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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第8話

 オデータを始めとする捜索隊はディアスが放つ光弾の輝きに背中を押されるように船倉の扉へ向かい走り出した。その光が届かなくなった後も手にしたランタンを頼りに出口へと向かった。彼らに幸いしたのはこの施設の単純な作りだ。出口までの一本道を全員で声を掛けつつ遡り、船倉の扉から飛び出した。そこで一度全員が立ち止まり、逃げ遅れた者がいないか点呼を取る。人数を確認し、互いの顔に目をやり再度無事を確認する。騎士団と警備隊双方とも共に人員に不足はないようだ。オデータはその言葉に安堵の息をついた。

「何があった、オデータ?」

 最下層まで降りて指揮にあたっていたギワラシが慌ただしく飛び出してきたオデータの元に駆け寄ってきた。

「ギワラシ殿、これより先は何者かが作り出した魔物の巣となっております」

  オデータは扉での出来事とディアスからの指示をギワラシに伝えた。

「それは……で、帝都からのお三方は……」

「船倉の奥にて魔物の殲滅に当たっておられます」

「お三方自ら魔物の足止めに当たっておられるということか……」

「はい、俺はここであのお三方の帰りをここで待つことにします。それから魔導師殿よりカシロ様への伝令があります」

「帝都の魔法院への援軍要請をお願いします。内部の施設を封印し、この船体から切り離す必要があります」

「了解だ……そこの二人」ギワラシは近くに立っていた騎士を指差した。「お前たちはすぐさま城塞へと戻り、カシロ様にここでの出来事を伝え、腕の立つ魔導師殿の手配をカシロ様にお願いしてくれ」

「了解です」二人は甲板へと上がっていった。

「我々で援軍に向かうことはできないのか……」

「……残念ながら、我々では足手まといになりかねません」

「……では残りはここであのお三方の無事を祈り待つとしよう」とギワラシ。「……と、その前にここで何かあると事だな。辺りを片付けるとしよう」

 手分けをして収納庫を壁に寄せ、がらくたを拾い上げ扉の前の床が見えるように片付け始めた。

 作業を始めて幾らもしないうちに階段を降りて来る足音が聞こえた。階段口から姿を現したのついさっき城塞へと伝令のため送り出した二人の騎士だった。

「お前たち、なぜ帰って来た」ギワラシは二人を睨みつける。

「あっ……ちゃんとお知らせしましたよ」一人が慌てて両手を左右に振る。

 背後からの気配に素早く階段口から出て脇に体を寄せた。次に現れたのはカシロだった。

「ギワラシ、ご苦労、話はこの二人から聞いている。そして、この船で起ったことについても承知している」

 居合わせた者たちがお互いに礼を交わしつつ話を続ける。

「お前たちが魔導師殿と共にこの船に突入した後に、ここに居られるネブラシアからの特使殿が参られてな、わたしも事のあらましと今我々が置かれている現状を知ったわけだ」

 カシロは共に階段口から出て来たネブラシアからの特使であるドルクら三人をオデータらに紹介した。紹介を受けたドルクは代表してオデータ達にここまで来た経緯を説明した。

「なるほど、この奥の施設でそのようなことが行われていたとは……それで施設内の惨状に合点が行きました」

「魔導師殿のご助力には頭が下がる思いだが、あの方々はまだ中におられるのだな」とカシロ。

「はい……」とオデータ。ディアスから借り受けたゴルゲットからの声に耳を傾ける。

「現在、施設内に潜む魔物と交戦中と思われます……」


 扉の先にある天井の高い大広間は、建築時には多数の実験体のための培養槽を備えた研究施設だったに違いない。それが何らかの事情を経て魔物の巣となった。その痕跡は壁際と天井や培養槽の傍に残る黒い殻が示している。

