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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第7話

 フレア達が屋敷に戻ってくると、先ほどの馬車が屋敷の裏手にあるゴミ置き場の傍に止めてあった。馬車には特に飾り気のなく簡素な作りだ。馬車を曳いていた馬がフレアを一瞥し、首を軽く左右に振り一度歯をむき出しにした。おかしな奴が来たと言いたげな目つきで睨みつけている。フレアは黙っててという意思を込めて口角をあげ、馬の黒々とした瞳を見つめた。

「これはさっきの馬車で間違いないな」ウィーチャーズが近づき繋いである貨車を覗き込む。貨車の荷台は空で何も置かれていない。

「ええ……」

 ウィーチャーズは裏手の扉を軽く叩いた後、そこから続く厨房へと入っていく。

「あら、おかえりなさい。ウィーチャーズ様、それにランドールさんも」厨房へと入るなりアイが声をかけてきた。

 夕食の仕込みが始まっているようで、アイの隣でエレンも懸命に野菜を刻んでいる。

「ただいま、アイさん」ウィーチャーズは鷹揚に手ぶりを交えて二人に応じた。

 昨夜からの活躍によりウィーチャーズは「様」付けとなっており、フレアの彼の付き添いとなっていた。フレアとウィーチャーズの関係はここへ訪れた時とは完全に立場が変化しており、何か釈然としない気持ちはある。だが、ウィーチャーズにはこの方が何かと動きが取りやすいだろうと彼女は流れに任せることにしている。

「外の馬車はどなたの馬車ですか?」ウィーチャーズが笑みを浮かべつつ尋ねる。

「あぁ、あれはアンデン先生の馬車ですよ」とアイ。

「フローラ様がラルフさんを使いに出してから大して時間も経っていないのにあの方もさすがですね」ラルフと言えば初めにあった御者の事か。

 エレンはナイフから目を離さずリーキを刻み続ける。

「それだけフローラ様を気にかけているってことだろうさ」とアイ。「フローラ様もいち早く体を鍛えなおしたい御様子だし」

「それもあるでしょうね」

「アンデン先生というのは赤いウエストコートで黒髪の男の方ですか」とウィーチャーズ。

「そうですよ。あの方はいつもあのお服で、一体何着あの色の服を持ってらっしゃるのか」

「それといつも掛けてる首飾りも凄いですね」エレンは緋色のニンジンの葉を落とす。

「アンデン先生もフローラさんが帝都に出るのをお手伝いしているんですよね?」フレアは訊ねてみた。

「ええ、もちろん」アイがこちらを向き頷いた。

「何しろ、フローラ様を最初に帝都へお連れしたのはあの先生ですから」

「そこでどこだったか……有名な劇団に認められて、後はとんとん拍子に話が進んでいって、今やアンデン先生に続くクロコバ村の星と噂されてますよ。もしかしたら先生を上回ることが出来るかもとか」

 アイは我がことのように上機嫌だ。

「アンデン先生ってそんなすごい方だったんですか?」

「ええ、あの方より前にこんな田舎の村から帝都に出て、そこの舞台に立つなんて誰もいませんでしたから、先生はそちらでしばらく活躍されて、一区切りつけられてからこの村で後進の指導をするために舞踏教室を建てられたんです。その中で一番に優秀な弟子がフローラ様です」

「他にお弟子さんはたくさんおられるんですよね」

「はい、村の女の子がたくさん通っていますね。ここでフローラ様のお世話もしているアリサも一時は通っていたようですよ」

「フローラさんが帝都にとなれば、教室に通う人も増えそうですね」

「もう増えてますよ」とエレン。

「アンデン先生も忙しくなりますね」

「えぇもう、先生は帝都との行き来が忙しくて、今教室を仕切っているのはリーヴァさんとティーズさんですね」

 フレアの肩をウィーチャーズが軽く叩いた。

「わたしもアンデン先生とお話をして見たいのですが、彼はどこにおられるかわかりませんか」

「フローラ様に会いに来られたのならあの方のお部屋か……」とアイ。

「それか……応接間でしょうか」

「では、そちらに向かいましょうか。ありがとうございます」

 ウィーチャーズは軽く手を上げると廊下へと歩き出した。

「ありがとうございます」 

 フレアも後に続く。

 厨房から外の廊下に出てウィーチャーズが小声で呟く。

「あんたもつくづく女なんだな。アンデンが帰るまであそこで話しているつもりだったのか」

「ええ、これでもね。でも、おしゃべりな男もいくらでもいるでしょ」 

 ウィーチャーズがフレアの動きを制するように右手を横に広げる。聞こえて来たのは男の声だ。前に見える扉が開かれた応接間から漏れている。

「あぁ、それは何よりです」明るい響きの男の声である。カイでもアイザックでもない。別の男の声だ。

 応接間の戸口に立ったウィーチャーズが裏拳で軽く数回扉を叩いた。

「こんにちは、今よろしいでしょうか」

「おぉ、これは、ウィーチャーズ様何か御用でしょうか」カイがウィーチャーズの姿を目に止め声を上げる。

 部屋にいるのはカイとターニャの夫妻とフローラで、アイザックが彼の後ろに立っている。その対面に座っているのは馬車に乗っていた真っ赤なウエストコートの男だ。カイはウィーチャーズがまだ男と対面していないことを思い出したようだ。すかさず紹介に入る。

「アンデン先生、あの方がフローラを救ってくださった術師のピーター・ウィーチャーズ様です」ウィーチャーズを手で示す。「そして、あちらは帝都にいる母の友人でもある。フレア・ランドールさんです」

