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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

「これでよかったのか?」ファンタマは海風が吹き抜ける海鮮料理店のテラス席で呟いた。

 テーブルには目の前の海で取れた魚介類で作られた真っ赤なスープが置かれている。地野菜も合わせてのごった煮という雰囲気でしゃれっ気のない見た目だが、魚介のうまみが効いており味は悪くない。葬儀が何事も無く終っていれば知ることもなかった味だ。

「まぁ、急ぎの用事があるわけでもない」

 ファンタマは葬儀が終わればすぐにでも姿を変え、街の中へ消えるつもりでいたのだが、そうもいかなくなってしまった。彼の活躍によりボブ・ポールラインの葬儀での被害は軽微で済んだ。だが、葬儀が狙われた事実は消えることはない。司祭の言葉通り、現れた魔犬の群れに何者かが介在していることは間違いなく、当然のごとく地元警備隊に通報することとなった。

 教会では膝を着き、墓地では少々滑稽な振舞いではあったが、魔犬の群れを撃退した。目立ちすぎたファンタマは姿を消して不審感を残すより、用意していた偽の素性を披露することにした。当初は葬儀が終わり次第、消え失せるつもりでいたが、それでは余計な不審を生みかねない。そこであの場に留まり事情聴取を受けることにした。

 ラミア在住の資産家ラランド・サールの使用人ペットゥ・デカルメがファンタマが化け、墓場で大立ち回りを演じた男の名だ。ポールラインの顧客であるサールが彼の逝去の報を受けて、仕事のため動きが取れぬ自分の代わりに差し向けたのがデカルメである。参列時に教会で尋ねられた時のために用意していた身分だったが、警備隊にも話すはめになってしまった。サールはデカルメという名の使用人を雇ってはいないだろう彼が亡くなったことさえ知らないかもしれないが、問題はない。警備隊がその確認を取ったとしても結果が出るには二、三日はかかる。それまでにはファンタマはこの港町から姿を消している。

 デカルメの名で宿の部屋を取ってはいるが、デカルメの姿はこの付近では印象を残し過ぎている。そのため代わりにファンタマはジャレットという男になり替わった。同じ癖のある黒髪ではあるが、遥かに若く細身の男だ。この食堂を出た後でジャレットの名で別の宿で部屋を取ればデカルメとはお別れだ。

 スープから匙で貝の殻に貼りついている身を剥がし、口に運んだ。殻を外に出しぶつ切りになった魚の身を骨から外す。味はよいが食うのに手間がかかる。これが小洒落た店との違いか。外した背骨にへばりついた身を匙でこそぎ落とし、骨は傍にある小皿に置いた。

 魚や煮込まれ柔らかくなった野菜をスープと一緒に飲みつつ、ファンタマは今日の葬儀を思い返した。あの犬たちの狙いは誰だったのか。やはり、ポールラインの残された家族か。警備隊もそう見ているようで、家族には警備隊による警護が付くようだ。残された家族のためにもそれがいいだろう。

 ポールラインは建築家としても成功し、その功績を妬む者もいるかも知れないが、それ以上に面倒なのがこちらの業界だ。取引の決裂や依頼の拒否、仕事上の遺恨で刃傷沙汰などに発展するのは日常茶飯事だ。どこで狙われるきっかけを作っているかわからない。ファンタマとしては残された家族に害が及ばないことを願うばかりだ。

 スープの中から大振りのキノコが上がってきた。傘の大きなキノコを手で引き裂き、煮込んである。柔らかく赤いスープが程よく絡んで実にうまい。キノコを飲み込み、

 次に匙をスープに付けた時、またあの黒犬の気配を感じた。先の二回と同様の気配で間違いようもない。誰が狙われているのか。ファンタマはテラス席に座る他の客を探ってみた。誰も見覚えはない。では、店舗内の客にポールラインの葬儀で同席した者がいるのか。いないのならおのずと答えは見えてくる。

