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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第6話

「女が姿を消したというのは本当なのか?」男は白くなった後頭部の髪を煩わし気にかきむしった。

「……残念だが、間違いない」通話機の向こう側からため息交じりの返答が聞こえた。

 面倒なことばかりでため息の一つもつきたいのはこちらの方だ。込み上げる怒りを堪え、先を促す。

「どんな状況だった。話してくれ」

「その場にいた隊士によると突然馬車が止まり、何が起きたかと確認するために車外へと出た。その時に見たのは前に走り去っていく御者の姿だった。後ろで物音がして目をやると船員のような姿をした男が三人倒れていた。男達の傍には曲刀が転がっていた。隊士たちはそちらに向かい男達を念のため縛り上げ、無力化した後馬車へと戻った。その時には女は姿を消して馬車はもぬけの殻だったと聞いている」

「何だそれは、大の男がそれも警備隊士が馬車から逃げ出す女に気が付かなかったという事か」

「面目ない」また溜息だ。

「女の行方は掴めないままか?」

「報告を受けからすぐに人手をかけて探し始めたがまだ……」

「何かわかったらすぐに連絡をしてくれ。そのためにお前にはたっぷりと金を渡しているんだからな」

「もちろんだとも、任せてくれ」

 会話を終えた男は通話機を置くとまた頭をかきむしった。

 先日の取引からまったく事がうまく運ばない。こそ泥に偽物を掴まされ、本物の在処も聞き出せぬうちにくたばってしまった。一緒にいた女の始末は怠り、目を覚まし警備隊の手に落ちた。居所を掴んで攫おうとしたが、姿を消した。何もかもが後手に回り、あらぬ方向に転がっていく。

「ハイリ、お前が目にした通りのようだが、何か心当たりはないか」男は近くに立っている魔導着の男に訊ねた。乱れた黒髪に黒い顎髭の男だ。

「……人ではないかもしれないな。俺は奴らの後ろでシノレを操っていた。オテ達が倒れたのも目にしたが、倒した奴の姿は捕らえることはできなかった。見えたのは黒い何かが動いているところだけ、そいつが具現化したシノレを一撃で破壊した」

「何者だ……」

「あの素早さは精霊と契約した者かそいつが呼び出した使い魔辺りだな、とにかく並みの人ではない」

「そんな奴がどうして商売女の肩を持つんだ」

「それは想像もつかん。あれで案外力を持つ知り合いがいるのかもしれん。そのおかげで目覚めることができた」

「それなら、有り得るか。まったく忌々しい」


 夕暮れを越えて目覚め、一人で身繕いを終えたローズが階下に降りてみると、応接室の長椅子ではメローが横たわっていた。大柄なため足先が端からはみ出し、片手は床に落ちている。

 ここでもフレアの気配は感じられない。客を放置してどこへ行ったのか。塔内はそれと知らず彷徨い歩くには危険が多い。

「おはようございます。ローズ様」

 ほどなく、温かな料理を載せた盆を抱えたフレアが玄関扉から入ってきた。

「おはようフレア、お客様を一人にして出て行ってはだめでしょう」

「ローズ様が起きて来られたので、お任せしてもいいかと思って」

「そういう時はせめて一言伝えてちょうだい」

「はい」

 起き抜けの主人にを客人の世話を任せて外に出て行く。いい性格をしている。まったくフレアらしいと言える。

「メローさんは帰り道で魔物に襲われて行くところがなくて、ここにお連れしました」

「そのようね」

 窮屈さを感じながら病院を出たメローは自宅へ向かう帰途で襲われたようだ。馬車が止まり、警備隊士が馬車から降りていき何事かと思っているとフレアが乗り込んできた。現れた山高帽の魔物はフレアが蹴り潰し事なきを得たが、またも魔物の力に当てられ朦朧としてフレアの力に耐えきれず意識を失った。

