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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第7話

 アンドレによる現状の説明が終るとフレア、スレッティーとオーラの三人はオーラの部屋に集まった。寝台や椅子に座りながらさっきまでの話題を振り返る。アンドレのいう通り屋敷には意識があり、住人達を絶えず観察している。それについてはオーラは同意している。

「屋敷はわたしのためにこの部屋を用意していたようよ。この部屋はわたしが来るまではなかった。わたしが来た時に新しく増設されたの」オーラは部屋の天井を指差した。

 スレッティーは改めて天井や窓、床などを首を回し眺めた。窓からは庭が見えるが外に出ることは出来ない。

「そんな部屋にいて怖くない?」とスレッティー。 

「初めに聞いた時は少し怖かったけど、考えたらこの屋敷自体が魔法仕掛けなのよ。どの部屋も同じ、それに気が付いたら少し落ち着いたわ」

「オーラらしいけど、部屋ってそんなに簡単に作れる物なの?」

「……力次第ですけど、わたし達が住んでいる現世で作るよりよっぽど簡単だそうですよ」フレアが天井を眺めつつ呟く。「まぁ,それを言ってるのがローズ様なので、言葉通り真に受けるわけには行きませんが、土地を確保するする必要がないのが最大の利点と言ってましたね」

「土地……それはそうですよね」

 屋敷は住人が生活に必要な物資、彼らが望む物を与える。皆、生活にはさほど不満はないようだ。些細な口論はあってもすぐに収まる。

「ここから出ることは叶わないけど、それについてはみんな諦めているのかな。もしかしたら、いくらか屋敷の力で操られているのかもしれないけど……」

「わたしが受け取ったあなたからの手紙も皆に秘められた本心も含まれているのかな」

「たぶんね。ごめんね。あなたまで巻き込んで」

「オーラがいるなら構わないわ」とスレッティー。

「確かに屋敷は住人が求める物を与えるというのは正しいようですね」とフレア。

「あぁ……」

 二人は思わず顔を見合わせた。

「大した苦労なく生活できるのは誰にとっても夢でしょうね。わたしも毎日お肉が貰えるなら、それが家で飼われると同然であっても考えるかもしれませんね。実際わたしもこの五十年の間、帝都という大きな檻で飼われてきたようなものですから」

 フレアは寝台から立ち上がり窓の外を眺めた。

「でも、わたしはささやかでもとりあえずは一度は抵抗してみたと思います。あなた方はどうしますか」

「やってみましょうか」とスレッティー。オーラも頷く。

「そうは言っても、一体何から……」

「まずはこの屋敷を形作っている精霊と会う必要がありますね。まずその面前に行かないと話になりません」

「具体的にはどうするんですか?」とオーラ。

「それは……」フレアは冷静な指摘に言葉を詰まらせる。

「何か刺激を与えてみるのもいいと思います」

 スレッティーは窓に向かい中央の留め具を外した。両開きの窓の右側を外に開くとそこから見えるのは窓の外ではなくオーラの部屋だ。但しフレア達三人の姿はない。開けてはいない左側には相変わらずランス家の夜の庭が映っている。実に奇妙だが玄関広間では同様の光景を目にした。

「あの先はどうなっているんでしょう」フレアは開けた窓から見えるオーラの部屋の扉を指差した。

「行ってみますね」

 スレッティーは二人の反応を待たず。窓の桟に手を掛けた。

「待ちなさい。スレッティー」

 オーラがすかさず止めに入る。

「止めなさい。どうなるかわからないでしょ」

「やらないとわからないでしょ」

 そして二人は窓の外を巡り、口論を始めた。オーラもただおとなしい女ではないようようだ。理詰めでスレッティーを追い込んでいく。どちらも別系統の強さを備えているが、それがうまくかみ合っているのだろう。

 少し、間をおいてフレアは二人を引きはがした。気が済むまでやらせる暇はない。

「わたしが行ってみます」

 フレアは窓の外へ手を差し込んだ。何が起こったのか視界からすべてが消えた。

「フレアさん!」

 スレッティーとオーラの二人の叫びを耳にして、次の瞬間にフレアが目にしたのは窓辺にいる二人の後ろ姿だった。何らかの力で窓の傍から飛ばされたと考えるのが妥当だろう。スレッティーはフレアの姿を視界の隅に捕らえたか、素早く首を振る。そして駆け寄る。

「大丈夫ですか」フレアの正面に立ち瞳をのぞき込む。

「えぇ」

 フレアは腕や指を一通り振り動かしてみた。何が起こったのかは別として、取り合えず問題はない。

「他の窓で試してみましょうか」怖さはあるが、言い出した以上止めるわけにはいかない。顔に引きつりがないのを祈るのみだ。

「えぇ……」

 二人が心配気に応じた。

 フレア達は廊下に出て、端にある昇降階段向かった。そこには庭に面した窓が設けられている。部屋の窓と同様に外に出てみる。フレアは開いた窓の桟にしがみつき外を観察するつもりでいたが、外へ体を出した瞬間に階段に戻されていた。目の前に見えるのは窓を押さえているスレッティーとオーラの姿だ。無言で三人が顔を見合わせる。二回、三回と繰り返すが結果は変わらない。フレアは否応なく階段へと戻される。

