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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話

「姐さんからのお達しでしたね、あれからうちでもジェゾって奴について知らないか方々に聞いてみたんですが……」

 パーシー・カッピネンは気まずそうにフレアから視線を外した。

「どうだったかしら?」聞くまでもなさそうだが、答えないわけにもいかない。

「申し訳ないんですが、まったく反応なしです」

「気にしないで本名か偽名かもどうかもわからないんだから」外国人なら無理もないだろう。

 フレアは正教徒第一病院を出てウィーチャーズと別れてから、何か成果がないか確かめるため東にいる顔役たちの元を訪ね回ったが、残念ながら誰からもカッピネンと同様の答えしか返ってこなかった。

 旧市街で消えた名前も定かではない男、その失踪に関わっているであろう男たち、ローズはメローの目を通して姿を確認をしてはいるが、その特徴を他人に伝えきれるものではない。

「姐さんのお名前も出して話を回してますから、何か聞きつけた奴がいればすぐに連絡が来ますよ。今にそいつの居所も掴めるでしょうよ」

「あぁ、彼なら居場所ならわかってるわ」フレアはため息交じりにこぼした。  

「えっ?どこなんです?」

「旧市街の病院……」

「担ぎ込まれた?」

「……の死体置き場」

「あぁ……」カッピネンは思わず片手で顔を押さえた。

「今朝、あっちの港に浮かんでいるところを工事現場の人が見つけて、警備隊に通報したようね」

「何やらかしたんです、そのジェゾって野郎は……」

「ローズ様によると、どこかの組織に偽物を売りつけようとしたんでしょうね。それがばれて本物はどこかともめていた」

「ふん、それでいなくなったとなれば、連れ去られたとみていいでしょう。その先は想像がつきますね。けど、殺っちまちゃぁ何もわからずじまいになる」

 この商売にも誠実さが必要だ。騙すなら騙すだけの覚悟が必要になる。

「それじゃぁ、こいつの件はこれで終わりになるんですかね」

「それはローズ様次第ね。わたしはあの方がもういいというまで彼の事を調べるわ」

「ご苦労様です」

「ありがとう。とりあえず、何を扱っていたのかは気になるわね」

「偽物ってことは本物はそれなりに価値がある。よくあるのは絵画に彫像、宝石それの宝飾品ってところですか」

「それを売り飛ばそうとして失敗した」

「そんなところでしょう、それを知ってか知らずかは別として……」


「何だ。こんな時間に……」通話機の向こうからの声は抑えられてはいるが苛立ちは十分に感じられる。

「あの女の居所がわかった」

「女、あぁ……」明らかに声音が和らぐ「どこだ。どこにいるんだ?」

「新市街の正教徒第一病院だ」

「わかった。いる部屋を教えてくれ」

「まぁ、待て」

「なぜだ?」またこちらまで苛立ちがにじみ出してきた。気持ちはわからないでもない。

「女は重要な証人で目撃者でもある。そのため警備のため隊士がつけてある」

「そんなもの魔物を使えばわけはない」

「それも今は通用しない。女を起こした術師が護符を置いていった。今は籠の中も同然だ」

「それならどうしろというんだ」

「女は明日になれば病院を出ていく。家までの道中を狙えばいい」

「そうか。わかった. そうしよう。連絡には礼を言う、助かったぞ」

 通話機からの声は消えた。男も通話機を元に戻した。今日はこれで帰るとしよう。


 正教徒第一病院の向かい側に位置している小さな食堂、その屋根からは玄関口と車止めの様子が見て取れる。病院の玄関口ではいつものように患者とその付き添いが行き交い、車止めには客待ちの貸馬車が止まっている。

 フレアとしては見慣れた風景だが、この屋根から眺めるのは初めての事だ。フレアはメローの退院に備え、ローズの指示で彼女の様子を見にやって来た。普段なら院内でメローを出迎えるのだが、警備隊が絡んできたのならこちらは大っぴらに動くわけにもいかない。メローは警備隊にとって犯罪の重要な目撃者であり、証人でもある。当然の扱いと言える。

