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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話

 コムン城塞で簡単な説明を受け、警備隊士カルランの案内でアトソン達三人がやってきたのは、座礁した帆船ヴェネルディネロ号の船が見える崖の下だった。彼によると船内に入った警備隊と騎士団からなる捜索隊が、船内で不審な施設とおびただしい血痕を発見したらしい。その施設は船の最下層にあり、その構造から魔法が絡んでいるのは間違いなく彼らでは対処しきれないと判断された。

 そこで帝都への応援を要請するための使者を仕立てている最中に帝都からその筋の専門家が折よくアグレントへ訪れていることに思い当たった。そこで無礼も承知で呼び出しに来たようだ。

「あぁ、これが姫が感じ取った気配か。忘れていたかった」アトソンが呟き、顔をしかめる。

「姫の勘は相変わらず鋭いな」とユーステッド。

「どの道この件では警備隊を訪ねるつもりでいた。手間が省けたじゃないか」ディアスの声が頭蓋に響く。

「そうでしたね」

 アトソンもディアスのように肯定的に物事を捉えたいが、好んで彼を厄介事を引き込む傾向がある姫と行動を共にしているアトソンとしては愚痴の一つも吐きたくなる。

 崖下に到着した三人は現場の指揮者と手早く挨拶を済ませ、現在の状況説明を受けた。ヴェネルディネロ号が崖の下で座礁したのは半月以上前の事で、アグレントではその際にも船内への捜索隊を出している。船内は長期間無人で放置されていたと思われ、船員たちは退去済みとあって、捜索隊の乗船時は生存者や死者も発見することなく、天候の悪化もありそこで捜索を打ち切り捜索隊は帰還した。

「捜索を打ち切ってまもなく、海は酷い荒れとなってあのまま捜索を続けていては捜索隊が救助対象となりかねませんでした」

 現場指揮担当のギワラシは早期の探索打ち切りの釈明を入れた。

「人員の安全確保となれば無理もないでしょう」とディアス。「それでですが、なぜまた捜索を再開されたのですか?」

「あの帆船が財宝を積んでいるという具にもつかない噂が広がりまして、それで網や戸板と使い帆船に進入できないよう封鎖したのですが……」

「無理に侵入を試みる者が出たという事ですか」とユーステッド。

「はい、その連中は網を破り、戸板を破り船内へ侵入を果たしました」

「どこにも不届き者が出るようですね。で、その連中は捉えることは出来たのですか」

「実はそれが今回来て頂いた理由なのです。さっき財宝の噂なのですが、財宝が入っていると流布されたのが、こちらで調査せずに帰還した船倉の最下層にある扉なのです。「開かずの扉」と名付けられ興味の的となっていました。今回の侵入者もそこを目当てに船内へ降りて行ったのでしょう。そして、その扉を開けた……」

 ギワラシはそこで言葉をいったん止めた。続けるのをためらっているのかディアスの反応を窺う。ディアスが小さく頷き先を促す。

「最下層にまで降りた部下の説明によると、その扉の先に行き止まりはなく、通路となっていたのです。その先には何らかの施設の入り口があり、床にはまだ新しい血だまりと誰かが施設内へと引き込まれたような痕跡が見つかったとの事なのです」

「船倉から続く通路……それはどこに」

「最下層の船尾です。ですが、あの船にとてもではないですが、あのような施設を物理的に内包する余裕はないとのことです。魔法が関われば別だと思われますが」

「それでわたし達に救援要請を出したという事ですね」

「はい、ちょうど帝都の魔導師殿が手近な教会に来られていると耳にしましたので、失礼かと思いはしましたが使いを出した次第です」

「良い判断だったと思います。今日は折よく、そのような件に関しては専任の隊士も同行しております」ディアスは背後に控えるアトソンとユーステッドを手で示した。

「わたし達も船内の探索に参加させてことにいたしましょう」

「ありがとうございます」ギワラシは深々と頭を下げた。

「だとさ」アトソンの頭蓋にユーステッドの声が響いた。

「まぁ、そうなるよな」

 姫は上機嫌のようだ。これは嵐の一つも起きることになるかもしれない。


 船上でディアスたちを出迎えたのはアイル・オデータという名のコムン城塞から派遣された騎士だった。赤く短い髪に赤い肌、体格はデヴィット・ビンチのような筋骨隆々の巨漢である。腰に差した騎士団支給の剣が短剣のように見える。