「あんた達もやってるな」廊下側から明るい男の声が聞こえた。

「窓から出てみたんだろ。どこへ行くかと思って。俺も来た時はやったよ」ムラキだった。

 廊下の物音を耳にして出てみると案の定の騒ぎで、ここへやって来た時の自分を思い出し、笑いが込み上げてきたという話だ。

「ここへ来ると誰でも一度はやるみたいだ。どこからか出られないかと思ってね。俺の前に来ていたジェレミーも、後から迷いこんだロンとリンダの二人も、もちろん最初からいたランス家の人達も全員で試した。結果、わかるのはどこにも出口はないという事だなんだ」

 ムラキは残念そうに両手を上げた。文字通りお手上げなのだ。

「全部の扉を何度も……」

「もちろん、どれだけの時間があったと思うんだい」

「……そうですよね」

 三人は顔を見合わせため息をついた。ランス家がこの屋敷に閉じ込められて以来、何度もこのようなやり取りが繰り返されたに違いない。そして、何の刺激も与えることはできなかった。

「あぁ、そういえば、一か所だけ開けることも出来ない部屋があったよ。よくいう開かずの間ってやつなのかな」

「それ、どこか教えてもらえますか」とフレア。

「かまわないよ」

 ムラキの案内で到着したのは一つ上の階の中央付近の部屋だった。扉は他と同じ木製で凝った装飾もない。「どのような部屋だったか知っていますか」フレアは傍に立っているムラキに訊ねた。

「ここはヨアキムさんの奥さん、つまり大奥様に当たるジャニスさんの部屋だったそうだよ」

「その人ってこの騒ぎの張本人じゃないですか」とスレッティー。

「そうですね。ジャニスさんはどこに行かれたんですか。この件を依頼した魔導師も……」とフレア。

「そうですね、みんながこのお屋敷に閉じ込められる原因を作った二人は一体どこに行ったんですか」

「一連の騒ぎ以来、二人とも行方不明だそうだよ」とムラキ。

「俺が聞いた話によると、ある朝メイドのマコさんがいつものように起きてこないジャニスさんの様子を伺いにやって来たそうだ。でも、扉は開かない。中からの返事もない。それで強引に扉を開こうと試みたそうだけど無理だった。やむなく、外から入ろうとしたら、屋敷がこの状態であることに気づいた。それからあらゆる手を試しているけど、この部屋の扉は傷つけることもできず開いたこともない」ムラキは目の前の扉を指差した。

「あんた達も試してみるかい。俺もやってみたよ。厨房の包丁、棍棒にフライパン、大工道具に暖炉の火かき棒まで借りて気が済むまでやってみた。開けるどころか、傷一つ付けることが出来ないと自分が納得できるまでね」

 三人が扉を見つめる中、ムラキは軽く手を振り去って行った。

「屋敷に対する抵抗は通過儀礼なんですよ」とオーラ。「そして、抵抗は無意味であることを悟り諦めに至る」 

「じゃぁ、わたし達もあきらめがつくまでやってみませんか」スレッティーはフレアに目をやった。

「フレアさん、この扉を殴りつけてもらえませんか。あなたなら大抵の男の攻撃より効き目があるでしょう」

「やってみましょうか」フレアは扉に近づいた。「あなた達は離れていてください」

 フレアは扉と正対の位置に着き拳を強く握りしめた。狙うのは取っ手の上辺りだ。大きく息を吸い吐き出す。

「はっ!」掛け声とともにまず一打、そこから左右交互に速度を上げながら打撃を加えていく。静かな廊下に風を切る拳と膝の音だけが聞こえる。扉は微動だにしない。フレアはしばらく打撃を続けたが、手ごたえのなさに動きを止めた。

「ローズ様と打ち合っているようでまるで手ごたえがありません。あの方は常に自分を防御障壁で囲んでいるんですよ。それで相手の攻撃を紙一重で受け止める。唯一、一撃を加えることに成功したと伝説になっている特化隊のオ・ウィン隊長ですが、あの時はローズ様自身が障壁を解いていただけの話で、それを知っている彼はあの一戦での負けを認めている」フレアは息をついた。

「話が逸れましたが、わたしは無理です。扉に直に拳を当てることが出来れば壊す自信はありますが、障壁が邪魔して力が届かないのではどうにもなりません」

「フレアさんの力をもってしても壊せないなんて一体どうすれば……」

 オーラはその場に膝をついた。項垂れて床を見つめた。



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