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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第7話

「先行した三人が全員殺られた……」怒りに満ちた男の声がファンタマの頭蓋に響く。「奴はかなりの手練れだ。以後、単独行動は慎むようにわかったな」

 「了解」

 抑えた応答がファンタマにも伝わってくる。さっきの男から取り上げた魔器のおかげで彼らのやり取りが造作なく飛び込んでくる。

 天井に残った照明の吊り具にぶら下がり、ファンタマは眼下に集まった追手達を眺めている。少し遅れて煤塗れの城塞に飛び込んできた追手たちは、突入直後に照明の残骸の上に並べられた仲間の遺体を発見することになった。怒りに囚われている狩人は頭上のファンタマには気が付いていないようだ。

「ジャニーさんはあの男の生け捕りが希望のようだが気にすることはない。殺してしまえ。あの人は例の衣装さえ持ち帰りさせすれば納得するだろう」

 なるほど、狙われる理由がよくわかった。

「初めから金など払う気もなかったわけだ」ファンタマの声が広間に響いた。

 声を耳にした男達が頭を上下左右に振るが、姿は見つからない。弓や銃を構え不意の攻撃に備えている。

「どこだ」男の一人が呟く。

「奴は天井だ!」狩人が叫び金色の籠手を天井の隠れているファンタマに向ける。

 狩人が感じ取った気配を頼り魔法矢を天井に放つ。仲間もその着弾地点を目印に矢と弾丸を撃つ。それらの衝撃により弱り切っていた天井が崩壊を始める。致命的なひびが縦横に入り細い煙を吹く。最初は細かい雨だったがじきに土砂降りの豪雨と変わった。煤にまみれた埃により視界が効かない中で、拳大から頭以上の大きさの塊が天井から男達に降り注ぐ。ファンタマが取りついていた支持具も落下する憂き目となり床へと落ちていた。崩れ落ちた天井片が巻き起こした土埃の下で呻き声が上がる。

 ファンタマは素早くアラサラウスの袖口を天井に突き刺しその場に留まることができたためこの惨事に巻き込まれることは免れた。

 崩壊する天井の落下音が止むと、それまで聞こえていた男達の悲鳴と罵声も消え失せた。舞い立つ埃が収まってくると広間の床は崩れ落ちた天井で埋め尽くされていることがわかった。全員その下敷きだ。黒い犬も姿を消しているところをみると狩人も崩れ落ちた天井の下で果てたのだろうか、それとも。

 ファンタマはしばらく天井に張り付き、瓦礫が積もった床面を眺めていた。やがて、少し離れた場所に埃まみれになった橙色の頭が目についた。流れ出た血だまりの中にうつ伏せになっている。こいつも突然の崩落から逃れることが出来ず下敷きになったようだ。地上へと降り生死を確かめるために一歩足を出した時、外から声が聞こえた。

 何やら言葉をかわしている。

 ファンタマは姿を消したまま外へと出た。物音を聞きつけ村人達が様子を見に来たようだ。その中には警備隊も含まれている。武装したよそ者達が騒ぎを起こしているのだから、関心を引かないわけもない。

「仕方ない……」後は村人たちに任せるとしよう。ファンタマはここはこれまでにしてベニフィルムの元に乗り込むことにした。


 村のはずれで手に入れた馬を駆りファンタマはケシャンへと向かった。ケシャンの郊外の木々に囲まれたベニフィルムの邸宅には前回の商談で訪れた。その際に可能な限り記憶に留めておいた。このような記憶はどこで役に立つかわからない。邸宅に入り目にした機会がある使用人の姿で、ベニフィルムの所在を聞いてみると中庭で商談中とのことだった。

「では、後にしておきましょう」その場は引き下がっておいた。

 ベニフィルムは密室での商談を好まない。代わりに広い庭の中央にテーブルを置き商談に赴く。そこなら刺客は容易に近づいては来られないだろうという考えだ。金色の籠手の男のような護衛がついていれば、それも妥当だろう。ファンタマが姿を消したとしても容易に察知することが出来る。ベニフィルムはあの男に格別の信頼を寄せているのだろう。

 今もあの男に化けて中庭のテーブルへと近づくファンタマを目にして商談中であるにもかかわらず、笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。戸惑った面持ちの商談相手が彼を目で追う。

