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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

「よかった。今日もちゃんと働きに来ているようね」

「はい」

 フレアとカーはユアンが勤める食堂を外から覗き込み、その姿を目にして安堵した。

 カーが「シュウさん」と呼ぶロイ・ユアンはエリオットの手下たちが追い回しているのも知らないかのように、今日も務める店にやって来た。手下たちがそれを知るのは店が開店してからのことだ。店の周囲に張り込んでいる者たちが店の開店時間になっても現れないユアンを不審に思い店に様子を見に行くと、彼はとうに店で料理の仕込みを始めている。ここ数日間それが続いている。

 追跡を請け負っているのは多額の借金の踏み倒しや組織内の重罪人の捜索を請け負う者たちで、その力は警備隊にも引けは取らない。もちろん通信魔器などを使用する相互通信などの策は講じている。それにも拘わらず角を曲がるなどの一瞬の隙で逃してしまう。彼ららしからぬ失態の連続に業を煮やしたエリオットはユアンを店を出てすぐに取り押さえるように命令した。

 後がなくなった手下たちは手で抜かりないよう店を取り囲みユアンを待ち構えた。夜になり店を出た彼の前後に回り込み取り押さえに掛ったのだが、何の手も出すことも叶わず逃げられた。

 ユアンは拳一つ上げていない。降ろした手を動かすこともなく、取り押さえようと挑みかかる彼らの動きをかわしただけだった。男達は避けるユアンにいいように操られ仲間を殴りつけ、仲間同士の頭突きで膝を着き、足を滑らせ転倒し、勢いよく壁に激突した。五人の屈強な男達は自滅の末に昏倒した。当然ではあるが、彼らが目を覚ました時にはユアンは姿を消していた。

 これで自分たちの手に負える相手ではないと判断したエリオットは再びフレアに援助を求めることにしたようだ。そこでフレアとしては面と向かって頭を下げ、事情を聞くのが妥当ではないかと考えた。エリオットはためらったがローズからの勧めもあっては逆らいようもない。

 今日は話し合いだけで済ませるためにフレアとカーだけでやって来た。二人はそのまま夜になり食堂が閉店になるのを外で待った。店を出て先を歩くユアンが一人になるまで後をつけた。幸い今夜は角を曲がった先で姿を見失うようなことはなかった。ユアンが道の中央で立ち止まりフレア達を待ち構えていたのだ。

「君は昨日までの連中とは毛色が違うようだが、それでも仲間なのか」ユアンは目の前に現れたフレアに問いかけた。

 やはり、彼はつけまわされていることに気が付いていた。フレアの正体も初見で見抜いている。毛色とは言い得て妙な表現だ。

「すみません、あなたはシュウさんなんですか」後ろにいたカーがフレアの前に飛び出てきた。

「俺、カーです。あの子供のころに寺で世話になっていたカーです。覚えていますか?」カーは目の前の男を見つめた。

「カー?あのカーなのか。いたずら坊主のカーなのか」ユアンの顔に笑みが浮かぶ。「大きくなったな。元気そうで何よりだ、ただ関わる者が気にはなるが……」眼球が僅かに周囲へ反応を示す。

 フレアもそれを捕らえた。エリオットには手出しは無用と告げている。彼がローズとの約束を反故にするとは思えない。

「シュウさんなんですね。教えてください、あなたはなぜあんなことをしたんですか」カーはシュウに夢中で周囲まで気が回らないでいる。

「カー、それは……」

 ここで話し合う暇はなさそうだ。足元に強い変異を感じたフレアは反射的に上空へと跳ね飛び傍の屋根に飛び乗った。

 屋根の上から下方に目をやるとさっきまで立っていた地点から何対もの土でできた腕が生え、獲物を探すように蠢いている。シュウも容易に逃れたようで早々に近くの小屋の屋根に飛び上がっていた。屋根にいるフレアを一瞥する。この場から立ち去るつもりのようだ。