「あぁ、あなたが……」アンデンは椅子から立ち上がった。「わたしはリカルド・アンデン、フローラのために力を尽くしてくださったそうで、わたしからも御礼をさせてください。ありがとうございます」

 ウィーチャーズに対し深く頭を下げる。

「いやぁ、頭を上げてください。わたしは当然のことをしたまでです。正教会特別部を離れたとしても、人を救済する役目から離れることはありません」静かに口角を上げる。芝居がかった口上も離れない。

「先ほど厨房でアンデン先生がお越しになったと耳にしましたので、今回の件についてお聞きしたいと思い参上した次第です」

「そういう事でしたか。開いている席にお座りください。わたし共もちょうどアンデン先生とその件で話していたところなのです」


「そのアンデン先生も何も見ていない。心当たりもないという事ね」

 闇に沈んだ最上階の居間でお気に入りの椅子に座り、フレアの報告にローズは耳を傾ける。

「はい、フローラさんについて悪い噂を耳にした事も、何らかの兆候を感じたとこもないと、すべては突然のことだったと」僅かに歪んだフレアの声がローズの頭蓋に響く。

「まぁ、当然と言えば当然でしょうね」

 素人が異変の兆候を察するのは容易ではない。虫の知らせは後に気づくもので、その場では思い過ごしで片づけられることが大半だ。

「フレア……」

「はい……」

「……あの彼、ウィーチャーズさんはフローラさんの症状はとても一度では落とし込むことは出来ないと言ってるのね。わたしもそれについては同意見ね。

 彼女には様々な症状が出ていた。それを一回の式で発動させるには落とし込んだ式に時間差をつける必要が出てくる。一度に発動して何の意味も無くなるからね」

「……はい」

「そうなるとそのための式も必要になる。けど、それでは式が複雑化して組むための難易度が上がっていく。安定性も下がってしまう。その解決策となるのは……」

「……式の単純化、ですか?」フレアの声が頭蓋に響いた。

「その通り、よく出来ました」

「じゃぁ、やっぱり彼のいう通り……」

「えぇ、発動の都度に彼女対して式を落とし込むのが適切ね」

 ベランダに出る扉から見える今夜の月は赤みがかって大きく見える。表面を覆う奇妙な模様もいつもよりくっきりとしているように感じる。

「はぁ……その都度ですか」

「そんなことができるのはフローラさんにやすやすと近づける、近づいても怪しまれることがない相手が犯人となるわ」

「ごく身近な人がフローラさんに危害を加えていた……」

「彼もその辺りは説明はしたんでしょ。そちらはどんな様子?」とローズ。

「衝撃は大きかったようですが、とりあえず解決はしましたから、表面的な雰囲気は穏やかですね」

「神経質になり過ぎると疑心暗鬼になりかねないけど、後は彼らに任せるしかないわね」

「ウィーチャーズさんが再発の防止と、もしもの時の対処の方法はご夫妻によく説明してましたから、前のような事はないと思います」

「警備隊への通報は?」

「まだです。可能な限り内々に済ませてしまいたいそうです。犯人が近しい人かもというのもあって……」

「傍目も気になるんでしょね。困ったものね。彼らもこちらの貴族みたいなものね」

「あ、はぁ……」

「明日には帰って来るのよね?」

「はい、朝に馬車で発つ予定です」

「そうじゃぁ、待ってるわ」

 ローズがフレアとの回線を切ってからややあって、壁に掛けた通信機の鐘がなった。

 相手はジョニー・エリオットだった。ローズは椅子に腰かけたまま力を使い操作盤を押し外部音声にする。

「こんばんは、姐さん。ご質問の件ですが、報告が上がってきました。今よろしいですか?」

「えぇ、お願い、聞かせて」

 ローズは通話に目をやりながらエリオットに告げた。

 エリオットからの通話は大抵の場合、拍動を思わせる重低音が混ざり込む。階下のダンスホールで奏でられる曲の響きが混じり込んでくるのだ。その律動はある時は浜辺の波のように緩やかで、またある時は軒を打ちつける激しい雨のように荒々しい。

「ベリタ・トォーノって奴の素性についてってことでしたが、そいつは実在します。旧市街でまじない師をやっています」

「本物ってこと?」

「力のある術師かという事ですか?」

「えぇ」

「はい、少なくとも、それらしい口上をつけて効きもしない粉薬や札を売りつける類のペテン師じゃありません。依頼人が望む効果を持たせた呪文を組んで、それを一ついくらで売って金を稼いでいるようです」

「きちんとした式を組む素養はあるという事ね……」とローズ。「そんな術師なら他人が仕掛けた術式を呪いだ、精霊だと騒いだだけで帰らないわよね」

「……あぁ」

「呪いだと言い立てるのもいいわ。その後に派手な踊りとか、それなりの口上で一芝居うって解呪すれば、相手は大喜びでお金を出すはずよ」口角が上がり白い牙が覗く。「相手が精霊ではなく、ただの意識操作なら解くのは簡単なものよ。素人ならその区別もつきにくい」

「なるほど……」とエリオット。「それなら、そんな真似をしたのは……」

「考えてごらんなさい」

「……そのままにしておいた方が得になる」

「恐らく、そんなところでしょうか」

「ってことは奴も犯人とグルか……どうしましょう。今は見張りを付けてますが、とっ捕まえますか」

「ありがとう。でも、それには及ばないわ。わたしが様子を見に行くわ。しばらく泳がせておいてもいいし」

「はい、それじゃぁ、そのお言葉通りに」

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