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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

 ローズは病院の屋上に降り立ち、眠りについている患者や当直の医師、看護師の意識を覗いて見た。そして、旧市街からやって来たメローという女について訊ねてみた。その中の何人かから反応があり、彼女は三階にいることがわかった。

 三階の窓の外で浮かび眠っている患者の意識を探りメローの行方を追う。面倒なので姿は隠さないでおく。幾重にも魔法を重ねて制御するのはひどく面倒だ。窓の外に浮かぶ黒衣の女の噂が立ったところで捨て置けばよい。ここは病院でその手の存在は終始現れては消える。怪談話が一つ増えるだけのことだ。

 本人の意識は深い場所まで潜り込んでしまっていたが、隣室の患者が眠ったままで入院した大柄の女を目にしていた。入院の際の騒ぎを目にして、部屋に掛けられていた患者の名札も覚えていた。それはメロー・レオニーでありハスラーの妹に間違いない。

 患者の記憶にある部屋の窓の掛け金を外から外し、開けた窓から室内へと入る。部屋の右側に寄せて置かれた寝台には大柄の女性が寝間着姿で横たわっていた。顔立ちと体格からハスラーの女版といった風情がある。端正な顔立ちに女らしい特徴が加わり人気となり、金離れの良い常連客を抱えていたようだ。

 メローの枕元に立ち容態を軽く探ってみたが、身体的な問題で眠っているわけではなさそうだ。これは医師の領分ではなく、術師の力が必要だろう。確かな力を持つ術師を手配すれば問題なく目覚めさせることができるだろうとローズは判断した。

 次はメローがなぜこのような状態に陥ってしまったのか。彼女が倒れた当夜の状況を探らなければならないだろう。今回の場合は日時ははっきりとしている。とりあえずは直前、件の宿に呼ばれる少し前から記憶をたどればよいだけなので手間はかからないはずだ。本人も意識をしていない事柄を探す場合はひどく困難な場合もある。

 メローはその当日、陽が落ちる前に店へ顔を出した。陽が落ちた頃には他の女たちも顔を出してきた。店長や他の女と軽く挨拶をかわし、仕事が回ってくるのを待つ。彼女としては家からの道中に不審な気配も感じず、店との関係は良好で他の女たちとも際立つ諍いはないと思っているようだ。

 この夜は少し珍しい夜だったようだ。いつものようにメローを指名する客は現れず、店に一人取り残された。ようやく入った通話で旧市街の宿に出向くことになった。新、旧市街問わず、このような派遣の仲介をやっている宿は多くある。そして、幾ばくかの紹介手数料を受け取るのだ。

 連絡が入った「キャンメイル」は中堅規模の宿でメローも何度か訪れたことがある。身だしなみと衣装を整え、メローは宿へ向かった。道中でも不審な動きは感じられず宿に到着した。宿の受け付けに一言断りを入れた後、店で聞いた二階の部屋へと向かう。

「ライトステリからまいりました」メローは指定されていた軽く扉を数回叩いた。

「あぁ、入ってくれ」中から男の声が聞こえた。

 メローが扉を開け中に入ると、男が座っていた椅子から立ち上がった。服装から見て近東からやって来た外国人か。中背で細身の男で身なりはよい。この宿に使用人の控室はなく、他に人が潜んでいる様子はない。 

 挨拶を交わしながらメローは周囲を見回した。男の名はシェゾ、偽名の恐れもあるがそこは追及はしない。とりあえず、メローは男に問題なしの判定を下した。この時に何もなかったとすれば、メローが倒れたのは仕事が終わってからということになる。金銭の支払いなどでもめたのか。しかし、それだとメローがただ倒れていたのはなぜか。取り寄せた飲み物などに薬を盛られ昏倒し、その隙に男が逃げていったなら合点がいく。男は初めからメローに金など払う気もなかったことになる。 

 薬が原因ならば、メローの目を盗んで盛られたのは間違いないだろう。彼女の視界の隅にさえ入っていないかもしれない。そうなるとたとえローズであっても知るすべはない。

「いや、それなら身体的な影響が出ているはずね。わからないわ」

 ほどなく、客室係が部屋に飲み物を届けにやって来た。同じグラスに入った同じ見た目の酒で区別はつかない。先にメローが持ち込まれた盆から酒を手に取り、備え付けのテーブルに置くこともなく、客のシェゾと乾杯し二人で一緒に酒を口にした。これでは細工のしようもない。シェゾも笑みを浮かべそれに応じる。この男に他意はなくただ女と事に及ぶ前に酒が飲みたかっただけのようだ。

