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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 塔では日が暮れてからの一刻ほどが、人の寝起きの一時に当たる。用事や観劇などの用事があればひどく慌ただしくなることもあるが、何もなければゆっくりとした時間が過ぎていく。

「旧市街の港で男性の遺体が発見される」

 着替えや化粧などの一通りの身繕いと食事を済ませたローズは椅子に座って新聞に目を通している。

「誰か溺れた、だけじゃないですよね」

 それぐらいで記事になるのは名のある有名人に限られる。

「えぇ、全身にひどい暴行を受けた跡があり、死亡した後に海へ遺棄されたと見られる」ローズが記事の一節を朗読する。

「あぁ……処分に失敗した遺体ですか」フレアは顔をしかめた。案の定である。「安易に海に捨てちゃだめだと、聞いたことがあります」

「そう、下準備に手間を惜しんではだめ、あとで絶対後悔するって」とローズ。

 おそらく、二人とも情報源は変わらないだろう。

「穴を掘って埋めるにしても、よほど深く掘らない限りはその地の獣に暴かれます。あの連中は鼻がいいですからね。掘り返す力もあります」

「あなたでもそう思うの?」

「えぇ、わたしより敏感な獣もいて後をついて行ったらお肉が転がっていたってことが何度もありました。それで少し分けてもらって」

「分けてもらってって、それはただの横取りでしょ」ローズが呆れ声をあげる。

「そんなぁ、わたしも食べないとやっていけませんし」

「はいはい、わたしは十分な量の火種を遺体に送り込んで焼き払っていたけど、あなたはどうしてたの?」

「人は残らず食べてましたね」とフレア。「皮とか腸とか素材として使えそうな部位はありますが、さすがにばれると事ですから」

「それでも、ばれることはあったでしょ?」

「はい、昨日までいたのに突然姿を消すんですから無理もないかもしれません。他の獣と違って追いかけてもきますし……」フレアは遠い目をしてため息をついた。

「これだと、あの人たちもとばっちりで一波かぶるんでしょうね。珍しい事じゃないけど」


 ジャン・サルベリウスは石造りの隧道を思わせる校舎の廊下をランタン片手に歩いていく。窓から差し込むぼんやりとした月光のみが光源となり床を照らす。その先は闇となっている。

 警備隊を辞めて「聖リムレーン学院」の警備員の職に就いた折に、先任の警備員からいろいろとこの校舎や学生寮にまつわる怪談話を聞かされた。とりあえず、形だけは怖がっておいたが、サルベリウスとしては実体を持たない精霊などどんな姿をしていても恐怖は感じない。そんなものは生きている人に比べれば何の脅威でもない。

 警備隊時代は何度も神経をすり減らす事態に陥った。同僚の何人かが怪我を負い、命を失った。それに比べれば、ここでの面倒事は学生による無断外出や消灯時間を過ぎての徘徊などが大半だ。一番恐怖を感じたのは祝祭で羽目を外し、酔っぱらった上級生の介抱だったか。動けなくなった学生のために医師を呼ぶなどする大騒動となった。これについては毎年の事らしい。

 サルベリウスは体育館脇の用具室が並ぶ廊下で不審な光を見つけた。この廊下には夜は外から光が差し込む事はない。閉ざされているはずの扉が開いてそこから光が差し込んでいるか、他の誰かがランタンを手に歩いているかだ。

「こちらサルベリウス。体育館脇の廊下で灯火を発見」サルベリウスは支給されているゴルゲットで今夜の相棒であるアルバに声に出さず呼びかけた。通話魔器の扱いについては手慣れたものだ。

「こちらアルバ、俺もすぐにそちらへ向かう」

「了解」

 引き戸が閉じられたのだろう、光の多くは消え失せた。しかし、僅かに漏れ出す光が侵入者の居場所を示している。足音を控え、腰の鞘から武器を引き抜き、光が漏れ出している扉へと進む。

「これから扉を開く」サルベリウスはアルバに告げ引き戸に手を掛けた。

「了解」アルバの返答が頭蓋に響く中、サルベリウスは静かに扉を開けた。

 この時、サルベリウスは事を少し軽く考えていた。昼に忘れ物をした学生がそれを取りに来た程度だ。それはままあることで注意を促し帰らせることもある。

 だが、この時室内にいたのは黒ずくめで中背の三人の男達、明らかに昼の忘れ物を取りに来た学生ではない。開いた扉に反応し全員こちらを向く。三対一とは分が悪いが今更退くわけにはいかない。

「お前たち、そこで何をしている!」動揺を抑え、威圧的に声を上げる。

 最も近くにいた男が突進してきた。扉を封じるように立っていたサルベリウスは男を左右に避けることが出来ず、男の肩からの突進を正面から受けることになった。サルベリウスはその衝撃に耐えきれず転倒した。頭を強打し意識が薄れていく。

