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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話

 鎌首をもたげる蛇の意匠を掲げるフレイベル家でも「ベレロフォン」の件は話題になっていた。クオファラ家を襲った悲劇とその犯行声明について報じ、注意喚起がなされた新聞も読まれ、まだ食堂のテーブルの上に置かれている。

 だが、それを我がことと受け止めるのはまた別の次元の話となる。「ベレロフォン」騒ぎの渦中にあっても当主のダミアン・フレイベルは自分が対象となるとは思ってもみなかった。彼の家は商家ではなく代々警備隊関係者だった。彼もそこそこ出世をすることはできたが、目立つ不正を働いたことはない。まだ若く外回りの隊士だった頃に街の酒場の厨房でこっそりただ酒を振る舞って貰っていたぐらいか。

 彼の身を案じて以前の部下から注意を促す連絡が入り、警備のため人員の派遣の打診も届いていたがダミアンは穏やかに断りを入れておいた。まがりなりにも元警備隊幹部である。キマイラなる正体不明の犯罪者集団との関りを噂されたくはないとの思いも大きかった。

「第一発見者は君か」

 殺人事件の現場となったダミアンの書斎の前の廊下でウィルマンは事情聴取を始めた。室内では他の隊士が犯行の痕跡を求めて忙しく動いている。

「はい、僕です」金色の髪の青年が答えた。

 第一発見者はこの日所用で実家であるこの屋敷を訪問してきた息子のコラビである。コラビ・フレイベルはウィルマンと同様に湾岸中央署に所属する事務方の職員でもある。

「一緒に居たのは執事のワルタリと家政婦のヴァラです」コラビは背後に控えるお仕着せの男女を手で示した。

 紹介を受けた中年の男女が無言で軽く頭を下げる。二人の表情に強い恐怖がうかがえる。

「で、被害者はあのダミアンさん……やりきれないな」ウィルマンは深いため息をつき肩を落とした。隣にいるピリショキも信じられないというように首を横に振る。

 二人がベレロフォンによる三人目の犠牲者が出たとの報を受けたのは、外での聞き込みを一通り終え、署に戻り書類整理をしていた昼過ぎの事だった。フレイベル家の名とその所在地を耳にして署内は騒然となった。何かの手違いであることを期待して

フレイベル家の屋敷へとにやって来た。淡い期待は裏切られ、使用人に案内された部屋に横たわっていたのは当主の彼らの元上司ダミアン・フレイベルの絞殺体だった。

「コラビ、君は家を出ていたのか」ピリショキが訊ねた。浅黒い肌の男で縮れた短い髪、背はウィルマンよい頭一つ分高い。

「えぇ、署の近くに部屋を借りています」とコラビ。

「今日はどうして実家に?」

「父と話をするためです。ここに住んでいるなら誰でも知っていますが、僕は今ある女性と付き合っていまして結婚も考えているんですが、中々許してもらえません。今日は非番でしたからその件で訪ねてきました」

 ピリショキが後ろの二人に目をやると彼らは無言で頷いた。

「なるほど、ではダミアンさんの遺体を発見した経緯を話してもらえないか」

「えぇ、ここに来たのは昼食の時間の少し前でした。屋敷の玄関広間でワルタリの出迎えを受けて、二人で書斎に向かいましたが、廊下を歩いていると焼きたてのパンのいい匂いが漂ってきてつい、そちらに……」コラビは僅かに肩をすくめ、廊下を挟んで向かい側にある広間を指差した。

 開け放たれた両開きの扉の中には横長の巨大なテーブルとそこに添えられた椅子の列が見える。

「ちょうど、ヴァラが昼食の用意をしているところでした。小腹すいていたのと、話を切り出すことにも少し迷いがあって……僕はその中から幾つか貰って彼らと話をしながら食べていると不意に廊下から物音を耳にしたんです」コラビが顔をしかめた。

「あなた方もそれを聞きましたか?」ウィルマンは使用人の二人に交互に視線を投げかける。

「わたしはあいにく何も……」ワルタリが自信無げに横に首を振る。

「わたしも……」とヴァラ。

「僕もいつもなら気にもしないのですが、今はベレロフォンのこともあるので用心のために父の様子を確かめることにしました。どの道、僕が訪ねることになるから気遣いは無用だとワルタリに声を掛け、三人で書斎に向かいました」とコラビ。

「警備は断ったけど、あれでもベレロフォンの件は気にしていたようでした。ただ、体面の方が前に出て、こんなことになるなら無理にでも警備の人員を回してもらうべきだった」

