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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話

「その扉の向こうに親玉がいる」

 そう告げられた扉の向こう側は先ほどと変わらない天井の高い宴会部屋だった。さっきは大猿が陣取っていた壁に扉はなく、横幅が広く巨大な額に収められた絵画が飾られていた。そこに描かれているのは鎧を纏い馬に跨る骸骨騎士とその背後に群をなす黒衣の骸骨戦士団である。それらを夜空に浮かぶ月が怪しく照らし出している。

「もしかしたら、あの絵から骸骨が湧き出してくる?」フレアは描かれた骸骨を睨みつけ正対する。

「たぶんな。これもよくある警備用の罠の一つだよ」とトゥルージル。「通りがかった不審者を描かれた騎士や魔物が撃退する。さっきの雑魚より手ごわい奴が混じっている場合もある。気を付けろよ」

「心外だな。そんなありふれた盗賊除けで君たちを試すわけがないよ」とステファンの声。

「もっと趣向を凝らした舞台づくりを心掛けてみた。さぁ、戦いを楽しんでくれ。そして、僕も楽しませてほしい」

 ステファンの声を合図に、広間は絵画より勢いよく噴き出した黒々とした靄に満たされ文目もわかず、暗闇となった。ややあって、晴れ渡る夜空に輝く満月が現れ、フレアと特化隊の二人は月夜の草原に立っていることがわかった。見た目だけではなく、下草が足に触れる明確な感触まで感じ取れる。前方には骸骨騎士とその軍勢が控えている。

「また、どこかに飛ばされたのか」とパメット。

「いや、奴が作った舞台の中だと思う。ここはステファン・ホークが旧来からの術式を駆使して、さっきの広間にこんな仮想空間を作り上げたんだ。まったく大したもんだ」両手崑を力強く握りしめる。

 体にまとわりつく濃密な気配はそれを示している。目に見える全てが作り物であり、舞台装置なのだ。

「褒めたって奴らは歓迎なんてしてくれないわよ」とフレア。

 骸骨騎士が片手を上げ、背後の軍勢に進軍の合図を送る。

「あれが奴らなりの歓迎さ」

 馬を駆り真っ先にフレア達の元にやって来た骸骨騎士が馬上からフレアに斬りかかる。フレアは斬撃を除け馬の背に乗り騎士の背中を殴りつけた。トゥルージルが横に回り込み馬の腹に崑をつき込む。騎士と馬は弾けて靄になったがその場で再生を始める。

「多少扱いは違うようだが、雑魚なのは変わりないな」

 遅れてきた革鎧の雑兵達が三人に殺到しを取り囲む。各自、周囲の雑兵を薙ぎ払い消滅させる。一体ずつは一撃で倒せる脆弱さだが、群れで集まれば手練れであってもその数が十分に脅威となる。絶え間なく押し寄せる雑兵と復活し続ける騎士に押されて、三人が動く空間は徐々に狭くなっていく。

「兵を供給している大元がいるはずだ。それを探してくれ!」必死の形相で崑を振り回すトゥルージルが叫ぶ。

「他とは違う動きをしている奴がいるはずだ。それと兵の流れも見てくれ」

「そんなこと言ったって……」

 フレアは回し蹴りで近辺の兵を薙ぎ払う。右に飛びパメットに加勢し周囲の兵を殴り潰す。視界の隅に何かが目に入った。押し寄せる骸骨の雑兵の中でこちらに近寄っては来ない者がいる。骸骨軍団の最後列の辺りに巨大な旗が掲げられている。一体の骸骨が一軍を鼓舞するかのように旗を振り続けている。その骸骨はその場にとどまり、周囲の骸骨は波のようにこちらに押し寄せる。

「少しの間、堪えていて」

 フレアは骸骨兵の囲みから飛び上がった。高い位置から眺めると、旗持ちの兵の周囲から新たに骸骨兵が湧き出しこちらに向かっているのが見て取れた。

「よぉしっ!!待ってなさい!!」向かうべき場所の見当がつきフレアは口角を大きく上げ犬歯をむき出しにした。

 フレアは押し寄せる骸骨の頭や肩を踏み台代わりにして、跳ね飛びながら掲げられた旗の傍へと向かう。骸骨達が踏み台にされたことを憤怒し、または嘆くように口大きく開け手を上げ消滅する。旗を支える兵の傍に飛び込んだフレアを湧きたての雑兵が取り囲む。フレアはそれらを旗持ち兵もろとも回し蹴りで薙ぎ払った。

 周囲にいた骸骨たちは黒い靄に戻り、フレアはその残骸の中に浮かぶ虹色に輝く拳大の珠を発見した。

「見つけた!!」フレアが捕食者の笑みを浮かべ、鋭い犬歯がむき出しになる。

 フレアはその珠をかかと落としで床に叩き落し、渾身の力を込め踏みつけた。珠に細かなひびが入り、さらに込められた力により破片と変わり辺り一面に弾け飛んだ。途端に骸骨兵たちが力を失い、すべてがその場に崩れ落ち靄に変わり消え去った。

 靄が晴れた広間では呆気に取られたトゥルージルとパメットが立っていた。

「大丈夫?」フレアは二人に声を掛けた。

「あぁ……問題ない」トゥルージルが答え、パメットも頷いた。

「よかった……」

 呟いたフレアは部屋の揺れを感じた。揺れは足元から床から来ている。前の二人もそれを感じ取り床に目をやる。突き上げるような振動からまもなく床にひびが入り部屋の中央から地下へと陥没を始めた。

