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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第7話

 マルク・ドルクが言葉を紡ぐことに窮し、カシロの執務室に沈黙が訪れた。彼は顔を上げ、言葉を発しようとするがかなわず項垂れる。三回目でようやく意を決して短くはあるが言葉を絞り出した。

「魔物の巣と化していると思われます」ドルクは得た勢いを失うまいと言葉を継ぐ。「それらはあなた方もご存じのような異界より呼び出す使い魔の類ではありません。人と魔物が混ざり合った、人によって作られた魔物なのです。そのため召喚主を倒すなどの従来の策は通用しないでしょう。それらはこの世で生まれた存在なのですから」

「そんな魔物があの船の中に……しかし、魔物を隠しておくにしても船倉の一室では手狭ではありませんか」

「ですから、船倉の扉の向こう側にあるのは部屋ではなく、異空間に構築された研究施設なのです。扉はその入り口に過ぎません。己が身体の強化のため、体内に魔物を取り込むという研究を開始した魔導師オーラル・タバックの手によって作られました。もちろんそのような研究はわが国でも容易に認められる事はありません」

「そのタバックなる魔導師はその研究を密かに進めるために、船内にその研究施設を作り出した?」

「はい、自らの研究を公に進められないことを察知したタバックは秘密裏に船内に研究施設を作り上げました。そのための人員も集めました。船の中なら隠蔽も逃走も容易だと考えたののでしょう。実際、我々がその件を知り得たのも内部からの告発ががあってのことでした。そして、その時には既に海へと姿を消した後でした」

 ドルクの脳裏にその時の怒りと失意が蘇ったか、表情が激しく歪む。

「……その大事な船を放棄したとなれば、タバックの研究はうまくいかなかった。その者は今はそちらで囚われの身ですか」とカシロ。

「お察しの通り研究は失敗し船は放棄され、ここで座礁するまで行方不明となり我々も所在を掴めずにおりました。船から脱出した研究者や乗組員の何人かは、南の海上で偶然通りかかった商船に救助され帰国の後捕縛されました。しかし、その中にタバックは含まれてはおりません。救助された者たちの証言によると、施設内で突然魔物が出現し、船内で暴れ出し、研究者や警備担当を殺害し始め、彼らはやむなく施設外へと退去したそうです。そして、騒ぎを生き延びた者で船倉の扉を施錠し、船外へと逃げ出したとのことです」

「どれぐらい前の話ですか?」

「十年以上前の出来事です」

「なるほど……あなた方の要請の意味がわかってきました。タバックの他に取り残された者がいたとしてもその生存は望めない。ならば、魔物の存在だけは排除せねばならない」

「はい、今回はただ施錠するだけではなく、扉から先の施設を切り離し、船体をやきはらいたい。そうすれば、施設はこちらとの繋がりを永遠に失うはずです、ただ……」

「その前に折り悪く、我々の部隊が探索のために入ってしまった」

 ドルクは無言で視線をそらした。

「わかりました」カシロは大きな息をついた。「こちらも協力をしましょう。わたしも船まで出向くことにしましょう。家臣達の安否を確認し、速やかに船内から退去させなければならない。その後船倉を封印し、船を焼き払うこととしましょう」

「ありがとうございます」

 ドルクは安堵の息をつき、他の二人と共にカシロに再度深々と頭を下げた。


 通路に並ぶ残り部屋で黒い卵の殻は、ばらばらに破壊された破片も合わせて五から六程度、放置されていた血まみれの衣服は三人分か。農夫や漁師の作業着と思われる衣服も含まれていることから、近隣で行方不明となった住民も犠牲になっていることが考えられる。

「何がいるのか知らないが、服は口に合わないようだな」ユーステッドの声が響く。

 ディアスはこの言葉に顔をしかめた。

「すみません」失言に謝罪するユーステッド。

「わかってくれればいい。犠牲者は彼らの知り合いかもしれないからな」

 小部屋が続く通路の突き当りは巨大な両開きの扉となっていた。ここの扉も床も擦れた血と飛沫で汚れている。こちらは新旧の犠牲者の痕跡が混じっているように見える。

「この先に何かいる」先頭を行くアトソンは足を止めた。

「数は?」ディアス。

「わからない。人らしき意識は一つ、でも混濁してる。他にもいるけど得体が知れない。数になると十や二十で済まないほどにひしめいています。どれからも感じるのは敵意と食欲……」

