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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

 ローズの言葉に反して、フレアとアネットの出会いは一度の気まぐれなすれ違いでは済まなかった。アネットの使用人達はフレアが素性を告げていなかったにも拘わらず、彼女の居所を突きとめ塔まで手紙を届けてきた。

 差出人はエンプ・ヴォリネンとなっている。先日出会ったアネットの屋敷の使用人頭だ。宛名はアクシール・ローズ、フレア・ランドールの連名になっている。

「突然のお便りをお許しください」フレアが読み上げる。

 上質で分厚い紙が使用された便箋には流麗ながら力強さも感じられる男文字が綴られている。

「先日は突然の申し出を快くお受けいただきありがとうございました」

「快くだった?」とローズ。

「……仕方なく、ですね」あのお孫娘を装う芝居の間、フレアはアネットを騙しているようで少し気が咎めた。「まぁ、本人は喜んでいたようで、あれはあれでよかったのかもしれませんが……」

 定型の挨拶が終わり本題へと入る。

「ランドールさんとの歓談を楽しまれて、おやすみになられたアネット様でしたが、次にお目覚めになられた時にもあなたと過ごした記憶は残っていたようです。そこに以前のアネット様が戻って来られて、あなたがフローラ様ではなかったことに気づかれたのです」

「あらっ……」思わずローズは口に手を当てた。

 単なる謝礼の手紙ではなく、別の流れが見えてきた。

「……そして、自分の往来での無茶な振舞いを恥じ入りつつも、自分を受け入れて下さったランドールさんに感謝をしておられました」

「よかった……」フレアが安堵の息を漏らす。「あのままじゃ、お孫さんを騙る偽物は嫌ですからね」

「それじゃ少し理不尽よ」とローズ。

「エンプさんも以前のあの方が戻ってくることがあるって思い過ごしじゃなかったってことですね」

「混濁した意識が何かのきっかけで整然となる。それは聞いたことがあるわ。彼女の場合、それがあなたの姿、正確にはお孫さんの姿、それだけ彼女への思い入れが強いという事でしょうね」

「余程、気に掛けている。気になっているという事ですか」フレアは頷き、続きに目を通す。

「アネット様は自身でランドールさんにお礼を言いたいと申しております。お忙しい身であると存じておりますが今一度わが家へお越しいただけないでしょうか」

 手紙を一通り読み終えフレアはローズに目をやった。

「会ってくるといいわ。但し、どんなアネットさんに会うことになるかはわからないけど、先方に納得してもらえれば無駄にはならないわ」


 翌日の日中にフレアはアネットの屋敷へ手土産を持って訪問した。エンプを始めとする使用人達は、再びやって来たフレアに感謝し恐縮もしている様子だったが、当のアネットの反応は薄かった。フレアも手紙にあったアネットに会えないのは覚悟の上だ。

 応接間で会った部屋着姿のアネットは前回同様に柔らかな笑みを浮かべていた。塔のメイドとしてのフレア・ランドールを知ってはいたが、その訪問の理由は記憶の淵に沈んでしまっていた。彼女はフレアを時折、屋敷にやって来る友人や来客の一人のように思っていたようだ。だから、礼に失する対応などなかったが、エンプが何度か孫娘のフローラの名を出して、アネットの記憶を呼び覚まそうとしていたが最後まで繋がらずじまいだった。

 暇乞いの後、フレアはエンプに厨房へと招かれた。フレアとしてはここでの立ち話の方が性に合っている。居合わせた使用人との一通りの挨拶を終えるとエンプが封筒を一つ差し出してきた。

「アネット様もこうなることを察しておられたのでしょう。お手紙を預かっております」

 宛名はランドール様へとなっている。

「アネット様が口述されたお言葉をわたしが書き写した物です。どうぞお読みください」

 フレアはそれをエンプから受け取り、中から取り出した手紙に目を落とした。確かにエンプの執筆に違いないが、書かれた内容はアネットの言葉によるもので彼女の声がフレアの脳裏に蘇ってくる。手紙を読んでいるフレアを使用人達は息を飲み見つめている。

