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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第6話

 港から空へと逃れたファンタマは目についた灯火を頼りにしばらく西へと飛行を続けた。そして、目についた灯台の屋根へと舞い降りた。それは海に張り出した小さな岬の切り立った断崖に建てられている。少し離れた場所に守り人のための住居が見える。陽が昇るまでなら屋根の上に居ても見つかることはないだろう。

 宿を追われ警備隊にも追われるはめとなったが、悪い事ばかりではない。ようやく追手の正体が見えてきた。金色の籠手の狩人の姿はカランバカに来る前に一度目にしたことがある。ここから北西に位置するケシャンに住む資産家との商談にあの男も同席していた。ジャニー・ベニフィルムという名で地元では名士として振る舞う男だが、業界のコネでファンタマを屋敷に呼びつけた。そのような男の隣に立つ狩人が聖人君子のわけもない。

 ベニフィルムからの依頼、むしろ命令または指示は、今後自分の配下に着き、組織の専属として働けという内容だった。報酬は破格だったが特定の組織に属する気はないファンタマはそれを即座に断った。今回の襲撃はそれを根に持っての事だろう。自分に歯向かうものは生かしてはおかんという意思の表れだ。

「いいだろう。そっちがそういう気なら……」

 交渉の決裂、先方の裏切りなどで命を狙わるとこになるのはままある事だ。すぐにでもベニフィルムの元に乗り込んで行きたいところだが、あの狩人が面倒のタネだ。どうするべきか。

 水平線に赤みが差し、空から星が消え闇が薄れていく。まもなく夜が明ける。守り人が起き出してくるかもしれない。ファンタマは灯台の屋根から立ち上がった。闇に包まれていた陸地が朝日に照らされ本来の色を取り戻す。左前方の森の林の向こうに古びた城塞が姿を現した。闇の中で林の木々と一体化していたが、射してきた陽光のおかげで詳細が明らかになってきた。あのような施設から夜にまったく灯火が見られなかったのは無人であるためだろう。

「使えるかもしれん。確かめてみるか」

 灯台から飛び降りたファンタマは姿を背景に同化させ城塞へと向かった。



 城塞は付近にある集落から少し離れた海辺に建てられていた。ここから見えるのは少し離れた高台に立つ教会だけで、それも屋根の先端が覗いているだけだ。大火に見舞われたのか入り口の扉は焼け落ち、それを期に放置されているのだろう。城塞の入り口を閉ざしているのは地元警備隊が戸口の両端に渡した荒縄とそれに掛けられた立ち入り禁止と書かれた札だけだ。

 姿を消したままファンタマは札の下を潜り抜け城塞内へと侵入した。扉から入るとそこは何十人もの人員が集まれそうな玄関広間となっていた。ここにも大火の痕跡が色濃く残されている。ひどい火事だったのだろう。床や壁、それに天井まで焼け焦げ、煤けてしまっている。広間の中央に焼け落ちた天井照明の残骸が転がり、支持具だけが天井から下がっている。天井に塗られた漆喰にはひびが入り、少しの衝撃で崩れ落ちるかもしれない。

 広間から出る通路は左右にある。ファンタマは右側に入ってみた。この通路も火事によって発生した煙により燻されたように煤けて灰色だ。一通り城塞内を回ってみたが、まるで何者かが火をつけて回り、全体が火元のような惨状だ。そしてこうなったのは恐らく最近の事だろう。ここでいい、追手達はここへ招き、もてなすこととしよう。


 海辺の桟橋の傍で姿を現したファンタマは村の中心部に向かった。目についた食堂に入り給仕が勧めるスープを頼んで席に着いた。この辺りをふらついていれば、奴らの方から気配を察してやって来るに違いない。それまで待っていることにしよう。

「あぁ、兄さんはカランバカに行くつもりなのか」海鮮のスープが入った鉢を給仕の男がファンタマの答えに頷いた。

 小さな村だ。不意にやって来るよそ者には興味は尽きないのだろう。ファンタマは常にこの手の質問の答えを用意している。こういう時は身軽な若者がよい。そのためジャレットの再登場となった。