「そうなると、彼女が帰る時に何か面倒が起こったってことかしら……」

 一瞬、ローズの気が逸れた隙に部屋の扉が開いたようだ。メローの短い悲鳴に慌てて意識を戻す。部屋に入ってきたのは船員崩れのならず者三人と魔導師といった風体の男たちだ。彼らが騒ぎの張本人か。

「シェゾ、舐めた真似しやがって!本物はどこにやった!」

 部屋に入って来た男はシェゾを睨みつけ怒りをぶちまける。不意の物盗りではない。ここに誰がいるか知って押し入ってきたのだ。

 シェゾに罵声を浴びせ掛けている男には額と頬に切り傷があり、白髪交じりで黒のざんばら髪だ。後ろの二人も傷の男と同じく怒りを滲ませジェゾを見つけている。魔導師は腕を組み冷静に出番を待っている。

「本物?」とシェゾ。男からの言いがかりに眉を歪める。「俺はあんた達に渡した物以外は持っていない。とんだ言いがかりだ」

 吐き捨てるように首を横に振る。

「ふざけんじゃねぇ!……」

 ここでようやく傷の男はメローに気が付いたように彼女に目をやる。

「先生……」

 メローを指差し魔導師に対して頷きかけた。

「よかろう」

 魔導師はろくろを回すように両手を何度か動かした。召喚式の発動だ。それに応じて、黒い靄がメローの前に湧き出した。彼女は恐怖で足がすくみ動けないでいる。靄は山高帽に黒いウエストコートを纏った骸骨に変化した。手には黒く細い杖を持っている。骸骨の視線はしっかりとメローを捕らえている。杖を上段に振り上げる。このままでは彼女は確実に魔物の餌食になるだろう。しかし、ここはメローの記憶の世界であり、ローズになすすべはない。

 山高帽の骸骨の杖が僅かに動いた瞬間にメローの視界が暗転した。恐怖で意識が維持できず昏倒したようだ。体に物理的な衝撃は感じ取れなかった。倒れたおかげで杖の一撃をぎりぎりでかわすことができたのかもしれない。倒れたのは魔物の力に当たられたせいもあるだろう。魔導師は彼女の生死の確認も取らず始末したと判断したに違いない。これがメローが宿を訪れ倒れるまでの真相のようだ。

 ローズはメローから抜け出し息をついた。

 改めて寝台で眠るメローに目を落とす。部屋に残されていたのがメローだけだとすれば、シェゾはあの男達に連れ去られたことになる。彼は恐らく盗賊か故買屋辺りだろう。彼はあの男達に知ってか知らずか偽物を売りつけた。騙されたとわかった連中が本物を求めて泊っている部屋にへ押しかけて来たといったところだろう。あの連中も使い走りに過ぎず、背後に彼らの主人が控えているに違いない。

「さて、どうしましょうか……」

 いうまでもなく、まずは姿を消したシェゾの行方を追うのが先決だろう。あの状況から見て、シェゾがあの連中と穏やかに事を収められたはずもない。

 船員崩れと見られる四人を無力化するのは魔法の心得があれば容易だろう。適当な幻影を見せるなどしてその隙に逃げればよい。少しの間、麻痺や睡眠に堕とせばよい。問題は一人混じっていた魔導師だ。魔導着は伊達や酔狂で身につけるものではない。あれは魔導師にとっての鎧であり力の増幅器であり、必要不可欠と言える。わざわざ、力を抑える外套を纏っている魔導師などローズぐらいのものだ。

「そうなると、やっぱり……」

 シェゾはあの連中が「本物」の在処を知るために連れ去ったと見てよいだろう。その行方を知るのはこの五人であり、その五人の顔をしっかりと目にしたのはシェゾとメローと彼女の記憶を目にしたローズとなる。シェゾは行方不明でローズは前に出るわけにもいかない。ここは速やかにメローを目覚めさせる必要がある。メローの口からあの夜の事を語らせなければ、警備隊は正式にシェゾの捜索班を展開することはないだろう。

「じゃぁ、まずは……」

 メローを目覚めさせる手配をする必要がある。

 最初は夜の女にありがちな面倒に巻き込まれたかと思っていた。メローにとっては巻き込まれた面倒事に違いないが、様相はかなり複雑に入り組んでる。しばらくは後を追う必要があるだろう。

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