 現在彼らの目の前にあるのはディアスが発した目もくらむほどの数の光弾によって破壊し尽くされた瓦礫と黒々とした肉塊が転がる広間だ。あまりに細かく打ち砕かれ山となることもなく大広間に転がっている。原型を留めている物は何もない。残っているのは培養槽の基礎部分だけだ。培養槽の裏に隠れようとしたのか、ちぎれた魔物の一部が見受けられる。外骨格に覆われた胴体の破片と細い鉤爪が付いた腕が破片と共に転がっている。ディアスが木っ端みじんに殲滅してしまったため魔物の容姿を目にすることは出来なかったが、アトソンはその断片から推測して虫に近い存在であったであろうと推測した。

「生き残りは正面の魔導師だけですか」ディアスの声が頭蓋に響いた。

 魔導師らしき人影は隠れることなく瓦礫の広間の中央に立っている。漆黒の魔導着に頭巾、顔はその闇に隠れているために離れた位置からは人型の黒い影にしか見えない。その中で目だけが炎のように赤く輝いている。

「はい、さっきの攻撃で残らず消し飛んでいます」

 ディアスの巻き起こした光弾の嵐に姫でさえ引き気味になっていたことは名誉のため告げないでおく。

「いや、待ってください」

 魔導師の口元にも火が灯る。それは細い切れ目のようで、酷薄な笑みのようにも見える。

「急速に気配が増えていく。体内で何かが激しく分裂しています」とアトソン。

 魔導師が内包する気配から感じられる敵意が三人へ向けられる。

「来ます」

 漆黒の魔導師が床から浮かび上がり両手を広げる。魔導師の全身が歪に膨らみ、そこから黒い球体が出現し、勢いよく広間へ弾け飛んだ。球体は黒い粘液に包まれ、それが天井や床、壁に取りついた。次に砕けて中身が飛び出す。現れたのは蛇の身体を持つ蠍と言ったところか。床と壁を這い三人の元へやって来る。

「雑魚はこちらで引き受けた」ディアスと手元に紫炎を頂く杖が現れる。

「君たちはあの魔導師の面倒を見てやってくれ」

「了解」

 アトソンとユーステッドが魔導師への接敵を開始する。ディアスが二人に向かう魔物を光弾により殲滅する。光弾を受けた魔物はその場でばらばらに弾け飛ぶ。ディアスの援護を受け突進したユーステッドが、床に着地した魔導師の腹に戦斧キントキの分厚い刃の一撃を食らわせ、次いでアトソンが月下麗人で左袈裟懸けを浴びせる。膝を着く寸前に側面から魔導師の胸部をディアスの光弾が貫いた。魔導師はあっさりと膝をつきうつ伏せに倒れた。

「終ったか、それはないよな……」とユーステッド。「残念だが」

「わかってるじゃないか、まだだよ」

 アトソンの声と共に倒れた魔導着の背を突き破り三対の黒い脚が飛び出した、それは腹ばいの体勢をとり素早く這い進み、首を伸ばし蛇のように口を大きく開けアトソンに襲い掛かった。

「正に蛇蝎だな」

 アトソンは迫る牙を右に避け、再度迫って来た人の面影が残る鎌首を月下麗人で切り飛ばした。

「それは蛇と蠍に対する冒涜だよ」

 ユーステッドは床に転がり落ちた頭部をキントキで叩きつぶす。

 潰れた頭部から細かな脚が生えた身体へと戻っていった。こちらは潰れた人の頭を持つ蛸のようだ。断ち切られた首から触手が伸び、潰れた頭部を抱え上げる。魔導師の姿をしていた魔物は頭を修復した後、身体を膨らませ、その体格を巨大化させた。湧きたつ泡のように黒い体は凄まじい速さで成長を遂げ、外骨格を形成していく。ほどなく元魔導師は見上げるほどの蛇の鎌首を持つ蠍となった。

