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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

「呪い……」フレアの口から出た言葉にローズは顔をしかめた。

 ローズが目覚めて一通りの身繕いを終えてから、フレアはアネットの屋敷での出来事をローズに聞かせた。アネットとの面会辺りまでは穏やかに笑みを浮かべ聞き入っていたローズだったが、話がフローラに及ぶと表情を一気に曇らせた。

 フレアもこうなると予想はついていたが、これについては黙っていたところでローズの方から訊ねてくるはずだ。ローズへの隠し事は無駄に信用を落とすだけなのだ。

「はい、少なくともフローラさんのご家族はそれを恐れておられるようです」

「それでその事実を隠そうとしている。それが一番だめな行動でしょう。そのまま放置されるとフローラさんは取り返しのつかないことになるかもしれないのよ!」

 ローズの怒りにフレアは身を縮める。自身が魔法を極めた権威であるからだろうが、彼女は魔法の使用とその対応について厳格で、それを一般人にも求める。フレアもその例外ではない。

「フローラさんが倒れて、症状が出た原因が何か早めに特定する必要があるわ」

 アネットの孫娘のフローラ・ヤンセンが奇妙な行動を示し始めたのは二週間ほど前になる。彼女は踊りの才能が認められ、帝都の劇団で活動を始めるためにアネットの屋敷に来る予定だった。意欲的に出発の準備を整えている最中にフローラは倒れて、満足に動けない状態になってしまっている。起きていても突然歯をむき出しにして暴れだす始末で家族は困り果てている。

「問題行動を起こすからといってそれを隠してはだめなのよ。呪いなら解けばいいし、何かの病気ならお医者様に連絡して早い目に手を打たないといけないわ」とローズ。

「呪いだと異端視されると勘違いする人がいるようだけど、それは使用者の方よ。被害者は何も問われない。白服も害意がなければ無関心もいいところ。何の心配もないわ」

「その点はわたしを実例に上げてお話をしておきました。なるべく早く最寄りのお医者様、または聖職者の方の相談をするように勧めておきました」

「実例……」ローズは口角を上げた。「そうね。あなたについては最初はしつこく絡んできたけど、今じゃお神輿の上だもの」

「ローズ様……」

「帝都に正教会に楯突くことがなければ、吸血鬼であろうと狼人であろうとかまわない。あの人たちはわかりやすくていいわ。まぁ、それでないと自分たちも整合性が取れなくなるからね」

 軽く笑いを漏らす。

「そういう事なら……ここはあの人たちの動きを見守っていましょうか。まだ、躊躇いがあるならこちらから動いていいし……」


 五日後、フレアはピーター・ウィチャーズという男とフローラの元へ向かう馬車に揺られていた。

 エンプたちはフレアの意見を思いのほか真剣に受け止めたようだ。フレアを屋敷から送り出してすぐに解決のため動き出したのだろう。三日後の夜にはエンプが塔の戸口にフレアを訊ねてやって来た。 本家の主人であるフローラの両親とも話し合いを持ち、彼らを説き伏せた。これらを片道半日以上かかる屋敷に出向き、やり遂げたのだから大したものだ。よほどアネットの事を慕ってのことだろう。

 両親を説得し、フローラにしかるべき処置を受けさせることに同意は取れたが、いかんせん田舎とあって、フローラの症状を判別する力を持つ医者も聖職者も地元にはいなかった。それを探し出すにも真贋を見抜く力もなく、村でいらぬ噂も立てたくないとなり主人に代わって止む終えずフレアの元にやって来たようだ。

「御迷惑なのは重々承知なのですが……」

 深々と頭を下げるエンプにローズは手を貸すことにした。彼らの思いに配慮してジョニー・エリオットと連絡を取り、潜りでありながらも力の確かな術者を紹介させた。それがピーター・ウィッチャーズだ。

 拝み屋を自称しているが元は正教会特別部、所謂白服の所属だ。そこを解雇されたのは金のために潜りの除霊や解呪、治療に励んでいたためだ。力は申し分ない。ローズの面接も通過することができた。

 フレアの横に座っているウィーチャーズは頭を剃り上げた筋肉質の男だ。身体のどこかに刺青でもいれていそうだが、エリオットの組織とは無関係だという。彼とは懇意にはしているがあくまで取引相手の一人に過ぎないらしい。

