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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 晴れた空の下、陽光を受けきらめく水面が揺れている。馬車の御者席に座るジェイミー・アトソンだったが、どうしても左手に見える陽の光を受け輝く海原とその先にある水平線に目が行って仕方なかった。スラビアの山奥で育ったアトソンにとって海は特別な存在だ。港町である帝都に住むようになってもそれは変わらない。

「ご機嫌のようだね」アトソンの頭蓋にラン・ディアスの声が響いた。

「えっ」突然の呼びかけにアトソンは声を上げた。

「ゴルゲット越しにお前が海を目にして浮かれている様子が、こちらにも伝わって来ているんだよ」と相棒のジェイスン・ユーステッドの声。

「わかりますか……」とアトソン。

「あぁ、街を抜けて海が見えるようになってから垂れ流しさ」

「そんなに……」頬が紅潮していくのがわかる。

 更に感情が流れ出すが押さえようはない。

「気にすることはない。わたしも海の美しさを堪能しているよ。それに塞いだ気分を発散する者と行動を共にするよりはいくらかましだ」

 今回三人で出向くのはアグレントと呼ばれている集落にある教会だ。そこへ遮魔布に包まれた魔導書が持ち込まれた。遮魔布の上には「シーティーズ」につき取り扱い厳重注意と綴られていた紙切れが添えられていたという。もし本物なら一騒ぎ起こるかもしれない難物だ。

 現物は魔法院の書庫深くに収められているはずなのだが、複数存在するのなら回収しておく必要がある。

 教会より知らせを受けた魔法院ではラン・ディアスが真贋を確かめるために出向くことになった。アトソンとユーステッドは彼の護衛として同行している。このように重要な任務なのだが街を出て以来、三人はちょっとした小旅行気分だ。これだけよく晴れた日に眺めの良い海岸沿いの道を行くのだから、自然と気分が高揚してくるのも無理はない。

 しばらくすると切り立った崖の頂上部に建てられた城塞が見えてきた。道中の目印の一つとなっているコムン城塞だ。その手前の崖下に座礁したのだろうか、古びた帆船の姿が見える。その傍には小舟が二艘停められ、船上には多数の警備隊士の他に騎士の姿が見て取れる。

「何か大事になっているようですね」とアトソン。

「そりゃあ、あんなところで船が身動きが取れなくなったら騒ぎにもなるさ」ユーステッドの声が聞こえた。

「ん、少し別の事情もありそうな」

「どういうことだ、ただの事故じゃないとでも」頭蓋にディアスの声が響く。

「あぁ……何というのか。姫が何か感じたようで……」

「それは地元の警備隊に訊ねた方がいいかもしれないね。それも気に留めておこう」

 三人で話し合っているうちに帆船は崖の下に隠れていった。 

 葡萄畑に囲まれた城塞を越えてから北側に位置するアグレントで最も大きな集落へ向かう。目指す集落は目の前の丘の向こう側にあり、鑑定の要請を出した教会はその中で最も背が高い。見つけだすことは容易だろう。



 警備隊士達と再び帆船へと上がったオデータは甲板の惨状を目にしてため息をついた。

「まいったな」

「冗談だろ……」

 背後からの呆れに嘆き、怒りの呟きが耳に入ってくる。オデータも怒りの一つも爆発させたいところだがそんな暇はない。封鎖していた帆船内に無断で入り込んだ者がいるようだ。船尾側の入り口を塞いでいた板材が剥がされている。内部の確認はこれからだが、侵入者が入り口から中を覗くだけで帰るとは思えない。

 帆船への侵入を発見したのは付近を通りかかった漁師だ。ナンデの港へ帰る途中に帆船の傍を通りかかった際に帆船の横に小舟が結わえ付けられているのを目にした。傍まで寄ってみると入り口の板まで剥がされていたため警備隊に知らせを寄こしたらしい。恐らくそいつらの仕業だろうか、船を囲んでいた網も一部傷つけられている。

 警備隊、騎士団は前回同様の手順で二班に分かれ船内に入っていた。小舟が帆船にまだ結わえ付けられているため、侵入者はまだ船内に残っていると思われる。噂を真に受けた外部の盗賊の場合武装している事も考えられる。そのため任務は前回より危険と言えるだろう。

