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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第11話

 アグストスがヤンセン家の前庭に戻った頃には今日の捜索に関する打ち合わせは終了し、捜索隊も出発間近となっていた。村人たちの顔ぶれは変わってるが、十分な数は揃っている。アンデンは昨日に続いて今日も顔を出している。これで手間が省ける。

「おかえりなさい。術師さんとはどのようなお話だったのですか?」

 戻ってきたアグストスにハリーが会釈をし声をかけてきた。

「エレンが夜中にアリサを屋敷の中で見かけたとか言って、その事情を聞いていた」とアグストス。

「何です。それは……」ハリーは首をかしげる。それは警備隊の領分には入らない。教会に持ち込むべき相談だ。アグストスのそれは承知している。

「まぁ、後で話そう」今はこれしか告げられない。

 アグストスは近くで待機しているアンデンと目が合い挨拶代わりに軽く頷きかける。

「それはそうと、今日の段取りは付いたか?」アグストスはハリーに訊ねた。

「はい、やっておきました。もう直ぐ出発になるでしょう」

「助かる。ありがとう」

 言っている傍から一隊が前庭から出て行った。今日は湖周辺を重点的に捜索し、湖にも船を出す予定となっている。

「うん、それでいいだろう」

「あぁ、朝に漁にでたニコルが知らせを寄こしたんですが」とハリー。「フリックスの船が湖で漂っているのを見つけたそうです。ですが、誰も乗ってはいませんでした」

「船はどうした。岸に上げてます」

「それも調べるとしようか」とアグストス。「あぁ、それから湖にも船を出すことにしたか?」

「はい」

「いいだろう」

「それとだな……網を借りて岸から湖の底を攫ってみよう」とアグストス。

「あぁ……」溜息をつき、目を閉じる。「……それもいいかもしれませんね」彼もアリサの事はよく知っている。付き合いの濃さはあるものの、皆知り合いなのだ。そんな彼女の不慮の死を考慮に入れざるを得ないのは悲しいことだ。

「上手くいけば何か手がかりが見つかるかもしれん」

「はい、ですが、すぐは無理かもしれません」

「あぁ、明日でかまわん。まずは生きている彼女を追うのが先決だ」


 この日も村人たちはアリサの捜索を懸命に続けたが、目立つ成果はなく夕暮れを迎え解散となった。

 昼間に多数の村人たちが訪れた湖も、日が落ちてからは吹き抜ける風に水面を静かに揺らすばかりである。湖畔を囲む道路から乾いた小枝が折れる音が響いてきた。その音に湖畔の全てが動きを止める。ほどなくそれに害がないことが知れ、緊張感を緩め動き出す。だが、音を一番恐れたのはそれ自身だったかもしれない。

 湖畔に沿う道路から出てきた人影は漁師たちが使っている道具小屋から手持ちの網を取り出した。柄の長さは大人の身長ほどあり、先端に付く円形の網は巨大で、十分小柄な人の体ならな余裕を持って入る大きさがある。

 人影は網を手に桟橋の先端まで行くと、そこに膝をついてしゃがみ込み手持ち網を使い湖底を探り始めた。水中で網を何度か動かしては外に出し、網の中を確かめる。中に入るのは小石か小さな貝やエビなどの生き物だ。中身を水面に捨て、再度網で湖底を探る。それを何度も繰り返す。望みの成果が得られず、悪態をつき必死になって湖底を探っていたためだろう、人影は近づいてくる気配に気が付くことはなかった。

「こんばんは、こんな時間に何をしているのですか?アンデンさん」桟橋の中ほどにアグストスが立っていた。

「そんな網を使って探しているのは、これではないですか」

 アグストスは制服の物入れに片手を差し込み何かを取り出した。それを桟橋にしゃがみ込んでいるアンデンに掲げた。それは鎖がちぎれた首飾りでアンデンの探し物だった。

「これはあなたの物ではないですか」

 アグストスが手にしているのは金の首飾りである。太い金の鎖には赤く大きな宝石が付けられている。それがアンデンの首飾りであることは村人の誰もが知っている。彼自身も否定のしようがない。

