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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第10話

 フローラの発見で一度は喜びで溢れたヤンセン家の屋敷も、同時に失踪したアリサの行方が掴むことができない不安のため再び沈み込んでいる。彼女の捜索は夕闇が訪れる前に解散となり、明日夜が明けてからの再開となる段取りだ。

 ヤンセン夫妻は早々と自室に引き揚げ、使用人達もそれに倣った。暗く静まり返った部屋でフレアは一日の出来事をふり返る。

 不意に鼓膜に反応があり物思いから現実へと引き戻された。それは危機を訴える音声、つまり悲鳴だ。これはフレアのような高度な捕食者としては警報以外に食事の誘いの意味もある。そのためかなり敏感に反応することになる。見た目こそ人と変わらないが、その力は人間とは段違いだ。

 フレアは静かに廊下に出た。方角はここからの中央の廊下を挟んで反対になる右翼側だ。鼠など小動物でも悲鳴を上げる者がいるため空振りはある。素早い足取りで駆けつけてみると廊下の真ん中にエレンが座り込んでいた。

「ランドールさん?どうしたんですか、こんな時間に?」それはこちらの質問だ。

「あなたこそ、何があったんですか?」

「あぁ、旦那様が眠れないというので飲み物をお持ちした帰りなんですが、見てしまったんです」

「何をですか」とフレア。

「精霊だったんでしょうか……それがそこの扉を開けて出てきて、ふっと消えてしまったんです。煙のように……」

 エレンは一度言葉を切り、少し先の扉を指さした。

「見慣れない服を着てましたけど、あれはアリサだったんでしょうか。黒くて長い髪に真っ白な肌、光の加減なのか気持ち悪いぐらい青白くって、思わず声を上げちゃいました。それで消えたもんだから腰が抜けてしまって……」

「間違いないですか」

「えぇ……間違いなく!」疑われたくないのだろう僅かに語気を強める。「あの黒くて長い髪、間違いなく彼女ですよ。あの腰まである長い髪。仕事中はいつも後ろ手纏めてますけどね」エレンは後頭部で髪を纏める仕草をする。

「アリサさんの部屋はどこですか?」とフレア。

「そこです」エレンは再び同じ部屋の扉を指差した。

「確かめてみましょうか」フレアの言葉にエレンは表情を歪ませ体を震わせた。怯えた目で今にも逃げ出しそうだ。

「ウィーチャーズさんにも手伝ってもらいましょう」とフレア。

 エレンの顔に笑みが戻り彼女は激しく頷き、素早くウィーチャーズの部屋に駆けていった。彼は短い間で確実に信頼を勝ち取っているようだ。 

 ややあってウィーチャーズを呼びに行かせたエレンが彼と共に戻ってきた。彼は簡素な部屋着に着替えている。これも部屋に立ち寄った折に詰め込んできたか。

「話は聞いた。中を確かめてみようか」抑えた声でウィーチャーズは二人に告げた。

「お願いします」とフレア。

 ウィーチャーズは扉の取っ手をゆっくりと回し、前に押す。僅かな軋みを交えて室内から淡い光が漏れ出してきた。扉を大きく開け放ち、部屋へと入っていく。その後にフレア、僅かに躊躇いはしたがエレンもついて来た。精霊への恐れも好奇心には勝てないように見える。

 窓の向こうには小さな中庭が見えた。四方窓に囲まれた小さな土地だが、花が植えられきれいに整備されている。

「清浄と言っていいでしょう」ウィーチャーズは窓を背にしてふり返った。「つまり、何もいないという事です」

「それじゃぁ……わたしが見たのは」

「わたしには判断はできませんが、少なくともここには害をなすものはいません」

「そうですか……」エレンは安堵の息をついた。

 害を成す気は無くとも何かはいたようだ。その残り香がフレアの鼻腔を刺激している。

「害はないにしても、何か伝えたいことがあったという事はありませんか」とフレア。

「うん、まぁ……それは有り得るね」訝し気に眉を寄せる。「場に縛られた思いが顕現化する。それはままある事だ」

「それは古いお屋敷に出るような……それともやっぱりアリサが……」エレンは肩をすくめ首を振り部屋の中を窺う。この手の話は苦手なのだろう。

「この部屋に思い残す何かがある?」とフレア。

「考えられるね」

 三人で薄暗い部屋の中ほどに立ち室内を眺めた。

「あれ、あそこの引き出し……」

 ほどなくエレンが壁に備え付けとなっている棚の引き出しの一つが僅かに飛び出していることに気が付いた。鍵付きの引き出しだが、こじ開けられた様子はない。閉め忘れにしても、この中途半端さは不自然だ。

「少し失礼して中を確かめさせてもらうか」軽く咳ばらいをし、ウィーチャーズは引き出しの取っ手に手を掛け前に引き出す。

 中に収められていたのは手のひら大で正方形の紙だった。その紙面にはいわゆる魔法陣と呼ばれる紋様が描かれている。

「何ですか、これは?」エレンは恐れから両手を口元に持っていく。

「内容はともかく、呪符のようだな。気を付けることだ、触れるとたちどころにかき込まれた命令式が体内に取り込まれる」

「……そんなものがどうして」アリサの引き出しに入っていたのか。

 ウィーチャーズが慎重に引き出しを棚から取り出し床に置いた。そして中に収めてある物を注意深い扱いで床に並べていく。引き出しに収められていたのは呪符の束、十枚以上あるだろう。それを扱うためだろう遮魔布と遮魔布で作られた手袋、それと多額の硬貨が入った革袋である。

