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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 次に現れたのは牛頭の塑像だった。猿顔の武者との違いは頭部だけで他はそのまま流用されている。床から湧いて出た四体を三人で速やかに粉砕し前へと進む。その先は廊下が少し広くなり、廊下の両側に様々な動物を模した頭部を持つ塑像が並べられていた。鎧と腰に差している棍棒は全員お揃いだ。獣人で構成された騎士団といったところか。

 隊列の手前で立ち止まり眺めてみる。猿に鳥、牛と羊に馬に熊、鹿と蛇に少し無理があるような気がするが魚もいる。様々な動物を模した武者が並べられている。

「これってよくある警備用の罠と同じよね」

 これらの塑像は彼らが間合いに入れば間違いなく襲ってくるだろう。

「塔の中もこんな像じゃないにしてもローズ様がふんだんに罠を仕掛けているわ。いざとなれば、ゴミ箱や椅子までが戦い始める。その式を構築したのが彼だったという事?」

「その手の罠に使用される術式はさらに古くからある」とトゥルージル。「ただ、昔は今のように式は広く公開されてはおらず、流出を防ぐため秘匿されていた。それが解析され広く知れ渡ったのは最近のことだ。今も昔も魔導師は多くいるが、そんな時代にそれも若い時にそれをやってのけたというのなら、確か神童と言えるだろう」

「なるほどね……」

 フレアが一歩前に出るとそれに合わせて塑像たちが視線を向けた。瞬きも表情の変化もないが視覚はあるようだ。加えて飾り物の塑像を装う気もない。それならばこちらも知らぬふりをすることもない。

 フレアが立ち並ぶ塑像の列の中心に素早く飛び込むと、彼女の動きに反応して塑像たちはフレアを取り囲み棍棒を振り上げた。一連の動きは統率が取れた舞のようで一部の乱れもないが、それはフレアの右足を軸とした回転蹴りを受けるまでの事、腹に蹴りを受けた塑像武者は後方によろけ、仲間同士で衝突し動きを乱す。そこに後方で控えていたパメットとトゥルージルの拳と蹴り、棍による連打により統制を失い半数以上が崩壊した。残りはフレアが拳で打ち砕き、ほどなく床は土塊で覆われた。

「いいね。白装束の二人はよく鍛えられている」廊下にホークの声が響いて来た。

「彼らは元より特務部隊所属だから動きに関しては申し分はないわ」とローズの声。

「君のメイドもなかなかいける。狼人というのはただの力任せも多くいるが、彼女は本当に腕が立つ。君の仕込みかい?」

「いいえ、あの娘はまったくどこであんな動きを覚えたのか、初めて会った時からあの調子よ」

「だとよ」パメットはフレアに視線をむけた。

 フレアは無言で軽く首を傾げる。やれやれとばかりに軽く手を広げる。

「先はどうなってるのかしらね」

 土塊が転がる廊下を通り過ぎ、その先を右へと曲がり、そして短い廊下を経て左へ廊下はそこで突き当りとなった。廊下の左側の壁には大きな穴が開き、向こう側にある廊下が見える。壁の穴は誰かが力任せに突き破ったようなありさまで乱雑極まりない。床には壁から崩れ落ちた木材が片づけられることなく転がっている。右側の壁には扉が取り付けられている。

「ここは通れるのかしら?」フレアが壁の穴を指差した。

 壁の穴は大柄の男でも背をかがめ、跨ぎ越せば通れる大きさだ。

「待ってくれ」

 トゥルージルは棍の先を穴の中に差し込み左右に軽く動かした。僅かな間をおいて床に転がっていた壁の木材が飛び上がり棍に衝突し音を立てた。棍を穴から引き抜くと木材は力を失い床に落ちた。

「罠だな……」パメットが大げさに肩をすくめる。

「その通り、あの速さなら装備によっては容易に突き通される。そして、怪我を負う。当たり所によれば……」とトゥルージル。「反応が遅いのは標的が穴に身体を身を乗り出すのを見計らってのことだろう。たちが悪い」

「あれじゃ、普通の鏃より先が乱れてて刺さると大事よ。抜くのが大変だわ」

 フレアが転がる木片を指さし、二人の男達が顔をしかめ頷く。

「……となると、出口への順路はこっちか」トゥルージルが扉に目をやった。

 パメットが手甲をはめたまま扉の取っ手を回した。鍵はかかってはいない。扉はうち開きだ。

「こちらも穏やかに済まないだろうが、いってみるか」

 パメットが扉を蹴り開けフレア、トゥルージル、パメットの順で室内になだれ込む。扉はパメットを通すとひとりでに閉ざされ、鍵が閉まる音と同時に上から轟音を立て鉄格子が降りてきた。これで退路は無くなった。

