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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第6話

 フレイベル家から使用人の一人が姿を消していた。姿を消したのは一か月ほど前に屋敷に入ったジセイ・キハチという男で、ダミアンの遺体が発見時の混乱状態を縫って屋敷を出たと見られる。ダミアンの殺害がキハチの犯行だとすれば、ベレロフォンは屋敷に一か月に渡って潜んでいたことになる。警備隊はキハチの行方を追うと同時に他の二件との関連を追っている。

「また来たのか。あんたも物好きだな」ウィルマンは部屋の戸口に立つ長身の女に声をかけた。今夜も無言の訪問は変わらないが、姿は隠そうともしてしない。

「それがこの世で長く健やかに過ごす秘訣です」とローズ。

「なるほど、参考になるね」

「あなたもこんなところでゆっくりとしていていいんですか?」

「ふん、警備隊隊士にも休養は必要だよ。いつまでも立ってないで座ったらどうだい」ウィルマンは対面に置いてある椅子を指差した。

 ローズは椅子に音もたてず動き面前に腰を掛けた。

「ベレロフォンの件なら、捜査に当たる隊士が大幅に増員された。今は彼らが当たっている」

「三件目が起こったせいですね」ローズの口角が上がる。

「その通り……ん、その件はまだ新聞発表はされていないはずだぞ。どうして知っているんだ」

 犯行声明が出たのは今日の昼のことで、この件についてはまだ報道を控えるよう要請を出してある。

「あぁ、それは……」

「誰かが漏らしてるな。まぁ、俺も変わらんか」

「犯人の目星はついているんですか?」

 人の意志が読めると聞くローズならわざわざ尋ねるまでもないだろうにと思いながらもウィルマンは口に出し答えた。

「使用人が一人消えている。そいつなら問題なく犯行が行えるだろう」

「でも、あなたは納得できないでいる」

 やはり、読まれている。

「そうだよ。確かに奴なら屋敷内で怪しまれることなく動くことも、書斎に出入りすることもできた。到着した手紙を渡す事を口実にダミアンさんに近づくこともできただろう。あの人も手紙に関心が移り油断もするだろう。何しろ、目の前にいたのは使用人で、その彼が自分を襲ってくるとは思いもしない」

「加えて姿まで消している」

 隠し事が不可能という噂は本当のようだ。

「それでなお、あなたが納得できない理由は何ですか?」

「勘かな……」

「勘!」僅かにローズの仮面が揺れた。

 この反応は意思が読めないウィルマンでも意味はわかった。答えに呆れているのだろう。ピリショキや他の同僚なども同じ反応を示す場合があるが、この勘に何度も助けられている。簡単に捨てることは出来ない。

「これまでのベレロフォンの犯行は見事だった。犯行声明が出なければ誰も殺しとは疑いもしないだろう。最初は悪戯だとだれもが思っていた。それが三件目はこの始末だ」

「それはベレロフォン自身がわかりやすくと宣言をして」

「あぁ、確かにそうだ。ふざけたことに声明文には「これでベレロフォンが実在すると認めてもらえるだろうか」と書かれていた。まったく頭にくる。だが、やり過ぎだと思わないか」

「やり過ぎ……」

「封筒は置いたまま、麻雀牌を盗み出し、犯行後すぐさま行方をくらます。せっかく、一月いて警戒心を解いたのなら少し待ってから自然に出て行った方が無難だろう。その方が外部犯行説に流れやすい」

「……それであなたはその使用人の他にベレロフォンがいるのではないかと考えているのですね」

「そうだ。麻雀牌を盗んだのは奴だとしてもな」

「ベレロフォンは別にいる」

「そう……キハチが見つかれば事が動くかもしれない。俺は奴が何かを見てはいないかと期待をしているんだ」

 ウィルマンは椅子の背にもたれ込み大きく息をついた。



 今回の事件では商工会に蛇の紋章、次は使用人のキハチと重要な焦点が変化していく。ローズはどれも中途半端で離脱し、他を当たっているうちに先を越される形になっている。警備隊がそれぞれを地道に追っていけるのも臨機応変に人材を投入できる組織の強みか。