「それはご本人の意向だったから仕方ない」

「はい」

「それで物音が気になり書斎を確認するとダミアンさんが倒れていたというわけか?」

「はい」

「部屋の鍵はどうだった?掛かっていたか?」

「いいえ」とワルタリ。「何度か扉を軽く叩いてお声がけをしたのですが、返事がなくことわりを入れてから扉を開けました。その際には鍵は掛かってはおりませんでした」

「父はいつも自分が中にいる時は鍵を掛けることはなかったですね。ただ、無言で開けるとひどく叱られるので、みんな事前に声を掛けることを徹底していました」

「あぁ、俺もうっかりあの人の部屋に無言で入って怒鳴られたことがある」とピリショキ。

「反応が無く入ってみてどうでした?」

「静かに扉を開けてみると、旦那様は机の傍の床でうつ伏せで倒れておられました。首には赤い紐が食い込み紫色になって、三人で大急ぎで介抱したのですが……」ワルタリは言葉を詰まらせた。

「既にお亡くなりになっていました」ヴァラが言葉を繋いだ。「背中にはあの封筒が置かれていたので大急ぎで警備隊にお知らせをした次第です」

「ありがとうございます」

「こちらはあらかた終った」ウィルマンの頭蓋に声が響いた。「入ってもらって結構だ」

 声と共に書斎からつなぎの作業着姿の男女が連なって出て来た。髪は後頭部で結い上げられ頭巾で包み込まれている。髭のあるものは同様に覆い隠している。

「了解」

 彼らは無言で軽く頭を下げ玄関へと向かっていった。

「さてと、ワルタリさんこちらへ来て頂けますか」ウィルマンは書斎を手で示した。

「……はい」歩き出すウィルマンに若干戸惑いながら彼はついていった。

 犯行当時から無くなったのはダミアンの遺体のみで他は手を付けずそのままにされている。

「あなたから見てこの部屋から無くなった物や逆に増えた物はありますか」ウィルマンは隣にやって来たワルタリに訊ねた。

 彼は床に白いリボンで描かれた人型に息を飲み視線をそらした。その後に室内を仔細に眺め始める。

「あぁ……今気が付きましたが」ワルタリは顔をしかめ書き物机を指差す。「机の上の封筒、あれをわたしは届けてはいません。封も開けられていないのは妙な気がします。ダミアン様はわたしから受け取るなり封を解くような方でした。傍にナイフが無ければ手を使うこともためらわない」

「それなのに置かれたままなのはおかしいと」

「はい、ただの気まぐれかもわかりませんが……他には」更に首を回し部屋を眺める。「……あぁ!そこに翡翠の牌がありません!」ワルタリは壁際の棚を指差した。

「牌?」

「麻雀と言う東方の絵合わせゲームがありまして、牌はそれに使う駒のような物です。ご友人の……」その名前は失念したか言葉に詰まる。「ご友人からの贈り物です。その方も含めて時折四人で応接間でゲームに興じられておりました」

「翡翠の細工物となれば高価な物でしょうね」

「はい、落ち着いた薄碧の品でしたので間違いないと思います」

「他に何か気づいたことはありますか?」

「それ以上は特に……」

「ハンネ」ピリショキの声が頭蓋に響く。

 彼は書斎の外で引き続きヴァラから事情を聞いていた。

「彼女によると昼食の準備が始まってからは誰も書斎には入っていないだろうという話だ。彼女もずっと戸口を見ていたわけじゃないが、書斎に入る時は必ず名乗らないといけない。うっかり開けてダミアンさんと顔を合わそうものなら怒鳴られる。どちらにしても昼食の準備をしている彼女の耳に入ることになる」

「それなら、犯行はその前か。犯人はその前に必要な手順を踏んで書斎に入った」

 ウィルマンは机の上に置かれた封筒に目をやった。犯人は思いのほか近くにいるかもしれない。

「ワルタリさん、失礼に当たるのは承知のうえですが、使用人やご家族で怪しい行動を目にしたことはありませんか」

「そのようなことは……」質問の不快さからだろう、ワルタリはあからさまに顔をゆがめた。

「あっ、そういえばジセイはどこに……」とワルタリ。

「ジセイ、それは何者です」とウィルマン。

「一か月ほど前に入った使用人です。主に掃除や庭の手入れなどの他雑用などをやらせています」ワルタリが答える。

 書斎から飛び出し、ヴァラの元へと走った。

「ヴァラ、ジセイはどこだね。何か使いは頼んでいないか」

「いいえ、昼前から彼の姿を見ていないような。あなたはどうでしたか」ヴァラはワルタリに目をやった。

「いや、わたしもだ。外への使いには出していないはずだが……」

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