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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話

 ローズは目覚めてすぐに新たな問題が湧き出した事を察した。フレアはその件を彼女に伝えることを若干ためらっているようだったが、ローズが促すとフレアは昼下がりにあった通話の内容を話し始めた。

「ポンタスといえばあの「諸聖人の祝祭」であなたが出会った男の子ね。そして、あなたつい最近、彼と旧市街で再会したとか言ってたわね。それはいいとして……どうして彼がここに連絡することができたの……」背中側で長い髪を梳かしているフレアに問いかける。

「……それは」フレアは口ごもる。

「連絡先を教えていたのね」

「はい、ご存じでしたよね」とフレア。

「えぇ、教えてもらった覚えはないけどね」語尾を強める。

「……すみません」

「あなたには、彼が後をつけられているようだったので寮まで送った。そこまでは聞いていたわ。心配で用心のため連絡先を渡していたのよね。まぁ、彼は見た目ほど浮ついた性格じゃないようだから、まずい判断ではなかったでしょうけど、これからは注意することいいわね」

「はい」

「それにしてもここに直接連絡するなんて、何があったのかしら」

 フレアはポンタスから聞いた一連の出来事をローズに話した。口を挟まず聞いていたローズは最後には吹きだし大笑いを始めた。

「それにしても景気よくいろいろと巻き込まれたものね。この前港で見つかった遺体は彼らの顧問の先生だったという話から、運営する研究会の拠点が荒らされて、その被害を確かめているうちに大量の宝石を発見した」込み上げてくる笑いが一段落し息をつく。

「起きた事全部に繋がりがあるんでしょうね。彼らの研究会を不正の隠れ蓑に利用している連中がいる」

「それで動きが取れなくなって困っているようです」

「まったく……それであなたに相談というのが怖いから助けてじゃなく、何とかしたいから手伝ってなのがいい根性をしているわ」ローズの口角が上がり牙が露出する。

「どうしましょうか」

「いいわ、会いに行きましょうか。どんな子供たちなのか他の三人の顔も見てみたいし」


 ポンタスはフレアを呼び出しはしたが、二階の窓辺から現れるとは思っていなかった。窓辺で音がして、そちらに顔を向けると色白の金髪少女の顔が浮かんでいるのが目についた。ポンタスはそれに驚き椅子から転げ落ちそうになった。フレアの黒いお仕着せが窓の外の闇に溶け込み、首だけが浮いているように見えたのだ。

 ほどなく、落ち着きを取り戻したポンタスは窓からフレアを迎え入れ他の三人を呼びに行った。

 ローズはポンタスの部屋でのやり取りをフレアのイヤリング越しに寮の屋根の上で聞いていた。彼らの相手はフレアに任せ、ローズは他を当たることにした。彼らが運営する研究会の用具室が荒らされた手際を見るに、学校内に他にも外部との繋がりがある協力者が潜んでいるように思える。それが手引きをしたと考えるのが妥当だろう。

 フレアはポンタスを送った際、寮の門の傍に気になる馬車が止まっていたと言っていた。洗濯請負業者の馬車と言っていたか。洗濯や掃除の請負業者、荷物の配達人、これらの業者の馬車が街路に止められていてもあまり怪しまれる事がないため見張りのために使われることが多い。ローズ達は騒ぎの現場に出向いた際に度々見かけているため、それらは不審を募らせる存在となっている。

 寮の塀に沿うように走る外周道路がある。塀の対面は落ち着いた雰囲気の飲食店や商店となっているが、そこに光沢がある薄い茶色の塗装が施された馬車が止められていた。お仕着せを身に着けた御者が退屈そうに座っている。姿を消し傍で様子を窺う。近くの店に食事に出た主人を待っている体を装ってはいるが、彼の主人は帝都警備隊だ。空のはずの客車の中には同僚隊士が二人座っている。

「潜入捜査班?」ローズは声には出さず呟いた。

 任務は宝石密輸業者の摘発に向けた内偵捜査だ。

「ポンタス君たちは自分たちの用具室を調べているうちに予備の道具から宝石を見つけ出した」

 一人の隊士の中に深く入り込む。彼女は外部と通信中のようだ。彼女が中継となり相棒が内容を素早く書きとっていく。通信の相手は誰か。更に深く聴覚に侵入する。

「ちょうど寮の出口であったコンロ―先生と……」若い男の声、まだ少し口調が子供っぽい。その声はなぜか二つに重なり聞こえてくる。どういうことなのか。

「フレア」とローズ。

「はい、ローズ様」フレアの声がローズの頭蓋に響いた。こちらは普通と変わらない。フレアの聴覚を経由する少年たちの声だけが二重になっている。なるほどそういう事か。ローズは

