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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 教会へ到着したディアス達は司祭の出迎えを受け、簡単な自己紹介の後に司祭館へと案内された。件の魔導書は司祭館に置いてあるという。教会の隣に立つ司祭館は道中で見かけた民家と変わらぬ質素な木造の小屋だ。違いといえば、来客を招くため幾分か大きな建物となっているぐらいの事か。周囲に花壇が作られ、色とりどりの花が植えられている。司祭はそれらを熱心に手入れしている初老の男に労いの言葉をかけ、軽く言葉を交わした後司祭館の玄関へと向かった。 玄関から入った司祭は奥へと歩いて行く。

「どうだ、アトソン何か感じるか」ディアスの声が頭蓋に響いた。

「……特に何も」とアトソン。「まぁ、何もいないわけじゃないですが、害意はなさそうです」

「この世が名残惜しくて、すんなりと旅立つ気になれない誰かってことか……」とユーステッドの声。彼は廊下で左右を見回した。

「そんなところだと思う」

「その程度なら司祭殿に告げるまでもない、それにわざわざ口に出す必要もないだろう……」とディアス。

 司祭は先へと歩いて行くが、通り過ぎた扉に侵入防止の護符が貼られているのが目に入った。

「あの部屋かな、まぁ、とりあえずついて行くとしよう」

 司祭は封印が施された部屋を通り過ぎ、厨房まで行きついてようやく話を始めた。

「こちらに来るまでにお気づきだったかもしれませんが、魔導書は護符が貼られた部屋で保管されています。傍で話して聞き耳を立てられていては面倒ですからね」

 司祭はかまどに掛けられたやかんを取り茶を入れ始めた。ポットに茶の葉を匙で入れ湯を注ぎこむ。

「魔導書を持っていたのは近隣の集落で農園を営んでいる方でした。亡くなった際にご家族が遺品の整理の最中に発見されたようです。彼は生前から珍品、奇品の収拾と趣味としておられたようで魔導書もその一つだったようです」

「魔導書は司祭殿もご覧になりましたか」

「いいえ、遮魔布に包まれ金具で留められた状態で発見されました。護符が貼られており、開封厳禁という但し書きまで添えられていたようで、ご家族は始末に困りこちらに相談が来た次第です。わたしも大事を取り開封は控えておりました」

「それは良い判断だったと思われます」

「どうせなら取引も止めて貰いたかったね」とユーステッドの声が響く。

「何にしても、司祭殿に知らせただけましだよ」ディアスの声が響く。

 皆にお茶が入れられそれを飲みほした後、司祭と共に連れ立って護符が貼られた部屋へと向かった。この部屋は普段は応接間として使用されているようだ。護符を剥がし扉を開き部屋へと立ち入る。剥がされていた護符は再び扉の内側に貼りつけられた。

「息苦しいけど、他は何も感じられない」アトソンはゴルゲット越しに呟いた。

「護符が効いているせいだな」

 壁と窓にも護符が貼りつけられ部屋は魔法的に封じられた空間の中にある。部屋の中央には低いテーブルと簡素な布張りの椅子が周囲に置かれている。魔導書はその中央に置かれたテーブルの上にある。

「では、拝見しましょうか」

 ディアスは懐から取り出した革の手袋をはめ、顔に薄衣の面を付けた。

「皆、直視は避けるように」

 司祭と他の二人が無言で頷く。

 包みの護符を剥がし、止め金具を外し脇に置く。遮魔布を剥がすディアスの手に合わせ、アトソンも頭に巻いたターバンへ手が上がっていく。しかし、ターバンを引き剝がす寸前で手を降ろした。魔導書の姿が顕わになったにも拘らず何も感じられない。魔導書が眠っているわけではない。何もいないのだ。目の前にあるのは単なる豪華な装飾が施された本に過ぎない。

