乾いた破砕音と共にデュランテの目の前を靄が覆いつくした。隊士たちはまだ動かない。

「後は頼んだわよ」

 目の前が闇に覆われる直前に女の声が耳に響いてきた。


「何か聞こえなかったか?」とキャルキャ。

「さぁ、鳴き声か……ここも大きめの鼠、イタチ辺りが棲みついているのかもしれんな」

「あぁ……」人の声のように思えたが、聞き違いだろうか。

 無音の闇の中でじっと立っているのだ、おかしな音を耳にすることもあるかもしれない。キャルキャは無理やりに自分を納得させた。

 それから暗い倉庫で佇み、しばらくしてゴルゲットを通じて署から連絡が入ってきた。昨日から監房に入っている男達が喋りたいことがあるから隊士を呼べと騒いでいるという。その内容は港の水死体についてだという。彼らは一向に姿を現せない手紙の主との接触を切り上げ、署へと急いだ。

 男達の証言によりキャルキャとライナが抱えていた二つの事件は限定的ではあるが進展を迎えた。水死体の名はジェゾ・トレカといい、彼は自分が盗み出した「サトの謝肉祭」をリジオの頭目であるケイタ・デュランテに売り込んだ。しかし、それは偽物だった。そのためジェゾ・トレカは彼らに捕らえられ暴行を受けたようだ。彼らは必死になってジェゾ・トレカに本物の在りかを聞き出そうとしたが、暴行が行き過ぎ殺してしまった。後は警備隊も知っての通りだ。

 彼らの証言に基づき、デュランテの私邸などが捜索され偽物の「サトの謝肉祭」がリジオ達の証言通り発見されたが、頭目のデュランテ達は逃走した後で現在警備隊を上げての捜索が展開されている。キャルキャ達がこの件から解放されるのはまだ先になりそうだ。

 彼らを誘い出した手紙については意図も差出人もわからないが、つまらない悪ふざけとして捨て置かれた。真意不明の手紙などにかまっている暇はない。加えてあの夜から彼らの課長であるシャレオが姿を消し、指揮命令系統にも支障が出ているのだから。

 キャルキャ達が例の手紙で呼び出され、その後証言を申し出た三人組の対応に忙殺されている最中にシャレオは姿を消してしまったようだ。以降彼の姿を見た者はいない。彼らにはまだまだ忙しい日々が続きそうだ。


「ローズ様、結局、本物の首飾りはどこへ行ったんでしょうね」

 夕暮れを迎え目覚めたローズとの一時に最上階の居間で寛ぐフレアは予てからの疑問を口にした。

 メローやローズ達の日常は戻ってきたが、死人まで出した件の首飾りの行方は今もわからず仕舞いだ。

「あれね、あれは遥か東方に向かってそれっきりわからないわ」とローズ。人肌に温められた血液を静かに樹脂パックからすすり上げる。

「どういうことですか?」

「元々あのお家には本物なんてなかったのよ。少し前に家業としている製糸業が蚕の病気が元で壊滅の危機に陥ったようなの。それが原因で稼業もお家も存続の危機となって、家宝である本物の首飾りを売り払って何とか急場を凌いで立ち直ったようね。それ以来彼らはよく出来た偽物を代わりに使っていたようね」

「本当ですよね……」

「本当よ。ご主人から直接聞いたんだから間違いないわ」ローズは口角を上げた。「まぁ、それを知っていたのはあのお家の当主夫婦と執事だけ、盗難事件の通報が遅れたのは真実を話すかどうか、迷ったせいね」

「何てこと……」

「まったく、馬鹿な話よね」ローズは乾いた笑いを漏らした。「結局のところ、彼らは首飾りを盗まれて、自分たちが気の毒なご夫妻になったことで内心ほっとしてるようね」

「えっ?」

「だって、もう二度と首飾りが偽物だったことがばれることはないでしょ」

「あはっ、変な話……」

 これを知っているのはローズ達とジンベルト夫妻だけだ。そして、どちらも告白はすることはないだろう。


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