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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第6話

 一夜明けて、昼前になっても食堂にシュウは姿を見せなかった。仕込みが終わり開店時間になっても彼が厨房に現れないため、フレアとカーは直接店員に尋ねてみた。二人の対応に出た男によるとユアンからは「今日は休む」との連絡が入ったそうだ。知らせを寄こしたのは駄賃目当ての子供で、ユアンが書いた紙切れを手に店にやって来たそうだ。そう言えば、男の子が一人店内へ駆け込み、すぐに出て行ったのをフレアは目にしていた。あの子が伝言役だったのだ。それを知ったフレアはせっかくの手がかりを逃したことを悔やんだが、どの道小銭を渡されただけの使いだと割り切り先を続けた。

 笑みを浮かべ、ユアンの住処なども訊ねてみる。これが思いのほか効き目がある。

「ユアンがどこに住んでいるか。悪いが誰も聞いてないんだ」と男。

 知っていなければ意味はないが。

「あいつはふらっと店先に「俺を雇わないか」ってやって来たんだ。料理に給仕、用心棒、何でもこいだっていうもんだから、店長はとりあえずその時にあった材料で適当に料理を作らせてみた。それがうまかった、それに手も早かったから雇うことにしたんだ」

「それでいいの」とフレア。

「構わねぇよ。ここは西のお上品な店とは違うんだ。人手はいつもかつかつでちゃんと腕さえあって休まず仕事に出て来てくれりゃ、どこに住んでても構うもんか」

 カーも控えめに頷いた。そういえばフレア自身もその口だ。帝都へ来る前は自分が作り出した架空の親の使いとして革製品を目についた店に売り込んでいた。住まいも架空の親の言いつけとして教えたことはなかった。それでも細かな出自を問われたことはない。

「ちょっとぐらい休むのはいいとして、腕がいいだけに辞められると災難だな」

 結局のところこれに尽きるのだ。

 男との話が終わり、二人は空いてる席に着いた。席代替わりに料理と飲み物を頼むと男は機嫌よく去っていった。

「立ち回り先で彼を目にした人を探してみましょうか。あの人がまず行きそうな場所……やっぱり少し西のスラビア人街なのかな。あなたはどうだった」

「んっっ……」

 そうはいっても、ここに彼がこなければこの二人で今から居場所を探すのは不可能だろう。何しろ、エリオット達でもここを特定するのに数日を要したのだ。

「知っていたら俺も行っただろうけど、シュウさんならどうするだろう」とカー。「シュウさんがまず顔を出しそうな場所か」

「あなたはどうだった?」

「俺はこの街に入ったときはとにかく腹が減っていたから、どこでもよかった。今働いている倉庫が目に入って、あそこなら何かありそうだと思って入ったら簡単に見つかった。そこで破れかぶれで働かせてくれって一芝居打ったら雇ってくれた。住む場所もないうちは倉庫で暮らしていたもんで参考にならないかも……」

「よくやったわね」帝都で暮らすにはこの手の大胆さが必要になる。

「黙っておいてくださいね。見つかるのが遅れてたらどうなっていた事か。後でそれに気が付いて、それも神様のおかげかと思って、とりあえず御礼をと思って最初に見つけたお寺にお参りしに行きました」カーは軽く頭を掻いた。

「あはっ、黙っておくわ。あっ……彼もそうしたんじゃない」

「シュウさんは泥棒なんてしませんよ!」思わず声が大きくなる。

「そうじゃなくって」フレアは口元に指を立てた。そして声を潜める。「お寺参りよ。あの人もお坊さんだったんでしょ。修行中ではあっても……」

「お姉ちゃん……」子供の声だ。

 背後に気配を感じ振り向くと、さっき使いに来た男の子が立っていた。フレアたちのテーブルから少し離れた位置にいる。

「これ……」

 男の子はこちらの様子を窺いつつ僅かに歩み寄り、フレアに向かい手を差し出した。そこには折り畳まれた紙切れが挟まれていた。フレアが立ち上がり、それを受け取ると礼を言う間もなく走り去っていった。

「何です?」とカー。

「懐かしい場所で待っている。そこで話したいことがある。ぜひ来てくれ」 フレアが紙切れを広げ読み上げる。

「これ、二人が懐かしく感じるという意味かしら」

「……それなら、やはりお寺でしょうか」

「行ってみる?」

 カーは頷いた。

 実りがあるかはわからないが、座っているだけよりはましだ。二人は店を飛び出して行った。


 フレアとカーはまず最初に彼がお礼参りをしたという寺院へと向かった。そこはフレアも何度も周囲を通り、見知った寺院だった。フレアが帝都にやって来てしばらくして真新しい本堂がこの地に姿を現した。赤や黄色の鮮やかな紋様は当時と変わりはない。帝都正教が国教とあって寺院が建立されているのはこのスラビア人街のみとなっているが、活動に関しては何の支障もないようだ。帝都に仇なさぬ限り無関心という基本姿勢のおかげだろう。

