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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第8話

 フレアが帝都に戻って一週間が経った夜、塔の玄関扉を激しく叩く者が現れた。何事かとフレアが下に降りてみると玄関口にいたのは心配気に曇った表情を浮かべたエンプと、ヤンセン家の御者ラルフだ。二人ともすっかりくたびれた様子でまるで事情を聴くと、ヤンセン家の屋敷から休みも取らずここまでやって来たようだ。ローズの元にフレアからイヤリング越しに報告が入る。

「こんばんはランドールさん。夜分の無作法をお許しください。ですが、急を要する事態のためこちらまで直接やってまいりました。是非ローズさんへのお取次ぎをお願いします」

 漏れ聞こえてきたエンプの差し迫った声はまさにそれを物語っている。

「……フローラさんについてですね?」

 最上階から玄関口に降り立ったローズはフレアの背後から二人に声をかけた。

「こんばんは、アクシール・ローズです」軽く頭を傾げて口角を上げて見せる。「お二人とも長旅ご苦労様でした」

「こんばんは……」

 突然の家主の登場に驚きに戸惑い、感謝の他恐れなどが混ざり合った複雑な彼ら二人から湧き出してきた。

「奥へどうぞお話をお聞きします」ローズは客人二人を塔へと招き入れた。

「ありがとうございます」エンプが深々と頭を下げる。戸惑いながらラルフも彼に続き頭を下げる。

「フレア、あなたはエリオットさんに連絡をして至急ウィーチャーズさんを呼び出してもらって、それが終わったら飲み物とお食事を用意してちょうだい。お二人は忙しくてまだ夕食も取っていない様子だから」

「はい」

 螺旋階段を上がっていくフレアを見送った二人はローズに招かれ、応接間へと入っていった。普段腰をつけることのない豪奢な革張りの椅子に戸惑っていたが、ローズに勧められ心を決めて腰を降ろす。沈み込んでいく体にも驚きを隠せない。そんな彼らの心情がローズに流れ出して行った。

「これをお読みください」

 全員が席に腰を落ち着けてほどなく、エンプがお仕着せの上着の中から封筒を一通取り出しローズに差し出した。

 ローズはそれを受け取り封筒から手紙を取り出す。署名はカイ・ヤンセンとなっている。

 手紙にはフローラの異常行動の再発について言及されていた。今度は夢遊病者のように夜寝静まった屋敷内を徘徊しているとのことだ。今回も不審な人物の影は見られない。症状も前回と比べて軽微に感じられるが、大事を取って知らせを出したようだ。手紙を帝都への荷物に紛れ込ませたのは内通者からの情報漏洩を避けるための手立てであり、ウィーチャーズの言葉が効いての事だろう。

「よい判断だったと思います。……ところでラルフさんはフローラさんの病の再発をご存じですか」

「あっ、俺ですか」御者の自分に話が及ぶと思いもしなかったラルフは慌てて姿勢を正す。

「はい、あなたが見聞きしたフローラさんの病についてお話ください」

「あれは術師様を帝都に送って帰ってからのことです。一週間は何事もなかったと思います。またおかしな具合になり始めたのはそれからです。フローラ様は夜、御自分の部屋で寝たはずなのに、起きた時に応接間にいたり、玄関先で目覚めたりとかがはじまりましておかしなことになっています。夜中の足音や人影を見た者がいまして、それがフローラ様じゃないかって……」

「そうですか。誰か変わったお客様は来られましたか?」

「変わった……いませんね。いつもと同じです」

 彼の言葉に嘘はないようだ。不審な来客は目にしてはいない。

「お待たせしました」

 ローズが彼らから事情を聴いているうちにフレアが料理が盛られた皿を手に応接間に入ってきた。二人の前に皿を置いていく。見慣れぬ新市街の居酒屋が出す料理に目を細める。

「塔の前にある評判のよい店のお料理です。どうぞお召し上がりください」

 ローズに促されエンプとラルフは添えられたフォークで料理をつつき始めた。一口食べてしまえばたちまち気に入ったようで、見る間に量が減っていく。

「あなたは特に不審な人影を目にしてはおられないようですが、フローラさんが彷徨いだす前に限定すれば、屋敷への訪問客とはどのような方々ですか?」

「いつもと変わりませんね」

「具体的には……」

「それははい」ローズに促されラルフは料理をつつく手を止め、記憶を手繰り寄せる。

「……酒屋の若造に郵便屋のサム、見回りついでにお茶を飲んでいく警備隊のハリー、あぁ、アンデン先生もやってきましてね。あの方は屋敷に入らず外にいたアリサに何か手渡して行きましたね」

