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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 ジャレットの姿が使えなくなりファンタマはやむなくデカルメに姿を戻し、彼が取った宿へと戻ってきた。衆人環視のもと大立ち回りを演じた男だ、すでに警備隊により手配が回っていることだろう。その点ではデカルメも大差はないが、成り行きとはいえ懸命に人助けをしたとされるどこか頼りない中年男の方が、警戒心は少ないだろう。何より、新しい姿を仕立てる手間も暇もない。単に逃げるだけなら目についた人物に姿を変え撹乱すればよいが、今は徘徊より思索のための落ち着いた場が必要なのだ。

 ファンタマは宿の部屋に入り、すぐさま懐から遮魔布に包まれた護符を取り出した。部屋の四方の壁の目立たぬ位置に貼りつけると障壁が形成されるのが感じ取れた。

「よしっ……」若干の胸苦しさを感じるが、それが安堵に繋がる奇妙な話である。

 備え付けの物書き机に添えてある椅子を引き出し、それに腰を下ろす。一連の騒動を追ってみる。犬の飼い主の狙いは自分に間違いないとファンタマは判断した。姿をジャレットにした後も狙われたことから見た目で追われているわけではない。恐らくアラサラウスの気配だ。魔器の常時着用を必須とするファンタマとしては困った状況だ。

 所持した魔器を帰還させればその気配を極力小さくすることも可能だが、ファンタマの場合はそうもいかない。アラサラウスが無ければ丸裸も同然で、隠す場所もない。こんな状況に備え護符を携帯していたのだが、実際使う羽目になったのは初めての事だ。護符によって作り出した閉鎖空間に籠っていれば追手をやり過ごすこともできるだろうが、こちらも先方の動きがとりづらくなるのが難点だ。

 さっき犬に襲われた際もそれは考えたが、狙われる心当たりならいくらでも上げることは出来る。それならばまず除外できる相手を上げていくべきか。公的機関はあのような相手を差し向けることはない。人員を使い生け捕りにして罪を問うことが優先だ。何らかの処分を下すのはその先のことである。次にファンタマの被害者となった者たちか。だが、彼らの多くは自分のお宝を盗んだのがファンタマであることも知る由もない。

「だとすれば……」やはり、ファンタマの存在を知る同業者やその顧客となるか。

 過去に依頼や獲物を巡り何度も諍いが起きている。ここに来る前も初対面の男を紹介された。相手の顔を立てるつもりでその男の元に出向きはしたが、その依頼は断ることとなった。どんなに金を積まれても専属などできるわけもない。その程度でも命を狙われ、通報されたりすることもある。