「それ、ただの本じゃないですか……」アトソンは声に出して声に出していってみた。

 司祭とユーステッドは訝し気にアトソンを見つめ、ディアスは間を置いて静かに頷いた。

「そのようだね。この本に害はない」

 ディアスは金細工が施された表紙を開き、頁を繰っていく。

「書かれているのは……美味しい焼き飯の作り方……」声に出し、両眉を寄せる。

 他の頁にも目を通しついに本を閉じ、一度ため息をついてから、片手で顔を覆い大声で笑い始めた。

「魔導書などではない。そのふりをした豪華な料理書だな。恐らく力を失った書を何者かが二次利用をしたのだろう」

「アトソン、お前なら読めるだろう」ディアスはアトソンに手招きをした。

 書の傍に行ったアトソンはディアスが開いた頁を覗き込んだ。そこには慣れ親しんだスラビアの言葉が綴られていた。声に出して読んでみる。

「山羊肉の揚げ焼き……」思わず眉間にしわが寄る。他の頁も読んでみる。「……牛の睾丸の煮込み」

 顔を上げディアスに視線を送ると、彼は静かに頷いた。

「何の害もない料理書だ。恐らく手慣れた者の犯行だ。偽の魔導書を作り出し、それを遮魔布で包み好事家に売りつける。ばれたところで人的被害はなくただの詐欺で済む。これを買い入れた御仁はこの手の物品の扱いを心得ていたために嘘が発覚することはなかった。皮肉なことだよ」

「これはどうしましょうか」と司祭。

「ご家族に鑑定の結果を話し、遺品としてお返しすればよいでしょう。これほどの珍品はない。皮肉の利いた品ではありますが、思い出にはなるでしょう」

「それではすぐにでもお返しすることにしましょう」

 司祭は料理書を元通り遮魔布で包み金具で留めた。部屋にはられていた呪符は丁寧に剥がし懐にしまっていく。然るべき効果を持つ呪符は貴重品なのだ。

「俺達の仕事もこれで終わりですね」とユーステッド。

「そうだな。どこかで少し休んで帰ることにしよう」

「とんぼ返りか、最悪だな」アトソンが呟く。

「泊まり込みになるような面倒事の方がいいか」

「あぁ、とんぼ返りで」

 司祭に別れの挨拶を済ませ、三人は建物を出た。

 軽い話し合いで食事休憩をとった後で帝都に戻ることとなった。

 花壇の世話をしている男はまだ仕事を続けていたため、食事に良い店を知っていないか訊ねてみた。彼はポールと名乗り、集落の事を色々と話してくれた。彼からお勧めの食堂について聞き出し、一行はそちらに向かうことにした。

 ポールによれば教会を出て真っすぐ北へ行くと見えてくる真っ赤な屋根の建物とのことだったが、屋根が赤い建物は街路の両側に複数あった。

「あの人はどの建物のことを指して言っていたのか」とアトソン。

「名前で探そう。「俺様食堂」だったか?」ユーステッドの声が聞こえた。

「皆様食堂」

「……それを探せばいい」 

 正解は右手にある最も鮮やかな赤の屋根の丸木小屋だった。真っ赤な屋根の食堂とのポールの描写は適切だったが、板張りではなく丸木小屋であることを告げてもらえばより探しやすかっただろう。

 ともあれ、店に入った三人はポール推薦のエールを最初に頼んでおいた。それから、すぐにでもだせるという作り置きの惣菜などを三品ほど注文した。他に頼んだのは頼んだ鳥や魚の炙り焼きだ。それらが届くのを待つ間、総菜をつまみながらエールを飲んで渇きを潤し腹を満たす。総菜は海藻や貝に小エビ、小魚の塩漬けを野菜などで和えただけだが、程よい塩味にエールが進む。三人とも炙り焼きが届かないうちに二杯目を頼むこととなった。

 皮が香ばしく焼けた鳥が届けられた頃、食堂の戸口に慌てた顔の制服警備隊士が現れた.。ここまで自力で走って来たのか、少し腰を曲げ肩で荒い息をついている。何があったのかと隊士に店内にいた客の視線が集中する。知り合いらしき客が声をかけるが、隊士の真剣な眼差しにすぐさま口をつぐんだ。三人も手を止め成り行きを見守る。

 隊士は息を整え店内を眺め渡した。

「ここにラン・ディアス様御一行はおられませんか。帝都からお越しのラン・ディアス様はおられませんか」

 隊士は声を張り上げ店内に呼びかける。

「わたしがラン・ディアスだ。何の用だろうか」ディアスは席から立ち上がった。

「ありがとうございます。俺はアグレントの警備隊士カルランと申します。ディアス様、お連れの方々、急なお願いで失礼は承知の上ですが、コムン城塞までご同行願えませんか」

 カルランはディアスに深々と頭を下げた。

 アトソンは姫の楽し気な笑い声が聞こえたような気がした。面倒の兆しだ。とんぼ返りは無くなったと見ていいだろう。手を付けられることのなかった炙り焼きは傍のテーブル席で座っていた客が買い取ってくれて事なきを得た。

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