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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

 葬儀に乱入し、返り討ちとなった強盗犯達はは駆けつけた警備隊に叩き起こされ、外へと引っ立てられていった。彼らの乱入でポールラインの葬儀は中断されたが、一刻ほどで警備隊が引き揚げ再開された。強盗犯達を倒した存在については教会に住まう精霊という説に多くの参列者が賛同した。侵入してきた男達の理不尽な振る舞いが精霊の怒りに触れたのだという。

 アラサラウスの動きを僅かながらも捕らえることができた参列者がおり、皮肉なことにそれが彼らの説を補強した。それを聞かされた司祭は少々複雑な笑みを浮かべていたが、否定をすることはなかった。ファンタマも難を逃れた一人としてそれに同調した。

 無事出棺の段取りとなり、ポールラインの棺は参列した男たちによって担がれ、教会から運び出された。行先は隣接する墓地で、棺を納める穴は掘られている。予定より遅れてしまったが、ファンタマも最後まで付き合うことにした。強盗達を前に膝をついたファンタマはこの大事な任務には不向きと見られたか、誘いの言葉は掛けられなかった。もっとも、親族としては突然葬儀に現れた何者とも知れない中年男に、我らがポールラインの棺を担がせるわけもないか。

 ポールラインの棺を担いだ男達を先頭に参列者が後に続く。長時間となった葬儀で疲れが出てきたか、誰も黙り込んで歩いている。賑やかだった子供たちも親に担がれ眠り込んで静かなものだ。子供を胸に抱いた母親が目を閉じたこの背中を優しく叩いている。

 穏やかな気分で参列者を眺めていたファンタマだったが、ここで再び不穏な視線を感じた。

「おっ……」何でもない地道で小石に足を取られたかのようによろけて後を窺った。人影は見当たらない。

 気配自体も消え失せてしまった。

 隣り合っていた初老の男がファンタマの顔を覗き込んだ。

「大丈夫かね……」

「つまづいただけです。気を使わせてすみません」

 もうこれ以上面倒は起きて欲しくない、それが本音だろう。こちらもそれを願っている。

 ポールラインのために掘られた墓穴の傍に一同が到着した。盛られた土の山の傍らにスコップが添えられている。それを使い司祭が聖典を読み上げる中、棺の上にかけていくのだ。棺は担いできた男達より掘られた墓穴へ慎重に降ろされていく。ファンタマは周囲を警戒しつつ、それを見守る。せめてもの礼にと訪れた葬儀で密かに見張りをすることになるとはどうなっているのか。

 鋭い敵意をアラサラウスが感じ取った。墓地の奥から何かが近づいてくる。ファンタマはゆっくりと目立たぬようにそちらへ移動した。参列者達は棺の動きに見入っているが、勘の良い者が何人か含まれているようだ性急な動きは避けた方がいい。

 現れたのは黒々とした毛足の長い大型犬の群れだ。十匹はいるだろうか。墓の間を抜けて猛然とこちらに向かってくる。体高は子供の背丈と変わらない。後ろ足で立ち上がれば大人の喉元を十分に捕らえることが出来るだろう。篝火を思わせる橙色の目とむき出しになった牙が少し離れたこの場所からでも見て取れる。襲われれば只では済まないだろう。そんな群れがこちらに近づいている。

「何だあれは!」ファンタマは声を震わせ叫びを上げた。「こっちに来るぞ!」指を犬の群れに向ける。

「うわぁぁ、逃げろぉ」取り乱した声を上げ、一歩飛び出し傍にいた男女を周囲に馴染ませたアラサラウスで軽く押す。彼らは驚き墓穴の傍から飛びのいた。他の参列者も釣られてファンタマから離れていく。初老の男が慌てて足をもつれさせて転んではいたが、すぐに跳ね起き逃げていった。被害は喪服の膝を汚す程度で済んだようだ。子供も巻き込まれていない。ポールラインには少々手荒い着地となったがこれは勘弁してもらうしかない。

 ファンタマの傍には誰もいなくなった。これならスコップを振り回しても誰も巻き込むことはないだろう。突進する黒犬の群れが、怯える参列者の動きに釣られたか進路を変える。二手に別れ参列者の集まりへと向かっていく。大きな動きが裏目に出たか。