「どうしてそれが……」立ち上がったアンデンの口から声が漏れ出す。

「今朝見つけました。ちょうどあなたが網で探していた辺りです。そこに泥に埋もれて沈んでいた。だから、最初は誰の目にもつかなかった」とアグストス。

「見つけたのはそこのランドールさんです」

 桟橋の傍の湖岸にはヤンセン家の客人である少女が立っており、彼女は静かに頭を下げた。隣には白い法衣の術師ウィーチャーズが立っている。

「彼女は人並み外れた嗅覚を持っています。それはフローラさん捜索の件で御存じでしょう。そして、これに彼女が気づいたのも匂いだった。最初の捜索の折あなたはなぜか湖の匂いを帯びた。ランドールさんはそれを感じはしていたが、その意味がわからず首飾りの存在と繋がることがなかった。色々と物事を経るうちに全てが繋がったのが今朝の事です」アグストスは一度息をつく。

「今朝、彼女はわたしとウィーチャーズさんをここに連れて来て湖に飛び込み、そこからこれを取り出してきた。彼女曰く首飾りに滲みついていたあなたの匂いが湖水に溶け出し浮かんできていたので大体の場所が特定できたそうです」

 黙り込んでいるアンデンをアグストスは強い眼差しで見据える。

「首飾りが無くなった理由については色々とあるかもしれません。盗まれた、失くしたなどでもこちらは受け入れることはできますが、なぜあなたはこの首飾りがここにあることを知っていたんですか。それを教えていただけませんか」

 アンデンは黙り込んだまま言葉を発することなく顔を伏せている。

「答えてもらえませんか……いいでしょう。では、アリサは今どこにいるんです?」

「そ、そんなわたしが知るわけがないでしょう!」アンデンはアグストスは声を荒げる。それは在らぬ疑いへの怒りではなく、事の露見を恐れての焦りからだった。

「そうでしょうか」とアグストス。

「アリサは姿を消した夜、何者かにここへ呼び出され屋敷を出てここまでやって来た。そして、桟橋の先まで行った。そこにもう一人いたんですよ。我々はそれはあなたではないかと、あなたが彼女と最後に会ったと思っているのです」

「どうして、わたしがここに来たのだというのです」

「翌日あなたがヤンセン家に現れた時の匂いとさっきの行動です」

「どういうことです」とアンデン。

「ランドールさんによるとあの日の朝、あなたはなぜかこの湖の匂いを漂わせてやって来た。それはいつ付いたのか。

 我々は汗をかき、他にも色々と体内から外に出す。それが個人を特定する体臭となる。それが湖水と相まってと聞きましたが……まぁ、その濃さから前夜のように思われるそうです。彼女はそれが引っ掛かったようです。なぜ、あなたがその衣装や体から湖の匂いをさせているのか。その繋がりにようやく気が付いたの今朝のことでした」

「わたしとアリサがここで会ったとして、何があったというんだ。まさか、彼女を殺したとか言い出さんよな」

「そのまさか……です」

「なぜ、わたしがそんなことをする必要がある!」アンデンは声を震わせアグストスを怒鳴りつけた。

「よく言う口封じでしょうか?」アグストスは動じる様子はなく落ち着いた口調で尋ねた。

「だから!なぜ、わたしがそんな真似をしなくてはならないと言っているんだ!」

「あなたがフローラさんを謎の病に堕とした主犯だからですよ」

「……」これ以上アンデンから言葉は出てこなかった。

 アグストスの言葉はそれ自体が力を持っているかのようにアンデンの勢いを削ぎ落した。

「アリサこそがその実行犯だった」アグストスはそこで一度息をつき、言葉を止めた。「昨夜のことですが、ヤンセン家で小さな騒ぎが起きたようです。その折にアリサの部屋から呪符と呼ばれる魔法の命令書が発見されました。彼らの他に屋敷で働くエレンもそれを目にしています」

 桟橋の傍にいる二人が頷く。

「ウィーチャーズさんの分析によるとその効果はフローラさんの病状そのものです」軽く視線をウィーチャーズに向ける。

「アリサの部屋の引き出しからはそんな呪符にそれを扱うための遮魔布と手袋、多額の硬貨が見つかりました。これらから推測するにアリサは何者かに金をもらい、呪符を使ってフローラさんを術に掛けていたと思われます。では、それは誰なのか?」