「彼女、面倒な奴に絡まれたようね」

「また、同じ魔物に襲われたようですからね。それでここなら安心かと思って来てもらいました」

「それはわかるけど、道中も大変だったようよ」ローズは口元に手を当てえづく真似をした。

「それは……移動による緩急に体がついていけなかったようで、申し訳ないことをしてしまいました」

 それでもメローは塔まで堪えていた。しかし、それも玄関口を入ってまでの事でそこで胃の中身を床にぶちまけることになった。

「まぁ、相手が魔物となれば手加減もしていられないのもわかるけど」

「んっ……ん」

 メローが軽く身じろぎをした後、横たわったまままぶたを開けた。ややあって長椅子から身を起こした。柔らかな座面に尻が落ち着くのに少し時間がかかった。

「ごめんなさい。お部屋を汚してしまって……」気だるげな眼差しでフレアに頭を下げる。

「気にしないでくださいな。わたし達の動きについて行けるのは同じく呪われたか強い加護の持ち主だけです。扱いを間違ったのはこちらの方ですから」ローズはメローに声を掛けた。

 メローはローズの存在に気が付いたようだが、正体にはまだ思い当たらないようだ。

「御気分はどうですか?」

「まだ、だるさはありますがもう大丈夫……あぁ!」メローは短い叫び声を上げ、口元を押さえた。そして長椅子の上で姿勢を正す。話しかけてきた女の正体に察しがついたようだ。

「あんた、じゃなくてあなたはアクシール・ローズ、さん?」

「えぇ、わたしはアクシール・ローズです。こうして面と向かってお会いするのは初めてですね」

「兄から聞きました。あなたが色々と手を尽くしてくれたとか。ありがとうございます」

 メローは立ち上がろうとしてふらつきよろけた。そこをローズが見えない力で支えた。

「まだ休んでいた方がいいですね。お座りなさい」

 ローズに促されメローは長椅子に腰を降ろした。

「わたしはあなたが目覚めるための流れを作ったまでです。この様子だと解決には程遠く窮屈とは思いますが、少しの間ここで過ごしてください。人の住処ではないので何かと不自由はあると思いますが、そこは勘弁してください」

 ローズはフレアに頷きかけた。

「まずは冷めてしまわないうちにあの娘が用意した食事を取ってください。食べたいものがあればフレアに伝えてください。こちらでも大概の料理は揃っていますから」

「ありがとうございます」

 メローは恐縮しつつ目の前に置かれた食事に手を付け始めた。その恐縮も一口目で半分は消し飛んだ。空腹と味覚、嗅覚への刺激が塔にいるという緊張を打ち消したようだ。この様子なら彼女については心配ないだろう。

「こちらとしては、メローさんには事が解決するまでここにいてもらうのはかまわないけど、それでは彼女の生活に差し障りが出てくる。解決を急ぐ必要があるわね」ローズはイヤリングの回線をフレアに繋げた。

「魔物を使った魔導師は逃げられましたが、他の三人は警備隊に連行されたはずです。そちらから当たってみますか」フレアの声が頭蓋に響く。

「今のところそれが妥当でしょうね。けど、どこから彼女の退院が漏れたのかも気になるわ。あなたの話によると警備隊がメローさんを送り届けるために使った馬車の御者も襲撃に一枚かんでいたようだし」

「はい……」

「連中が彼女の居場所と突きとめて、あなたと同様に彼女が出てくるのを待ち構えていたのは間違いないわ。だから、息のかかった馬車を差し向け、その馬車を誘導し路地を封鎖して待ち構えるのも段取りを整えることができた。となれば、連中もメローさんの居場所と退院する時間も把握していたと考えるべきね……」

「彼女があの病院に入ったこと、今日退院することを知っていたのは」とフレア「わたし達とハスラーさん、後は……」

「警備隊……その中でメローさんについての状況を流していた者がいる」

「内通者が逐一報告を入れていたということですか」

「その通り、それが誰か突きとめる必要があるわ」

「メローさん」ローズはメローに向かい微笑みかけた。「何かあれば気楽に言ってくださいね。例えばお酒でも欲しいものがあれば、あの娘に言ってください。ではまた後程」

 ローズは軽く手を振ると塔の吹き抜けを最上階へと舞い上がっていった。


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