 店舗側から物音と短い悲鳴が漏れ聞こえ、それに気がついたテラス席側の客が食事の手を止める。店舗とテラスを隔てる扉が開き、勢いよく血相を変えた男性客が飛び込んできた。続いて給仕が転がり出てくる。腰が抜けたか起き上がれず、そのまま尻と両手で後ろに下がる。

 続いて出てきたのは黒犬の群れだ。黒く長い毛足で橙色の目にむき出しの牙、ポールラインの葬儀を襲撃した犬たちだ。開いた扉からあふれ出てくる犬達は両腕で頭を庇いうずくまる給仕を飛び越え、逃げ込んできた客の横をすり抜け奥の席へと突っ走る。犬の狙いを他の客も察したようで、彼らは自分達の席から立ち上がり素早く避難をした。

「俺か?」ファンタマは思わず声に出した。

 犬達に確認を取るまでもない。その視線はしっかりとファンタマに据えられている。ファンタマ自身も狙われる心当たりならいくらでもある。公的機関はもとより貴族に資産家、犯罪組織に同業者、後を追う者、恨みを抱く者に枚挙の暇はない。狙いがポールラインの家族ではなかった安堵と、自分が標的であることへの怒りが混ざりあった複雑な思いが込み上げる。

 しかし、呑気に怒りに捕らわれている場合ではない。犬達はすぐさまファンタマを取り囲み攻撃を開始した。ファンタマは飛び掛かってきた犬の顔面を拳で殴りつけた。着撃時に拳から袖を伸ばし、作り出した刃を犬の体内に突き込む。足先で薙ぎ払い、膝蹴りを打ち込む。人目が無ければ、アラサラウスの袖や裾を使い、串刺しにして一気に仕留めるのだが、 これだけ客が多くては控える他はない。衣服の袖や裾を伸ばし戦う男について証言されては面倒なだけだ。手間がかかっても見た目を腕の立つ格闘家程度で収めておく必要がある。

「面倒くさい……」

 相手が一度に送り込むことが出来るの使い魔の数は十匹ほどのようだ。残り三匹となっても追加はやってこない。左右から同時に飛びかかってきた犬を上段蹴りで薙ぎ払い、最後の一匹には踵を落とし黒い靄に帰した。

 これで終わりか。動きを止め、周囲を窺う。犬が放つ気配は消え失せている。ファンタマは客達が正気を取り戻す前に彼らの間をすり抜け、店を早足で抜け出した。遅れれば今度は客や店員達に絡まれることになる。

 店から街路へと出ると大きな立て看板が目についた。道を渡り看板の裏に駆け込み姿を消した。残念だが、ジャレットはもうこれ以上使えない。


 男は深い息をつき項垂れた頭を上げ目を開けた。組んだ足を解き床から立ち上がる。頭髪は苔のように短く橙色で白い肌をしている。枯れ葉色の革装で身を包む狩人のように見える。例外なのは左手肩口までのくすんだ金色の手甲だ。

「接続が切れた」男は残念そうに頭を左右に振る。

 男の傍に黒い靄が現れ犬の形を取った。背が高く毛足の長い黒い犬だ。橙色の目を輝かせ、赤い舌を出し白い牙をむき出しに盛んに早い息を続けている。

「残念だが、幻体で手に負える相手じゃない」男は隣にいる犬の頭をそっと撫でた。

「墓地での襲撃をまぐれで切り抜けたわけではない、という事か」傍に立つ男が呟いた。その声音からは苛立ちが溢れ出している。

 細身で背が高く波打つ銀髪は後ろに撫でつけられている。

「その通り。見物客相手に小芝居を打っていただけだ。ただの変装名人ではなく腕も立つようだ」

「なるほどそれならホルト、お前ならどのような手を使って捕らえる」

「俺も前に出ることにしよう。アランチャと共に奴を街から狩りたてよう」ホルトは犬の頭を撫でた。「それと人手を何人か貸して欲しい」

「いいだろう。奴を引っ立ててこい。やむを得ん時は殺しても構わんが、奴が身に着けている衣装は必ず持って帰れ。あの衣装が重要なんだ。是非とも欲しい」

「任せてくれ」

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