「きりがないな」

「弱点はないか。体を制御している核を見つければあるいは……」

「全体がそれです」とアトソン。「無数の個の集合体、その意思を一つの意識が制御している。一つがやられても他が補い、限りなく増殖する」

「何か手はないのか」とユーステッド。

「体細胞の一つづつにくまなく火種を送り込み、逃さず一気に焼き尽くすほか手はなさそうだ」

「ディアス殿できそうですか」

「ここでは狭すぎる。やむを得ん、我々も退くとしよう」

 ディアスの周囲に一抱えはありそうな光弾が出現した。

「いくぞ」光弾が魔導師めがけて飛んでいく。損傷は軽微だが、蛇蝎は光弾の圧力に押されて後ずさる。

「今の隙に外に向かって走ってくれ」

 指示に従いアトソンとユーステッドは踵を返し扉へ向かい走り出した。ディアスもも後に続く。

 三人が通路に飛び込むと蛇蝎も彼らを追い、通路への進入を試みた。しかし、巨大化しすぎたためか、入り口で立ち往生することとなった。何度か硬い体を使い、通路の入り口で力任せの体当たりを繰り返した。

 だが、すぐに解決策を思いついたようだ。外骨格で覆われた脚を体内に収め、通路を満たす程度の大蛇へと姿を変えた。頭部の下に鉤爪を持つ小さな腕を生やした奇妙な蛇だ。

「まったく、何て奴だよ」アトソンが言葉を吐き捨てる。

「足止めの策はないのか」走りながらユーステッドの声が聞こえた。

「外へ出るまでの時間稼げりゃ……」

「外まで出ることが出来れば、わたしが扉を封じよう」

「あぁ、それなら俺に試したいことが、この先の扉は俺にかまわず突っ走って外に出てください」

「了解、だが無茶はするなよ」

 施設への玄関口の扉をディアスとユーステッドが駆け抜ける。アトソンは手前の広間で速度を緩め立ち止まった。外側に開いた両開きの扉が元へと閉じる。反動が抜け切れていない扉は余力で内側に向かって開いた。隙間から蛇と化した魔導師の姿が見える。

 アトソンはそこで、月下麗人を振るい揺れる扉を切り刻んだ。激しい火花が舞い散り、姫の力を得て赤熱化した扉の破片が大蛇に向かい飛んでいく。

 扉の破片は蛇の体を貫き、壁に食い込みその場に止付けた。もがけども動けない苦痛が伝わってくる。

「成功したよ。でも長くは持たないだろう」

「もういい、すぐ戻れ」ユーステッドの声が響いた。

 アトソンが船倉の扉を駆け抜けると、大勢の男達が待機していた。

「よし、最後の方が戻ってこられた」と男の声。「オデータ、扉を閉めろ」

「はい!」

 騎士団の男達がアトソンが駆け抜けた扉を数人がかりで閉め、身体で押さえつける。

「ドルク殿、封印を!」声が船倉に響く。

「お任せください!」

 勢いを緩めたアトソンがふり返ると紅白の魔導着を身に着けた魔導師が二人が閉ざされて扉の前に立っていた。ディアスは大蛇の来襲に備え杖を片手に待機している。二人の詠唱により扉に金色の鎖が浮かび上がり、最後の雄叫びにより扉に太い鎖の文様が焼きつけられた。そして、大きく二人は息をつく。

「完了しました。ありがとうございます」魔導師たちは満足げな笑みを浮かべた。

「どうだ……」ユーステッドの声。

「もう大丈夫、何も感じないよ」アトソンも呟いた。 


 帆船の再封鎖と片付けは騎士団や警備隊に任せ、ディアスたちは現場を引き揚げることにした。船は借りず崖に設けられた階段を上がっていく。足場を気にしなければ眺めは格別だ。

「自分の身体に魔物を取り込むなんてとんでもない奴だったな」ユースデッドが呟く。

「それにあの回復力、あの二人がいなかったらまだ戦っていたよ」とアトソン。

「巻き込まれた犠牲者は気の毒だったが、事件の収まりがついて何よりだ。では、戻るとしようか」

 ディアスは崖の上に目をやった。

「やっぱりとんぼ返りなんですか」

 アトソンはここから帝都への行程を思い描き肩を落とした。

「戻るのは皆様食堂だよ。あそこに馬車を置いたままだろう。ついでにエールと食べ損ねた炙り焼きも頂くことにしよう。それでどうだい?」

「もちろん賛成です」

「賛成」

 三人は夕日に照らされ橙色に染まった階段を上がっていった。

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