「サルベリウス!」アルバの肉声が聞こえたが答える暇もなく彼は気を失った。


 夜が明けて起き出した学生たちは速やかに身繕いを済ませ、朝食のため広い食堂に集まってくる。ポンタスも多少の眠気をまといつつ食堂へとやって来た。顔を合わせた友人たちと朝の挨拶を交わし、盆を取り給仕の列に並ぶ。鉢に入ったスープを受け取り、薄く切り分けられたパンを盆に載せる。このパンを見る度に厨房にいたフミを思い出す。彼女が作ってくれた温かく柔らかなパンが無性に食べたくなる。ここのパンは冷めているうえにパサついている。少しでも焼き目をつけることが出来たなら、いくらか美味しくはなるのだろうがそれもかなわない。

「おはよう」

 ポンタスがいつもの席に腰を下ろすと、向かい側にゼレンがやってきて席に着いた。次にフルトン、その後にジョンが現れ、斜め前と隣の席が埋まった。

 大半の席が埋まると生徒指導担当のハサウェイが現れた。朝の食事は彼の祈りの言葉と共に開始される。ハサウェイの動きに生徒たちの視線が集中する。彼が食堂の端に設けられた演説台に上がり、朝の祈りが終れば皆が揃って食事にありつける。

「さっさと朝飯といきたいが、今朝は伝達事項が一つある」とハサウェイ。「ゼレン・アクリプティカ、ジョン・グレイズ、ポンタス・ハンス、フルトン・マイタネン、この四名は食事が終わり次第教員室に出向いてくれ」

 ハサウェイの言葉を受け食堂がざわつく。彼ら四人を知る者が好奇の視線を送る。

「なんだ?」とゼレン。

「では、朝の祈りを捧げることにしよう」ハサウェイの声が食堂に響く。全員が胸元で両手のひらを組む。

「まさか、昨日の件じゃ……」とフルトン。

「あぁ……」ジョンがフルトンとポンタスへ順に目をやった。

「もううんざりだよ」

 ポンタスはフルトンの予想が当たらぬように強めに祈りを捧げておいた。


 朝食を済ませたポンタス達はハサウェイの指示通りに従い教員室へと向かった。教員室の前の廊下にはコンロ―がおり、その傍に地味な茶色でゆったりとしたウェストコートを羽織った中背の男が立っていた。短めの黒い髪でハシバミ色の瞳、目じりが下がり皺で一杯の中年男だ。

「おはよう、君たちよく来てくれた」コンロ―が四人を呼び止めた。

「おはようございます」

 彼らが挨拶をするとウェストコートの男も軽く会釈をした。

「彼はミキ・ハルキンさん。港湾南署の隊士さんだ」ハルキンが軽く手を上げる。「君たちに聞きたいことがあるそうで寮まで来られたようだ」

「よろしく」軽く頭を傾げる。

「カタニナ先生の事ですか?」とポンタス。

 彼については昨日十分に話したつもりだ。また繰り返しだとするとうんざりする。

「いや、今日は別件で君たちに協力をして貰いたくてね」ハルキンは穏やかな口調で話し始めた。

「昨夜、君たちが使っている用具室に賊が入ったようなんだ。そいつらは巡回中の警備員に発見されそこから逃走したらしい。被害は今のところ不明だ」

「えぇ!」全員が驚きの声を上げる。

 祈りは効いたようだが、これは少し違うような気もする。

 朝食のために食堂に向かう途中で、制服隊士を数人見かけたのはこのせいだったのかと、ポンタスは思い至った。たまに外でもめ事や悪さをした学生を探しに警備隊から隊士がやって来ることがある。てっきりそれだと思っていた。

「それで部屋はどんな具合ですか。何か被害はありますか」ジョンが勢いよくハルキンに詰め寄る。

「賊は何もしないうちにここの警備員に見つかったらしい」ハルキンはジョンをなだめるように両手を上げる。

「その際もみ合いになって彼は転倒して頭を強打し気を失った。病院に運ばれることになったが、無事目覚めて意識もしっかりとしている。今は大事を取って静養中といったところかな」

「それじゃ被害は……」

 この回答には少し間が開いた。ポンタスは息を止めハルキンの返答を待った。

「我々にわかるのは不法侵入と彼に対する暴行ぐらいだが、他は何も掴めていない。そこであの部屋を使っている君たちに何か被害はないか確かめてもらいたいと思ってね」ハルキンは口角を上げて頷いた。

 皆が安堵の息を漏らすが、不安も湧き上がる。

「それを手伝ってもらっていいだろうか?」とハルキン。

「それぐらいなら」とゼレン。

「お手伝いしますよ」ジョンが答える。

 ポンタスとフルトンも頷いた。

 軽く笑顔を浮かべ応じはしたが、ポンタスはそれが引きつって見えないか気になった。ここ数日は犯罪がらみの騒ぎばかりでうんざりだからだ。

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