「やり過ぎた?」

 考える暇もなく床は抜け落ち、フレア達は宙に投げ出された。落ちた高さは二階分ほどで、落下した先は構造物の外ではなく別の広間だった。無事着地を果たし頭上を見上げると抜け落ちたはずの床は降り注ぐことなく既に修復済みとなっていた。少し離れた位置にいた特化隊の二人も着地し支障なく立ち上がった。

「心配することはないよ、君のせいじゃない」

 聞きなれた若い男の声がした。今回は壁伝いではなくすぐ傍からの肉声だ。声の方向に目をやると若い男が立っていた。小柄で細身、波打つ銀髪に白い肌、端正な顔立ちの青年に見える。黄色がかった瞳からは強い覇気が感じられる。

「あなたがステファン・ホークね」

 フレアはホークを見据え構えを取る。後ろで二人が戦闘に備える気配が伝わってくる。

「戦いが一通り終わってから会うつもりだった、その際に労いの言葉をかけるつもりだったんだが、君たちがあまりに腕が立つもので、この体がどこまで通用するのか直接手合わせしたくなったんだ。これだけ気持ちが湧きたつことは久しくなかったよ」

「あなた達、彼のやる気に火を付けてしまったようね。わたしは相手にしてもらえないようだから見物させてもらうわ。頑張りなさい」

 和やかなローズの声が室内に響く。

「あの女は何なんだ。まるで他人事だな」パメットがこぼす。

「あれがローズ様なのよ。常に至高の存在で全てを眺めている」

「ふんっ!」

「君たちも試してみたくはないか。自分はどこまでやれるのか」ホークがフレアを見つめ手を差し出す。「特に君だ、ランドール君。君は力を解放する機会などめったにないだろう」

 ホークが笑みを浮かべ両手を打ち合わせると、彼の服装が紺と白の上下から真紅の道着へと変化した手には赤い手甲がはめられている。

「真剣に殺り合わないか」とホーク。

「仕方ないわね。一対一と言うならね」フレアが応じる。

「望むところだよ」

 フレアは最速でホークの間合いに飛び込み、胸元に拳を打ち込んだ。更に頭部を狙い軽く左右の拳を放ち、最後に右の中段蹴りを太ももに打ち込んだ。拳の二発はかわされ、一発は手甲で受け止められた。蹴りは膝で受け止められた。これらを表情を歪めず受け止めたのは過去にローズぐらいのものだ。間違いなく人ではない、人ではないなら手加減はいらない。 殺す心配もしなくてよい。

「そうだ、存分に殴り合おう」

 ホークの弾丸に等しい速さの拳が左右からフレアに打ち込まれた。フレアも体を巧みに動かしてかわす。ホークが放つ一発はひどく重いが、歳を経た狼人であるフレアなら受け止めることができる。顎への一発を避けきれず口の中を切り、血を噴くことになった。

「最高だわ」大きく口角が上がり犬歯があらわになる。

 ここからは真の手加減なしの打ち合いとなった。打ち合う二人の明確な動きを捕らえる事の出来る者は数限られているだろう。トゥルージル達でも目にすることができるのはぼんやりとした残像のみだ。それが熾烈な打ち合いであることを伝えるのは周囲に舞い散る細かな血飛沫、それが床に細かな暗い赤の水玉模様を描いていく。時折、お互いが後方に跳ねて退くが、その時に見える二人に苦痛は伺えない。フレアの血まみれになった顔に浮かぶのは薄気味悪い笑みだ。

 何度目かの打ち合いでフレアの拳がホークの顎を下から打ち抜いた。僅かな間、その勢いでホークの顔は天井を向いた。両腕が開いてしまい、胸元ががら空きになる。フレアはその隙を見逃さなかった。力を貯めるために後ろに引いた腕の筋肉が瞬時に巨大化する。これが力の解放だ。ホークも腕を胸元に戻し受け止めようとしたが、フレアの拳はホークの両腕の間をすり抜け彼の胸に深くめり込んだ。その衝撃で背中がふくらみ破裂し大量の血液をまき散らした。その後に飛び出てきたのは瑠璃色に輝く美しい珠だ。珠は飛び出してすぐにひびに包まれ床に落ちて砕けた。それでもホークは少しの間だが笑みを浮かべて立っていた。


「お帰りなさい。ひどい顔をしているわよ」フレアがその声に顔を上げ周囲を見回すとそこはどこかの応接間であることがわかった。傍にローズが立っており、他には「いつもの二人」を含めた特化隊の四人まで揃っていっていた、となればトルテ家の応接間か。

「そういうこと」とローズの声。「あなたは戦いが終わってすぐここへ戻されてきたけど、今まで黙り込んだまま座り込んでいたわ」

「あの状態まで行くと、ぼんやりとしてしまって何が起こっているのかわからなくなるんですよね」

「楽しかったよ。君が勝ったのは間違いないさ」

 背後からホークの声が聞こえた。フレアは慌てて立ち上がり振り向くと倒したはずのホークが立っていた。だが、その姿は体の向こう側が透けて見えるぐらいに薄い。

「君には体を完璧に壊されてしまったから幻体で失礼するよ。これだけ楽しいことはなかったよ。それに何か吹っ切れた気もする。約束の礼金は玄関口に置いて行くよ。また会えるのを楽しみにしているよ」

 それだけ言うとホークは手を振ると消えていった。

「言いたいこと言って帰っていったか」とパメット。

「あなた、彼のやる気に火をつけてしまったようね」ローズはフレアに微笑みかけた。

「えぇぇっ」

「退屈してた爺さんのやる気に火をつけたってことか、迷惑な話だな」ビンチがフレアを睨みつける。

「それはあなた達もよ」とローズ。「まぁ、十分お気をつけなさい」

 応接間にローズの笑い声が高らかに響いた。


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