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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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女神と旅する男 第1話

新市街にてジョニー・エリオットの仲間が連続で狙われる事件が多発します。犯人は人探しをしている様子です。彼らもやられっぱなしで放置はできず、かといって魔導師相手では分が悪い。そこにフレアに相談を持ち掛けます。魔導師は何者か、人探しはどのような結末を迎えるかフレアが動き出します。

 その部屋に窓はなく出入り口の扉には補強が加えられ頑丈で分厚い。さらに、強固な鍵が二つ付け加えらている。壁にも補強材が加えてあるため扉が施錠されると外界からの音が失せ、閉塞感に見舞われる。人によってはそれに強い恐怖を感じることになるだろう。

 壁と天井に取り付けられたランプによって灯りに光に満たされた部屋で間断なく金属を打ち合わす音が聞こえる。音が途切れる度に男が数を読み上げ、別の男が手元の書面と照合し可否を判定する。それを眺めるパーシー・カッピネンとフレア・ランドール、これは彼らの間で行われる月一回の儀式だ。毎月の売上集計が記録された書面は事前にローズの手元に届けられ、彼女の取り分はその時点で既に確定している。カッピネンも支払い分は事前に計数も済ませてはいる。だが、ローズもそれを鵜呑みにするわけにもいかず、受け取り時の照合作業にフレアが立ち会うことになっている。フレアとカッピネンはもちろんのこと、計数係の男達も背後にローズの存在を感じ、緊張を覚えずにはいられない。事前に告げられた金額に間違いない事が確かめられてようやく強い緊張感から解放される。毎回その繰り返しだ。

 この後はお互いの時間に余裕があれば、カッピネンから次回のための打ち合わせと称する休憩に誘われることがある。フレアに出されるのはいつも薄い茶だ。カッピネンはその時により変わってくる。軽い世間話が市中での面倒事の相談に発展する事もある。フレアも何度かそれを解決してきた。

「どうも最近妙な奴がうちのシマで人を探してうろつき回っているようなんですよ。若い衆から耳にした話では土で出来た人形を操る魔導師だとか」

「人形遣いの魔導師……」今日カッピネンがフレアを引き留めたのはこの件のようだ。

 こちらでも魔法犯罪は旧市街と変わらぬほどに起こるのだが、痛くもない腹を探られるのを嫌がり、彼らが頼るのは警備隊ではなくもっぱらローズだ。まずはその代理人であるフレアに話が行く。

「まぁ、うちとしては何があったってわけじゃんないんで今のところ様子見をしている所ですが……」

「その魔導師って人形使って荒っぽいことしてるのかしら」

 カッピネンの奥歯にはどうも大きな物が挟まっているようだ。きれいに取れるように促してみる。

「そんなところです」カッピネンは軽く笑みを浮かべた。

 強面の大男が白い歯をむき出しする笑顔にフレアはいつも食事中の熊を連想する。

「そいつはガタイが良くて頭を剃り上げた男に「シュウ・ジュンハツか?」と尋ねて答えに関わらず人形で痛めつけて去って行くってのを繰り返しているようなんです」

「それって探しているのはあなたの知り合いじゃなくってエリオットさんの……」

「ええ、たぶん……浜の主だった連中は頭を剃り上げてますからね。奴らの仲間も何人か襲われているようです。それなんでしょうが、こちらの地区にもあっちの連中がが人形遣いと「シュウ・ジュンハツ」探しのために出張って来ているようなんですよ」

「あなたたちは手出しはしてないわよね」

「はい」

 昔なら一悶着起きても不思議ではなかっただろうが、そんな彼らが静観の構えというのはローズからお触れのおかげだろう。騒ぎは帝都の益となり自らの首を絞める結果となる。これは移民組織が力を伸ばし始めた頃に出したローズによる言葉だ。

「これからちょうど彼の店に行くところだから、この件について尋ねてみるわ。だから、あなた達は派手な動きは控えて貰えるかしら」

「わかりました、ありがとうございます」

 カッピネンは安堵の息をつき頭を下げた。


「ちょっと小耳に挟んだ噂なんだけど、あなた達が妙な奴に絡まれてるって聞いたんだけど本当なの?」

「あぁ、もうそちらの耳に入りましたか」

 スイサイダルパレスでの計数作業が終わった後、フレアは詰問口調にならぬよう柔らかな口調で切り出した。エリオットは一瞬顔をしかめたが、すぐに表情を緩めた。そして、苦笑を漏らした。