 フレアは本堂の中に入りそこで焚かれた様々な香の匂いを感じながら、奥へと進んだ。居合わせた僧侶への対応はカーに任せ、傍で聞き役に徹する。過去に世話になった恩人という事で、僧侶も親身に相談に乗ってはくれたが、寺院は日々様々な人々が訪れる場所である。似たような人物は居ても、彼らが探すユアンまたはシュウを特定するのは難しい。めぼしい成果は得られず寺院を出ることになった。

 二か所目も成果のなさは変わらなかった。日々訪れる人は入れ替わる、よほどの印象が無ければ覚えているはずもない。何十年も帝都を走り回っているフレアでさえ、その容姿を知らない者は多くいるのだ。

「うまくいかないわね」半ば予想通りとはいえ悔しさは拭えない。

「まぁ、自己紹介もなしに一度や二度顔を出したぐらいじゃ記憶に止まりもしませんよ」

 わかっているのだが、受け入れにくい。

「あと一か所はどこにあったか……」

 寺院を囲む塀の横を緩やかな歩調で歩きつつ、記憶を手繰る。

「そう、ここから少し西に……」

「あぁ……」カーも思い当たりがあったようだ。「ですが、あそこには人がいなかったように思いますよ」

「あぁ、そうかもしれないわね」フレアもその付近を通りかかった際は人の気配を感じたことはなかった。

 二人とも否定的な言葉を交わしたが、結局そちらへと向かうことになった。言ってだめなら、否定的な結果でもあきらめは付く。

 訪れた西の寺院は長い間放置されているようで、鮮やかな紋様も色あせて見えた。それは夕暮れ間近の陽の光の影響ばかりではなさそうだ。正面の両開きの扉は閉ざされ一見して人気はない。

「やっぱり誰もいませんか」カーは肩を落とした。

「待って……」フレアは薄くはあるが人の匂いを感じた。それは周囲の建物からではない。この寺院からだ。

「誰かいるかもしれない」

 それは侵入者か、無断で住み着いている流れ者かもしれないが確かめてみる必要はある。扉の重厚な取っ手に手を掛けてみるが、中から閂で止められているのか動きはない。

「裏に回ってみましょうか」

 カーと寺院の裏手に回りつつ、侵入口を探す。窓は少なくあっても小さくはめ殺しの窓だ。明り取りの役目しかなく動くことはない。

「人がいるならお堂じゃないと思いますよ。俺はすぐ傍の家に住んでました」

「司祭館みたいな?」

「あぁ、そんな感じですね」

 カーの言葉の通り寺院のすぐ裏手にこの辺りでよく見かける土煉瓦造りの住居が建てられていた。本堂を飾るのと同様の文様が下地となった看板が玄関扉の脇に掛けられている。これが司祭館に代わる僧侶向けの住居だろう。だが、こちらからは人の気配は感じられない。やはり匂いは本堂から漂っている。記憶を刺激する匂いだ。間違いはない、行けと意識の奥から声が聞こえる。

 寺院の裏口にも鍵が掛かっていたが爪を差し込めば造作もなく開くことが出来た。扉を開き中を覗き込むと匂いが強くなった。

「フレアさん……」カーは元寺の小僧だけあって彼女の振舞いには引き気味だ。

 しかし、フレアが中に入ると腹を決めたか、後に付いて来た。彼女の背後で扉を閉める音が聞こえた。裏口から差し込む光の中でランタンを見つけることが出来た。燃料も入っており、火付け棒を添えてある。

「行きましょう」

 速やかにランタンに火を入れたフレアは表側へと延びる通路へと入った。基本的な構造は教会と大差はないようだ。倉庫に催事用の備品置き場に衣裳部屋、それらを繋ぐ廊下を抜け広間へと出た。壁際に祭壇があり、その前に木製の長椅子が並べられている。教会でいえば礼拝堂に当たる場所だろう。天井の明かり窓から差し込む陽は消え失せて闇に沈んでいた。道中の部屋を調べているうちに陽が落ちたようだ。

 ランタンを片手に壁沿いを歩くと設置されたランプが目についた。ランタンの灯をわけ点して行くと広間は甘やかな光に満たされた。入り口扉には太い閂が掛けられている。あれでは扉が開かないのも無理はない。

 奥に大きな花を模した祭壇、その中央に翡翠色の魔導書が置かれている。それを目にしたカーは見入られたように祭壇へと進んでいく。フレアは彼を慌てて引き留めた。後ろから抱きしめ動きを止める。

「大丈夫です。俺は正気です」カーはフレアの行動の意味をすぐさま理解した。「あの本に見覚えがあるんですよ。本堂に祀られていた宝典です。それがどうしてここに……」

「シュウ、シュウさんね」突然、人の匂い強く感じられた。覚えのある匂いだ。フレアは匂いの主はすぐに察しがついた。

「シュウさん、ここにいるんでしょ。出てきてちょうだい」フレアは祭壇に向かい呼びかけた。

「来てくれるとは思っていたよ。お前たちの力を信じてよかった」男の声と共に祭壇の裏からシュウが現れた。

「シュウさん、やはり、あなたが宝典を持ち去ったんですか!」本堂にカーの声が響く。

「そうだ。俺が持ち出した」シュウの声音は悲し気だった。


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