 捜索隊の面々が息を飲む。

「ただ、この領域から出てこなかったのは、侵入者を内部へと引き込んだのは、外界に幾分かの恐れがあったからかも、もしそれが消えることになれば……」とアトソン。

「当然、外へと飛び出してくるか」ユーステッドは携える戦斧キントキの柄を握りしめる。

「一度退いて手勢を整えた方がいいか」とディアス。

「賛成ですが、今退けばすぐにでも後を追って来るでしょう。中心にいる意識はこちらの出方を窺っています、それがこちらの恐れを悟ったなら……」

「外へ出てくるか……」とオデータ。

「それじゃぁ、我々だけで、打って出るしかないのか」とユーステッド。苛立ちが意識に流れ込んでくる。

「いや、皆が危険に身を投じることはない」ディアスがゆっくりと前に出た。右手を振ると漆黒の靄が湧き、それはすぐさま杖の形を取った。頭部に暗い紫の炎を戴く漆黒の杖で、柄には蛇が巻き付いている。

「我々が前を固めて、他はその隙に船外へと引けばよい」とディアス。「オデータ殿、退却の指揮は任せた。これを使ってほしい」

 ディアスは身に着けていたゴルゲットを外しオデータに手渡した。

「これは帝都の魔法院とつながっている。ここの二人とも連絡は可能です。貴殿は船外へと出てすぐさまコムン城塞に戻り、然るべき力を持つ魔導師の手配をお願いしたい。この施設を破壊の後、船倉から切り離す必要があります」

「しかし、ディアス殿……」

 彼は客人三人のみを残して去ることにまだ躊躇いがあるようだ。

「御心配は無用」ディアスの口角が上がる。「このディアス、これでも魔法院の上級幹部を務める者、ただ政治に長けているだけではありません。この二人も魔物退治を専門とした部隊の所属ゆえ簡単に倒れることはありません」

 アトソンとユーステッドがオデータに頷きかける。

「はい……」オデータは息を飲み頷いた。

「では、ユーステッドとアトソン、まずはわたしが攻撃を仕掛ける。それが終了次第、扉の向こうに飛び込んで、残存勢力を掃討してください」

「了解」

 二人が頷く。

「オデータ殿達はこちらの合図で走り、船倉へと出てください」

「了解です」

「では、ユーステッド、五で始めてくれ」ディアスは扉に正対し杖を構えた。

「五、四」アトソンとユーステッドがディアスの背後で武器を構える。

「三」ディアスの口角が不気味に引きあがる。彼の面前に多数の光球が浮かび、それは瞬時に加速し尾を引き扉を突き破りその先へと飛び込んでいった。ただの光球ではない。鋼も貫く光弾だ。

「二、一」早めの攻撃開始にユーステッドの声が僅かに乱れる。

 オデータ達は破壊の光球が生み出す眩いばかりの光を背中に受けながら、船倉に向けて走り出した。

 アトソンはあまりの眩さに片手で目を覆った。強い光の瞬きが生じ、新たな光弾が飛び出す度に複数の気配が続けざまに消えていく。悲鳴を上げ逃げ惑う様子が感じられるが、光弾には追尾機能が付いているようだ。逃げおおせることは出来ない。一撃で絶命しなくとも追撃により滅ぼされる。だが、絶望の嵐の中に強い意志が感じられた。それは絶え間ない光弾の攻撃にも屈しない。

 やがて、ディアスは光弾を撃ち出すのを止めた。照明用の光球のみとなった先に見えるのは蝶番から剥がされ倒れた穴だらけの扉と、その向こうで破壊しつくされた大広間だ。

「終わりですか?」とユーステッド。

「まだ、だと思う」アトソンは月下麗人を構えたまま前の闇を見つめる。

「防壁を貼り、わたしの攻撃を凌いだものがいるようだな」ディアスは漆黒の杖を収める。

「例の魔導師ですか……」

「人としての意識はかなり混濁しているけど、まだ強い意志を保っている。強さを求めて自分の身体に手を加え、魔物と融合を果たした禁忌の存在。それが前にいる奴から姫が読み取った意識だよ」

「そいつがすべての魔物の生みの親か」

「おそらくね」

「ならば、そいつを始末してしまえば騒ぎは収まるという事だな。では会いに行くとしようかこの場を統べる者の前に」

 ディアスと共にアトソンとユーステッドも奥へと歩き始めた。

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