 ローズはウィルマンの部屋を出て、上空で次に打つ手を考えた。三件目のあらましはウィルマンから聞くことができた。フレイベル家からも一通り話を聞く必要があるだろう。

 フレイベル家の所在もウィルマンから入手しておいた。屋敷の屋根に降り立ち内部を探ってみる。先の二件と違って明確に殺人ではあるが、それでも誰も事実を信じられずにいるようだ。キマイラなどいう犯罪組織など知る由もなく、到底受け入れることは出来ない。ダミアンの妻は警備隊がいる間は気丈に振る舞っていたが、今は疲れ果て医師にもらった薬を飲んで深い眠りについていた。使用人達は降って湧いた事態に動揺し眠れないでいる者もいる。ダミアンは検死のため病院へ送られ、それが完了すれば教会へと向かう予定だ。西にいる長男へは至急の知らせを送ったが、葬式に間に合うかは微妙なところだ。それまでは執事と次男のコラビが事を仕切るようだ。コラビは遺体の第一発見者である。彼はダミアンに絡んだ雑事のために外に出ている。後で様子を見に行くことにしよう。

 次はキハチについて訊ねてみる。三十歳手前の男で紹介所を介してフレイベル家にやって来た。少々軽い雰囲気はあったが、西でも商家で仕えた経験を持っているとの触れ込みだった。その触れ込み通り大概の仕事はそつなくこなし、執事のワルタリに認められていた。性格も穏やかで人当たりもよく使用人仲間にもうまく溶け込んでいたようだ。誰もが信じられないと感じているようだが、キハチがベレロフォンなら当たり障りなく振る舞うのは当然の事だろう。

 フレイベル家を出たローズはコラビと会うために執事から聞き出した病院へと向かった。しかし、そこにコラビの姿はなかった。ダミアンは遺体安置室に設けられた棚の一つで横たわっていることが確認できたため、ここで場所については間違いない。改めて、病院に詰めている警備員に訊ねるとコラビは一度屋敷に戻ることを病院側に告げ、外に出て行った。しかし、フレイベル家に彼の姿はなかった。行き違いになってしまったのか。

 もう一度フレイベル家に向かい、居なければ彼が立ち寄りそうな場所を訊ねてみるか。朝までの時間は限られている。無駄には出来ない。病院の上空で思案する。

 今の時間からできそうなことをと考えを巡らせるうちにローズはクオフォラ家の住人からくわしい事情を聞いていなかったことに思い至った。

「そんな馬鹿な……どうしてそんなことに……」

 記憶を手繰ってみる。あの日はフレアと屋敷の屋根で合流した。家族と使用人に軽く状況を当たっているうちに警部隊士のウィルマンを発見した。それで彼を屋敷から呼び出し外で話すことになった。

「そうか……」

 ローズは迂闊にもウィルマンからの情報だけで満足してしまっていた。

 あの日は家人たちの深い悲しみで屋敷内は溢れかえり、ローズは彼らを嫌疑なしとみなした。そこでウィルマンの見立て通りの侵入者による犯行という説を多少の引っ掛かりはあったものの受け入れた。そして、その場は警備隊に任せ、次は彼らに先を越されぬようにと蛇探しに向かったのだ。

「冷静にならないとだめね」

 今回は目が覚める度に事件が動いている。それに追いつくためにと焦ってしまったか。

 クオフォラ邸に到着したローズは改めて邸内の意識を走査した。真夜中も過ぎて未明に近づいているとあって家族も使用人も全員深い眠りについている。そして、事の成り行きに疲れ果てているようだ。第一発見者である主人のアレックスを見つけ出し早速、倒れているローラを見つけた際の詳細を聞き出してみる。

 正装で髪も整えたアレックスが床に横たわる寝間着姿のローラの元へ駆け寄る。母親の様子を確かめつつ人を呼ぶ。駆けつけた妻や使用人も皆今すぐにでも外に出かけられる装いだ。

 どういうことか、ウィルマンによると彼は書斎で書類の整理中に物音を聞きつけ、階段の下でローラを発見したと供述しているはずだ。それは夕食なども落ち着き、皆が自室に引き揚げてからの事だったという。では、あの服装は何か。何か明確な齟齬がある。それを隠すために偽りの供述をしたということか。

「なるほど……」

 引き続きアレックスから事情を聞きあの夜の出来事の真相が見えて来た。彼らにはローラの死を少しの間でも隠す必要があったようだ。だが、なぜかそれをベレロフォンは口にしない。なぜ、ベレロフォンまでがアレックス達、クオフォラ家が作った筋書きに乗っているのか。まだまだ、先は長そうだ。


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