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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第8話

「お前はキハチのことをはどう思う」ウィルマンは隣に座っているピリショキに訊ねた。

 フレイベル家を出て二人はすぐ傍の公園に立ち寄った。屋台で茶を買い、それを手に木製の長椅子に座った。その甘さを堪能しつつ、今の状況を整理する。

「ダミアンさんを絞殺したのが奴だとしても、他の二件と絡めるのは無理があるな。事件があった時間帯は奴を含めて使用人全員が食事の準備に給仕、後片付けで忙しくしている。それが落ち着いてから自分たちの食事だ。とても外に出る暇なんてない。事件は個別に考える必要があるんじゃないか」

「実行犯は少なくとも三人、もしくはそれ以上と考えるべきか」とウィルマン。

「あぁ、それなら手口がばらばらなのも頷ける」

「上からの指示であてがわれた標的を殺害する。キハチも他の二人と同様に事故を装うなどしていれば逃げ遂せることができたかもしれん」

 つまらない出来心は別としても、それは一瞬明快な推理だと思われたが、すぐにほころびが目についた。繕いようの無い大きな穴だ。

「二件目の違和感はどうなる。声明文の内容からすれば犯行後もあの屋敷に留まらなければならない」

「それは……」ピリショキは琥珀色の温かな茶を見つめた。

「ダミアンさんの事件と同様にあの屋敷の中にもベレロフォンの仲間がいた」ピリショキは軽く手を打ち、口角を上げた。

「そいつはキハチのように迂闊な動きはしなかった。自分にあてがわれた役に徹して犯行の後も芝居を続けた」

 この説だとローズがウィルマンに嘘をついていることになる。それを受け入れてもまだ疑問は残る。

「それなら、後での口裏合わせを知っていても頷けるが、どうして声明文まで口裏を合わせる必要がある」

「うっ……」

「自分の犯行と主張するなら真相を告げた方がよくないか」ウィルマンはピリショキに視線を投げた。

「そうだな。あの家の誰かが真相を口にすることがあれば、ベレロフォンの企みは台無しになりかねない……か」

「そうなんだ。けど、なぜか奴は黙っていて彼らの主張をなぞるだけだ。それが引っ掛かって仕方がない」

「まさか真相を知らないってことはないよな」とピリショキ。

「それもおかしくないか。例の声明文が発送されたのは新聞発表の前日だろう。その発表さえ詳細な点は省かれ前夜に事故により死去程度の簡素な記事だ。あの内容はその場にいなければ書ける内容じゃない」

「やはり、順当に考えればあの家の使用人か……」

「……あぁ、待ってくれ」ウィルマンは突然のひらめきに手が揺れてカップに入った琥珀色の液体が大きく波打つ。

「いるじゃないか、あの時点で真相はともかく口裏合わせの内容を書けた奴が……」

「誰だ?」

「俺達だ……あの件は通報を受け、クオファラ家に出向いた隊士が、アレックスや彼の使用人から聞いたままを記録し調書にまとめた。あの時点では単なる気の毒な事故だった。誰も不審に思ってもいない」

「おい!」ピリショキは声を荒げた。「それはあまり突飛過ぎないか」

「あぁ……かなりな」とウィルマン。

「少し落ち着け、それに話もおかしくなってきてるぞ。犯人はどこに行った。それにお前は俺達の中の誰かが、クオフォラ家に忍び込んで婆さんを殺した犯人とつるんでると言っているのとかわらないぞ。よく考えろ」ピリショキはウィルマンの目をじっと見つめた。

「そうは言っていない」

 答えたウィルマンにはピリショキの顔は見えていなかった。深い意識の淵から浮かび上がった思考の断片が凄まじい勢いで組み合わされていく。これが真相に違いない推理は確信へと変わっていく。

「ベレロフォンだ。あのベレロフォンを演じている奴が俺たちの近くにいる」

 ウィルマンは長椅子から静かに立ち上がった。そして、前へ歩き出した。何かに夢中になっているようにおぼつかない足取りだ。それを目にしたピリショキも慌てて席を立ちウィルマンを追いかけた。


 日暮れと共に外へと出て行ったローズだったが、今夜は一刻程で塔へ戻って来た。ベランダから居間へと通じる扉を開けて入ってくるなり、外套を脱ぎ始める。仮面の下は寛いだ笑顔だ。

