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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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玄関開けたら 第1話

ご飯が出てきそうなタイトルですが、出てくるのは新しいお話です。

ローズ達は塔に届いた手紙に誘われ、あるお屋敷にへと出向きます。そこで行われるのはいわゆるダンジョン攻略です。それに強制的に参加させらることになったのはフレアと特化隊の二人です。彼らは無事にそこから出てこられるのか。

今回は短めのお話となっています。

 帝都には体制が整えられた郵便機構が存在する。そのおかげで郵便物は各戸に割り振られた住所に基づき配達員の手によって配達される。

 それは新市街の事実上の支配者であるアクシール・ローズでも同様である。彼女の居城である「塔」にも毎日のように新聞や郵便物が届く。旧市街には新聞の宅配を請け負う業者がいるようだが、新市街では各自新聞売りの元に出向き買い求めるのが常となっている。その対応としてローズは付近の住人の数人に手間賃を渡し、塔の玄関口へ投函してもらっている。

 郵便物については直接塔へ出向き、扉に開けられた投入口に放り込んでいく者もいるが、大半は帝都によって割り振られた住所に配達人の手によって届けられる。

 但し「塔」はただの巨大な建造物ではない。力ある魔導師の住居であり要塞も兼ねているため、その玄関扉に設けられた投入口もただの穴ではない。そこに投入された郵便物や新聞は扉の通過時に害意の有無を選別され、害意有りと判定されれば異界へと転送されることになる。ここでの害意とは術式の仕込みや刃物や毒物などの危険物の内包を指し、文面はそれに当たらない。そのためあまり好ましい内容でないものも手元に届くことがある。

 今日、昼に届いた一通の封書は言葉こそ柔らかに綴られてはいるが、一方的にローズを手元へ呼びつける内容だった。ローズの元には時折このような手紙が舞い込んでくる。帝都にはローズと面識があることが箔に繋がると考える者がおり、そして興味本位に会いたがる者も多数存在する。だが、先方に出向くかどうかの判断はローズが下す。要は好奇心旺盛な彼女の興味を引けるかにかかっている。大概は捨て置かれ、かまどの焚き付けとなる場合が多い。

「旅の途中で君の名を耳にした……」

 最上階の居間にフレアの落ち着いた声が響く。

「よもや、このような街で居を構えていたとは、それも街を統べる存在となっていようとは実に興味深い。なるほど、この世はいつまで経っても新たな刺激に満ちている。よければ、一度会って世間話の相手をしてもらえないだろうか。お抱えのメイドと共にこちらへ来て欲しい。いくらかの謝礼は出すつもりでいる」

 この後に招待先であろう旧市街の住所が書かれている。そこから察するに旧市街にある閑静な高級住宅街の住人か。

「差出人はステファン・ホークとなってますが、ローズ様のお知り合いですか。この文面からすると帝都に来る前のローズ様のことをご存じのようですが……」

「……その名前になら心当たりはあるわ、本人に会ったことはないけどね。そう、彼の名前を聞いたのは……ここに来る前の話になるわ」

 天井を見上げローズは遠い記憶を辿る。

「ステファン・ホーク……わたしの記憶にあるステファン・ホークなら、この大陸の東の果てサーサクーツクに住んでいたはずよ。若くして天才と評された魔導師、変わり者だったようだけどその評価に恥じない十分な力は持っていた。けど、わたしが彼の名前を知った頃にはもう運動機能低下の病を患っていた」

「それじゃぁ、もうお亡くなりになっているかも……」

「普通ならね」

 この世界では力次第で死を遠ざけることは可能だ。

「もしかしてこの人は、ローズ様の気を惹きたくてステファン・ホークを騙っている?」口には出したもののフレア自身も腑に落ちない様子で首をかしげる。

「それもあるかもしれないけど、その意味は見いだせないわ。わたしが知ってはいるのはさっき言った事柄ぐらいで、それ以外はわたしには何の意味もなさない。会ったことさえないんだから」

「あぁ、そうなんですね……」

「……でも、今夜は特に用事もないし、様子だけでも見に行きましょうか。本人がいれば聞いてみましょう。手紙の差出人がどこで彼の名を知ったのか。なぜその名を使う気になったのか。それで教訓の一つも与えてあげましょう。暇つぶしにちょうどいいわ」

「教訓、ですか」

 どのような教訓が与えられるか、それはローズの気分次第だ。フレアは軽い悪寒を感じ身を振るわせた。



「ここのようね」

 手紙に記載されていた住所にある白い壁の屋敷の門前に到着したローズは軽く周囲の意識を探ってみた。闇に沈んだ屋敷は現在無人だ。住んでいるのはステファン・ホークとは縁もゆかりもないティモ・トルテという茶を扱う業者で、帝都の西部からやって来たパルケシルよりやって来た。