 アグストスは言葉を切り、アンデンを見据えた。何も言葉を発することはない。鳥や獣の声もなく、息を飲む音が感じ取れるような沈黙が訪れた。それに耐えられなくなったのはアンデンである。

「それがわたしだというのか?」うわずる声で訊ねる。

「えぇ、そう思います」とアグストス。「まず、呪符を入手するにはそれなりの経済力と帝都での伝手が必要です。そして、金のためとはいえアリサに命令を聞かせる力や信用が必要でしょう。それらを持ち合わせているのはあなたしかいないんですよ。実際あなたがアリサに何かを手渡しているのをラルフが目にしています。そして何よりこれです」

 アグストスは制服の内側の物入れから封筒を取り出した。目前に掲げる。

「あなたは帝都からここへ一度術師を連れてきましたね。あれが余計だった。帝都にいるアネットさんの知り合いはその術師の名を手掛かりに素性を調べ上げ正体を暴き出した。例の呪符はその術師が製作したようです。依頼人はアンデンさんあなただ。その調べは既に付いており、先方は親切にもこちらに知らせを寄こしてくれた。明日にもこちらにその使いがやってくるでしょう」

「どうして、フローラさんはあなたを信じていたのに、どうして!」フレアが叫びを上げる。

「それは彼女にここであなたの後を継いで欲しかった。そうじゃないですか」とアグストス。

「あなたは舞台での怪我が元で村に戻ってきた。一度は挫折したものの、ここで開いた教室は金銭面でも、フローラという優れた弟子を生み出したという点でも成功したと言えるでしょう。問題はあなた自身にあった、怪我や年齢のために体が以前ほど動かなくなってきたことだ。そして、後を継ぐほどのあなたが満足するような弟子もいない。彼女に継いでほしいのだが、帝都に行ってしまう。

 元はと言えば褒美のつもりで連れて行った帝都への遠征だ。そこで上位入賞を果たし力を認められることなった。考えれば当たり前なんですよ。フローラさんは帝都で一流の舞台に立ったあなたに認められるほどの力があったんですから」

 アグストスは一拍の間を置いた。

「それで、彼女を言葉で止められないあなたは病を理由に帝都行きを断念させようとした。そうですね」

「くっくっ……」アンデンは小声で笑い始めたが表情はひどく悲し気だ。「そこまで見抜かれていてはもう言い訳をする気にもならないな。犯人はわたしだよ。動機もそのままだ。間違いない。アリサを結果的にはフローラのためになると説き伏せ、手伝わせた」

 ため息をつきアグストスの背後にいるフレアとウィーチャーズに目をやる。

「だが、君たちがやって来てから彼女は怯えだした。最後には……もうわかっているだろう。ここで言い争いになり、声を荒げて騒ぐ彼女を水に沈めて殺してしまった。彼女は湖の中ほどにいる。引き揚げてやってくれ。それからあんた達、外に出たフローラを見つけてくれて助かったよ。礼を言えた立場じゃないが、ありがとう」

「行きましょうか。アンデンさん」

 アンデンはアグストスの言葉に素直に従い歩いて行った。桟橋を降りた時点で周囲から警備隊士が多数歩み出してきた。非常時に備えて待機していた者たちだ。彼らに囲まれアンデンは湖から去って行った。


 次の夜、フレアとウィーチャーズは帝都に戻ってきた。ウィーチャーズは強行軍による疲れは見えていたがローズから渡された報酬を受け取りほくほく顔で帰っていった。

「ウィーチャーズさんとアグストス隊長に全部いいところ持っていかれてしまいましたね」ため息交じりにフレアがこぼす。

「わたし達はいつでも後ろにいて目立たないのがいいのよ」とローズ。

「はい……そういえば、帝都でも調査のお手伝いしてくださってたんですね」

「えぇ、興味が出たものだから」

「あの村にも来てましたよね。アグストスさんにも動機の点で入れ知恵をして……」

「あら、わかってた?」

「わかります、エレンさんに姿を見られて匂いまで残して……」

「あら、あれでも姿は消していたつもりなんだけど、見える人っているのよね」ローズは溜息をついた。

「本人はそれを気に入ってはいなかったようだけどね」


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