 昼前に病院の玄関口に二人の制服警備隊士に伴われたメローが姿を現した。メローの派手な身なりと警備隊士に囲まれた様子に、何者かと興味を引かれた来訪者たちが遠巻きに彼女を眺めている。当の彼女は居心地悪そうに表情を歪めている。現状では警備隊を頼らざるを得ず、だが、彼らと積極的に関わりは持ちたくはない思いは変わらない。二つの気持ちが彼女の内面でせめぎ合っているのだろう。

 車止めに現れたのは警備隊ではなく普通に街を流している貸馬車だ。御者が隊士に声をかけ挨拶を交わす。客車にメローと隊士が乗り込むのを確認すると御者は馬車を車止めから出した。

「それじゃぁ、わたしも行きましょうか」フレアも屋根から立ち上がった。

 馬車は進路を西へと向けた。メローの自宅は仕事先に近い旧市街なのだろう。しばらく、馬車は病院前から続く街路を進んでいたが、塔を越えた辺りで南の路地へと進路を変えた。

 そちらは空き家が多く道幅も狭い。人通りが少ないのはよいかもしれないが、馬車では行き交うのも困難だ。御者をやっていれば知らないはずもない。人気のない路地を駆けて距離を稼ぐ気なのかもしれない。フレアはそんな賭けをする気にもなれず、ローズからの指示がない限り、広い街路を行くことにしている。

「やれやれ……」フレアは小声で呟いた。

 フレアが気をもんでいる暇もなく、路地の先は転げた木箱の山で行く手を塞がれていた。馬車が止まり、御者が降りてそちらへと向かっていった。

「あぁぁ……」

 木箱に近づいていった御者はそれを片付ける事もなく横をすり抜け、その先へ逃げ出して行った。背後での物音に目をやると、曲刀で武装した三人の男が路地の向こう側から飛び出してきた。

「これは……」

 これは仕組まれた罠か。

 馬車が止まったことを不審に思った警備隊士達が現れたのは、御者の後ろ姿が木箱の向こう側で小さくなってからだった。背後からは武装した三人組が迫っている。彼らは御者に気を取られ、後ろに目がいっていない様子だ。練度が低すぎる。この程度なら東の組織に頼んで、人を回してもらった方が遥かに安心できる。

「まったく世話が焼ける」

 フレアは屋根から素早く飛び降り、三人組の側面に回り軽く顎に拳を入れておいた。頸の骨が折れない程度の力加減が重要だ。彼らは自身も何が起こったのかわからないうちに昏倒し路地に転げた。物音に気づいた隊士達が倒れている男達に駆け寄る。馬車は客車の扉が左右とも開け放たれたままとなっている。

 フレアは馬車へ向かい、メローの様子を窺うために客車内に飛び込む。

「フレアさん?どうしたん……」フレアの突然の出現にメローは甲高い声を上げ、すぐに口元を押さえた。

「ひっ!」押さえた口元から短い悲鳴が漏れ出す。

 短い悲鳴と共にフレアは背後に只ならぬ気配を感じた。馬車の中で素早く体を裏返す。客車の外には山高帽に黒いウエストコートの骸骨が立っており、武器は漆黒の杖だ。今まで見た骸骨の中では洒落者の部類に入るだろう。骸骨は客車の戸口に手を掛け侵入を試みている。フレアは左手を支点に体を浮かせ、杖を持つ手を蹴り上げ、頭蓋骨を足の裏で踏みつけた。骸骨は戸口から跳ね飛び霧散した。

「あれよ……」フレアは目を見張るメローの言葉を遮った。

「ここを出て行きましょう。逃げた方がいいわ」あのような魔物が出てくるようでは警備隊の手には負えない。

「えぇ……」頷き息を飲む。

 会話の間にも車内に黒い靄が湧き出した。山高帽の骸骨はメローのすぐ目の前だ。フレアはその背中を殴りつけ靄に戻した。靄は別の世界へと吸い込まれていくように戻っていく。

 靄の向こうではメローが白目を向き後ろへ倒れかけていた。急いで前にすり寄り背中を受け止める。軽く頬を叩き、目を覚まさせる。

「大丈夫?」

「……えぇ大丈夫……」朦朧としているようだが、辛うじて意識はある。

「すぐ、ここを出ましょう。きついかもしれませんが、我慢してくださいね」

 フレアはメローを抱え上げると車外へと飛び出して行った。


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