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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 応接間に拍手が鳴り響く。

「お見事、君たちは彼らと敵対関係にあると聞いていたが、やればできるじゃないか」

 満面の笑顔でホークは拍手を続ける。

「別に彼らに敵対視されているわけじゃないわ。呪われている身のわたし達は要注意人物とみなされているために彼らの監視対象となっている、それだけの事よ。まぁ、あの部隊の隊長から直々の抗議文書を受け取ることもままあるから、彼らにとってわたしたちは目障りな存在なのは確かでしょうけどね」

 ローズは目の前に置かれた行動の記録書から目を上げた。柔らかな革の背もたれに体を預け、天井を見上げる。

「フレアは、あの娘はわたしと違って呪われてからもずっと人の中で人として暮らしてきたからいくらかましなはずよ」

「そんなものかな」

「えぇ、人を外から眺めて過ごすわたしやあなたとは違う」

「なるほど……」

「それはそうと……」とローズ。

「何だい?」

「ステファン、あなた本当は人が戦っているのを眺めるだけじゃなくって、あなた自身が戦ってみたいんじゃないの。あなたなら自分自身で満足できるような体を作ることもできるはず、それを使って……」

「確かにそれなら真の意味で力試しができるかもしれないけど、なかなかその気になれなくてね」

「動くことのない生身の体にまだこだわってる?」

「……嫌なことを聞くね」軽い溜息をついた。「満足に動かなくなって久しい体に経変遅延の魔法を掛け生かしている理由については、法的に人と認められるためと常に説明しているが、実際はまだあの体を諦めきれないっていう気持ちも大きく占めている」ぼんやりとした視線を天井へ向ける。

「ステファン・ホークとしての功績を受けたのはあの体がどうにかこうにか動いていた時の研究がほとんどなんだよ。十三歳でサハ魔法学院に入学し、神童ともてはやされた。卒業後も使い魔やその召喚に関する術式に革命をもたらしたと言われたけど、それは公園を散歩中に転げるまでの事さ。それ以来、体は坂を転げるように動かなくなっていった。それからも研究は続けたよ。助手や使い魔に手伝ってもらい、代わりの体を用意するなどしてね。でも、そのころには世間的にはステファン・ホークは消えたも同然だった。若くして病に倒れた哀れな天才魔導師さ」

「それじゃぁ、あなたにとっては本来の体は思い出の記念品に近いのね」とローズ。

「そういう表現は初めてだよ」ホークは軽く笑い声を上げた。「君はちゃんと人だった頃の過去はもう気にならないのかい?」

「まぁ、わたしも吹っ切れるのに少し時間はかかったけど、あなたほどでは……あぁ誰か来たようね」

「そのようだね」

「わたしの知り合いのようだし、見てきましょうか」とローズ。

「助かるよ」

 椅子から立ち上がったローズは玄関へと向かった。感じた気配通り玄関口にいたのは「いつもの二人」ことデヴィット・ビンチとニッキー・フィックスだった。トゥルージルらからの連絡を受け救援のため駆けつけてきた。ローズとフレアとは空間を隔てていても連絡がつく、彼らも外と繋がりを保っていても不思議はない。二人は今にも玄関の鍵を破壊し入ってくる勢いだ。

「すぐに開けるから待ってなさい」発話では間に合わない。ローズは意識を直接二人に送り込んだ。ビンチは扉への体当たり寸前で動きを止めた。

「ここはちゃんとした住人がいるお屋敷なのよ。無茶はやめなさい」

 ローズが玄関扉を開けるとビンチとフィックスが並んで立っていた。

「じゃぁ、おまえは人様の家で何をしているんだ」ビンチがローズを睨みつける。

「それはもうあの二人から事情を聞いているでしょ。中に入りなさい」

 不満を漏らしながらも二人はローズの後について屋敷内へと入っていった。

「あなた達、他の用事で忙しいじゃなかったの」

「それを急いで切り上げてこっちにやって来たんだよ」

 廊下で立ち止まり、床に目をやる。

「そこはもう機能していないわ。そこの部屋よ、彼がいるのは」

 ローズが説明するまでもなく二人は廊下を進んでいく。トゥルージルとパメットは簡潔に自身が現在置かれている状況を伝えているようだ。そして、その情報を特化隊内部で共有している。但し、状況把握が出来ていても助ける手立てがあるとは限らない。

「やぁ、よく来たね」応接間に現れた二人にホークが声を掛ける。

 ビンチは一度室内を見回した後にホークへと視線を据えた。

「あんたがステファン・ホークか。仲間が世話になっているようだな」

 二人はホークの容姿にさほど驚いてはいないようだ。それもすでに事情説明を受けているためだ。それに加えて帝都には容姿と年齢が合わない者は多くいる。彼らの隊長も見た目はホークよりまだ年下だ。