「フレア、誰かが密かにその部屋へ通信器を仕掛けている。その部屋での会話は外に筒抜けになっているわ」

 その声を馬車の女が通信機越しに聞いている。

「えっ、誰がそんなことを……」フレアの嫌悪感が伝わってくる。

「仕掛けたのは警備隊の内偵調査班よ」

「えぇ!」今度は困惑だ。「内偵捜査ってこの子たちまだ学生ですよ」

「彼らに年齢なんて関係ないわ」

「それはそうですけど……」

「その寮の中にもあなた達の会話を聴いている人がいるようね。彼に事情を聞いてみるわ。あなたは先方に悟られないように平静を装っていて、彼らにもこれは言っちゃだめよ」

「はい」フレアの声が頭蓋に響いた。

 馬車の隊士に寮にいる同僚について訊ねてみた。彼らの同僚は新任の歴史担当の教師を装い潜り込んでいるようだ。


 マイケル・コンロ―はポンタス・ハンスが「塔のメイド」であるフレア・ランドールと知り合いである事を同僚から知らされてからは、いつかはこのような事態が起こるのではないかと感じていた。陽が落ちてから彼女が寮に押しかけ、東方武術研究会の関係者をハンスの部屋に集めた。何が始まるのかと思っていれば、目の前にアクシール・ローズが姿を現した。黒外套と頭巾という姿で現れるのは本当らしい。それも物語によくある様式に則って窓から入ってきた。小柄ではない体格に重厚な外套を纏っているにも拘わらず窓からゆるりと飛び込んできた。

「こんばんは、アクシール・ローズです。お見知りおきを」これも定番の挨拶と聞いている。

 コンロ―は彼女が長身の美形の女性であると聞いていたが、この装いでは頭巾から流れ出る艶やかな黒髪と真っ赤な唇しか確認できない。

「こんばんは、ここに来たということはもう俺の正体はもう知っているんだろうね」コンロ―はローズに尋ねた。

「警備隊保安課潜入捜査班トリッキー・バーンズさんですね。こちらではマイケル・コンローと名乗ってらっしゃる。どちらの名前を使えばいいですか」

 隠し事はできないのは本当らしい。

「マイケルの方でお願いしようか」

「はい、ではマイケルさんとお呼びしますね」

 通話は解放状態にしておく。それなら外でもこの事態は把握できるだろう。

「塔の主たる存在がわざわざ俺に何の用かな」とコンロー。

「実は相談を受けましてね」とローズ。「あなた方がつけまわしているポンタス・ハンスという少年ですが、彼はフレアの友人なんです。そんな彼の周りで最近奇妙な事件が続発している。どうにかしたいので手伝って欲しいと相談を受けたです」

「なるほど……」予想されていたことが起こるべくして起こったようだ。

「言うまでもなくこちらも捜査の一環だよ。現在我々はある宝石密輸業者を追っている。ある情報源からこの学校の関係者が何らかの形で関わっていると聞かされた。一人は先日亡くなったゲン・カタニナで他にもう一人いるようだが不明だ」

「それであなたがそれを探るためにここへやってきた……カタニナと関わりがある研究会の子たちにも監視を付けた。特によく外へ出るポンタス君の家は貿易も手掛けている」

「その通り、彼らについての嫌疑はもう晴れている。彼らは真面目な学生たちだ」

「そして、頭も切れて行動的、あなた達にはかなり役に立つ存在のようですね」ローズは口角を上げた。

「確かに……我々は彼らが動くのを後ろで見ているだけで多くの情報を目立つことなく手に入れることができた」

「そうでしょうね。カタニナの部屋を生徒たちとの訪問を装い訪ね、それに便乗して捜索する。用具室も彼らの手でもって検分させる。でも、それはそろそろお終いにしてもらえませんか。仕掛けた通信器を引き揚げ、彼らに平穏な学生生活を返してあげてほしいのです」

「それについてはこちらも依存はない。そろそろ捜査は佳境を迎えるだろう。学生をそれに巻き込むわけにはいかない」

「ありがとうございます」ローズは小首を傾げ笑みを浮かべた。

「加えて、君たちにも以後この件への手出しを手控えてもらいたい。この手の捜査は非常に繊細さが必要なんでね」

「わかりました」ローズは軽く頭を下げた。「そのように善処しましょう。お会いできて何よりでした。では、この辺でお暇します」

 ローズは目の前で手を振ると霧のように姿を消した。

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