 小柄な老人である。だが、薄茶色の瞳が放つ眼光は鋭く、薄い唇が湛える笑みに温かさはない。

「ホルト、首尾はどうだった?」ベニフィルムはファンタマに呼びかけた。

 この男の名がようやく知れた。

「ひどく手こずった。残ったのは俺だけだ」

「それは残念なことだ」とベニフィルム。「で、アラサラウスは変幻自在の衣はどうした」

「ここにある」ファンタマは左手に掛けている白い外套を掲げた。

 嘘を言ってはいない。ただし、外套はそれらしく変形させた袖の一部だ。

 ファンタマの答えに商談相手も興味をそそられたようだ。椅子に座ったまま身体を後ろに捩じり二人の様子を窺っている。アラサラウスを知っているなら業界人ということか。

「よくやった」ベニフィルムは大きく口角を上げた。犬歯が顕わになり猛獣の牙を剝いている様に似た笑いだ。

「それでは……」

 背後の物音でベニフィルムの言葉が途切れた。

 中庭の入り口に体格の良い男達がなだれ込んできた。先頭は橙色の髪に枯れ葉色の革装の狩人ホルトだ。埃にまみれ、顔の半分に血がこびりついている。相棒の魔犬とベニフィルムの手下達を従えての登場だ。何と出番を心得た男だろうか。思えば、あの男も同類ならいくらかの加護を受けているはずなのだ。決着をつけてしまうのが惜しい存在だ。ファンタマの口角が大きく上がる。

 ベニフィルムと彼の部下たちはこの展開に当惑し、怒りに燃える傷だらけのホルトと、主人の傍で悠然と立っているホルトの間で視線を泳がせる。

「お前は……」ベニフィルムはいち早く状況を理解し、嫌悪に顔をゆがめる。伊達に組織を束ねているわけではなさそうだ。

「そう、俺は偽物、ファンタマだ」彼は笑みを浮かべ頷いた。手にしていた外套が瞬時に剣に変化しベニフィルムの胸を刺し貫いた。剣を引き抜くと彼は顔を歪めたまま膝をつきうつ伏せに倒れた。

「貴様ぁぁ!」ホルトが叫びを上げた。呪いを込めた咆哮といってもよいだろう。

「仕掛けてきたのはお前たちの方だろう。その時から討たれる覚悟は持つべきだったんだ」とファンタマ。

 ファンタマはホルトたちに正対し、ホルトとその背後に並ぶ男達を見据えた。戦闘に備え男達が左右に展開する。

「あんたはいつまでそこにいるつもりだ」ファンタマは後ろにいる商談相手に言葉を投げた。

「……」男が息を飲む様子が感じ取れた。

「騒ぎに巻き込まれたくなかったら、さっさと逃げだすことだ。奥にも出口がある」

 男が駆け出す足音を合図に戦闘が始まった。ホルトは初弾で弾幕を左右に展開し、見えない矢を放った。低い唸りと僅かな揺らめきと同時にファンタマは上方へと跳躍した。外れた矢は中庭を囲む木々の葉を払い、幹を深くえぐる。奥の出口に向かっていた商談相手の男が流れ弾を受けたか、背中から血を噴き上げ、糸が切れたように前のめりに倒れた。

 ファンタマは宙で分割した袖をホルトに向かって放つ。矢のように細い袖の射手範囲は限られているが、追尾機能を有しているため、回避は難しい。だが、ホルトには頼りになる相棒がいる。ホルトを狙いファンタマは左右から囲い込むように袖を放ったが犬が盾となり受け止めた。犬の身体は濃い液体のような手ごたえで貫通するには力が足りない。ファンタマはやむなく犬の体から引き抜き後退する。 

 再度、曲射を試みるが犬にすべての袖を受け止められてしまう。その隙にホルトはファンタマとの間合いを詰める。足を緩め矢を引き絞る。主従の連携は万全のようだ。

 ファンタマの目に商談で使われていたテーブルが目に入った。蹴り倒ししゃがんでその陰に入る。椅子が横に跳ねて転がる。その直後に豪雨のような着弾音が響き、テーブルが揺れファンタマに迫ってきた。すかさず、上から犬が飛びかかってきた。横跳びでそれをかわすが、着地地点にホルトの攻撃が飛来する。 全身で盾を展開し矢弾を受け止める。犬と飼い主との連携攻撃で、ファンタマは防戦一方に追い込まれてきた。こちらも両者同時に攻撃を掛けなければ勝ち目は無いだろう。転がる椅子が目に入った。

「それだ、それでかまわん」だが、二度目はない。

 ファンタマは足元に転がっている椅子をアラサラウスの力も借り受け渾身の力でホルトに向かって蹴り出した。その動きに反応し犬が椅子を受け止める。と同時に袖を犬の周囲を縫ってホルトに撃ち出した。盾がないまま射撃体勢を取っていた彼はアラサラウスの十数発の攻撃をもれなく胸で受け止めることとなった。袖がホルトの身体を貫通し、その背中から血飛沫が舞い散り海老ぞりとなって仰向けに倒れた。犬も同時にその形を失い霧散し、受け止めていた椅子が地面に落ちた。

 終わった。今度こそ終わった。もう確認を取るまでもないだろう。それに取る暇もない。

 ファンタマは即、庭を取り囲む木立へと飛び込んだ。まもなく、後ろにいた連中が動き出すに違いない。しばらくは誰の相手もしたくはない。ゆっくりと寛ぎ酒を傾けたい。


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