「すごい額ですね」とエレン。

「そんなに?」フレアが袋を覗き込むエレンに訊ねる。

「えぇ、ここでの住み込みのお仕事なら食事代もかからないからお金は貯めることは出来るんですが、この額はちょっと……」


 夜が明けて屋敷内が目覚め次第、ウィーチャーズはこの発見を主人であるカイに知らせておいた。話だけではウィーチャーズの言葉であろうと半信半疑のカイだったが、アリサの引き出しの中身を目にして不本意ながらも信じざるを得なくなったようだ。

 そうしているうちに警備隊や村人たちが今日の捜索のために屋敷の前庭に集まり始めた。打ち合わせを進めていた隊長のアグストスにも声を掛け屋敷内に招きいれる。

「皆さんお集まりのようですが、何の用ですか?」アリサの部屋に通されたアグストスは眉を寄せる。

 居合わせたカイ、フレア、ウィーチャーズそしてエレンに視線を送る。

「アグストスさん、まずこの中をご覧ください」カイが引き出しを指差し声をかける。

「その中をですか……」彼の声音からくみ取れるのは不審感だ。カイやウィーチャーズの態度から何をやらせるつもりかと訝しんでいるようだ。

 カイは慎重に引き出しを取り出し、床に置き収められていた品々を床に並べていく。

「これは……」アグストスは消え入るような声で呟いた。

「これが何かおわかりですか」目を細めウィーチャーズに視線を投げる。

「呪符ですね。仔細に調べたところ効果としては三種類、睡眠と狂犬の模倣、睡眠歩行などの命令式が組み込まれていました。隣に置かれている布や手袋は遮魔布と呼ばれ魔法を退ける働きを持っています。これらの呪符を使えばフローラさんが患っていた病を作り出すことが出来る」

「それが使用人のアリサの部屋から見つかったという事は」とアグストス。

「彼女がこの一件に関わっていたと思われます」ウィーチャーズの言葉にカイが顔をゆがめる。

「彼女はフローラさんの身の回りの世話も手伝っていた。そんな彼女なら呪符を使うのは簡単だったでしょう。容易にフローラさんの傍に近づくことが出来て、それを怪しまれることもない。触れるだけでたちまち命令式が体内に入り込む構造です。使用に手間はかからない」

「彼女はなぜそんなことを……」フレアが呟く。

「一つはお金だろうね」とウィーチャーズ。

「そんなことって……信じられない!そんな……」エレンが抗議の叫びを上げる。

 だが、それはすぐに消え入るような声に代わり、顔を伏せる。

「アリサというのはどんな娘だったのですか」ウィーチャーズが尋ねる。

「彼女もこの村に生まれてエレンやフローラさんと一緒に育っています」とアグストス。

「フローラさんと同じくアンデンさんの教室に通い長く通ってはいたんですが、足を痛めて踊りを辞めざるを得なくなった」

 アグストスはエレンに頷きかけた。それを受けてエレンも頷く。

「ここで働くようになったのは一度帝都が見てみたいから、そのお金をためるためって聞いたことがあります」

「それだけあれば帝都でもしばらく過ごせますが……」カイが今一度、呪符に目をやる。「ウィーチャーズさん……」

「何ですか?」

「帝都であってもそんな呪符は簡単に手に入る物なんですか?」

「無理ですね、その呪符は……言ってはなんですが、実によく出来ている。あの水準になれば帝都では禁制品です。版を作って印刷とはいかない。仕様を伝えて作ってもらうあつらえ品ですね」

「それなら、とてもアリサの手に負える品じゃないですね」

「そんな物を手に入れることができる人がアリサさんの後ろに……」フレアの中で今までの一連の記憶が繋がり一つの形を成して湧き上がってきた。にわかには信じられないがそれがしっくりとくる。

「あぁぁ、隊長さん、ウィーチャーズ、さん確かめたいことが、ついて来てください」

 フレアはアグストスとウィーチャーズの返答も聞かないまま部屋から飛び出して行った。

 屋敷の裏手に出たフレアはそこから湖に向かって駆け出した。全力ではなく速度は人並みに抑えていたつもりだったが、焦りがあったのだろう。その足並みは早すぎでアグストスとウィーチャーズは彼女の後を懸命に追うことになった。

 フレアは湖に着いて足を緩めた。ゆっくりと桟橋に歩いて行く。ややあって、息を荒げた男二人が追いついてきた。

「おい……ここに……何かあるんだい」今回はさすがにウィーチャーズにも効いたらしく乱れた息を整えつつ近づいてくる。

 アグストスは腰を折り両手を膝に付けて、浅く早い息を続けている。

「えぇ、ここなのよ」 

フレアは先にある桟橋を見据えて、そちらへと向かう。桟橋の先端に立ち、湖の中を覗き込む。目当ての物を見つけてフレアの口角が上がる。

 そこからフレアは水面に飛び込んだ。

「おい!」

 ウィーチャーズとアグストスは桟橋に駆け込み、フレアが消えた水面を眺める。水深は浅いため水底でしゃがむフレアの姿が見て取れる。

「なんだ、彼女は何をしている……」

 アグストスは呆けた顔で呟いた。

「……それはわたしにも何とも……」

 このやり取りはフレアの耳に届くことはなかった。

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