「わざわざご足労いただきありがとうございます」

 三人の紹介を受けオデータは深々とお辞儀をした。

「早速ですが、船内に現れた正体不明の施設へ案内してもらえますか」とディアス。

「はい、例の扉は船内の最下層の船尾側にあります。我々について来てください」

 オデータは傍に待機していた騎士に目をやる。

「ラクシル、ランタンの用意を」

「はい」

「我々も出すとしよう」

 呼ばれた騎士が蓋を開け灯の準備をする。手慣れた様子で騎士はディアス達が燐光を呼び出す前に燈心に火を点した。

 オデータは全員の用意が整ったのを確認し船尾側の入り口に目をやった。

「では、参りましょう」

 光球が照らし出す船内を最下層へと降りていく。船倉の床や作業机の上には書類や備品が山となり積まれている。侵入者が金目の物を漁った跡らしい。散らばる備品などに足を取られぬよう気を付けて歩を進める。

「どうだ、何かいるか」ユーステッドの声が聞こえた。

「傍にはいない。感じるのは下からだけど、何がいるってわけじゃなさそうだ」とアトソン。

「どういえばいいのか……それの匂いだけが漂ってきている感じかな。居場所までは特定できない」

「言いたいことはわかる。それはきっと見つかった施設内に潜んでいるんだろう。油断禁物だ」

 最下層へ降りガラクタの山をかわしつつ船尾側へと向かう。

「ここです」

 オデータが立ち止まったのは船尾に設けられた飾り気のない扉である。厳めしい書体で警告文が書かれた掃除道具入れの方がまだ飾り気がある。扉は傍にあった収納庫で閉まらぬように押さえられている。

 扉の先は闇でディアスが光球を進めても、光は闇に飲まれ前方の壁は見えることはない。オデータ達が幻影に惑わされたわけではない。実際に扉の向こうへ通路が続いているのだ。

「ここからだよ。匂いがプンプンする」

 アトソンの言葉にオデータを始めとする捜索隊の面々が犬のように辺りの匂いを嗅ぎ始める。しかし埃や黴など以外には目立つ匂いは特に感じられないはずだ。

「あぁ、このアトソン隊士は所持する剣のおかげで精霊やこの世ならぬ存在の気配を鋭敏に感じ取ることができるんだ。彼はそれを匂いと表現しているわけだ」

 ディアスの解説に納得がいったようだ。軽く頷き両手を打つ者もいる。

「では、やはりこの奥にはやはりただならぬものが潜んでいるのでしょうか?」オデータが問い掛ける。

 アトソンに視線が集中する。

「えぇ、ここから先の空間に潜んでいます。明らかに害意をもってこちらの様子を窺っています」

「こちらの動きは捉えているという事ですか」オデータは息を飲んだ。

「既に扉は開かれ立ち入った者がいますからね」

「なるほど……」静かにため息をつく。

 姫と交信を持ったため先方も気配を悟ったことについては口にしないでおく。

「数はわかりますか?」

「いろいろと判断がつかない存在が混ざり合っているため、その数までは判断はつきません。人の意識も感じられますが、すっかり薄められています。もはや人の形を留めてはいないでしょう」

「何にしても、オデータさん、あなた方の判断に間違いはなかったようですね」

「そして、姫様の勘も確かだった」ユーステッドの声が頭蓋に響く。

「当たり前だよ、姫は戦いの女神なんだ。不穏な空気を見逃すはずがない」アトソンはゴルゲット越しに答えた。

 アトソンはターバンを纏めている金具を右手で掴んだ。力を入れなくとも胡粉色のターバンは自然にほどけて宙に広がった。描かれた蔓草文様は刀身の浮彫へと変わる。捜索隊が見つめる中、優美で危険極まりない剣「月下麗人」は変化を終えた。アトソンは宙に浮かぶ姫をつかみ取り片手で一振りした。

「行きましょう」とディアス。

彼も準備ができたようだ。この先に何があるのか。確かめることにしましょう」

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