 この街で密かに動くのは難しい。どこに目や耳がついているかわからない。人手をかければ動きを悟られない方がおかしいのだ。

「お話します。奥へどうぞ」エリオットは手で部屋を示した。

 部屋の片付けは計数を手伝っていた男達に任せ、二人は奥の部屋へと向かった。通信を遮断する効果を持つ壁材が使用されたこの部屋は密談には持ってこいだ。フレアはエリオットに奥にある革張りの椅子を勧められ腰を下ろす。琥珀色の柔らかな座面は深く沈み込みフレアの身体を受け入れる。

「どこで聞いたか知りませんが……」エリオットはフレアの腰が座面にめり込み落ち着いたのを見届け言葉を発した。

「俺達が妙な魔導師に絡まれているのは事実です。それに他のシマの組織が関わってはいない事もわかってきました。ですから、どこのどいつか知りませんが、心配している奴がいるならそいつに安心するように言ってやってください。こっちは自分にかかってきた火の粉を払っているだけで、喧嘩を始める気は毛頭ないと」

「わかったわ。伝えておく」

「ありがとうございます」

 低く抑えた声音でエリオットは先を続ける。

「あれは一週間ほど前の事でしょうか。最初に狙われたのは外の店をまとめているマルコという男です。数人の部下を連れて歩いてると黒い魔導着の男が前に現れたそうです。魔導着には大仰な大蛇の姿が刺繡で施されていたそうです。黒い頭巾で顔の上半分が隠れて見えず、顎の右側に古い切り傷しかわかりません。そいつの特徴といえばそれぐらいでしょうか」

 魔導着というのは個性を消し去る点に関してはかなりの曲者だ。ローズのあの肉感的な体形もお馴染みの外套に包まれれば性差は消え失せる。

「男はマルコの前に立ちはだかり少し訛りのある声で「おまえはシュウ・ジュンハツ」かと訊ねて来たそうです。マルコが否定すると呼び出した泥人形で襲ってきたそうです」

「問答無用で?」

「えぇ、マルコが言うには答えた直後に地面から生えた腕に全員が掴まれ、身動きが取れなくなり、前後左右から湧き出した人形に囲まれ袋叩きにあったようです。足を取られているためにその場に倒れた後もそのまま踏みつけにされたようで」

「ひどいわね、みんな大丈夫だった?」

 泥人形については以前の競馬場占拠事件で耳にしたことがある。数次第ではコバヤシの鉄巨人さえ拘束することが可能だ。修復力は無限で逃れるには地面から離れる他に手立てはない。

「マルコは腕で何とか頭を守って泥まみれになるだけで済みましたが、若いのが一人泥に混じっていた石で殴りつけられて腕も額も血まみれになり、近くの先生に世話になることになりました。幸い大事に至らず、すぐに元気を取り戻し、今はマルコの下で仕事をこなしています。ですが、それからというもの何人もが、果てにはライデンまで狙われる始末です」

「あの人まで……どうだった」

「さすがにあいつは手持ちの武器で腕の何本かは叩き潰したと言ってはいました。それで膝をつくのは免れたようですが、足を抑えられては魔導師を追うことも出来ず取り逃がしました。蛇の魔導着を纏った顎に傷がある男です」

「やっぱり人では相手は難しいようね」

「カザネって奴は準備よく銃を用意していたんですが、銃を引く瞬間に泥のつぶてで銃口を塞がれて手が出せなくなってお終いです」

 エリオットはお手上げとばかりに両手を広げた。

「そいつもかなりの手練れのようね。銃火器への対処も心得てる」

 鉄巨人もまず封じられたのは銃口である。

「かなり面倒な奴のようね、それでも黙ってはいられないから自分達で動き出したのね」

「警備隊に泣きつくなんて沽券に関わりますから」

「頑張って動いているようだけど、そいつの目星はついてるの?」とフレア。

「いいえ、魔導師に関しては皆目ですが……」エリオットは首を横に振った。

「幸いなことに「シュウ・ジュンハツ」の方は運よく心当たりがある奴を見つけました。カイエンという男で二十年以上前の話になりますが、そいつが言うにはガキの頃にいた故郷に同名の坊主がいたそうです」

「お坊さんか、なんにしてもその魔導師はそいつがあなた達の仲間だと思ってる。もしくは何か知っていると……」

「どこでどう勘違いをしているのか。その可能性はありますね。それとも何か別の狙いがあるのか」

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