 「うあぁぁ、来るなぁ!」ファンタマは土山の隣に添えてあったスコップを取り上げ、よろける足で横に動きスコップを大きく振り回した。跳躍し若い女に迫っていた犬の背をスコップの横で叩き落す。返すスコップで立ち上がった犬を薙ぎ払う。よろける体を装い移動し、親子連れに迫る犬をスコップの先端で跳ね飛ばす。犬に生き物らしい手ごたえは乏しく、着撃と共に霧散する。何者かが錬成した使い魔だろうか。

 仲間がやられてもひるむことのない犬達はファンタマを敵と認定したようだ。唸りを上げ、鋭い歯をむき出しにし、敵意を漲らせファンタマを取り囲む。思う壺だ。

「止めてくれ」

 スコップの大振りを狂ったように繰り返し犬の群れを薙ぎ払う。

「許してくれ」

 もつれたような足取りで犬の攻撃をかわし、間合いに入った犬を殴りつける。犬の殲滅はほどなく完了した。だが、現れたすべての犬を倒した後も少しの間、ファンタマは奇声を上げスコップを振り回しておいた。

「落ち着いて、もう犬はいなくなった」ややあって、落ち着きを取り戻した参列者から声がかかった。

「助かったんだよ」

「ありがとう」

「えっ……」スコップを動かすのを止め声の方向へ目を向ける。

 息を荒げて周囲を見渡す。

「もういいんだ。もう何もいない。我々は助かったんだよ」司祭が前に出てファンタマをなだめるように目を見て語り掛ける。

「よかった……」

 ファンタマは大きな息を付き、手にしていたスコップを地面に突き立て膝を突き座り込んだ。参列者の多くがファンタマの声に頷く。

「そういえば、犬はどうしましたか?」とファンタマは参列者に問いかけた。墓穴の周りを探るように首を回す。

 犬はファンタマのスコップによる攻撃で靄となり姿を消し、敵意に満ちた気配も同様に消え失せていた。

「あぁ……」

 声が漏れ、皆が周囲を見回し、ポールラインの棺が収められた穴を覗き込む。何人かが用心しながら近くの墓の裏側を探る。

「消えた?……どこへ行ったんだ」参列者から戸惑いの声が漏れる。

 この世での身体が壊れたため自分の世界へ撤退したのだろう。つまりは、何者かが呼び出した魔物、あるいは使い魔だ。召喚主がこの中に含まれているなら、さっきのファンタマの小芝居はもう見破られているだろう。

「一体何だったのか……」頭頂部が薄くなっている男が遠い目で呟いた。「あぁ、司祭様。さっきの犬は何だったんでしょうか?」

「そっ、それは……」突然、問いかけられた司祭は言葉を詰まらせた。

 司祭とあっても皆に満足のいく説明をできる者は限られているだろう。彼らの多くは教会で行われる式次第を取り仕切るために赴任しているのであって、癒しや浄化といった魔法を行使できる者は多くはない。只ならぬ事態とあれば上部組織に救援要請を出し術師を呼ぶのが常なのだ。

 しどろもどろになりながらも司祭はさっきやって来た群れについて説明を終えた。あのような存在を目にした経験は初めてだとしても、それを判断するための知識は十分に持ち合わせていたようだ。参列者とのやり取りの中で、司祭の口から出た「何者かが差し向けた刺客」との言葉に参列者は息を飲んだ。

「それじゃ、この中の誰かが狙われたという事ですか」そして、核心を突く質問が一同の中から飛び出した。

 この問いに司祭は眉を歪めた。刺客のという言葉に含まれる刺激が強すぎることに気がついたようだ。

「……残念ながら」司祭は頷いた。「あのような存在が自然に湧いてくるようなことはありません。土地に憑く精霊の類でもありません。召喚には必ず人が介在しています」

 そして、それも決して容易ではない。また、厄介ごとに巻き込まれたか。ファンタマは眉を寄せ、ため息をついた。それを目に止める者はいなかった。誰もが似たような表情を浮かべていたからだ。

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