「ご丁寧なことだ」パメットが口角を上げる。

 突入した部屋は天井の高さが三階分ほどある大広間で、大宴会や大掛かりな集会などで重宝しそうだ。対面側に扉がもう一つ前にあるが、その前に大猿の塑像が片膝をついて床に座っている。身の丈はフレアの三倍はあるだろう。普通の大猿と違うのは腕が六本ある事だ。大猿のすぐ脇の床に六本の曲刀が突き立ててある。それぞれ刀身はフレアの身長ほどある。大猿は鉄格子が降りた轟音により目覚めたように、項垂れた頭を起こし立ち上がった。そして、腕で一本づつ曲刀をつかみ取り視線を前方の三人に据えた。

 それを合図にフレアとパメットは大猿に向かい飛び出した。フレアは大きく跳躍し大猿の頭部へと急接近する。パメットは跳ね寄り右脚へと迫った。体幹から左右への薙ぎ払いは二人とも上下に逃れた。フレアは下降しながら筋肉をばねに大猿の側頭部に蹴り、顔面に拳を打ち込んだ。全弾命中だが像は粘土細工のように大きく変形しただけに留まり、攻撃は効いてはいないようだ。この像は粘土のままで焼成されていない。

 右下方から突き上げるように巨大な切っ先がフレアに迫ってくる。万事休すと思われ、激痛に耐えるために歯を食いしばった時、金属同士が擦れ合うような耳障りな衝突音が部屋に響いた。同時に目の前に虹色をした波紋の模様が曲刀の刃を中心に浮かび上がった。トゥルージルがフレアの前面に物理障壁を展開し刃の一撃を防いでくれたようだ。障壁はすぐに消滅する。魔法の心得はないがそれは知っている。フレアは着地と同時に後方へと飛びのいた。

 パメットは渾身の蹴りを大猿の太ももに打ち込んだが、こちらも力を吸収され深部を破壊することはできず、大猿の体勢を崩すことは出来なかった。大猿は宙で曲刀を逆手に持ち替え、三本の切っ先をパメットに向かい突き降ろす。これを間一髪で攻撃を避け後方に跳ね飛ぶ。

「二人とも退け!」

 両手で印を組み、短い詠唱の後に大猿に向かい手をかざす。

「氷結」

 言葉の後に大猿が霜に覆われ動きを止めた。その隙に二人がトゥルージルの傍へと下がる。

 一度、大きく息を吐き出しパメットは両手の平を打ち合わせた。手甲から鉤爪状の刃が滑り出してきた。

「粘土相手じゃ叩き割るとはいかないようだな」

 両足の裏を床で踏み鳴らし外側へ少し捩じる。こちらもつま先から刃が出てきた。

「刃物使うのね」とフレア。

「使うさ、必要な時にはな」

 大猿の表面を覆っていた薄氷にひびが入り、剥がれ落ち霧散した。再び戦闘開始だ。

 パメットは駆け出し間合いを詰めていく。彼を狙い、振り下ろされた剣の刃を右側にかわし、腕の一本に接近し鞭のように蹴り上げた。つま先の刃は大猿の手首に深く食い込み、太い手首を大きく切り裂いた。残った粘土では床に食い込んだ巨大な曲刀を引き抜くことはできず腕は手首からちぎれた。大猿は残りの腕を使いパメットに曲刀を突き立てる。彼は二回の攻撃を巧みにかわし大猿の右足の背面に回り込んだ。今回の狙いは足首だ。下段蹴りで足首の腱を切り裂く気だ。パメットの意図を悟った大猿は彼に対して後ろ蹴りを放つが、それも横に避けて次の上段蹴りで完全に足首を刈り取った。足首が床に落ちて、横に転がる。支えを失った大猿は体勢を大きく崩す。

 フレアは床に食い込んだ巨大な曲刀を引き抜き肩に担いだ。そのまま三歩の助走をつけ大猿の正面に飛び上がった。ここまでは前回と変わらないが今回は武器がある。フレアは大猿の頭上で曲刀を両手を使い渾身の力を込めて振り下ろした。その一撃を凌ぐために大猿は左手三本の曲刀をかざしたが僅かに遅れた。切っ先は大猿の頭部、鼻の辺りまで食い込こんだ。更に曲刀の柄を蹴りつける。一蹴り毎に大猿は苦し気に震え悶えた。刃が大猿の核まで到達したようだ。やがて大猿は力を失い膝をつきうつ伏せに倒れた。その衝撃で大猿の塑像は大量の粘土の山に変わった。

 しばらく、三人は粘土の山を油断なく眺めていたが、それは二度と動くことはなかった。

「終わったのよね」最初に口を開いたのはフレアだった。

「恐らく……」とトゥルージル。

「厄介な物を作ってくれるよ……」パメットは刃先を収めている。

「さっきはありがとう。助かったわ」フレアはトゥルージルに目をやった。

「礼はいらんよ。あれが俺の仕事なんだ。それにここで怪我をされても困るからな」

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