「知らない人を近くで見たことはありませんか」

「ありませんね。全員が知り合いのような小さな村です。よそ者が来たら丸わかりです」

 それはそうだろう。だからこそ今回のような事件が起こったように思える。

「しかし、これは旨いですね」とラルフ。

「豚ですね。それは」

「豚?」

「猪の仲間だったかな。帝都ではよく食べられているよ」とエンプ。

「それなら、たまにビルが持ってくるな。アイに頼んだら似たような料理作ってくれるかな」

「店で作り方を教えてもらったらどうですか」とローズ。

「いいんですか」

「えぇ、フレアと一緒に行けば二つ返事で聞けますよ」

「おぉ、ありがとうございます」

 とりあえずは二人から情報を受け取り落ち着かせ帰すことは出来た。後はウィーチャーズの来訪を待つだけだ。


 ウィーチャーズは深夜になって塔にやって来た。ローズによる緊急の指示による呼び出しとあってエリオットの部下に伴われて馬車での到着となった。

 ウィーチャーズによるとエリオットの部下が彼の住居に数人で現れ、有無を言わさず外へと連れ出されたようだ。何が始まるのかと不安につつまれていたが、ローズからの説明を聞きとりあえずは安堵したようだ。

「それは悪かったわね」ローズは軽く詫びを入れておいた。

 どうやらエリオットは至急の意味を強く取り過ぎたようだ。だが、ローズの説明によりウィーチャーズも気を引きしめた。彼もフローラの件があれで鳴りを潜めるとは思ってはいなかった。それを祈ってはいたが、やはりそうはいかなかったのだ。

「わかった。だが、このままじゃ無理だ。荷物を取りに行かせてくれ」

 ウィーチャーズはそのまま朝食用の干し肉を持たされ塔から連れ出された。食事は出されるのだからいい方だろう。

 ラルフに折り返しウィーチャーズを屋敷まで送らせるのはあまりにも酷な扱いだろう。かといって代わりの馬車の手配もクコロバ村まで行ってくれるような御者を見つけるのも手間になるためフレアが鉄馬を駆り向かうことになった。フレアはウィーチャーズの住居に立ち寄り必要な荷物を集め、後は休むことなく鉄馬車をクコロバ村まで走らせた。

「起きなさい。着いたわよ」

 いつのまにか客車で眠り込んだウィーチャーズの目には高所からの陽の光がさぞかし目に染みたに違いない。だが、目前の光景を目の当たりにして起き抜け感じただるさもすぐに吹き飛んだだろう。

 ヤンセン家の前庭には人だかりができていた。野良着の農夫に革装の猟人、漁師らが十人以上、それに制服姿の警備隊士の一団、最奥には警備隊幹部とその取り巻きとカイ・ヤンセンと執事のトロイが立っていた。皆に共通するのは緊張した面持ちだ。

そんな中、見慣れぬ機械馬が曳く馬車の登場に沈黙が訪れ視線が集中する。

「おはようございます。皆さんお集まりのようですが、何があったのです?」とウィーチャーズ。

 さっきまでだらしなく眠り込んでいた男が発する声とは思えないほど威厳に溢れている。

「あぁ、ウィーチャーズ様。よくぞお越しくださいました。あの手紙を見てくださったのですね」カイはウィーチャーズを目にして歓声に等しい叫びをあげた。

「はい、知らせを受け、取るものも取り敢えずここまでやってまいりました」

「ありがとうございます」カイとトロイが深々と頭を下げる。

 フレアは瞬時にウィーチャーズに場の主導権を握られ、その手際に困惑した。これも白服で身に着けたのか。それとも後で始めた術師生活で身に着けたのか。

「ウィーチャーズ様、娘のフローラの病についてはお手紙でお知らせした通りでご存じかと思いますが、今朝になって娘の行方がわからなくなってしまっているのです。夜中に屋敷の外へ出て行ってしまったようなのです。それとどういうわけか、使用人のアリサまでいなくなっていいるのです」

「二人が同時に姿を消した……それは穏やかではないですね」ウィーチャーズは心配気に眉間にしわを寄せる。

「はい、そこで警備隊に届け、村の人達にも捜索の手伝いに集まって貰っているのです」

「あぁ、それは心強いことですね」

「ウィーチャーズさん、あなたはカイさんとヤンセン家の方々とどのような御関係なのですか?」

 制服隊士の一人がフレア達に威圧的な眼差しを投げてきた。小柄で小太りの中年男.、黒い髪に口元にナマズのような髭を生やしている。その右隣に細身の金髪、茶色で波打つ髪を後頭部で纏めている若者が並んでいる。右に行くほど身長が高く、年齢も若くなっていく。

「あぁ、あの方々はフローラの病のために御尽力頂いている帝都の術師様で、彼女は彼を紹介してくださった母の友人です」

 カイからの紹介を受けウィーチャーズが一歩前に出る。

「わたしは帝都で術師を勤めているピーター・ウィーチャーズです。彼女はわたしに依頼をくださったフレア・ランドールさんです。とある資産家の使用人でもあります」

「なるほど、そういう事ですか。わたしはこのクロコバ村の警備隊隊長アグストス・タラゴです。隣にいるのはハリーとマリオ」

 二人がアグストスの紹介に合わせて頭を下げる。

「まずは二手に分かれて、捜索にあたるとしましょう」とウィーチャーズ。「フローラさんの捜索はこちらにお任せ願いたい」

「まさか、お二人でいかれるつもりですか?」アグストスが訝し気に眉を歪める。

「はい、その通りです。このランドールさんなのですが、彼女はとても有用な特技を持っておられるのです。彼女の能力を持ってすればフローラさんがどこにおられようとたちどころに見つけ出すことが出来るでしょう」

 ウィーチャーズは柔らかな笑みを浮かべ、鷹揚に頷いた。


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