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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 エリオットが設定した条件とは自分たちに似通った容姿と体形に加えて、最近帝都に現れた流れ者、具体的には半年から一年とし出身地をカーと同郷のスラビアとした。「シュウ・ジュンハツ」の名に関しては問題としてはいない。過去に問題を起こした者が本名を名乗る事は少ないであろうことはエリオットたちも承知している。フレアも帝都の来るまでは住む街が変わるたびに名前を変えていた。

 打ち合わせの後すぐにフレアとカーはスイサイダルパレスを出て、最初の候補の元へと向かった。その男の勤め先は東端部の倉庫でカーと同様に荷物運びを担当している。所在地はカーの倉庫とは目と鼻の先となっている。

「この辺りですか」カーは自分の馴染みのある倉庫街まで来て周囲を眺めつつ呟いた。

「ここなら俺も顔を合わせていても良さそうなもんだが、まぁ仕事で中に入ればそれっきりの生活ではありますが……」

「時間帯が合わなければ顔も合わさない事もあるし」

「えぇ、それもあります」

 ほどなく到着したのはカーもよく知る倉庫だった。事業主はまったく別だが壊れた道具の代わりを貸し借りするなどの付き合いはある。

「ここの連中なら大体の顔はわかりますよ」とカー。

 二人は倉庫の脇までやって来た。入り口大扉が開かれ中の様子がよく見える。

「名前はどうなってましたか。シュウさんに似たような人はいなかったような気はしますか」

「名前はガリトラで半年前にやって来たとなっているわ」フレアは懐から取り出した紙切れを読み上げた。そこにはエリオットが三人について知り得た情報が書かれている。

「ガリトラ……それならたぶん人違いですよ」

「そうなの」

「えぇ、俺が知ってるガリトラは確かにがっちりした身体はしています。頭は剃ったわけではなく禿げて毛はすっかり無くなっている。顎髭を伸ばして歳は俺より二十ほど上の男でスラビアの出身、そこまでは条件に当てはまっても顔は似ても似つきません。あの人は俺より早く帝都に来てるそうです。つい最近まで旧市街にいて大喧嘩をやらかしてこっちに流れてきたとか言ってました」

「よく知ってるのね。どうして」

「昼に休憩に出た時に近くの店で向こうから話しかけてきました。しばらく同郷の者と会ってなかったんで俺を見つけて嬉しくて話しかけてきたそうです。それでいろいろ聞かされて……」

「そういう事……次行きましょうか」ここは外れだったようだ。

 次は北側の建設現場へと向かった。しかし、目当ての男は仕事場に顔を出しておらず代わりに借金取りがいた。そこで行方について心当たりを尋ねてみた。最初は威嚇的に顔をしかめたが、フレアが名乗ると態度をやわらげた。塔の代理人の名は伊達ではない。彼らも捜索中で給金を押さえることが出来ないかとやってきたようだった。借金取りはカッピネンの息がかかってる業者だったため、何かわかれば教えて欲しいと言葉を残しその場を去った。雲隠れをした男の行方を追っている暇はない。

 三人目は南へ降りた港に近い辺りの食堂で調理人として働いている。彼が店にやって来たのは一年ほど前だ。エリオットから受け取った住所に従い到着したのは広々とした間口を持つスラビア料理店だ。店と言っても広い敷地を持つ屋台と言った方が正確かもしれない。敷地の四隅に頑強な支柱が打ち込まれ、それらを支えに帆布が張られ屋根としている。風が自由に吹き抜ける開放的な店舗の作りとなっている。

 普段であればフレアもカーと共に店内に入るのだが、今日は目立つことを避けるために近くの物陰で姿を隠してカーの様子を観察することにした。フレアが目立っては面通しも何もあったものではない。

 横に広い店内には大小の円形テーブルが多数並べられ、厨房その奥となっており、そこで働く調理人の姿が見える。厨房の右側には小さな舞台が設けられ、今は三人編成の楽団が落ち着いたスラビア音楽を奏でている。床は少し傷んではいるがモザイク模様のタイル張りだ。何らかの理由から元の建物から上物だけが取り壊され床だけが残ったようだ。