 近所の住人によると、この屋敷の家人たちはティモの甥の結婚式に参加するため、そして使用人達の慰労も兼ねて地元パルケシルに全員で出かけており、現在は留守番もおらず無人とのことだった。

「ホークさんは住んでもいない。いるのは別人、その人さえいないとなると、完全に騙されたって事ですか……」フレアが眉を歪める。

「そうでもないと思う」とローズ。

「えっ……」

「そこの二人、隠れてないで出てらっしゃい」ローズは隣家を囲む赤いレンガ塀に向かい呼びかけた。

「布切れを被って隠れたつもりでもおしゃべりは丸聞こえ、それじゃ小さな子供のかくれんぼと変わらないわよ」

 赤いレンガ塀の一部が砂色に変化し、頭から被る二つの人影が現れた。二人は頭から被っていた薄衣を小さくたたみながらローズを睨んでいる。白い道着と法衣の二人組。特化隊のカーク・パメット、ロバート・トゥルージルだ。剃り上げた頭と筋肉隆々の体つきは新市街の顔役の一人であるジョニー・エリオットの仲間のように見えるが白装束がそれを打ち消している。

「どうして、あの人たちがここに……」とフレア。眉をひそめる。

「彼らも呼ばれたのよ」ローズが口角を上げ、口元の牙が露わになる。

「特化隊にわたし達が妙な動きをしていると、ここの本来の住人である……ティモ・トルテさんからの通報を受けてね。でも、駆けつけてみれば連絡を寄こしたトルテさんは旅行に出て不在、そこで隊との連絡をつけている最中にわたし達がやってきた」

「勝手に人の頭の中を覗かないでもらえるか」パメットが睨みつけるがまったく効果は見られない。

「いつもの二人はどうしたんでしょうね?」フレアが訊ねる。

「それは……別の用事があるようね。それで彼らが代わりにやってきた」

「覗くなと言っているんだ」

「もういい」トゥルージルがパメットを制し、前に出た。「あんたは何のためにここにやって来た?さっきここの本来の住人とか言っていたが、何を知っているんだ?」

「あなたの方がいくらかは切れるようね」 ローズはトゥルージルに微笑みかけた。

「わたしを呼び出したのはステファン・ホークという名で、トルテさんとは縁もゆかりもない男よ。その名で心当たりがあるのは遥か東方に住む魔導師……それもわたしがここへ来る前のお話……」

「俺たちとは別口か。あんたはそのホークとかいう魔導師にここへ呼ばれる心当たりはあるのか?」とパメット。

「いいえ、彼とは会ったこともないわ」

「そいつが俺達まで呼び出して何の用があるんだ、物陰に隠れて笑うためのはよしてくれよ」

「そんな馬鹿な話なら教訓を与えて帰るだけでいいけど……ここ数日外へ出たわたしたちの様子を窺っているものがいたわ。それと同じ気配がこの屋敷の中から感じられる」

「えぇ……」フレアが声を上げた。

 そう、フレアはそれについては気づいてはいなかった。

「それが俺達も呼び出した?何の用がある?」

「質問ばかりね。そんなこと、わたしが知るわけもないわ。それは先方に聞いてみないとわからない。行きましょう」

 ローズは歩き出し、閉ざされていた門扉は傍に近づいた。門扉は彼女を受け入れるように奥に向かって開いた。

「あなた達も呼ばれたんでしょ」ローズは特化隊の二人を手招きした。

 玄関口も同様に四人を迎え入れ、見えない使用人の手により閉められた。それらを誰も驚く者はいない、ローズの力によるものだと知っているからだ。

 扉が閉まると玄関口は闇に包まれた。先の廊下が横から差し込む淡い月明かりにより薄っすらと浮かび上がっている。

「この先の部屋に気配の主がいるわ」

 ローズは光球を呼び出し廊下をその輝きで満たし歩き出す。廊下の中ほどでローズは魔法の発動を感じた。下方からの気配だ。一瞬床が淡い緑の燐光が満たされ、それと同時にフレアとパメット、トゥルージルの三人が姿を消した。転送魔法によりどこかに飛ばされたようだ。瞬時に床から浮かび上がったローズは巻き込まれることはなかった。だが、発動が思いのほか早かったため他の三人を床から持ち上げる時間はなかった。

「ローズ様、今のはいったい……何なのでしょうか」頭蓋にフレアの声が響いた。不安は伝わってくるが差し迫った危機はなさそうだ。

「床に仕掛けられた転送魔法にかかったようね。別の場所に飛ばされたのよ」

 ローズは床に降り跪いた。手を当て調べてみる。

「今はそちらとの接続は切られているけど、魔力を送り込めば再接続は可能ね。待ってなさい」

「悪いが、それは止めてもらえないだろうか。これまでの準備が台無しになってしまう」

 廊下に差し込む月明かりの中に若い男が立っていた。

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