「友達にこっちに来ないかと誘われたんだ。新しく工房を開いたそうでね」

 スープに入っている真っ赤な顔の魚と目が合う。大きな目玉の半開きの口は呆れ顔でファンタマの嘘を見抜いているように感じる。

「なるほど、頑張るんだな。カランバカならそこの城塞の前の道を歩いていけばいい。日が暮れる前には余裕で街に入れるさ」

「城塞……右手に見えてる石造りの建物かい?あそこには誰がいるんだ。警備隊、地元のお偉いさん?」

「……誰もいないよ」給仕は冷めた顔で手を振った。

「少し前までは海賊が棲みついてたんだが、そいつらもひどい火事を起こして全員死んじまった。それ以来誰も近づかない無人の廃墟も同然さ」

 給仕は踵を返し去っていった。

 彼の言葉を聞きファンタマは城塞の現在のありさまを理解することができた。彼らが目にしたのはさぞかし大きな火事だったのだろう。入り口の扉は焼け落ち、そこから続く広間は焼け焦げと煤にまみれていた。大量の煙が流れたと見える通路は煤で汚れ、壁や床には血痕も付着していた。これは何を意味するのか。

 おそらく敵対する組織の襲撃を受け壊滅した辺りだろう。発見時はさぞかし衝撃が強かっただろう。誰も近づかないのは無理もない。少し村から離れた位置にありおあつらえ向きと言える。

 スープを時間を掛けて飲み干し、入っていたぶつ切りの魚からも骨に貼りついた身をこそぎ落とし食べつくした。鉢の底にばらばらになった魚の頭骨だけなった頃、ファンタマはもう馴染みとなった視線を感じた。傍に添えられた鉢の水で軽く手を洗う。

「いい子だ。待ってたぜ」ファンタマは小さく呟いた。

 あの黒犬はしつけの良い出番を心得た犬のようだ。

 ファンタマが席から立ち上がりふり返ると黒い犬の集団が店の戸口から飛び込んできた。突然の異様な獣の襲来に居合わせた客や給仕が悲鳴を上げ店の奥へと逃げていく。ファンタマは喉元を狙って飛びついて来た犬の側頭部を殴りつけてアラサラウスの鋭く尖らせた袖を突き込み、足元にまとわりつく犬達を左右の下段蹴りで薙ぎ払った。犬三匹が靄に消えたが、すでにその背後には第二陣が待ち構えている。ファンタマは左袖を大きく伸ばし大剣を形成し、戸口を占める第二陣の犬達を一掃する。崩壊した犬の靄が消えきらぬうち床を蹴りつけ店の戸口に向かい跳躍した。

 靄の中から飛び出してきたファンタマに反応し、戸外に控えた犬が飛び掛かってきた。それを裏拳で薙ぎ払うと現れた犬はすべて消失した。右手に目をやると人の追手が近づいてきていた。先行する三人と少し距離を隔てて、金色の籠手を身に着けた狩人、彼を囲み猟犬のように五人の仲間が速足で迫ってくる。彼らも銃や石弓などの飛び道具を手にしている。

 狩人の傍に靄が湧き、犬の形を成す。先行する三人がファンタマを指差し駆け出した。中の一人はえらく足が速いようだ。見る間にファンタマとの距離を詰めてくる。

「さぁ、ついて来てくれ」

 ファンタマも村の外れに向かって走り出した。追手達を引き連れ教会が建てられた丘を回り込み、海辺の城塞へと続く馬車道を走る。入り口の扉が焼け落ちたまま放置されている城塞の玄関口へと鋭角に曲がり、扉のすぐ内側の壁に貼りつき追手の到着を待つ。間を置くことなく足の早い男が城塞の戸口から飛び込んできた。ファンタマは男をアラサラウスの袖で絡め取り、針のように細かな袖を体内に送り込み息の根を止める。男の遺体は崩れ落ちた壁の残骸の影に隠し、ファンタズマは男になり替わった。

 ほどなく、仲間の二人が後を追い城塞に飛び込んできた。ファンタマは無言で右側に見える通路への入り口を指差し、そちらへ走り出した。

「おい、待て」ファンタマを引き留める声を上げるが、結局二人もファンタマを追いかけてきた。通路にすぐの位置で待っていると息を切らせて通路へと飛び込んできた。

「おい、勝手な行動を取るんじゃいない」不精髭の男がファンタマに向かい声を上げる。

「悪かった」とファンタマ。「ではなぜ、お前たちはその指示を聞かずにここまでついて来た」

 男たちに答える暇を与えず、胸に鋭利な袖口を突きこんだ。

 これが男達が耳にした最後の言葉となるだろう。ファンタマは彼らから刃を引き抜くと耳の通信魔器を外して持ち去った。


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