 沈黙の中でフレアは静かに顔を上げた。

「ありがとうございます。アネット様のお考えがよくわかりました。ローズ様にもお伝えしておきます」

「ありがとうございます」エンプは柔らかな笑顔を浮かべ頭を下げ、他の使用人も安堵の息を漏らした。

 厨房を薄く覆っていた緊張感がこれで完全に取り払われたようだ。主人であるアネットの願いであっても、こちらから巻き込んだフレアを再度呼び出すのは躊躇いがあったのだろう。

「そういえば、アネット様はわたしが誰かおわかりだったようですね。つまり、よく言われるように塔のメイドだという事を知っておられた」

「はい、ご存じだったようです」とエンプ。

「すみませんが……以前にお会いしたことがありましたか?」もし会ったのを忘れてしまっていたなら問題だ。

「恐らく、以前参加された慈善事業の催しでローズ様に付き従うあなたの姿を目に止めていらっしゃったのでしょう。わたしもアネット様から指摘を受けようやく気づきました」

「あぁ、そうですか。それなら……」納得ができる。

 正教会が関わる慈善事業となれば主人のローズよりも信者のフレアが表に出ることが多いのだ。たまにではあるが、挨拶なども依頼されることもある。本来討滅対象である狼人であるが、信仰に目覚めたことにより、人を殺める事を止めた存在という触れ込みは正教会にとって大いに役に立つためだ。

「ランドールさんがフローラ様ではないことに気づかれたのが、あなたが帰られてすぐ後のことでして……この急なお招きとなってしまいました」

エンプの後ろにいた若い女の使用人が声を上げた。

 艶やかな黒髪を後頭部で纏めシニヨンで止めている。体格も背の高さもフレアより少し大きめだ。前回ここに来たときに一緒にアネットを寝室まで連れて行った覚えがある。

「どういうことですか?」

「あぁ、すみません。ランドールさんが帰られてすぐの事です」一呼吸置く。「アネット様が突然お部屋の呼び鈴を激しく鳴らされました。何事か駆けつけてみますと、しっかりとした顔つきのアネット様がおられました。そして思いつめられた面持ちで「あぁ、さっきの娘はフローラではないわ。まったくの別人、フレア・ランドールさんだわ」とおっしゃられて」

 どうやら、これがフレアの素性が割れた顛末らしい。フレアが何者かわかれば話は早い。住所など知る必要もない。東に見える塔を頼りに大きな通りを真っすぐ進めばよいだけだ。

「わたしのお芝居に何か気を悪くされた様子はなかったですか」

「それはご心配なく、お手紙にも書かれたようにランドールさんのお芝居はアネット様ご自身が仕向けた事と理解している御様子です。わたし共に対しては……その……少し悪乗りが過ぎたのではないかと注意は頂きました。なぜ止めてくれなかったのかとも」エンプは頭を気まずそうに頭をかいた。使用人達も気恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

「そうですか……」とフレア。

 酔っぱらって何かをしでかし、それを思い出した時のようなものか。だが、あの時はフレアも乗らなければ場は収まらなかっただろう。

「ただ、同時にフローラ様のお身体がまだ回復されていない事もお気づきになったようでそれを気に病んでおられました」

 そういえば、アネットの第一声は「元気になったのね」だった。これは一日二日寝込んでの話ではなさそうだ。

「フローラさんはお身体のどこかお悪いんですか?」フレアは話の流れに乗って訊ねただけだったのだが、使用人達は身体を軽く震わせるような反応を見せた。

「それは……」若い使用人は息を詰まらせ、エンプや他の使用人の様子を窺う。

 よくない傾向だ。意図せず禁忌を突いてしまったのか。それなら無理に話さなくてもかまわない。黙っていてくれればいい。フレアは無言で祈りを唱えた。

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