 客は港からきた船員と荷運びの男達で席は半分ほど埋まっている。客達はカーの来店に一瞬関心を示したが、それはすぐに目の前の料理と酒へと戻っていった。カーは厨房のやや左側の小さなテーブルに腰を下ろした。外から見える厨房の雰囲気は明るく穏やかだ。二人の調理人と雑用係が調理と片付けをこなし、強い湯気や炎が舞う中、料理が出来上がっていく。給仕はそれを受け取り、客席へと運ぶ。

 調理人の二人は頭に手拭いを巻いているため髪型までははわからない。体形から見て一人は該当するが若すぎるようにも思う。カーが知るシュウさんであれば既に中年期を迎えているはずだが、前にいる調理人はカーと同年代もしくはもう少し若いかもしれない。

「どう、シュウさんだと思う」フレアはあまり期待せずに借り物のイヤリング越しにカーに問いかけた。今日の面通しは空振りに終わり、振り出しからやり直しになるのかもしれない。

「シュウさん……向かって右にいる男が俺が知っているシュウさんそのものですね」カーの声音には戸惑いが混ざっていた。「昔、俺たちの前から去って行ったシュウさんそのものです」

 厨房の調理人を見つめるカーの眼差し、イヤリング越しの言葉と伝わってくる戸惑いからもそれがうかがい取れる。カーがシュウだと認めたのは若い方の調理人だ。

「そんな……彼はあなたと見た目は対して変わらないわよ。あなたが最後に彼と会ったのは二十年以上前の話じゃ」とフレア。

「そうなんですけど……」カーの困惑が流れ込んでくる。「前の若い方の料理人がシュウさんと生き写しなんですよ」

「……あぁ、それなら、シュウさんの息子さんとか血のつながりがある人かも」

 より筋道の立つ理由を考えてみる。家族で帝都に訪れるなど珍しい話ではない。

「あの人は結婚してはいませんでした」

「そんなの後からでもできるでしょ」

 家庭を持つなども珍しくない話だ。その息子が新市街に仕事に出る、それも不思議ではない。

「それはそうですが……」

 カーの態度に若干に引っ掛かりは感じたが、面通しの首尾は上々の成果を収めた。こんなにすんなりと済むとは奇跡に近い。フレアはエリオットに連絡を入れ本人に探りを入れてもらうだけだ。くれぐれも過激な行動は控えるように釘を刺しておく必要もある。


 それから三日後の昼にエリオットから塔へ連絡が入ってきた。帳簿整理の手を止め通話機に向かい手に取る。

「先日はお世話になりました、例の件ですが……」とエリオットは話し出した。口調からして成果は芳しくないのだろうと意識を読めないフレアでも推測は出来た。結局、彼は今回の件とはまったく関係はなかったのだ。そうなれば魔導師と「シュウ・ジュンハツ」探しは振り出しに戻ることになる。

「もしかして、彼は偶然そっくりなだけの別人だったの」もしくはカーが知っているシュウさんの家族ではあっても無関係だったのか。

 あれからの成り行きが気になっていたフレアはついエリオットの言葉を遮ってしまった。このような振る舞いが許されるのは帝都でもごく数人だろう。

「あぁ、あの男なんですが、只者じゃないことはわかりましたが、それ以外は皆目掴めていません」

「どういう事?」

「文字通りです」苛立ち混じりのため息が聞こえる。

「店の連中によると名前はロイ・ユアン、一年ほど前に雇ってくれとやって来た。試しに料理を作らせてみると結構うまい。厨房は調理人で二人で回していてきつかったもんで即採用となったようです。おかげで休みが取れるようになったとか。誰もが知っているのはそこまでで名前以外は住処も何も知らない」

 これは前回も聞いた説明だ。

「居所ぐらい店が終ってから後をつければ簡単にわかるでしょ。消えるわけじゃないんだから、あなたたちらしくない」

「それが……消えるんですよ」

「まさか」

「俺も最初はただの言い訳だと思って真面目にやれとどやしつけちまいましたが……」とエリオット。「ですが、それなりに手慣れた連中がこうも簡単にまかれちゃどうしたらいいかわからなくなって……」

 この通話は経過報告ではなく相談のようだ。それにしても泣き言とは珍しい。

「それってわたしがまた手伝えば済む話なの?」

「そうして貰えば助かります」打って変わって嬉しそうな声が機械の向こう側から聞こえてくる。

「ローズ様に聞いてみるわ。返答を待ってて」

「ありがとうございます」

 声の響きからして本当に困っていたようだ。シュウかユアンかはわからないがただものではないようだ。


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