「彼らは頑張っているよ。君たちはデヴィット・ビンチとニッキー・フィックスだね」

 ビンチが僅かに顔をしかめる。

「好きな所に座ってくれるといい。飲み物を何か持ってこようか。酒……はいらないか。湯が沸くのを待ってもらえるなら、お茶を持ってこさせようか」

「気遣いは無用だ。それよりあの二人はどうしてる」

「彼らなら大丈夫よ」ローズが口角を上げて答えた。「フレアもね。今は閉じ込められた部屋から出るために床いっぱいの粘土を片付けている最中よ」

「どうしてそれがわかる?」 

 ローズは目の前のテーブルに置かれている行動記録を指差した。

「ここに書いてあるからよ。ここにいらっしゃい」ローズは自分の隣を指差し、横に移動した。

「これは彼らの行動記録となっているわ、みんなで読みましょうよ」


 ビンチ達が救援に駆けつけてきた様子はフレア達の耳元にも届いていた。そのやり取りはまるでお茶会に遅れてきた来客を歓迎しているようで緊張感も何もあったものではない。

「まったく何やってんだか」パメットがため息交じりに言葉を吐き出す。

 多少の時間はかかったが、出口の扉を開けるだけの粘土をどけ三人は廊下へと出た。廊下を進むと部屋に入る時に開いていた壁の穴はきれいに修復され塞がれていた。

「ご丁寧なことだな」トゥルージルが手にした棍で軽く肩を叩く。

 部屋から続く廊下も変わらず一本道で左右の壁に扉が二つづつ配置されている。その先に右への曲がり角、構造的にはこれまでと代わり映えはない。違いは只ならぬ気配で廊下が満たされている点か。それは澱んでまとわりつく湿気のように体に絡みついてる。

「来るぞ」パメットが呟いた。

 声と同時に先頭のフレアの目前に靄が湧き出し、それは黒いぼろ布を纏った二体の骸骨に姿を変えた。二体とも両刃の剣を手にしている。上段からの剣撃をかわし背後に回り込み左右からの中段蹴りで薙ぎ払う。感触は流れ落ちる水を蹴りつける抵抗感に似ている。

 骸骨は攻撃を受けると弾けて靄に戻り消え失せるが、すぐに別の骸骨が湧いて出る。パメットもぼろを纏った骸骨を造作なく弾け飛ばすが、それは一瞬の事で別の骸骨が現れ襲い掛かってくる。

「これも彼が作ったの?」現れた骸骨の剣に蹴りを入れ攻撃を防ぎ、体勢が崩れた隙に腹に蹴りを入れる。

「これは素体とされる術式が古くからある。大概はそれに手を加え、所持する武器や防具を付与することになる」とトゥルージル。周囲に現れた三体を棍の連撃で消滅させる。

「この手の奴は一体ずつは大して強くないが、元を絶たない限りいくらでも湧いて出てくる」とパメット。「持久戦が必至となるため面倒だ」すぐ横に湧いて出た骸骨を裏拳で打ち倒す。

「だろ?」パメットがトゥルージルに目をやる。

「そうだ」トゥルージルが答える。

「元って彼はここにいないでしょ?」

「発生源となっている魔物さ」

「親みたいなものね。そいつを倒さないとだめだという事か」

「その通り」

「親がいるとしたら」前方に突進し周囲を取り巻く骸骨を蹴りで薙ぎ払う。「この先かしら」

「おそらくな」

 黒いぼろ布を纏った骸骨たちは湧いては消えるあぶくのようで、その中心にいるフレア達三人は踊るような身のこなしで骸骨たちを文字通り蹴散らしていく。彼らは決められた振り付けがあるかのように骸骨が振る剣をかわし、間合いに入り拳を打ち込み、蹴りを入れる。そして、骸骨は仕込まれた火薬が弾けるように靄に変わる。その繰り返しは角を曲がった先の突き当りの扉まで続いた。 

「いいね。君たちの動きは鍛え上げられた踊り子のように美しく魅力的だよ」

ホークの声が廊下に響き、それを期に骸骨達は攻撃を止め、後退し靄となって消えた。さっきまでの胸苦しいほどの気配もなくなった。

「君たちが言っていた通り、親玉はその扉の中にいる。入るといい。ぐずぐずしているとまた雑魚が湧き始めるよ」

 軽い笑い声と共に鍵が外れる音が聞こえた。そして、扉がひとりでに開いた。

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