 不意に扉を軽く叩く物音を耳にしてにファンタマは身構えた。

「デカルメさん、おられますか」最後二回音が続く。

 いつもは気配が先にくるため、思わず身構えてしまった。加護を持たない者はこれが普通なのだが。

「デカルメさん、おられませんか。警備隊のスターンです。お伺いしたいことがあるんですが」

 司祭たちの通報で墓地にやって来た地元警備隊の捜査官のようだが、何の用があるのか。

「少々お待ちを、すぐに開けます」ファンタマは警戒しつつ扉へと近づいた。

 静かに扉を開けると廊下に男が立っていた。小柄で頭頂部が禿げあがった中年男でファンタマは墓地でこの男から聴取を受けた。

「こんばんはデカルメさん、お時間はいいですか」とスターン。

 温和な笑みを浮かべる中年男だが、追い返すのは無理だろう。用が済むまでつきまとわれる。

「えぇ、中へどうぞ」

 ファンタマは二人を招き入れ扉を閉めた。

「ありがとうございます。早速ですが、墓地から帰ってこられてからどちらにおられましたか」

 スターンは部屋に入ってファンタマが椅子も勧めぬうちに聴取を始めた。

「それは……ずっとこの部屋にいました」

「この部屋にずっと……」スターンが復唱する。

「はい、ずっといました。葬儀ではほとほと疲れてしまい休んでいたんです。やっと気持ちが落ち着いてきて食事に出ようかと思ったところです」

「それはとんだお邪魔を……さっさと済ませてしまいましょう」

「何かあったのですか」何かないとわざわざ訪ねて来るわけがない。

「また、あの犬の群れがまた出たようなんです」

「えっ……」

「ここから西に少し行った港の傍にあるペンズグローブという店に例の犬の群れが押し寄せ一人の男性に襲い掛かったそうです」

「男性が襲われた……その方はどうなりましたか」まだ大して時間は立っていないのにこの対応の速さは予想外だ。

「無事です。その男性は事も無げに群れを撃退したようです」

「おぉ、それはすごい、ですがそれがわたしにどう関わりがあるのですか」

「男性は犬の群れを撃退した後、その場を足早に立ち去って姿を消してしまったのです。彼の特徴というのが癖のある黒髪で中背の男なのです」

「あぁ……それを……わたしだと」うっかりジャレットの若さに言及しそうになるが持ちこたえる。

「その通りです。もう一回伺います。この部屋にいたのは本当ですね」

「はい、墓地から帰って来てからは一度も部屋から出てはいません」

「本当ですね」スターンの顔から笑みが消える。

「宿の人に聞いてもらえばわかると思います」

 墓地から帰ってから宿の出入りは姿を消している。誰もデカルメの姿を見てはいない。

「わかりました」スターンは軽く頷いた。「これも改めての質問ですが、あの犬達について何か心当たりはありませんか」

「ありません……」呆れたとばかりにため息をつく。「わたしはラランド様の代理で葬儀の参列を命じられてここまでやって来たに過ぎません。心当たりなんてあるわけが」

「それは我々も聞いています。ただ、あなたはあの葬儀を狙った二回の襲撃に居合わせ、三回目はあなたに似た人物が襲われた。それで何か思い当たることはないかと、こうしてやって来たわけです」

「そう言っても、ポールラインさんにはお茶を出した程度でお話もした事はありません。ご家族についてはここでお会いしたのが初めてです」捜査官はそれはもう聞いているといった様子で頷く。

「そうだ。わたしの方がその男に間違われたという事はありませんか」警備隊の関心をジャレットに押し付ければ少なくとも彼らの目からは逃れられる。

「それはないでしょう」スターンはあっさりと否定した。

「どうしてです」

「あなたは二回の襲撃現場に居合わせた。巻き込まれたのはあちらと考えるべきでしょうね。まぁ、彼も行方を追うつもりですが」

「二回?」確かに視線は二回感じたが襲撃は一回だ。礼拝堂の視線を捕らえた参列者が他にもいたのか。

「犬がやって来たの墓地に行ってからですが、他は何も……」

「強盗が現れたでしょう。幸い不思議な力により事なきを得た。その時もあなたは前に取り残された」

「……あれは」やり過ぎたか、ファンタマは喉から飛び出しそうになった悪態を漏れ出す寸前で飲み込んだ。だが、それならどうするべきだった。

「持病による発作ですね、お気の毒に」とスターン。声音にはまったく感情は籠ってない。

「あの男達はいい小遣い稼ぎができると、あの葬儀への襲撃を持ち掛けられたようです。足の付かない撒き餌に使われたのかもしれませんね」 

「撒き餌?」

「釣りの際に獲物をおびき寄せるための餌です」とスターン。

 それぐらいはファンタマも知っている。

「あの連中を使って自分たちが狙っている標的がそこにいるか確かめたのではないかと我々は考えています」

「まさか、それがわたしだと……」

「はい、あなたはポールラインさんの葬儀にやって来たサール氏の使用人、それ以外に何か隠していることはありませんか。ただの使用人がこの部屋に施されるような防壁を簡単入手できるとは思えません」

 ファンタマが使用した護符の存在は既に気づかれていたようだ。スターンも通信魔器を身に着けているのか。それならこの部屋に入って通信状態が切れたことがわかれば、防壁の存在が知れることになる。

「それは……ラランド様からお守りとして渡されました。何か面倒があれば使うようにと」

「なるほど、サール氏はこうなる事を知っていてあなたを送り出したのかもしれませんね」

「まさか、あの方がそんなことを……」

「何か思い出したら警備隊にすぐ連絡してください。わたしはこれで引き揚げますが、念のためこの宿に警護のため人員を配置することになりました。その者に申し出ればすぐ対応することが出来ます。では。お元気で」スターンは口角を上げ軽く手を降り、部屋から出て行った。

 意訳すれば知っていることをすべて話せ、そうすればこの状況から助けてやろうと言ったところか。あの雰囲気からすると、彼らはポールラインの裏の顔にも幾らか気づいていたのかもしれない。

 ただ葬儀へ参列するために来たつもりなのだが、どうしてこうなるのか。


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