「この身体も僧兵術の修練で身に着けたものだよ。今もそれは続けている」とウィーチャーズ。

 休憩を挟みつつ、ウィーチャーズとたわいない会話で暇をつぶし、目的地のクロコバに到着したのは日暮れ間近の頃か。帝都の北西に位置する小さな湖の傍にある村だ。おもな産業は葡萄を主体にした他の果実栽培で、それらから作られた醸造酒で生計を立てているという。

 ヤンセン家は古くからある地元の名家で葡萄や桃など畑の多くを有する醸造元でもある。現在はアネットとその夫のマルコの息子や娘が継ぎ、その運営に当たっている。アネットも倒れるまでは帝都での業務を手伝っていたという。

 馬車の前方に一面の明るい緑に覆われた畑の広がりが目に入ってきた。ほどなく、馬車は葡萄畑の中を走る道路へと乗り入れていった。両脇に大人の背丈より少し高い葡萄棚が視界の果てまで続いている。緑の蔓草は十分に繁茂しており、しばらくすれば濃い紫や緑の房を実らせるのだろうとフレアは感じた。

「もうじきに到着します」御者は僅かに首を回し、客車側に目をやり馬車が立てる音に負けぬような大声で告げた。

「はいっ!」フレアが答える。

 ようやくこの揺れから解放される。前で二頭の馬を操る彼も同様だろう。彼は昨日の夜から帝都にあるアネットの屋敷に乗り込み、フレアとウィーチャーズを待ち受けていた。朝一番で屋敷に到着した二人は挨拶もそこそこに帝都を出発した。陽が出ていた時間の大半を揺れのひどい馬車の上で過ごしたことになる。

 葡萄畑の先に右への分かれ道が出現し、馬車はそちらへと入った。右へと伸びる道は緩い傾斜を持つ丘に続いていた。そこを登りきると少し先に赤い屋根と白い壁の建物群が現れた。中央に両翼に広がる豪奢な作りの二階建て、その右横にこじんまりとした二階建ての住居がある。左側のある二階建ての規模は大きいがごく簡素な作りとなっている。収穫時の臨時雇い向けの寮のような施設か。その背後から尖塔が覗き、倉庫の類だろうか窓が少ない建物が並んでいる。すべて赤と白で統一され実用的な作りではあるが美しい眺めだ。

「あれがカイ様のお屋敷でっす!」御者は中央の二階建てを指差した。

 カイ・ヤンセンはフローラの父親でアネットの長男であり現当主でもある。

 丘を下るのにさほどの時間はかからなかった。馬車は屋敷の前の広場に止められ、御者はフレア達の荷物を降ろす手伝いをしてから「お疲れさまでした!」の声を残して馬車とともに去って行った。

 フレアは両手を頭の上に伸ばし、大きく背を伸ばした。ウィーチャーズも盛んに肩を回し腰を振り、固まった体をほぐしている。そうしているうちに表での動きを聞きつけたか、屋敷の玄関が開き、若いお仕着せ姿の女の使用人が姿を現した。同時に屋敷内から多くの視線を感じた。

「お客様ですか?」黒の外出着のフレアと生成り色の僧服を身に着けたウィーチャーズに交互に目をやる。強い赤毛で少し縮れ加減の髪を後頭部に纏めている。

「はい、フレア・ランドールと申します」フレアは頭を下げる。「帝都よりこちらのピーター・ウィーチャーズ様をお連れしました。どうぞ、カイ・ヤンセン様にお取次ぎお願いいたします」

 フレアに紹介されたウィーチャーズが鷹揚に頭を下げる。

「はい、ご苦労様です。少々お待ちください」使用人は頭を下げつつ屋敷内へと戻っていった。

 扉が閉まる音が聞こえて、フレアはウィーチャーズに目をやった。

「対応は慎重にね」フレアが小声で呟く。

「それは任せてくれ。術師としての対応は特別部で十分に訓練を受けている」

「上官だった人達の真似はしちゃだめよ」

 ある程度の威厳は必要だが、過度に芝居がかった振舞いは鼻に着くだけだ。

「それもわかっている」

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