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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第7話

「どうして!」カーの言葉からは怒りや悲しみ、疑問など様々な思いが感じられた。

「コロー様に託されたからさ」

「コロー様から……本当なの?」混乱によりカーの意識は当時へと戻る。

「本当だ」とシュウ。「コロー様から宝典を託された俺はそれだけを手にして村を飛び出した。それ以来、これまで宝典に内包された女神ディアデルと旅をしてきた。お前は何を聞いた」

 シュウに促され、カーは詰まりながら当時の記憶を語った。シュウはそれに目を閉じ黙って耳を傾ける。それでも眉や口元の微かな動きでフレアにも感情は読み取れた。苦悩や望郷などの積年の思いが呼び起されているのだろう。フレアも突如として住み慣れた土地を去ることになった。その思いはわからなくはない。カーの言葉が途絶え、しばらくの沈黙を経てシュウが口を開いた。

「いらぬ苦労を掛けたようだな、それでもお前は俺を信じてくれていたか。ありがとう」シュウはカーに柔らかな笑顔を向けた。

「コロー様の命とは言え、俺は一人逃げたことを後悔しない日はなかった」軽いため息をつく。

「討つべき相手はわかっていた。しかし、俺にはその力はなかった。打って出たところで返り討ちに遭うだけだ。宝典を守る事が大事だと自分に言いきかせ、ディアデルの力を借りて身を隠し、身体を鍛えてきた。そして今この地でようやくその機が熟したようだ」

「話の途中で悪いけど、あなたを追っていたのはコロー様を殺めた奴で、あなたはそいつらから逃げていたでいいのよね」とフレア。

 感動の再会もよいのだが、また周囲が不穏な気配で満たされてきている。

「そうとも、その通りだ」シュウもフレアと同様に感づいているようだ。既に身体は戦闘態勢に入っている。 

「それともう一つ、あなたはどこに隠れていたの。ここにあなたの匂いはあっても生活感がまるでない」

「部屋はディアデルが自分の世界に用意してくれた。だが、生活には金が要る。それで調理人として働きに出ていた。それはどこでも同様だ。この寺はちょうど空き家だったのでね、宝典の安置場所として使わせてもらった」

「なるほど、どおりで簡単にまかれるはずだわ」フレアは苦笑を漏らした。自在にこの世と異世界を行き来されては誰も後のつけようもない。 

「コロー様とエンキを手に掛け、俺を追っていた奴らについてだが……それはカー、お前も知っている人物だ」とシュウ。正面の扉に目をやる。

「俺も知っている?」

 両開きの扉が揺れ、扉と床の隙間から泥水が勢いよく流れ込んできた。本堂へと侵入した泥水ははすぐに何本もの腕を形成し扉を這い上りだした。太い閂に到着すると腕はそれを掴み扉から乱暴に引き抜いた。閂は床の泥水の上を跳ね盛大に飛沫をあげ転がった。扉が中央で分かれ次第に速度を増し開いていく。扉を押す二人の男と開いた扉から飛び込んでくる二人の男、彼らは曲刀で武装している。その後から肉の塊から足が生えたような男が歩いてくる。赤黒い肌に目に余る脂の付き方とその無様な歩き方にフレアは噴き出した。最後尾には漆黒の地に大蛇の意匠が施された魔導着をまとった男が現れた。顎には目立つ大きな傷が見受けられる。あの男が泥人形遣いの魔導師だろう。

「そうだ。ユウス・ナリタケとシンチョ兄弟だ」シュウが扉から入ってきた四人に指を指さした。

「ナリタケは豊穣、長寿を司ると言われる宝典を欲しがっていた。金にものを言わせてコロー様から買い取ろうしたが、あの方がそれに応じるわけもない。それに業を煮やし、寺に押し入って来た。奴の意図を察したコロー様は俺に宝典にを託し、命に代えても守り抜くように命じ、エンキとともに打って出た」

「その後でぬけぬけと自分たちが彼らの遺体を発見したと守備隊に告げたわけね。シュウさんが盗賊に関わりがあると噂を流したのもあなた達なんでしょうね」とフレア。

「俺が村で聞かされていたのは……」カーが拳を握りしめる。食いしばった歯がむき出しとなり怒りに歪む。

「こいつが村での力を使って広めた嘘でしょうね。力があれば誰も疑わない。そうでしょ」

「ふん、あの宝典は貴重な本物だったんだ。その力はわたしのような人間にこそふさわしいんだ。それをあの坊主は渡そうともしなかった。だから、殺したまでだ!」

 ナリタケが叫びをあげる。

「よくもそんなことを」怒りに任せてナリタケに向かって駆けだそうとするカーをフレアは片手で制する。カーを見つめ首を横に振る。

「かかれ、皆殺しにして今度こそ宝典を奪い取れ」

 ナリタケの怒声が堂内に響き、シンチョ兄弟が腰から曲刀を引き抜いた。だが、彼らの勢いづいたのはここまでだった。

 高く掲げた曲刀は彼らの腕から丸い天井近くまで舞い上がり石畳の床に落ちて転がった。そして、四人は紐に吊られたようにつま先立ちになり動きを止めた。静かな堂内に響くのは布を引き裂くような連続の打撃音、それに合わせるようにつま先立ちの男達の身体が波打ち前後左右に揺れる姿だけだ。