「突入開始」作戦指揮を担当するオデータの上官ギワラシが抑え目に指示を発する。

 今回は全員船尾側より突入する。船内で船首、船尾の二手に分かれ下層へと降りていく予定だ。侵入者は発見次第取り押さえることとなっている。

 侵入者の痕跡は入り口からの階段を降りてすぐに見受けられた。紙類が床に散らばり、その上に足跡がついている。まだ、乾いてはおらず前回誤って付けた痕跡ではない。整理棚の埃には指の跡が付き、木箱はひっくり返り中身がぶちまけられている。

「ひどいもんだな」オデータの背後から声が聞こえた。

 ランタンの光に照らされたのはがらくたの山だ。 

 箱の中身が作業机の上に集められ山となっている。その傍には木箱の山がある。この分だとあの中もかき回されているはずだとオデータは思い当たった。予想通りに厳めしい書体で警告文が書かれた掃除道具入れの扉は開け放たれ、中の箒や水桶は倒れたまま放置されていた。

「外国語は読めない連中のようだな」

「読めても素直に言う事を聞く連中じゃないさ」

 声を潜めたやり取りが耳に入る。

 侵入者がいるなら次の層だ。気を引き締めて階下へと降りていく。武器を構え、階段から出てすぐに左右に展開し侵入者を探す。階段からランタンの光が出てきた時点で侵入者はオデータ隊の存在を知ることになる。即戦闘に入る可能性もある。

 オデータ達は並べられた整理棚の前を船首側へ突進した。予想通り掃除道具入れ、収納庫の扉は開け放たれ物色された形跡が残されている。だが、侵入者の気配はない。

 反対側からもまだ何のやり取りも聞こえて来ない。侵入者は整理棚などの物陰に隠れてやり過ごすつもりか。それとももう引き揚げた後なのか。それなら、残された小舟は誰が使ったのか。

「こっちに来てくれ」

 深く考える暇もなく船尾側から声が聞こえた。反対側の整理棚に沿って船尾へとオデータの班が向かう。何者かによって船尾の扉が開かれ、扉は整理棚を使い閉まらないように押さえられていた。流布された噂では開かずを扉とされていた。実際には開けずにいた扉だ。その傍で一方の班が待機している。

 何か入っていたのかと、同僚のアデートに聞くと彼は扉の向こうを無言で指さした。闇に包まれた部屋か、そうではなさそうだ。部屋にしては奥行きが深すぎる。ランタンの光の先にあるはずの壁はなく光は闇に吸い込まれてしまっている。

「……船尾から奥へ通路が続いている……だと……」報告を受け困惑混じりのギワラシの声が頭蓋に響いて来た。

「まさか……」

 ここは船尾で奥にある壁の向こう側には舵しかないはずなのだ。

「お前たちで中を確かめてくれないか」

「俺達でですか……」

「頼む」

「わかりました」気は進まないが、仕事は仕事だ。奥の壁まで行ってそこを蹴り飛ばせばすむ話だ。

 オデータは別のランタンを持っているラクシルを呼び寄せ、彼と共に先頭を切って前に進む。十歩、二十歩と進んでも壁に行き当たらない。まるで本当に通路のようだ。ついに壁には行きあたらず別の小部屋に行きついた。ランタンで探ってみるとそこは何らかの施設の正面入り口に見えた。正面中央に両開きの扉がある。その扉に向かって右側に小部屋が設けられている。入出警備員の待機所なのか。

「どうなっているんだ……」オデータは呟いた。

 船内にこんな施設を作ることが出来るわけがない。そうなるとあの扉から先が別の建物へと繋がっているということか。魔法の通路については出征中にオデーダも耳にしたことがあった。魔法により特定の扉を別の建造物へと接続するのだ。そうすれば距離を経た場所に容易に出向くことが出来る。それが別の空間であっても問題なしだ。それがあの扉だったのか。一度戻って報告した方がいいだろう。

「オデータさん!」ラクシルの声が聞こえた。

「何だ」

 彼はランタンを手に両開きの扉の傍にいた。足元をランタンで照らし下をじっと見つめている。その足元の床には赤黒い染みが広がっていて、そこから何かを引きずったような二本の筋が長く伸び、扉の向こう側へと消えている。染みの正体は血液だろう。残念ながら見慣れているために見間違えることはない。それも古くはない。つい最近できたと思われる。誰かがここで重傷または死亡し、この奥へと引き込まれたのかもしれない。

 あの扉は開けてはならなかったようだ。


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