 シュウは去り際に後は任せたとばかりに手を振り、建物の反対側飛び降りて行った。カーは足元を泥の腕に捕らえられ身動きが出来ないでいる。

「まったく」

 フレアは地上へと降り、口汚い悪態と共に生え出した腕を足で踏みつけ薙ぎ払う。これらを操る魔導師は姿を隠しているが近くにいるに違いない。フレアは少し先の地面に不自然な窪みが二つあるのを目に止めた。頭隠して尻隠さずといったところか。フレアは足元に絡みつく泥腕を引きちぎりつつその窪みに向かい突進する。フレアとしてはねばつく床を歩くようだが、それでも常人の比ではない。

 力任せの接敵により窪みまで到達したフレアの前に泥の壁が立ちはだかった。フレアは壁の頭部と腹部の位置に拳を撃ち込むが壁は崩れない。泥の壁は大きな泥飛沫と波紋を浮かべただけでフレアの拳を受け止めた。

 地面との接続を絶たねば泥人形は倒すことは出来ない。フレアは体勢を低くして下段の足払いを壁に向かい放った。これを人が受ければ脛は粉砕され肉塊に変わる。壁は右側から振られたフレアの足先により地面から切り離され力を失い崩れた。すかさずフレアは前方へ飛び込んだが魔導師は消えていた。泥が動きを止めたことからこの場から去ったのは間違いはないだろう。

「怪我はない」フレアは後ろにいたカーに声をかけた。

「汚れはしましたが、怪我はありません」とカー。膝までが泥まみれとなっているがそれだけですんでいるようだ。

「それはよかったけど、あなた、さっきのシュウさんのことで話していないことがあるんじゃないの。あの人わたしと同じではないにしても呪われているのは確かよ」フレアはカーを見つめた。

「呪われているってそんな……」

「それがあの人が追われている理由なのかも」

「あぁ……」


 フレアとカーはついさっきの出来事の報告を兼ねてスイサイダルパレスへと向かった。奥の部屋に通され、緊張した様子のカーの横でフレアはシュウとの対面に起きた出来事の顛末をエリオットに話して聞かせた。彼はそれに口を挟まず黙って耳を傾けた。

 話が終わり、僅かな沈黙を経て

「お嬢さんはそういうんなら間違いはないんでしょうね」とエリオット。「で、そいつは呪われた身でもあると……」

「えぇ、彼とのやり取りから見て」カーを手で示す。「身のこなしと加齢のなさから見て、何らかの加護を受けているのは間違いないと思う」

「カー、お前はそれを知らなかった」抑えた口調でカーを見据える。

「はい、俺が知っているシュウさんはただの修行僧でした。加護なんて持ち合わせていなかったはずです」

「嘘はないな」とエリオット。

「もちろんです。まだ、子供でしたがそれぐらいは覚えています」

「わかった、いいだろう」

「そうなると、加護を受けたのは地元の村を出た後という事になるわね」とフレア。

「それがシュウが追われている理由と関係してくるんですか?」エリオットはフレアに目をやり眉を歪める。

「可能性はあるわ。精霊の加護は道を歩いている時に降ってくるようなものではない。わたしのような例外を除いてはね」

「えぇ……」エリオットは顎を引き頷いた。

「多くは精霊を内包する魔器との接触と契約の際に生じる現象よ。おそらく、シュウは何らかの魔器を手に入れ加護を受けることになった」

「あぁ……」カーは納得の声を漏らした。

「あなた、心当たりがあるようね」カーの目は遥か遠方を見ているように焦点が合っていない。

「あなた、何を知っているの。それを話してもらえないかしら。あの魔導師はそれを探しているのかも、もしくは探している奴に雇われている」

「シュウさんは……村の宝を持って逃げたとされているんです。俺はそれが、シュウさんがそんなことをするなんて信じられなくて今までいたんですが、あの人のさっきの様子を見るとそれは間違いなさそうですね」

 当時を思い出したか、カーは泣き出す寸前の子供のように項垂れている。

「それならあの男の力も合点がいくな。それが原因でもめて追われる身になったのか?」

「あぁ……シュウさん」

「待って、何か別の事情があるのかもしれないわ。もっと詳しく話してもらえないかしら」


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