 女神ディアデルの力により動きを急加速させたシュウのなせる技だ。拳の力で男たちの身体を床から持ち上げ乱撃によりそれを維持をする。強固な拳とその異様な速度によりほどなく脳や内臓は崩れ液状に変わることだろう。フレアの目を通してさえ常識外れの素早さと言える。

「あぁ……」シュウの動きにフレアの口から声が漏れる。これでは常人は敵いようもない

 動きが見えないカーとナリタケはあっけに取られるだけだが、フレアは事の凄まじさが理解できるだけに頬が引きつり歯がむき出しになる。街には何者が隠れているかわからない、そのよい好例だ。

 四人はほどなくずた袋のように床に崩れ落ち、自らの血にまみれた。ナリタケはその光景に怯え、後ずさる。

「ハイト!」ナリタケは背後で冷めた目つきで成り行きを眺めている魔導師を怒鳴りつけた。

「なんだ?」気だるげな声が返ってきた。

「奴を、奴を倒せ」声をうわずらせシュウを指差す。

「それは追加が必要だと言っていたはずだぞ。もちろん前払いだ」

「くそっ……」 

 ナリタケは指に食い込んだ指輪や腕輪に首飾りを外し、まとめて魔導師に向かって投げた。弧を描いて飛ぶ宝飾品の数々は宙で止まった。

 何が起こっているのか。誰もが宙で止まったままの宝飾品を目をやっている。次な何が起こる。シュウはハイトの攻撃に備え、構えを取っている。魔導師の視線は祭壇へと向けられている。

 フレアも背後の祭壇から気配を感じた。目をやると翡翠色の宝典が明るい翠色の光を放っている。再び視線を前へ、新たな気配を感じた。こちらはなじみのある気配だ。

「あの経典が自分に相応しい……笑わせてはいけませんよ」声の主は入り口の敷居の傍に立っていた。黒い外套を身に着けた長身の女、頭巾から流れ出た黒髪と真っ赤に塗られた唇が艶めかしく輝いている。ローズの登場だ。

「ナリタケさん、あなたが女神さまの一番の怒りを買っているんですよ。ゆったりと微睡んで過ごしているところで騒ぎを起こし自分を宮殿から追い出した。ただで済むわけがないでしょ」

「なるほど、女神の怒りを買っていたわけか。それなら俺はこれ以上の騒ぎはごめん被る。自分で何とか対処してくれ」魔導師は冷めた口調で告げた。

 ヘイトと呼ばれた魔導師は踵を返し後ろ手で手を振り、ローズの横を抜け外へと出て行った。

 浮かんでいた宝飾品の塊が床に落ちた。同時にシュウがナリタケの元に急接近する。「まずはエンキさんの分」顎の拳を撃ち込み、重量級の身体が床から浮き上がる。

「これはコロー様の分」

 そこに側頭部への右回し蹴りが入る。

「仕上げはディアデルに任せるとしよう」

 ナリタケは宙に浮かんだまま動きを止めた。目を大きく見開き口は驚愕を示すように開かれている。そこから一瞬で時を経るように干からびていく。顎を一回動かす間に肥満で膨れ上がっていた身体は萎み、皮膚は乾き骨から剥がれ落ちていく。眼窩は闇を湛えた虚ろな穴となった。やがてすべてが骨と変わり床に落ちて細かく砕けた。先に倒れた四人も塵の山に変わっていた。

「神様の本気の怒りは中々みられるものじゃありませんよ。わたし達も気をつけないとね」ローズは笑い声を上げた。

「すごい力ですけど、豊穣、長寿とは少し違ったような」とフレア。床に積もった塵の山に目を向ける。

「それは……」とローズ。ややあって言葉を続ける。「ここだけの話で他言無用という事だけど……」

「はい」とフレアとカー。

「彼女の力は豊穣や長寿とかではなく時間操作なのよ。でも、似たようなことは出来るわ。信者の加齢を遅らせたり、作物や家畜の成長を早めることでね。元々、あなた達の村は肥沃な土地でそのおかげもあって家畜の飼育や狩りにも困らない土地だった。だから、彼女も少し奇跡を見せる程度で彼らが望む神を演じることが出来た。シュウさんの速さも彼女の力添えがあってこそね。彼女の希望は踊りやお祭りを眺めること。それ以外は時々微睡んで過ごすそれでよかった。それがナリタケによって叩き起こされ、自分の宮殿には戻れない。当時の怒りと悲しみは深かったでしょうね」

「その通りです。各地を流れながらわたしたちは再起の機会を窺っていました。そして、ようやく願いが叶った」とシュウ。

「ご苦労様」ローズは言葉を掛けた。

「ありがとうございます」ローズに軽く頭を下げた後、シュウはカーに目をやった。「そこでだ。カー、お前がこの宝典を村に持って帰ってくれないか。そして、寺の再興を引き受けてはくれないか」

「もちろん構いませんが、シュウさんは……」

「俺は少し疲れた。宝典を守る役目は引退をしたい。それに料理人の仕事も気に入っている。ここでもうしばらく過ごしてから先を考えることにするよ」

 シュウは満面の笑みを浮かべた。


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