「今夜はお早いお帰りですね」フレアは外套などを受け取りつつ声をかけた。

「えぇ、もう真相は明らかになったわ」とローズ。

「後はウィルマンさん達のお手並み拝見ってところね」

「やっぱり、あの使用人がベレロフォンだったんですか?」フレアは軽く探りを入れてみた。

「あぁ、あの男は無関係よ。解決の役には立ったようだけどね」

「じゃぁ、誰がベレロフォンだったんですか?」

「あなたの考えが正しかったのよ。舞台の外でベレロフォンの再演がみられるとは思わなかったわ」

 あなたが正しかったと言われても、フレアは事件について推論を述べた記憶などない。

「そんなこと言ってないで教えてくださいよ」

 はぐらかされてなるものかと食い下がる。

「まぁ、近いうちに発表があると思うからそれまで待ってなさい」

 ローズはそれ以上フレアに取り合うこと無く居間を出て階下へ降りて行った。


 近いうちに発表があるというローズの言葉を頼りに待って二日が経った。発表というからには警備隊からの公式発表を指しているのだろう。それが載せられるとすれば新聞だ。塔に新聞が来るのは昼過ぎの事だ。フレアはそれを待ちきれず外へと出た。新聞を求めて近くの食堂などを何件か訪ねた。二件目のトムの店でベレロフォン事件の関連記事が載った新聞を発見した。店で取っている物のためだろう、回し読みされたせいで紙面はかなりがよれてしまっている。

 フレアが新聞を借りると興味を引かれた男達が数人傍に寄って来た。

「また何か調べているんですか?」

「あぁ、そうだ。ベレロフォンでしょ」

「当たり!」

「そういえば、最初はローズさんが絡んでましたね」

「あぁ、あれは本当に偶然なんだけどね……」

 フレアは居合わせた男達と共に記事を読み始める。

「ベレロフォン事件、逮捕された使用人は嫌疑なしで釈放か」との見出しが付いている。

「あいつ犯人じゃなかったんですか」

「ローズ様も彼は殺人には無関係って言ってたわね」とフレア。

「それなら、確実か」

「じゃぁ、捜査は振り出しに戻る?」

「ううん、ローズ様は真相は明らかになったとか言ってらしたけど」フレアに男達の視線が集中する。

「あぁ、もうローズさんは犯人を知ってるってことですか」

「誰なんです」

「何か聞いていませんか」

 男達が好奇心に目を輝かせ迫ってくる。

「そんなのわたしが知りたいんです。ローズ様はまったく教えてくれなくて……」

「なら、仕方ない。もう少し待ちますか」一人が呟いた。

 他の男も力なく頷いた。

 フレアも諦めの溜息をついた。



 フレアが近所の男達と新聞を覗き込み不満を漏らしていた頃、湾岸中央署の裏口では署から出て行くキハチの姿をウィルマンとピリショキが眺めていた。キハチの両脇には制服隊士がついている。右側の隊士がキハチの手鎖を開錠し、両腕の拘束を解く。その際何かが擦れたのか、キハチは顔をしかめた。だが、それも一瞬の事で邪魔な手鎖を隊士が回収し目の前から消えてなくなると、自由になった事を確認するように手首をさすり両腕を軽く胸の前で動かした。満足そうな笑顔を浮かべている。

 対照的に脇にいる隊士は不満気に後ろにいるウィルマン達に視線を送る。ウィルマンはそれを無言で受け止めた。 

 解放されたキハチは悠々とした足取りで歩き出し、裏口に待機していた貸馬車に乗り街路へと去って行った。キハチを見送った隊士はもう一度ウィルマンに視線を投げた後、署内に戻っていった。ピリショキがウィルマンの背中を軽く叩き頷きかける。二人も少し間をおいて署内へ入っていった。

「本当にジセイを釈放したんですね」裏口から二階へ上がる階段の下にコラビが立っていた。

「そうだ。残念ながらね」とウィルマン。

「どうしてですか。彼の容疑は十分に硬かったはずでしょう」

「そう思っていたんだがね、上から釈放しろとのお達しだ。彼をベレロフォン事件の犯人とするには嫌疑不十分だとさ」

「しかし、彼は父の書斎に入ったことと麻雀牌を盗んだ事も認めているんじゃないですか?」

「確かにその通りだ」とウィルマン。「だが、これ以上の勾留は認められない……らしい」

 ウィルマンはそれだけ告げると二階へと上がっていった。


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